特集解題「労働基準法・労働者派遣法・職業安定法改正」

2004年1月号(No.523)

編集委員会

2003年は、職業安定法、労働者派遣法、労働基準法という重要な法律の改正があいついだ年であった。本特集は、これらの法改正の目的と内容を検討すると同時に、そのインパクトを多角的に分析しようとするものである。今回の法改正の背景には、雇用形態の「多様化」への対応があり、本号掲載論文を見ても、「選択肢の多様性」にふれるものが多い。そこで、本解題では、トピックごとに「選択肢の多様性」という点に着目しながら各論文を概観することとしたい。

まず、職業安定法と労働者派遣法の改正について見てみよう。今回の法改正は、1999年の改正による大きな政策転換(有料職業紹介と労働者派遣事業に対する厳格な規制から積極的承認へ)を継承して、労働市場の機能の強化を目指すものであった。大橋氏は、この改正は労使の選択肢を増やすという点で肯定的な評価が可能であるが、ただ立場の弱い労働者に実際にどのような選択肢が用意されているかを政府当局は把握しておくことも必要であると述べる。また、水島氏は、労働者派遣法の改正による規制緩和(派遣期間の制限の緩和、製造業での派遣の解禁)は、派遣労働の機会を拡大させる一方で、それが雇用の不安定化に結びつく可能性があるとする。そして、問題は、本来常用で雇用される能力と適性を兼ねそなえた労働者が、本人の意思に反して、不安定な派遣労働を選択せざるをえない状況が社会的に作り出されてしまうことにあるとする。このように労働者派遣法の規制緩和の真の問題は、不安定雇用が増えることそれ自体にではなく、労働者が真に「選択していない」不安定雇用が増える危険性にあるということが示されている。

次に、労働基準法の改正(有期契約法制、解雇法制、裁量労働制の改正)を見てみよう。

まず、有期契約法制の改正のうち、期間の上限規制の緩和は、大橋氏は、ここでも労使の選択肢を広げるという観点から肯定的に評価する。これに対して、労働者側弁護士の宮里氏は、有期雇用は保護の程度の小さい雇用形態であり、規制緩和は、使用者にとっての選択肢が増えるだけであるとする。他方、人事管理の実務の観点から、荻野氏は、有期雇用には高度専門能力活用型と雇用柔軟型があり、今回の上限規制の緩和により期間が延長することになる(選択肢が実際に増える)のは、前者の型であると指摘する。そして、常用代替や若年定年制につながるという労働側の懸念に対しては、今回の改正によりそのような変化が生じるとは考えにくいと述べる。

おそらく実務的には、荻野氏の述べるように、上限規制の緩和はそれほど大きなインパクトをもつものではないであろう。それにもかかわらず、宮里氏が今回の改正に批判的であるのは、現行の有期契約法制自体に対して疑問を抱いているからであろう。問題は、(派遣労働の場合で述べたのと同様に)雇用柔軟型の有期雇用が、労働者にとっての真の選択肢となるかどうかである。唐津氏は、有期雇用と期間の定めのない雇用とを労働者の選択肢として同等に位置づけるような措置を講じることが必要であり、具体的には、有期雇用が解雇規制の潜脱手段とならないようにするために、契約期間の設定に合理性要件を課すべきであると主張する。他方、荻野氏は、(労使の)選択肢の多様化という観点から、契約期間の上限をさらに5年に引き上げたうえで、定年以外にもさまざまな退職事由を定めておき、それが現実のものとなったら円満に退職するという多様な契約を可能とするための規制緩和を求めている。

解雇法制の改正については、解雇制限規定の新設(労基法18条の2)が注目を集めたが、これは従来の判例法理をそのまま成文化したにすぎないので、企業実務へのインパクトはそれほど大きくないと考えられる。もっとも、荻野氏は、法制化自体が、企業に対して解雇の合理性や相当性についての説明責任をはたす努力を要請していると考えられるので、基本的な人事管理の再点検と強化が求められるのではなかろうか、と述べる。

解雇関連規定の解釈については、さまざまな法的論点があるが、それは各論文にゆだねるとして、ここでは、今回の法改正で導入が見送られた解雇紛争の金銭解決制度について見ておきたい。金銭解決制度には、紛争解決手段の選択肢の拡大というメリットがある(荻野論文を参照)が、唐津氏と宮里氏は、このメリットは労働者のみが享受すべきと主張する。その理由は、唐津氏によると、金銭解決制度は無効な解雇により利益が侵害された労働者に対して原職復帰以外の紛争解決の選択肢を与える制度でなければならないからである。宮里氏も、現実の解雇紛争の多くで金銭解決が行われているのは、労働者がやむなくこれに応じているのであり、したがって金銭解決のオプションは労働者側にしか与えるべきではないとする。

ところで、今回の労基法改正の過程で労使が最も激しく対立したのは、実は「選択肢の多様性」とは直接に関係しない、解雇の立証責任という裁判実務に関する論点であった(これが、条文の文言をめぐる議論と関係していたことについては、宮里論文を参照)。つまり解雇権濫用に関する立証責任は、権利濫用法理に関する通常の取扱いとは異なり、使用者が負担することになるのか。それと関係して、裁判実務では、実質的には、解雇には正当事由が必要であり、使用者が正当事由についての立証責任を負うという立場(正当事由説)と変わらない運用がされてきたのか。この点につき、使用者側弁護士の中町氏は、従来の裁判実務上において、使用者側が解雇事由の該当性について積極的に主張立証を行ってきたことは認めるものの、労働者側が権利濫用の立証責任を負う(労働者側が権利濫用性を根拠づける事実を立証しなければならない)という原則は一貫して堅持されてきたと主張する。

もっとも、このようなかなりテクニカルな問題が大きな争点となったことは、今回の解雇法制の改正に対する物足りなさにもつながっている。唐津氏は、政府が新たな発想による明確なビジョンのもとに解雇規制の立法化にいどんだのではなく、国会の審議でも、解雇規制のグランドデザインに関する議論が深まることなく終わったことについて失望を禁じえないとする。

では、グランドデザインについては、どのような議論が可能か。大橋氏は、経済学の立場から、解雇規制のあり方について分析をし、解雇規制の雇用への影響は大きくないが、分配面では、企業の負担を重くする一方で、失職者の損失をやわらげるという効果をもつと述べる。そして、「解雇規制の問題の決着には、解雇の負担を社会全体としてどのようにすれば少なくできるかを確認した上で、それをだれがどれだけ負担するかについてある程度の社会的な合意が必要になるだろう」と述べている。このような社会的な合意の前提として、解雇規制に関して、いかなる政策の「選択肢」があり、それぞれの政策が労使や社会全体に対してどのような影響を及ぼすのかについての情報が、国民に対してわかりやすく提供されることが必要と思われる。

最後に、裁量労働制の改正について、荻野氏は、企画業務型裁量労働制の規制緩和は、実務的にはかなり不十分なものにとどまっていると評価し、中長期的には、ホワイトカラー・エグゼンプションを導入したほうがよいとする。これに対して、宮里氏は、手続的要件の規制緩和は裁量労働制の適正な運用の保障を弱めるものであると批判し、ホワイトカラー・エグゼンプションにも反対する。

ホワイトカラーの労働時間制度について、現行の裁量労働制やフレックスタイム制などに加えて、どこまで規制の緩い「選択肢」を法律上認めるかは、今後の重要な政策検討課題であろう。その点の検討については、本誌519号の諸論文を参照していただきたい。

責任編集 荒木尚志・大内伸哉・中窪裕也(解題執筆 大内伸哉)