働き過ぎの日本人(下) 減らぬ「不払い労働」

労働政策研究・研修機構
副主任研究員 小倉一哉

「サービス残業」という言葉の中には、「労働者が自ら好んで残業手当の支払われない残業をしている」というニュアンスが含まれています。もちろん、そのような「サービス」の部分が全くないとは思いませんが、実態としては多くの労働者の「サービス残業」は「仕方なく」やっていることのほうが多いのです。それゆえ、私などは「所定を超える残業等の労働時間のうち、時間外割増賃金が支給されるべき労働時間でありながら、実際に支給されなかった部分」という意味で、「不払い労働時間」と主張しています。

1カ月の不払い労働時間を男女別・職種別に集計したところ、男性では、「営業・販売」(50.7時間)、「医療・教育関係の専門職」(48.6時間)、「調査分析・特許法務などの事務系専門職」(44.2時間)などが長いようです。女性の場合は、「医療・教育関係の専門職」(46.7時間)、「研究開発・設計・SEなどの技術系専門職」(35.9時間)が比較的長いようです。このように、男女とも、営業・販売や一部の専門職といった、ホワイトカラー職場で「不払い労働時間」が長いのです。

では不払い労働時間にはどのような属性・要因が影響するのでしょうか。特徴的な何点かを紹介します。

男性では、若い人、勤続年数が少ない人の方が不払い労働時間が長くなっています。これは前回取り上げた超過労働時間と同様の結果です。業種では「卸・小売業、飲食店」と「公務」が長いです。前者は、営業日や営業時間の関係で長時間労働が常態化していることを、後者は、近年の財政事情の悪化に伴って定員の抑制傾向が強まっており、既存の職員の不払い労働時間が長くなっているという現状を想像させます。職種では、「営業・販売」の仕事に就いている男性の不払い労働時間が長いのですが、これは「卸・小売業、飲食店」と同様の解釈ができます。

しかし、勤務時間管理方法などによる相違も分かりました。出退勤の管理方法が、「IDカードで管理」の場合は短く、「名札やホワイトボードへの記入」や「特にない」の場合長いのです。このように、労働時間の管理方法を工夫することで、不払い労働時間を短くする効果があることもわかったのです。

以上のように、不払い労働時間はすべての労働者にまんべんなく存在しているのではなく、職種、業種、年齢、勤務時間管理方法などにおいてかなり決まった範囲で大きな問題となっていることが、明らかになりました。

前回も述べましたが、「失われた10年」の間に、成果主義の導入が目立ってきました。成果主義に基づく人事制度は、その導入当初は人件費抑制が最大の目的であったわけですが、だからといって今後、はっきりとした好況になっても成果主義という人事制度が消えることはないでしょう。人件費抑制の効果はかなりあったのですから。今後は、すでに進行している労働者の役割の階層化(企業の中核社員、専門職、補助的な業務)がより一層進むと考えられます。したがって、中核社員や一部の専門職の長時間労働・不払い労働も簡単にはなくならないと考えざるを得ません。

不払い労働までしてがんばれば収入も増えるのでしょうか。少なくとも我々の分析結果からは、不払い労働時間と収入の因果関係はありませんでした。今回分かったことは、採用抑制や人件費抑制の中で、働き盛りの労働者の不払い労働が相当多いということでした。前回、短時間ですごい成果を出す人はほとんどいなくて、皆すごい残業をしてがんばっているのだ、と書きました。今回のことで、さらにそのような人々の多くが、不払い労働までしなければならない状況なのだということがお分かりいただけたと思います。

(東京新聞夕刊2005年6月28日「works」に掲載)