働き過ぎの日本人(上) 長時間労働は「記録」を

労働政策研究・研修機構
副主任研究員 小倉一哉

「過労死」や「過労自殺」の大きな原因が、働き過ぎであることは、疑問の余地がありません。もし休日が一日もなく、毎日16時間労働で、睡眠時間が4~5時間というような状況になったら、人はどうなっていくのでしょうか。医学的な見解は述べられませんが、そのような状況が数カ月も続けば、たいていの人は過労で倒れるとか、うつ病になるとか、最悪の場合、過労死や過労自殺といったことも考えられます。

「過労死」は有名な言葉です。広義には、過重労働が原因で死亡することを言います。しかし、狭義(法的)には、過重労働によって、脳血管疾患及び虚血性心疾患(脳梗塞、くも膜下出血、心筋梗塞、狭心症など)や精神障害で死亡し、業務上災害と認定されることを言います。ちょっと難しいですね。要するに、働き過ぎで死亡した、というだけでは労災保険による業務上災害として認定されないのです。ある方が働き過ぎで亡くなったとしても、法的な手続きをその人の代わりに引き継ぐ方がしっかりしていないと、申請もできませんし、また申請件数のすべてが認定されるわけではありません。

厳密には、過労死と過労自殺は異なります。過労死は、過重労働が原因で脳や心臓に致命的な病状が起こり、死亡することです。これには「業務による明らかな過重負荷」が証明される必要があります。この「業務による明らかな過重負荷」の中には、長時間労働の基準が示されています。発症前1~6カ月で45時間を超える時間外労働があったか、発症前1カ月間に100時間・発症前2~6ヶ月間で一月当たり80時間を超える時間外労働があったかというものです。80時間とは、月20日働くとして毎日4時間残業をしていることになります。朝9時から働いて、お昼1時間休んであとは毎日夜10時まで働いているような状態です。もちろん通勤時間は除いて考えています。

過労自殺ですが、これはごく最近になって認定されるようになりました。というのも、それまでは、基本的な考え方として、自殺は「故意」なので、業務上災害ではないという立場が貫かれていたのです。しかし平成11年に過労自殺の認定基準が出されたことは、画期的なことでした。つまり、過重労働が原因で自殺の原因となる精神障害を発病したと認められれば、業務上災害となる道が開かれたからです。もちろんこれにも認定基準があります。

(1)判断指針で対象とされる精神障害(うつ病、重度ストレス障害など)を発病している(2)発病前6カ月間で業務による強い心理的負荷があった(3)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により発病したとは認められないこと−。(2)については、仕事上の事故や災害、責任、ノルマ、トラブル、仕事量・労働時間、ハラスメントなどの各評価項目があり、総合的に評価されます。(3)に関しては、仕事以外のトラブルやそもそもそううつ症などがあった人の場合、長時間労働の証拠があっても、認定されない「ただの自殺」になってしまう可能性が高くなります。実際、どこまで線引きできているのかはちょっと疑問です。

過労死や過労自殺は、働き過ぎが招いた最悪の結果と言えます。もし皆さんの周囲に危険なくらい働き過ぎの方がいたら、ぜひ忠告してあげてください。過労死や過労自殺の認定のためには、客観的な証拠があれば一番いいですが、そうでなくても例えば、長時間労働の記録を手帳などに控えておく、また同僚にどのくらい忙しいかを伝えておくというような方法でも、実際の認定では採用されることがあります。もちろん、最悪の結果に至る前に引き留めることが一番です。多少お節介だと思われてもいいのではないでしょうか。仕事は大切ですが、「命」よりも大切なものはありません。

(東京新聞夕刊2005年5月24日「works」に掲載)