ディスカッションペーパー24-03
「仕事の質」からみる働き方の多様性

2024年4月4日

概要

研究の目的

OECDのJob Quality Frameworkを参照し、日本の労働市場における「仕事の質」を評価する。一般に正規雇用と非正規雇用は働き方が異なるとされるが、1)就業形態によって「仕事の質」は多様なのか、2)それとも就業形態によらない「仕事の質」が異質なセグメントが存在するか、3)また「仕事の質」は他のアウトカムとどのような関係にあるか、を明らかにする。

研究の方法

JILPT個人パネル調査「仕事と生活、健康に関する調査」(略称:JILLS-i)の第1回調査のデータを使用し、クロスセクションで分析を行う。当該調査は、日本国内に居住する35~54歳の男女(ミドルエイジ層)を対象に、半年に1回の頻度で同一個人を調するパネル調査で、サンプルサイズは20,000件。本分析に使用したのは就業者のみ、使用する変数に欠損値がある人は除外し、分析対象となったデータは、11,462件。

主な事実発見

「仕事の質」は、「ウェルビーイング」を構成する重要な要素のひとつであり、近年多くの国際機関で測定のための枠組みが開発されている。本稿は、OECDのJob Quality Frameworkを参照して、日本の労働市場における「仕事の質」を測定し評価する。OECDの枠組みでは、「仕事の質」は①賃金の質、②雇用の安定性、③労働環境の質(「仕事の負荷」によって測定される)から構成される。主な分析の結果は以下の通りである。

1)就業形態によって「仕事の質」は多様か

図表1は、「収入の質」を構成する各要素について、性別・就業形態別にどのような分布の違いが見られるかを図示している。正規雇用と非正規雇用の「仕事の質」は、一般的な認識と異なり「仕事の負荷」についてもあまり大きな違いが見られず、「収入の質」だけが大きく異なる。つまり就業形態によって働き方は「多様」というより、むしろ「序列化」されているといえる。むしろ明らかになったのは、就業形態の違いを超えて、多くの人が過度の「仕事の要求」に直面し、さらには不十分な「仕事のリソース」しか持っていないという課題である。

図表1 「仕事の質」 性別・就業形態別集計 (4要素)

図表1画像(解説)「仕事の質」の4項目について、性別・就業形態別に集計したグラフを表示している。

出所:著者作成

2) 日本の労働市場には「仕事の質」の観点から異質なセグメントが存在するか

上記で性別・就業形態ごとに仕事の質の違いが観察されなかったとしても、労働市場全体では多様に分布している可能性がある。そのためクラスター分析の手法を用いて、性別や就業形態といった特定の変数に頼らずに、労働市場全体で仕事の質がどのように分布しているかの異質性を探る分析を行った。その結果、労働市場には「仕事の質」の観点から多様なグループが存在することが明らかになった。あるグループは、賃金や雇用は安定しているのに、多くの人が仕事の負荷を感じている。一方では、賃金や雇用が安定しないうえ、仕事の負荷が高い人のグループもある。就業形態は、個人がどのグループに所属するかを決める重要な要因ではあるが、それだけが本人の仕事の質を決めるわけではない。どのグループにも異なる就業形態の人が入り混じっており、同じ就業形態のなかにも仕事の質の多様性がある。

3)「仕事の質」は他のアウトカムとどのような関係にあるか

「仕事の負荷」の2つの下位項目である「仕事の要求」と「仕事のリソース」に注目し、それらが健康や主観的ウェルビーイングなどのアウトカムにどのような関連を持っているか明らかにした。図表2は様々なアウトカムの結果を、「要求」「リソース」の数別に集計したものである。「仕事のリソース」が十分にあると、労働者の健康やエンゲイジメントなどのアウトカムが高く、特に「仕事の要求」が多い状況下でもアウトアムが悪化しにくい。「仕事のリソース」を充実させることはウェルビーイングを高める上で、「仕事の要求」を抑制することと並んで重要である。

図表2 「仕事の負荷」とアウトカムの関係:「要求」「リソース」別集計

図表2画像(解説)「主観的健康感」「仕事満足度」「メンタルヘルス」「ワーク・エンゲイジメント」という4つのアウトカムについて、「仕事の要求」と「仕事のリソース」の数別に集計した結果を表示している。

出所:著者作成

政策的インプリケーション

従来、非正社員は正社員よりも一般に仕事の負荷が少ないとみなされ、そのことがしばしば大きな賃金格差を正当化する理由とされてきた。しかし本稿の分析では、「仕事の質」の観点でみると正社員と非正社員でほとんど違いが見られず、賃金だけが大きく異なっていることの正当性が問われる。また、従来日本の働き方を改善するうえでは、長時間労働などの「仕事の要求」を抑制することが目指されてきたが、本稿の分析結果はむしろ「仕事のリソース」に注目しそれを高めていくことの重要性を示す。

本文

研究の 区分

プロジェクト研究「労働市場とセーフティネットに関する研究」
サブテーマ「格差・ウェルビーイング・セーフティネット・労働環境に関する研究」

研究期間

令和5年度

執筆担当者

鈴木 恭子
研究員

関連の研究成果

お問合せ先

内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。