調査シリーズNo.232
人への投資と企業戦略に関するパネル調査
(JILPT 企業パネル調査)(第1回)

2023年10月31日

概要

研究の目的

企業における「人への投資」をはじめとする人材戦略の変化が経営や労働市場に及ぼしていく影響について継続的に把握することを目的として、企業パネル調査(同一の企業を対象に連続して行う調査)を実施するもの。本調査は、2022~2026年度の5年度にわたり毎年度1回行う予定であり、今後、本調査によるパネルデータの蓄積を待って更なる分析を進めることを想定しているが、本調査シリーズは、第1回目の調査の集計結果を公表するもの。

研究の方法

中小企業を対象としたウェブモニター調査及び大企業を対象とした郵送調査による企業パネル調査(同一の企業を対象に連続して行う調査)。中小企業調査は2回に分けて2022年9月1日~13日及び10月1日~14日に実査。大企業調査は2022年10月18日~11月16日に実査。有効回収数は、中小企業調査で前半2,779社(有効回収率23.8%)、後半2,936社(有効回収率25.1%)、大企業調査で442社(有効回収率8.8%)。

主な事実発見

【本調査で明らかになったこと】

  1. 企業の雇用人材戦略、経営戦略について
    • 中小企業、大企業ともに全体として人手不足感が強い中、「デジタル化を担う人材」の不足感が特に強い。重視する人材確保の取組については、中小企業では募集賃金の引上げなどの労働条件の改善が、大企業では採用チャネルの多様化が目立つ。
    • 雇用人材戦略については、中小企業、大企業ともに、経営人材及び中間管理職では内部育成、抜擢、企業主導の教育訓練を重視する傾向が、デジタル人材では抜擢、自主的学習・啓発を重視する傾向がみられる。
    • 中長期的な経営戦略については、中小企業、大企業ともに、「成長重視」より「利益重視」、「コスト削減」より「差別化に注力」、「多角化」より「選択と集中」、「事業の縮小・撤退方向」より「拡大方向」、「市場拡大」より「競争激化」の方を選択する企業の方が多い。
    • 重視する関係者(ステークホルダー)については、中小企業、大企業ともに従業員と顧客(販売先・受注先)を最重視。大企業では社会・地域や株主を重視する傾向もみられる。

    図表1 経営において重視している関係者(1位、SA、単位=%)

    図表1画像:重視する関係者(ステークホルダー)については、中小企業、大企業ともに従業員と顧客(販売先・受注先)を最重視。大企業では社会・地域や株主を重視する傾向もみられる。

    ※経営において重視している関係者(ステークホルダー)の1位の回答について集計した。

  2. 「人への投資」をはじめとする企業の人材マネジメントについて

    (1) 人材マネジメント

    • 雇用管理・人材マネジメントの取組については、中小企業では、「長時間労働の防止」「安全衛生対策の強化」に比較的多く取り組んでいるが、大企業では、これらに加え「ハラスメント対策」「仕事と育児・介護・治療等との両立支援」「定期的な面談とフィードバック」などにも多く取り組む。人材育成の取組については、大企業に比べて中小企業の取組が、また、正社員に比べて非正社員に対する取組が、相対的に進んでいない。
    • 働き方や人材育成に関する具体的な制度についても、大企業に比べて中小企業での導入が進んでいないが、近年になって中小企業でも導入が広がる制度もある。

    図表2 実施している人材マネジメントに関する取組(MA、単位=%)

    図表2画像:雇用管理・人材マネジメントの取組については、中小企業では、「長時間労働の防止」「安全衛生対策の強化」に比較的多く取り組んでいるが、大企業では、これらに加え「ハラスメント対策」「仕事と育児・介護・治療等との両立支援」「定期的な面談とフィードバック」などにも多く取り組む。人材育成の取組については、大企業に比べて中小企業の取組が、また、正社員に比べて非正社員に対する取組が、相対的に進んでいない。画像クリックで拡大表示、再クリックで再拡大

    (2) 人材育成・教育訓練

    • 研修予算を投入しているスキル・知識については、中小企業では「業務知識」が目立つ一方、大企業では、それ以上に「対人スキル」も重視。
    • 研修の受講者の割合や受講日数については、中小企業ではそもそも研修を実施していない割合が高く、大企業では、受講者割合で0~20%未満、受講日数で1~2日未満が最多。
    • 現金給与総額に対する能力開発費の割合は、中小企業、大企業ともに、無回答が多いことに留意が必要であるが、最多回答である「0」を除くと「0.5超~1%」が比較的多い。

    (3) 従業員の満足度・ワークエンゲージメント、健康経営、人権デューデリジェンス

    • 従業員の満足度やワークエンゲージメントに関する調査は、中小企業の約3割、大企業の約5割で実施されており、中小企業では近年になって導入が進んでいる。また、中小企業、大企業ともに、労働組合・労使協議機関の有無とのクロス集計をみると正の関係もうかがえる。
    • 従業員の健康に関するデータの把握状況については、「喫煙している」従業員の割合を中小企業の約3割、大企業の約4割で、「運動習慣がある」「適正体重を維持している」「睡眠により十分な休養がとれている」の各従業員割合を中小企業の1割未満、大企業の約2割で把握している。

    図表3 従業員の健康に関するデータの把握状況

    図表3画像:従業員の健康に関するデータの把握状況については、中小企業、大企業ともに「一般定期健康診断受診率」は9割程度以上と高く、大企業では義務づけられた「ストレスチェック受検度」も9割以上と高い。それ以外の項目では、「喫煙している」従業員の割合を中小企業の約3割、大企業の約4割で把握している。また、「運動習慣がある」「適正体重を維持している」「睡眠により十分な休養がとれている」の各従業員割合を中小企業の1割未満、大企業の約2割で把握している。

    • 上記により実際に把握された各従業員割合について最頻値でみると、「適正体重維持」ができている従業員の割合は中小企業では10割、大企業では7割、「喫煙習慣」「運動習慣」を持つ従業員の割合はそれぞれ中小企業では2割、大企業では3割、「睡眠休養」が取れている従業員の割合は中小企業では10割、大企業では7割であった。
    • 人権デューデリジェンス(人権侵害に関わるリスクを評価し、管理するための対策)の取組割合については、大企業では「ハラスメント」対策で約8割、「従業員の属性に基づく権利侵害」対策で約3割と比較的取組が進んでいるが、中小企業では「いずれの取組もしていない」が約5割を占めるほか、「ハラスメント」対策で約5割と企業規模により取組に差異がみられる。
  3. デジタル技術(AI等)の活用について
    • 大企業、中小企業ともに普及が進むのは「Webミーティングツール」「クラウドを活用した社内の情報共有」等だが、「いずれのデジタル技術も利用していない」が中小企業で約3割あり、中小企業でのデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れがうかがえる。
    • 導入時期をみると、大企業、中小企業ともに「Webミーティングツール」「RPA」「顧客向けチャットボット」「社内SNS」「クラウドを活用した社内の情報共有」などで近年又は最近になって普及が進んでいる。
    • AI(人工知能)を活用したデジタル技術の活用については、既に導入した、又は行動を起こしている企業が、中小企業で約5%、大企業で約2割、「将来的に検討したい」が中小企業、大企業ともに約5割、「将来的にも検討する見込みがない」が大企業で約3割、中小企業で約5割。
  4. 新型コロナウイルス感染症の影響について
    • 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に起因して2022年9月時点で生じていた影響については、約3割の企業は「とくに影響はない」とした一方、中小企業では「社会活動の自粛による消費等の需要減退」が約4割、大企業では「感染や濃厚接触により勤務できない社員が増加して、事業運営に支障が生じている」が約4割と最多選択。
  5. 賃上げの状況について
    • 2022年度には、大企業、中小企業ともに約8割以上で何らかの賃上げの取組あり。「定期昇給」は大企業で約8割、中小企業で約6割、「ベースアップ」は大企業、中小企業ともに3割台、「賞与(一時金)増額」はいずれも約3割、「新卒初任給の増額」は大企業で約3割、中小企業で1割未満の企業で取り組まれた。
    • 「定期昇給」「ベースアップ」の実施の有無と、中長期的な経営戦略(成長重視、差別化注力など)、労働組合・労使協議機関の有無などとクロス集計すると一部では正の関係がうかがえる。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「労働市場とセーフティネットに関する研究」
サブテーマ「企業の人材戦略の変化とその影響に関する研究」

研究期間

令和4~5年度

執筆担当者

髙松 利光
労働政策研究・研修機構 統括研究員
田上 皓大
労働政策研究・研修機構 研究員
前田 一歩
労働政策研究・研修機構 アシスタントフェロー
山口 哲司
労働政策研究・研修機構 アシスタントフェロー

お問合せ先

内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

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