労働政策の展望
労基法労働時間法制からの脱却を

毛塚 勝利(法政大学大学院客員教授)

はじめに

労働法は労働政策の法でもある。社会環境の変化に合わせてシステム調整が必要となるからである。1990年代以降、労働契約法の制定と個別労働紛争処理制度、労働者代表制の整備を立法政策の中心的課題としてきた。このうち、最初の二つはまがりなりにも実現をみた。残る課題は労使関係法制のシステム調整である。それゆえ、「労働政策の展望」を論じる本欄では、この70年間手がつけられていない労使関係法制の整備、とりわけ、代表制民主主義とステークホルダー民主主義の原理にもとづく労使関係の整備[注1]の必要性を説きたい気持ちが強い。しかし、ここでは、やはり安倍政権の「働き方改革」の一環として俎上にのっている労働時間法制の見直し議論を取り上げることにする。あるべき労働時間法制の基本的コンセプトが欠落していると思われるからである[注2]

1 長時間労働解消策としての問題点

協定時間の上限規制で長時間労働の体質は変わらない

今回の改正案「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」の一部には、年次有給休暇5日の時季指定義務やフレックスタイムの清算期間の延長等も含まれているが、時間外労働の上限規制と高度プロフェッショナル労働制度の導入が改正案の眼目である。過労死・過労自殺という「日本的病弊」が社会的耳目を集めているだけに、長時間労働防止策を打ち出すことは間違っていない。しかし、労使協定でも超えられない時間外労働の上限を罰則付きで設定することがどこまで有効な政策たりうるかは疑問である。罰則付きであるがゆえに、月60時間、特例条項を用いた場合には複数月平均で80時間、単月100時間未満と、過労死認定基準ともいえる水準での上限設定になるのみならず、時間外労働の実績が月45時間の限度時間を超える事業所は1割もない(平成25年度労働時間等総合実態調査)ことを考えれば、ほとんどの企業に「働き方改革」に取り組むインセンティブを与えるものとは思えないからである。

また、過労死防止の観点から長時間労働対策を考えるなら、過労死・過労自殺が管理的職業従事者や専門的・技術的職業従事者にも多いことを考えれば、管理監督者や裁量労働者を含めた長時間労働防止策を議論すべきであろう。その対策もなく、管理監督者や裁量労働者に残存する深夜労働や日曜労働規制をも解除する「高度プロフェッショナル労働」制度を作ろうというのでは筋が通らない。

必要なのは生活時間の貧困の認識

長時間労働の解消が求められているのは、過労死問題解決のためだけではない。子どもの孤食に、老人の孤独死、消防団員不足、PTAの解散等々、家庭生活や地域生活の劣化が著しいこと、つまり、生活時間の貧困をもたらしているからでもある。そもそも、「働き方改革実現会議」は、「少子高齢化」や「生産年齢人口減少」が「経済成長の隘路」となっている[注3]との認識に基づき、働き方改革に取り組んでいるのである。とすれば、労働時間法の整備は、なによりも家庭生活や社会生活の時間を確保することに焦点をあてるべきなのである。実行計画は、「長時間労働は、健康の確保だけでなく、仕事と家庭生活との両立を困難にし、少子化の原因や、女性のキャリア形成を阻む原因、男性の家庭参加を阻む原因」といいつつも、その認識は労働時間法制の改革議論に結びついていない。また、実行計画は、テレワークやクラウドワークに言及しながら「柔軟な働き方がしやすい環境整備」をも掲げるものの、これまた、労働時間法の問題として議論する意識をもたない。情報通信技術の発達がもたらすのは、場所的拘束性からの解放とともに生活時間の侵食可能性の拡大なのである。

2 生活時間の確保を基軸に据えた労働時間法とは

自由時間から生活時間へ

日本の労働時間法制は、実労働時間規制に焦点を当てるあまり、もともと、1日の最長労働時間規制や休息時間の規制を欠き、非労働時間=自由時間の確保に関して無頓着であった。しかし、いま必要なことは、この非労働時間を自由時間として位置付けることを止め、生活時間として捉え直すことである。自由時間として捉えるかぎり、生活時間に含まれる公共的性格が浮かびあがらないからである。

生活時間には、睡眠時間のように労働者の健康を維持するうえで不可欠な休息時間や趣味や自己啓発にあてる個人時間も含まれるが、家族とともに過ごす時間や地域の人々とともに過ごす時間も含まれている。かかる時間は、現代社会における家族生活や地域生活の在り方を規定する。労働者が、家庭人として家族責任を引き受け、市民として社会責任を引き受けることが、われわれの社会の豊かさを創る。家族責任をどう引き受けるか、社会生活にどうコミットするかは各人の全き自由でよい。しかし、育児や介護に関わる労働者の時間を配慮・受容すること、福祉活動、防犯・防災、環境整備活動、スポーツ・文化活動等の地域ボランティア活動に関わる労働者の時間を尊重・受容し、支援することは、使用者のみならずすべての市民としての責務といってよいのではないだろうか。

生活時間確保規制の三つの柱

労働時間法制が、家族生活や社会生活を充実させる生活時間を確保するための尊重・配慮の視点からの労働時間規制が、まず求めるのは、1日の最長労働時間規制である。変形制で週労働時間を弾力的に配分する場合であれ、業務上の必要性に基づき時間外労働を行う場合であれ、1日10時間(休憩込みの拘束11時間)を超えることができないとすることである。これは、裏から言えば、1日13時間の最低生活時間規制である。

生活時間の視点からの労働時間規制が求める二つ目は、労働者が自分の生活スタイルにあった働き方を選択できること、時間主権(生活主権)である。家庭生活における時間配置は、家族構成員の人数、年齢、健康状態等、その属性によって異なる。育児、病人看護、障害者のケアは、それぞれの個別事情に応じて生活時間をコントロールすることができることが望ましい。その意味で生活時間の配置を優先して労働時間の配分や配置を決めることができること、つまり時間主権を最大限尊重することが、労働時間法制の基軸に据えられなければならない。また、情報通信技術の発達によって非現業部門では働く場所を共にせずとも協業が可能となっている現在、生活主権=時間主権は、単に、労働時間の配置と配分にとどまらず、労働の場所についても労働者の選択に委ねてよい。在宅勤務の選択を労働者ができることは、生活主権の観点からみて望ましいからである。

生活時間の確保を基軸にした労働時間規制が求める三つ目の柱は、時間外労働の時間清算(休暇調整)原則である。時間外労働は生活時間の侵害に他ならないから、時間外労働が行われた場合には、一定期間内に法定労働時間内に収める労働時間の調整義務が使用者に課されることである。換言すれば、時間外労働は賃金による清算ではなく時間による清算を原則とすることである。賃金支払は割増賃率分のみに限定される。翌月の調整を原則とし、賃金支払日までに使用者が労働者の希望を聞いたうえで調整日を指定する。もちろん、これまで労働者の多くが時間外労働手当に依存してきた経緯を考えれば、一定要件のもと一定範囲内で賃金清算を認める例外的措置を認めてもいい[注4]。しかし、例えば、月30時間を超えるような時間外労働は時間清算しか認めるべきではない。

時間外労働の時間清算は、時間外労働のもつ雇用調整機能を失わない弾力的労働時間規制である。もっとも、代償休暇制度が定着していない日本で時間清算がサービス残業にならないようにするには、使用者に調整休暇指定義務を課すことや時間清算が終了していないかぎり36協定の更新を認めない等の実効性確保措置も必要となろう。時間清算を求めるかぎり改正案が考えるような年や月の上限規制も不要なのである。清算余地のない時間外労働は認められないからである。

3 賃金時間の規制緩和と生活時間

生活時間規制に適用除外はない

改正案のもう一つの目玉、高度プロフェッショナル労働制度の導入議論は、労働時間が賃金の多寡を左右する時間でもあること、つまり、賃金時間をみての議論である。賃金と労働時間との牽連性を切断することは、賃金の決め方の問題であり、賃金時間の法的規制に反しない限り、それ自体契約の自由であり、何ら問題ではない。問題は、賃金と時間の切断によって肉体的精神的負荷時間の規制をも免れようとすることである。賃金決定要素から時間を排除することは健康安全にかかる負荷時間の規制解除を意味しない。もっとも、健康確保のための時間規制を負荷時間と切断して規制することも可能である。しかし、賃金時間や健康時間を負荷時間と切断したとしても、生活時間の公共的性格を考えれば、負荷時間規制の背後にある生活時間の規制を不要とするものではない。その公共的性格を踏まえれば、管理監督者であれ、高プロ労働者であれ、生活時間規制は求められるのである。

インターバル規制は生活時間規制

今回、インターバル規制の導入が議論されたが、労働時間等設定特別措置法上の単なる努力義務とされ、その法的性格も詰められていない。健康確保義務の選択肢の一つとして議論されていることからすれば、それは、欧州法にみられる休息時間規制と同質のものと理解しているのであろう。しかし、休息時間規制は、実労働時間規制対象者、とりわけ交代制労働者を対象にした健康確保措置であるが、日本のインターバル規制は、もともと情報産業の裁量労働者を対象にして一部導入されてきた[注5]ことからも分かるように、必ずしも実労働時間規制対象者を前提としたものではないこと、また、日本の場合、都市部での通勤時間が平均1日2時間であることを考えれば、欧州法の11時間では実質9時間で、食事時間と家事時間を除くと睡眠時間の確保も困難となる。他方、休息時間にはいかなる中断をも認められないため、情報通信技術の発達した今日の働き方のもとでの不自由さも指摘され始めている。この点、インターバル規制を生活時間規制と解することで、裁量労働者、管理監督者、高プロ労働者であろうと適用されることを合理的に説明できるし、その間隔も11時間ではなく、最長拘束時間の裏側の13時間とすべきことも明確となる。また、情報通信技術の発展がもたらした現在の働き方を前提にした場合、インターバル規制と時間主権との調整がしやすい[注6]

4 単独立法の総合的労働時間法を

労働時間の多面的側面を捉えた法

労基法労働時間法制は、労働者の健康・安全を確保するために肉体的精神的負荷のかかる実労働時間を行政監督と刑罰をもって規制する保護法的規制である。しかし、今後の労働時間法制を考えたときには、賃金時間、健康時間、生活時間、雇用時間のすべてを視野にいれるとともに、契約法と保護法の性格をもつ総合的労働時間法とするのが望ましい。

労働時間の多面的側面を視野に入れた労働時間規制であれば、賃金時間の弾力化が健康時間や生活時間の規制をネグレクトしてよいはずがないことが自明になろう。健康確保の観点からは、たとえば、育児介護責任者に対する健康配慮に関しては、生活時間をも把握したうえでの対応を求める等、有償労働の負荷時間だけでなく無償労働の負荷時間をも考慮して規制することも、保護法的規制に限定されない規制手法の多様性とあいまって、可能となる。また、労働時間が雇用量を左右すること、つまり、雇用時間を視野に入れて労働時間規制を行うことも、承認されてよい。時間外労働の時間清算原則は、生活時間確保の観点からの要請であるが、同時に、雇用時間の観点からも積極的に支持される。時間清算(休暇調整)期間の設定に関する労使協定に一定の幅を持たせることで、経営に不可欠な労働の柔軟性を与えるだけでなく、雇用確保機能をも持たせうるからである。

私法的規制の有用性

労働時間のもつ多面的性格を踏まえた法的規制を行う場合、私法的効力を持つ規定を置くことはとりわけ有効である。まず、労働時間管理義務である。労基法が、使用者に法定労働時間の遵守を求め、深夜労働や休日労働には割増賃金を支払うべきことを定めていることから、現行法上、労働時間の数量や配置を把握する労働時間管理義務を使用者に課していることはいうまでもないが、管理監督者等の適用除外労働者については、かかる労働時間管理義務の存否は不明となり、実際の労働時間を把握していない実態もある。しかし、労働義務の範囲を限定しない労働契約はありえないから使用者が約定労働時間を遵守すべき義務を負うこと、また、安全配慮義務の一環として、労働時間管理義務は契約法上も存在すると解しうるが、これを労働時間法で確認しておくことは有用である。

生活時間に関しては、先にみたように、労働時間の配置や配分、場所に関して労働者の決定権を認めること(時間主権=生活主権)が一つの柱となるが、このような権利構成が私法的規制に適合的であることはいうまでもない。また、労働者が家庭生活や地域生活にかかる活動に関与する際に、労働義務から解放される「生活時間配慮義務」を使用者が負うことを一般的に確認しておくことは、制度化される権利を説明するうえでも、制度化されない事態に対応するためにも有用であろう。

今後、重要性が増すと思われるのは賃金時間の規制である。非正規労働の拡大は、細切れの短時間就労をも作り出している。複数の企業での就労を余儀なくされる「複業」労働者が増加している現在、賃金時間の確保がきわめて重要な課題となることが想定される[注7]。かかる場合、労働者が一つの職場でフルタイム等、労働時間の延長を求める場合には、それを可能にする労働時間の延長権等の保障も必要となるが、かかる規制も私法的規制に適合的である。出来高払賃金制の場合には使用者に「労働時間に応じ一定額の賃金の保障」を求める労基法27条も賃金時間の規制とみることができるが、保護法的規制であるため、額の定めがなくても額が最低賃金を下回っても、処罰可能性はともかく労働者の具体的賃金請求権を発生させない。私法上の請求権を基礎づける規定の方が望ましい例である。

履行確保システムの多元化

時間外労働の時間清算の実効性確保に監督行政はなお不可欠であろう。また、私法的効力が承認されることで、労働者の権利行使を通しての履行確保も容易になろう。しかし、より重要なことはモニタリングシステムの拡充である。生活時間の公共的性格を踏まえれば、生活時間を確保することは、労使はもとより、国・自治体を含む、すべての関係当事者の責務である。ある企業の労働時間の有り様は、単に企業内労使の問題ではなく、地域住民、学校、取引先等、当該企業のすべてのステークホルダーの関心事でもあることを認め、当該企業の労働時間の実情をモニタリングできなければならない。市町村レベルに、労使団体、学校教育関係者、福祉施設関係者、ボランティア関係団体等の代表者で構成されるモニタリング委員会等の機関を設け、労働時間の実情把握と改善提言を行うことが考えられるが、何よりも必要なことは、労働時間の実態(所定労働時間、年間労働日、時間外・休日労働、休暇取得状況等)を把握できる情報の開示義務を課し、労働組合や市民団体等により自主的なモニタリング[注8]を促すことであろう。


脚注

  • [注1] 毛塚勝利「企業統治と労使関係システム─ステークホルダー民主主義論からの労使関係の再構築」石田眞・大塚直編『労働と環境』(日本評論社、2008年)47頁以下。同「産業民主主義のあらたな姿を求めて─日本の労使関係システム再構築の課題」Business Labor Trend 12月号(2012年)19頁。
  • [注2] 労働時間法制の構造転換については、毛塚勝利「新たな労働時間法を─生活時間アプローチの基本コンセプト」労働法律旬報1884号(2017年)6頁、同「長時間労働解消政策と労働時間法制のあり方─36協定時間の罰則付き上限規制で長時間労働体質は変わらない」季刊労働法257号(2017年)80頁、同「生活時間の確保を基軸に労働時間法制の構造転換を」DIO 330号(2017年)4頁以下等で説いてきた。あわせて参照いただきたい。
  • [注3] 「働き方改革実行計画」(2017年3月)の総論部分1(1)参照。
  • [注4] 割増賃金の法的性格を生活時間侵害に対する補償金と解し、一定時間以上の時間外労働につき時間清算ではなく賃金清算を選好した場合について、割増賃金の一定比率は労働者に帰属させる必要がないとの議論については、毛塚・前掲[注2] 労働法律旬報1884号9頁以下参照。
  • [注5] 情報産業におけるインターバル規制導入経緯については、春川徹「勤務間インターバルの確保に向けた環境整備に向けて」DIO 324号(2017年)16頁以下を参照。
  • [注6] 毛塚・前掲[注2] DIO 330号論文6頁参照。
  • [注7] 複数の仕事に従事する「複業」の現状に関しては、萩原牧子・戸田淳仁「『複業』の実態と企業が認めるようになった背景」(PDF:727KB) 日本労働研究雑誌676号(2016年)46頁以下。
  • [注8] 育児介護休暇の取得状況等のモニタリング報告書が厚労省で政策評価の一環として公表されてきたが、求められるモニタリングは、企業のステークホルダーとして労働組合が市民団体や地方自治体と連携した自主的モニタリング(ステークホルダー民主主義)である。

2018年1月号(No.690) 印刷用(PDF:631KB)

2017年12月25日 掲載

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