運送労働に係る労働時間規制の現状と課題─労基法37条の割増賃金の問題を中心として

要約

橋本 陽子(学習院大学教授)

近年,運送業における労基法37条の割増賃金請求訴訟が増加しているといえる。本稿では,この問題に関する裁判例を整理することによって,運送労働に従事する運転手の労働時間規制の現状と課題を明らかにすることを試みる。運転手の賃金制度については,基本給以外に手当が多いこと,とくに日給や月給などの時間で計算する賃金とは別に歩合給が設けられており,その計算方法が複雑になっていることを指摘することができる。複雑化の一因として,労基法37条の時間外労働等の割増賃金の規制の存在を指摘できる。事業場外で働き,監督が及びにくい運転手については,出来高払いの賃金制度が馴染むところ,労基法37条に適合させるため,複雑な賃金支払方法が用いられている。そして,複雑な賃金制度の解釈をめぐって,紛争が多発している。時間外労働等の割増賃金は,労基法所定の計算方法ではなくても,①通常賃金(基礎賃金)と割増賃金の部分が明確に区分できること(判別可能性/判別要件)および②割増賃金の部分が,法所定の計算方法による割増賃金の額を下回らないことという2つの要件を満たせば,労基法37条に反しないと解されている。運送業では,実質的にオール歩合給といえる賃金制度が,判別要件を満たすかが争われ,近年,国際自動車事件,トールエクスプレスジャパン事件,熊本総合運輸事件等の重要判決が相次いでいる。本稿では,実質的にオール歩合給といえる賃金制度が否定されたわけではないが,判別要件を満たさないと判断される傾向にあるという一応の整理を行った。


2024年2・3月号(No.764) 特集●モノを運ぶ仕事の労働問題

2024年2月26日 掲載