労働政策研究報告書 No.151
ワーク・ライフ・バランス比較法研究<最終報告書>

平成24年6月11日

概要

研究の目的と方法

本研究は、ワーク・ライフ・バランス(WLB)の法的意味に焦点を当てて検討し、今後の日本におけるWLB法政策に貢献しようとするものである。

具体的には、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、日本においてWLB政策が生じてきた背景や理由、その対象、WLB政策の当該国における雇用労働法制度の在り方などとの関係から比較検討した(総論部分)。また特に、 (1)育児等休暇・休業及びその間の経済的保障、 (2)労働時間規制(長時間労働規制 等)、 (3)柔軟な働き方(就業形態、弾力的労働時間制度)、 (4)保育サービスをWLBに関する事項とし、各事項に係る法制度とその運用実態等について、既存調査や文献等に基づき、それらに係る制度が、各国の企業・労働社会においてどの程度普及し、活用され、またどのような課題があるのか、さらに、日本にとって示唆的と考えられる事柄は何であるかを検討した(各論部分他)。

主な事実発見

1.各国総論の要旨

WLB政策導入・推進の契機として、ドイツ、フランス、日本では少子化対策としての視点が見られた。反対にイギリスとアメリカでは少子化対策の視点はなく、むしろ労働市場政策的視点が色濃くみられた。しかしいずれの国でも、中長期的にみた国力、生産力、国際競争力の確保につなげていく意図を有していたと考えられた。また、いずれの国でも、男性稼ぎ手・女性専業主婦モデルという配偶者関係、家族構成・形態の変化を受け、男性も含めた働き方の見直しや労働市場における人材確保・離職防止という視点が見られた。

具体的な政策の進め方として、各国とも新規立法措置や法改正により対応していたが、この点は国が労働・経済市場に対してどのような理念・思想をもって臨むかということと強固に結びついていた。

WLBの関心事項は、各国とも主として、男性を含め次代を担う子を養育する働く親、特に女性にフォーカスした仕事と生活・家庭・家族とのバランスの確保であった。

関連する個別の法政策は、各国とも上記 (1)~ (4)の事項と評価できるが、加えて、弾力的な働き方をした場合に労働条件について不利益を受けないことも重要な措置であった(欧州3カ国)。

2.各国各論の要旨

ドイツ、フランスでは、育児休業(育休)について、休暇取得か短時間就労かという選択肢が法制度上用意されており、また、雇用創出等異なる意図を有しているものの、近年ではWLBの視点をも包含していると評価し得るようなパートタイム労働法制が整えられている。他方、イギリスでは、育休等様々な休暇制度の改革が進められようとしている上に、前政権中に弾力的勤務制度(手続は下図参照)としてパートタイム労働を含め様々な弾力的勤務形態や労働時間形態が法制度上あるいは行政から提示され、それら制度の企業における導入が推進されている。

図表 弾力的勤務申請手続の流れ

図表 弾力的勤務申請手続の流れ/労働政策研究報告書No.151

出所:Dept. of Business, Innovation and Skills, Consultation on Modern Workplaces, May 2011, p.32.

これらWLBにかかわる諸制度は法律に根拠を有しており、労働者のニーズに適合しうるよう労働者に選択肢を与え、それを使用者に対して「申請する権利」として定めている点が、特に欧州3カ国において概ね共通する特徴であると考えられる。申請権であることのポイントは、申請した労働者と使用者が協議する(話し合いを持つ)ということである。実際には、労使双方が対面して話し合い、希望や実行可能な工夫を述べ合う中で、相互に歩み寄って調整するというプロセスになるのではないかと推察される。すると、申請権は手続的権利と表現できる。

実体的権利が法定される場合、このようなプロセスを法的に定めることは困難と思われる。すなわち、一方には権利があるがゆえにもう一方には義務が生じ、結果的その権利は弾力性のない権利となってしまう。欧州3カ国(特にイギリス)のように、子の養育等を理由としたパートタイム労働等の申請権を定めている場合、個別労使間での協議・調整のプロセスを経て双方納得の上で仕事と生活のバランスを図ることが可能となると考えられる。

WLBにかかわるニーズ、特に子の養育、男女役割分担意識を前提とした子育てや働き方から、男女等しい子育てや働き方への変革という視点から見ると、労働者個々人のニーズは多様であると思われ、実体的権利を法技術として用いることが妥当であるのか検討を要するのではないかと考えられる。また、申請権という形で労働者に手続的権利を付与することで、より多様なニーズへの対応が可能となるうえ、企業や事業所に対する労働者のコミットメントや同僚への良い意味での波及効果、職場全体の職務遂行の効率性といった良い効果をもたらすのではないかということも考えられる。

また、欧州3カ国では、11時間の休息時間の確保を法定していること、さらに、考慮要素は国により異なるようだが、パートタイム労働に対する時間比例原則に基づく処遇の法定化も特徴的である。

保育に関しては、法制度面ではドイツの入園(入所)請求権と、それに対応した国の義務が特徴的だが、フランスやイギリスでも早期幼児教育が法的に保障されている点はドイツと共通する。もっとも、早期幼児教育は無料であるのに対して、保育は有料である。フランスは、保育についても、親・保育実施主体・企業に対して他国と比べて比較的手厚い制度を整えていると思われる。この点、仕事か育児かの二者択一ではない選択肢を法制度上整えられることを検討する必要があろう。費用のかかる保育よりも無料の早期教育制度を利用することで、女性はフルタイムではなくパートタイムを選択している可能性を否定できないからである。したがって、WLBの観点からは、子を持つ親が(できればフルタイムの)就業継続を選択しつつ保育できるようにすること、また、保育の費用について、子を預ける親と共に保育実施主体や、従業員に保育を提供する企業への経済的支援をバランスよく整えていくことが必要であろう。

政策的含意

第一に、WLB、とりわけ、その中心的課題である子の養育と仕事の両立にかかるニーズは多様であり得るため、ニーズに適合的な法制度環境を整備すること。すなわち、より多様な「働き方」あるいは「保育」の選択肢を法制度上定めたり、既存制度のよりいっそうの活用に向けた方策の在り方を検討すること。

第二に、労働者側のニーズが多様な一方で、企業や職場の有り様も多様であると考えられることから、労使間でのコミュニケーションを通じた相互の利害調整や相互理解を促進し得るような法制度環境の整備や施策の在り方を検討すること。

第三に、労使間でのコミュニケーションを促進する手法として、実体的権利ではなく手続的権利を法技術として用いることの是非を検討すること。

政策への貢献

本報告書中、各国の検討や比較検討から得られた課題や示唆的な事柄は、日本のWLB政策にかかわる既存法令の更なる活用や運用にとって参照に値すると思われる。

本文

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研究期間

平成19~23年度

執筆担当者

奥山明良
成城大学法学部教授
池添弘邦
労働政策研究・研修機構主任研究員
川田知子
亜細亜大学法学部准教授(執筆時)
水野圭子
法政大学法学部講師
伊岐典子
労働政策研究・研修機構主席統括研究員

入手方法等

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