特集解題「高齢者雇用と年齢差別」

2003年12月号(No.521)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

年金支給開始年齢の引き上げと高齢者雇用への関心

わが国の公的年金制度は、大きな改革の途上にある。2001年に始まった老齢厚生年金の支給開始年齢引き上げは、2004年4月に二つ目のハードルを越える。定額部分の支給開始年齢が1歳引き上げられ、現行の61歳から62歳になるからである。定額部分の支給が61歳になる直前、多くの企業の労使は、定年年齢と年金支給開始年齢に空白が生じないように、定年後の継続雇用制度を用意した。しかし、継続雇用制度は、予想に反してあまり使われなかった。その理由として考えられるのは、景気が低迷し労働需要が伸びなかったこと、企業の用意した継続雇用制度が従業員にとって魅力的でなかったことである。また、定年後に求職登録をすると180日間の失業給付が受けられたことも影響している可能性がある。

しかし、2004年4月からは、定額部分の支給が2年間遅くなる。社会保険庁の統計によると、2001年に年金をもらうようになった男性の平均年金受給額は、定額部分がある場合は196,746円、定額部分がない場合は104,643円となっている。定額部分だけで毎月の生活を維持していくには、やや厳しい水準である。これまでは、満額の老齢厚生年金が出るまで、1年間持ちこたえればよかった。しかし、これからは2年間待たないと満額支給にならない。継続雇用制度に対する関心は、否応なしに高まると考えられる。

年齢差別がキーワード

このような状況をふまえ、今月は高齢者雇用問題を検討することにした。2001年1月号の議論を継承しつつ、その後の日本国内の対応状況と諸外国の動向を中心に全体を構成した。高齢者雇用を考える際、何がポイントになるかは手塚提言にまとめられている。すなわち、65歳までの雇用を確保するにはどうすればいいかという点である。

この問題を考える糸口として、私たちは「年齢差別」を置いた。日本国内でも、年齢に関わりなく働ける社会を実現するために、年齢差別禁止を法制化してはどうかという意見がよく聞かれるようになっている。EU諸国では、2000年11月に採択され同年12月に施行された2000/78/EC指令によって、遅くとも2006年12月初めまでに年齢差別禁止を法制化しなければならなくなった。人口構成や経済構造がわが国に比較的近いドイツで、EC指令にどのような対応がなされているのか気になるところである。また、年齢差別禁止法の先進国であるアメリカにおいて、この法律が高齢者の雇用促進にどの程度貢献したについても学ぶところは多い。そのような意図から、三つの論文と一つの紹介論文を配置した。

高齢者雇用における三つのタイプ

戎野論文は、高齢者雇用の実態を統計調査と実態調査を使って明らかにしている。企業側に高齢者雇用が進まない理由をたずねると、人件費負担をあげる企業が最も多い。しかし、労働者に対する調査結果をていねいに比べると、企業が高齢者に払える金額と労働者が希望する金額に大きな開きはない。定年後も企業に雇ってもらえるか否かは、管理職としてではなく1人の実務家として職場から頼りにされるような能力を持っているかどうかにかかっている。そこで焦点となるのは、どのようにすれば企業に買ってもらえる能力を維持できるかである。戎野は、定年後の継続雇用に熱心に取り組んでいる5社を調査し、60歳+α型、年齢捨象型、年齢対応型の三つのタイプに分けて、企業側の対応方法を整理した。60歳+α型の企業は、60歳定年を前提として雇用制度を作っており、社会的要請や人手不足に対処するために継続雇用制度を用意している。そのため、企業に買ってもらえる能力を従業員が持ち続けられる保障はなく、継続雇用される人とされない人が発生している。他方、年齢捨象型企業では、年齢という軸ではなく「スキル」という基準を意図的に置いて従業員の処遇を決めようとしているため、まとまった量の高齢者雇用が期待できる。また、年齢対応型企業も、年齢に応じて組織内で果たすべき役割を整理しているため、かえって高齢者雇用に適しているとする。年齢をどこまで気にするかは業種によって異なるが、戎野論文は、高齢者雇用のあり方について新しい見方を提示している。

採用における年齢制限撤廃が第一歩

北浦論文は、まず、中高年齢者の雇用促進のために雇用率が設定された1960年代半ばから現在までの政策を概観する。当初は、一定の雇用率を課すという「規制」政策がとられ、定年年齢を55歳から60歳へ引き上げることに重点が置かれた。60歳定年制が法制化されると、規制よりも助成金による「誘導」措置によって中高年齢者の再就職促進を図った。しかし、最近の雇用情勢の悪化とともに、再び事業主の行動を規制していく手法が強くなってきた。その一つが募集・採用にあたって年齢制限を付すことを禁止した改正雇用対策法(2001年4月)である。この「禁止」は、努力義務にとどまっているため、その実効性に疑問が呈されているが、職安や求人情報誌に出ている求人を分析すると、年齢制限を設けるものが減少していることがわかる。厚生労働省は、職安で受理した求人のうち、年齢不問求人の割合を平成17年度に30%にする目標を設定し、政策の実効性を高めようとしている。これらの点を確認した上で、年齢制限緩和の必要性と有効性を人的資源の有効活用という視点から論じ、最後に、年齢制限撤廃をめぐる政策的課題を整理している。努力義務であることの限界、年齢制限をする理由の説明方法と手続の見直し、企業が中高年齢者を採用しやすくなるようなしくみづくりについて展開されている。

国によって異なる年齢差別の禁止方法

櫻庭(中村)論文は、先進諸国の年齢差別に対する取り組みを整理し、議論のポイントを手際よくまとめている。年齢差別禁止の法制化は、アメリカにおいて最も早く実現したが、その実効性は必ずしも大きくない。適用対象者を40歳以上に限定していることや中高年齢者の退職勧奨が可能であること、差別効果法理を用いた立証が困難であることなどがその理由である。アメリカと同じくらい早く年齢差別禁止法を制定したカナダでは、四つの州で法律の対象者が65歳未満に限定されている。他方、EU諸国は、2000/78/EC指令前に年齢差別を禁止していた国(アイルランド、フィンランド)、EC指令後に差別禁止法を制定した国(フランス、ベルギーなど)、現在準備中の国(ドイツ、イギリスなど)に分かれる。ただ、年齢差別に対する考え方は国によってさまざまである。例えば、アイルランドでは、法の適用対象者が18歳以上65歳未満とされており、合理的な理由があれば採用年齢の上限を設定できるようになっている。また、フィンランドでは、年金受給資格を満たす時点での雇用契約の終了を定めることができたり、客観的に許容しうる理由があれば年齢を用いた取扱いが認められている。フランスでも、老齢年金支給に接合した65歳定年は年齢差別にならないと考えられている。諸外国の状況を観察すると、年齢差別禁止を固定的に考えるのではなく、規制の必要性・許容性を区分して議論することが重要であると櫻庭(中村)はまとめている。

アメリカの経験

川口論文(紹介)は、アメリカにおいて年齢差別禁止法の効果を計測した研究をサーベイし、整理している。アメリカの場合、州によって年齢差別禁止法の制定時期が異なるので、法律の効果を測りやすい。アメリカの研究は、年齢差別禁止法が保護対象年齢に該当する高齢者の雇用確率を有意に高めていることを報告している。他方、保護の対象とならなかった年齢層(66歳以上)については、雇用確率を約3~4ポイント低くすることも指摘されている。この結果は、日本で年齢差別禁止法ができた場合に起こるであろうことを予測させる。他国の経験に学ぶ重要性を川口論文は示している。

責任編集 佐藤厚・佐藤博樹・藤村博之(解題執筆 藤村博之)