働き過ぎの日本人(中) 過剰適応の人は要注意

労働政策研究・研修機構
副主任研究員 小倉一哉

「失われた10年」の間に、働き盛りの労働者の労働時間は長くなっています。もう少し正確に言います。総務省の「労働力調査」によれば、週に60時間以上働いたと回答した雇用者の男性を5歳刻みの年齢階層で見ると、1993年ではすべての階層で2割以下でした。しかし2003年には、25~29歳から40~44歳までの働き盛りの階層で軒並み2割を超えました。他の年齢階層でも増えていますが、特にこれらの働き盛りの階層で目立っています。

「失われた10年」は、中高年のリストラ、若年層の就職難、非正社員の増加などの現象が顕著に見られました。しかしその背景には、現役世代である働き盛りの人たちの長時間労働があったのです。いえ、正確に言えば、もともと労働時間が長かった人たちの労働時間がさらに長くなったのです。

長時間労働は心身にかなりの悪影響を与えます。我々の行った調査では、月間の超過労働時間(残業などの時間の合計)が長くなるほど、疲労感や抑うつ傾向が高まることが分かりました。超過労働時間が月間50時間を超えると、過半数の人が「一日の仕事で疲れて退社後何もやる気になれない」と回答しています。

そもそも長時間労働が与える影響には、個人差があります。少しの残業ですごく疲れる人もいれば、多少の残業ではまったく大丈夫という人もいるでしょう。しかし、我々の調査では、月間超過労働時間が50~74時間で約6割の人が、75時間以上で7割強の人が「疲れて何もやる気になれない」と回答しているのです。つまり、個人差は多少ありますが、労働時間が長くなるほど大半の人が疲れるようになるのです。これはごく当然のことですね。

しかし、特に注意しなければならない人たちもいます。これは、相当な長時間労働であるにもかかわらず、疲労やストレスの自覚症状が少ない人たちです。このような人たちのことを「過剰適応」と言います。過剰適応の兆候が見られる人は、約3千人の調査対象者のおよそ17%でした(ただし同様の調査を何度もしないと明確な数字は分かりません)。忙しいことを自覚していて、仕事のことばかり考えているのに、あまり疲れていない、あまりストレスを感じていないというような人は、要注意です。自覚症状が表面化しにくいということは、周囲の人もなかなか気づかないということでもあります。しかし気づいたときにはもう入院しなければならなかった、なんてことにならないようにしてください。

我々は、超過労働時間が長くなる要因についても分析しました。男女で共通して見られる要因は、若年、大卒、専門職という属性でした。若年というのは、総務省の調査のように、働き盛りの人という意味ではあまり矛盾しません。大卒というのは、現業系の仕事よりも事務・技術系の仕事のほうが残業時間などが長くなるということでしょう。そして専門職というのは、成果主義的に評価される仕事であることが背景にあると思われます。

では、成果主義と専門職と長時間労働の関係はどうなっているのでしょうか。専門職の多くは、労働時間や仕事のプロセスよりも最終成果物で評価されます。これは、比較的簡単な仕事で何時間働いたか(労働時間)で賃金を決められるのとは大きく違います。専門職などの場合は、何時間働いたかは評価の対象に入らないというのが基本的な成果主義の考え方です。しかし現実は、データが物語っているように、専門職であっても、相当な長時間労働を覚悟しない限り、成果を出せないのです。少なくとも成果主義が適用されている人の多くは、ごく短時間に素晴らしい成果を出し、「定時前に退社」なんてできないのです。現実は厳しいものです。

(東京新聞夕刊2005年6月14日「works」に掲載)