資料シリーズ No.205
近年の技術革新と雇用に関わる諸外国の政策動向
概要
研究の目的
本研究の目的は、技術革新が雇用にもたらす影響に関する近年の学術的な議論及び技術革新が雇用を取り巻く環境を変化させていく状況の中で近年諸外国が講じている政策動向を把握することである。
研究の方法
文献調査、有識者に対するヒアリング調査
主な事実発見
- アメリカの動向
アメリカにおける技術革新の議論は、①産業ロボット、②AI、③インダストリアル・インターネット、④プラットフォームビジネス(シェアリング・エコノミー)の4点ある。
先行研究の特徴としては、技術革新は雇用減と同時に雇用増ももたらすが、自動的に雇用減になるわけでない社会、経済、法制度などの存在を意識している。また、雇用増については経済政策の担う役割を重視する。一方、技術革新とスキルの関連では、高スキル、低スキルの二極分化が進み、賃金も二極化がすすむとする先行研究がある一方で、中程度のスキルも新たに登場するとの見方がある。
政府は、技術革新の中でもAIについて人間の担う仕事を置き換えてしまうのではなくコラボレーションへ向かうべきとする立場をとる。また、AIが人間の行う判断を代行するのであれば、正義、公正、説明責任などを担保することやAI技術者に対する倫理教育の必要性、規制、AIに対応した学校教育の取り組み、インターネット環境による格差の是正などを指摘している。
プラットフォームビジネス(シェアリング・エコノミー)の進展に関しては、雇われない労働が拡大するとの指摘がある一方で、実態は下請け元請け関係の拡大との見方もあり、行政機関は社会保障税負担の見地から、下請け元請け関係の是正のための介入を行っている事例がみられる。
- ドイツの動向
EUの欧州経済戦略「Europe 2020」を受け、ドイツでも2010年に「ハイテク戦略2020」が策定された。同戦略プロジェクトの1つが「インダストリー4.0」である。製造業を中心にあらゆる分野のデジタル化を進め、AIやIoT等を徹底活用することで飛躍的に生産効率を高め、第4次産業革命を起こそうとするものである。「インダストリー4.0」への注目度が増すにつれて、「第4次産業革命が起こると人々の働き方はどのように変わるのか」という点にも関心が集まるようになった。そこで、連邦労働社会省(BMAS)は2015年4月、「労働4.0」という対話プロセスを立ち上げた。その成果をまとめたものが、2016年11月に発刊された「白書 労働4.0」である。
「労働4.0」も「インダストリー4.0」の構想と同様に、全く未知の制度や政策アイデアを提案しているわけではなく、既存の制度や政策を個別に改善・応用することで、デジタル化時代に適応した労働・社会政策の実現を目指している。
なお、デジタル化がマクロレベルの雇用に与える影響については、オックスフォード大学のフレイとオズボーンらの試算が引用されることが多い。それによると、アメリカでは20年以内に雇用全体の47%が自動化されるリスクが高いとされる。しかし、この試算についてドイツでは懐疑的な見方をする研究機関が多い。政府の委託を受けた欧州経済研究センター(ZEW)の分析では、「活動の一部は自動化されるかもしれないが、その職業全体が自動化されるということはあまりない。こうした点を考慮した場合、自動化(失業)リスクがあるのは、ドイツの労働者全体の12%のみ」とする予測を出している。
ドイツ政府は「技術革新が与える雇用への影響」についてはそれほど悲観的な立場を取っておらず、継続職業訓練の強化や労使関係の安定化を図りつつ、持続可能な社会経済発展と安定した社会保障制度等の再構築に解を見いだそうとしている。
- フランスの動向
政府による報告は、フランス戦略庁、雇用方向性評議会によるものがあり、自動化が雇用減だけをもたらすわけではないことを指摘した。フランス戦略庁(France Stratégie)が公表した報告書では、雇用労働者の15%に相当する340万人(2013年)の職が自動化できる一方で、40%近くに相当する910万人の職の自動化が難しいとした。その上で、職場の自動化は雇用の喪失をまねくだけでなく、生産性の向上により企業の投資をもたらし、ひいては雇用拡大に繋がり得ると指摘している。雇用方向性評議会は、自動化の進展によって10%未満の職が喪失する可能性があるが、既存の職の半分程度は、失われるのではなく変化する可能性があるとした。
民間シンクタンクのマッキンゼー・グローバル研究所の報告書は、過去15年間にインターネットの発展で50万人の雇用がフランスから失われる一方、同時に120万人の雇用が創出されたと指摘した。一方、ローラン・ベルガー研究所は、経済のデジタル化、情報通信産業の発展に従い今後20年間で自動化される可能性が高い職種に就いている労働者が全体の42%に上るとし、自動化が可能な職種は、肉体労働だけでなく管理部門や知的な業務を行う職種にも及び、2025年までに300万の雇用が失われる可能性があると推計した。
フランスでは、ルノー社工場における自動化や生産システムの改革など、製造業のみならず、配車、食事の配達、家事代行、移動(タクシー)など、デジタル・プラットフォームに基づくシェアリング・エコノミーが拡大の途上にある。こうした状況のなか、「対人サービス振興及び社会的団結の諸施策に関する2005年7月26日法」により、家事労働者を雇用労働へ区分変更する動きや、デジタル・プラットフォームを活用したビジネスを展開する企業が引き起こす問題の解決に取り組む組織が生まれ、デジタル・プラットフォームのなかで請負として働くことで、社会保障や労働基準法の適用から除外される労働者を保護する動きがみられるようになってきている。
- イギリスの動向
イギリスでは、自動化・AI分野の経済的な利益が意識されてはいたものの、政策的対応はこれまで消極的なものにとどまっており、業界とのパートナーシップに基づく成長支援や普及促進策が、2017年末にようやく端緒についたところである。この間、議会などでは、その普及がもたらす利益と併せて、社会的、倫理的な影響をめぐる議論が続いており、利用促進と併せて、基準設定や望ましい規制のあり方などを協議し、政府に提言を行う組織の必要性がいわれている。政府もそうした意見を認め、委員会組織を設置する意向を示している。
自動化やAIの普及に伴い、既存の雇用は少なからず代替のリスクに直面するとする分析は多いが、想定される生産性の向上や、賃金の改善、仕事内容の変化(単純作業の減少)あるいは追加的な需要を通じた新たな雇用の創出などの利益により、その影響は一定程度相殺されるとの見方が一般的である。ただし、新たな技術に対応した人材育成が課題として指摘されているほか、こうした利益の公正な配分には政策的介入が必要との議論もある。
デジタル経済の進展により、人々の働き方の変化が顕著に表れている分野の一つとして、シェアリング・エコノミーをめぐる動向が注視されている。プラットフォームを介した働き方は、企業と労働者の双方に柔軟性を提供する反面、労働者の側に所得の不安定さや、労働者としての権利が保証されないといった問題も生じさせており、既存の法制度の見直しなど、対応の必要性が議論されているところである。
- 中国の動向
中国政府は労働集約型産業を主体とする成長モデルからの脱却をめざす観点から、AI関連産業を今後の経済成長を牽引するものと重視し、近年その振興策を次々と打ち出している。2017年7月には「2030年までにAI(人工知能)技術を世界最先端の水準に引き上げ、関連産業を含め10兆元を超える市場規模に発展させる」という計画を発表した。AI産業の発展を担う人材の育成に取り組むことも盛り込んでいる。
科学技術の発展は新たな産業、雇用を生み出す一方で、機械化、合理化によって必要のなくなった雇用を削減する側面もあることが民間企業の報告書やマスメディアの報道等で指摘されている。政府はAIの普及で代替されるような職種に就いている労働者が失業しないよう、職種転換などの訓練に力を入れる考えを示している。
中国では情報通信技術の発展を活用したシェアリング・エコノミーの発展が目覚しい。シェアリング・エコノミーが普及する中で、労働契約を結ばずに、報酬を得て利用者にサービスを提供する就業者が増加している。こうした人たちを現在の労働法や社会保障はカバーしきれず、その権利の保護をめぐって裁判になるケースが生じている。
政策的インプリケーション
技術革新が雇用に与える影響を諸外国がどのように受けとめ、対応しているかといった情報は、日本において技術革新が雇用に与える影響への対応策を考える上で参考になるものと思われる。
政策への貢献
政府の「生産性革命」の検討材料、および今後の雇用政策の基礎資料となることが期待される。
本文
本文がスムーズに表示しない場合は下記からご参照をお願いします。
- 表紙・まえがき・執筆担当者・目次(PDF:514KB)
- 第1章 はじめに
第2章 技術革新が雇用に与える影響に関する学術研究の若干のサーベイ(PDF:462KB) - 第3章 アメリカの動向(PDF:613KB)
- 第4章 ドイツの動向 (PDF:570KB)
- 第5章 フランスの動向(PDF:747KB)
- 第6章 イギリスの動向(PDF:580KB)
- 第7章 中国の動向(PDF:606KB)
- 第8章 おわりに(PDF:504KB)
研究の区分
プロジェクト研究「技術革新等に伴う雇用・労働の今後のあり方に関する研究」
サブテーマ「技術革新、生産性と今後の労働市場のあり方に関する研究」
研究期間
平成29年度
執筆担当者
- 中野 諭
- 労働政策研究・研修機構 副主任研究員
- 山崎 憲
- 労働政策研究・研修機構 調査部 主任調査員
- 飯田 恵子
- 労働政策研究・研修機構 調査部 主任調査員補佐
- 北澤 謙
- 労働政策研究・研修機構 調査部 主任調査員補佐
- 樋口 英夫
- 労働政策研究・研修機構 調査部 主任調査員補佐
- 石井 和広
- 労働政策研究・研修機構 調査部 前主任調査員補佐