ディスカッションペーパー24-01
日本の出生コホート間の経済格差
―「国民生活基礎調査」を用いた考察―

2024年4月10日

概要

研究の目的

労働政策研究・研修機構が2022年に実施した「暮らしと意識に関するNHK・JILPT共同調査」では、「親より経済的に豊かになれると思うか」という問いを尋ねており、豊かに「なれると思う」という回答が18.6%であったのに対して、豊かに「なれないと思う」という回答が36.2%と、約2倍となっている。近年、日本において、自分より上の世代に比べて、自分の生活が豊かになる未来を感じられなくなっていることが分かる。そこで、本稿では、「国民生活基礎調査」の個票データを用いた分析をすることにより、生まれた世代によって、所得や家計支出、資産などに差があるのかという日本の出生コホート間の経済格差を明らかにすることを目的とする。

研究の方法

「国民生活基礎調査」(1986~2019年)の個票データを用いて、日本の出生コホート間の経済格差について二次分析を行っている。最初に、経済格差に関連する様々な統計指標を用いて、記述統計的な分析を行い、次に、等価可処分所得、等価家計支出、貯蓄と借入金に関する回帰分析を行う。回帰分析では、全年齢のサンプルで分析するとともに、現役世代の傾向を考察するために、世帯主が59歳以下の世帯のサンプルに限定した推計も行う。

主な事実発見

世帯主の就業形態、年齢、世帯類型などの世帯特性と時間、地域の固定効果などの諸要因をコントロールした回帰分析の結果、以下のことが確認された。1)等価可処分所得と等価家計支出は、世帯主が「1940年代生まれ」と比べ、「1950年代生まれ」~「1980年代生まれ」が統計的に有意に低い。特に、「1970年代生まれ」と「1980年代生まれ」の所得と家計支出が低い。具体的には、世帯主59歳以下の世帯のサンプルを用いた推計では、推計に用いたその他の条件が一定であれば、世帯主が「1940年代生まれ」と比べ、「1970年代生まれ」の所得は5.3%、家計支出は5.5%、「1980年代生まれ」の所得は7.3%、家計支出は5.2%低い(図表1)。2)貯蓄なしの確率は、世帯主の全年齢サンプルを用いた推計のみ、世帯主が「1940年代生まれ」と比べ、「1970年代生まれ」が統計的に有意に高い(図表2)。3)貯蓄を所有する世帯において、世帯主が「1940年代生まれ」と比べ、「1950年代生まれ」~「1980年代生まれ」の貯蓄額が統計的に有意に低く、若い出生コホートほど貯蓄額が低い(図表3)。4)借入金ありの確率は、世帯主の全年齢サンプルを用いた推計では、世帯主が「1940年代生まれ」と比べ、「1950年代生まれ」~「1980年代生まれ」が統計的に有意に高い(図表2)。5)借入金を所有する世帯において、世帯主が「1940年代生まれ」と比べ、「1960年代生まれ」~「1980年代生まれ」の借入金額が統計的に有意に高く、若い出生コホートほど借入金額が高い(図表3)。

図表1 所得と家計支出の出生コホート間格差

注:回帰分析の結果をもとに、出生コホートダミーの係数値をパーセンテージに変換した値に基づき作成している。レファレンス・グループは世帯主が「1940年代生まれ」の世帯である。グレーの網掛けされている数値は、推計された係数値が統計的に有意でないことを示す。

図表2 貯蓄の有無と借入金の有無の出生コホート間格差

注:回帰分析で得られた世帯主の出生コホートダミーの平均限界効果(AME :Average marginal effects)に基づき作成している。レファレンス・グループは世帯主が「1940年代生まれ」の世帯である。グレーの網掛けされている数値は、推計された係数値が統計的に有意でないことを示す。

図表3 貯蓄額と借入金額の出生コホート間格差

注:回帰分析の結果をもとに、世帯主の就業形態ダミーの係数値をパーセンテージに変換した値に基づき作成している。レファレンス・グループは世帯主が「1940年代生まれ」の世帯である。グレーの網掛けされている数値は、推計された係数値が統計的に有意でないことを示す。

政策的インプリケーション

本稿の分析から、若い出生コホートの経済状況が悪い傾向が確認された。加えて、記述統計的な分析から、若い出生コホートの税金や社会保険料の拠出金が高い傾向にあることも確認された。このような出生コホート間の格差是正のためには、若い出生コホートの経済状況を改善する必要がある。例えば、社会保険料負担を全ての世代で支え合うことを提唱する「全世代型社会保障」の推進や若い世代の所得を増やすことにもつながる「同一労働同一賃金」を始めとした非正規雇用者への処遇改善などの労働政策面からの取り組みが求められると考える。

政策への貢献

日本の貧困問題、格差問題の関連政策を検討する際の基礎資料を提供する。

本文

研究の 区分

プロジェクト研究「労働市場とセーフティネットに関する研究」
サブテーマ「格差・ウェルビーイング・セーフティネット・労働環境に関する研究」

研究期間

令和5年度

執筆担当者

何 芳
研究員
野崎 華世
大阪経済大学准教授

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研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

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