技術革新の雇用・労働への影響
 ―第21回北東アジア労働フォーラムから

労働政策研究・研修機構(JILPT)は2023年11月9日、韓国労働研究院(KLI)、中国労働社会保障科学研究院(CALSS)との共催により、第21回北東アジア労働フォーラムを都内の会議室で開催した。テーマは「技術革新の雇用・労働への影響」。AIやロボット等の先端技術が急速に普及し、その雇用・労働への影響が注目されている中、先端技術の普及により日中韓の3カ国の労働市場にどのような変化が生じているのか、雇用代替や仕事内容の変化、労働者のスキル形成、労使関係などに焦点を当てながら研究報告及び議論を行った。本稿では、各報告と議論の概要を紹介する。

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1 中国の報告

(1)デジタル時代の雇用変革

鮑春雷 中国労働社会保障科学研究院 雇用・企業家精神研究室 副室長・教授

現代はデジタル時代であり、多くの機関がその労働への影響を注視している。産業革命以降、技術の進歩による失業への懸念は繰り返されてきた。確かに代替される職業も存在したが、実際には心配は杞憂に終わった。なぜなら技術の進歩と革新によって新たな雇用が生まれ、労働力需要が増すとともに生産性も向上してきたからである。歴史の経験から言えることは、雇用分野について見れば創出効果と代替効果があったということである。ただし、最近のデジタル時代におけるAI技術の進化はこれまでよりも幅広く、深い影響を与えている可能性があることに留意する必要がある。

デジタル技術が雇用分野にもたらした実際の変化として、新しい産業、新しい業態、新たな価値創造モデル、新たな雇用資源の配置方法、新たな組織手法と勤務メカニズム、新たな雇用モデルと収入方法などが挙げられる。デジタル化によって雇用は広範囲に拡大しており、雇用の質の面でもデジタル技術は勤務時間や勤務場所等の制限を打ち破り、労働者の仕事の選択肢を増やして柔軟な働き方への要望にも応えるようになっている。

デジタル化のマイナスの影響は失業リスクであり、伝統的な業態や職種は置き換えられ、一部のポストは大量に削減され、または淘汰される恐れがある。新たな雇用機会が創出されているが、失業者は教育や技能のレベル、技術養成サイクルによってデジタル技術の発展が必要とする知識、素質、能力をすぐ身につけることが難しい。特に需要が増加しているデジタル技術者への転職はさらに困難である。そのため雇用のミスマッチと技術の習得状況による所得格差の拡大も懸念される。

柔軟な雇用やフリーランスなど新たな雇用形態の概念と範囲についても統一された認定基準がなく、労働者の流動性、柔軟性が高く、統計作業に複雑さをもたらし、関連の統計指標や監視手段も不完全であり、政策の正確な実施に課題が生じている。様々な政策対応によって徐々に改善しているもののそうした新たな雇用形態の労働者の権利保護は十分ではない。

(2)中国における人工知能人材育成の現状と動向の分析

劉永魁 中国労働社会保障科学研究院 マクロ戦略研究室 准教授

中国政府は人工知能産業及び関連分野の人材育成を非常に重視している。人工知能は新興技術の一つとして新しい科学技術革命と産業革命をリードする重要な力になっている。人工知能及び関連技術の発展と応用は世界の経済・社会に対して重大かつ深い影響を与えている。2022年1月の「第十四次五カ年計画デジタル経済発展計画に関する国務院の通知」では、人工知能インフラを効率よく構築するための政策を進め、人工知能産業とその人材育成を支援すると表明している。

中国における人工知能教育の歴史はそれ程長くはないものの、政府、大学、研究機関及び企業等から重要視されている。具体的には、大学と企業が連携して人工知能人材の養成モデルを作り、小中学校、専門学校、大学、大学院等の各レベルの人工知能人材養成チェーンを形成している。人工知能人材の養成は専門人材の養成と科学リテラシーの養成に分かれている。専門人材とは長期的に人工知能分野で仕事または研究を行う人材を指す。科学リテラシーの養成とは主に高校生以下の生徒を対象に、人工知能の科学的知識、研究プロセスと方法、社会と個人への影響等を教えることを指している。現在、全大学の34.6%に当たる440校の大学に人工知能学科が設置されており、人工知能分野研究の大学ランキングでも世界のトップ10に中国の6つの大学が入っている。

需要面では、インターネット、ゲーム、ソフトウェア業界の需要が一番大きく、全体の6割近くを占め、他の業界を引き離している。また職種で見ればプラットフォーム構造開発のポストに対する需要がもっとも大きく、全体の9割を超えている。

課題としては人工知能人材の需要と供給の不一致がある。地域的な偏りが問題となっているほか、トップレベルの技術者は不足しており、人工知能人材の養成システムはまだ不十分であり、養成システムの改善が求められている。

2 韓国の報告

(1)韓国のIT技術の発展とスキル需要:オンライン求人広告の分析

チャン・ジヨン 韓国労働研究院 シニアリサーチフェロ―

私の研究はIT技術の発展による影響・展望の分析だけでなく、AIを利用した研究でもある。問題意識は情報通信技術(ICT)職種にどのくらいの労働需要があるか、そうした職種にどのくらいのスキルが求められるかということである。スキルの概念及び類型に対する標準化が不充分であるが、求人サイトの分析を通じて企業が求めているスキルを把握することを目的とした研究である。最近の求人はウェブ上のサイトで行われている。特にIT職についてはほぼオンラインで求人がなされているため、非定型データである自然言語テキストを分析できる環境が構築されており、研究やコンサルティングに活用できる。今回の研究では韓国の2大求人サイトのデータを利用して分析を行った。

分析方法であるが、まずサイト上の求人情報をスクラップして、ITに関連する職種を抽出した。そして、AI(CHAT-GPT)を使用してキーワードによってITスキルの分類体系を作成した。16万件の求人から1万7千のキーワードを抽出し、そこからさらにAIを利用して各キーワードの定義を求め、定義の類似性によって277のグループに分類し、さらに59の上位分類を求めた。そしてAIにより、求人の中のテキストからスキル分類コードを得られるようにした。そうすると、求人の中でソフトウェア開発やシステム開発、サーバ開発など、どのようなスキルの需要が大きいのか、また各年度の求人を見ることで変化の動向をスキル分類別に集計できる。例えば、自然言語処理のスキル需要が2021年から急激に増加していることなどがわかる。また業種別の傾向も割り出せる。

限界としては、求人内容が2大サイトだけの分析なので、IT職の求人内容全体を反映していないことや、分類モデルの正確性がある。また、この分析は統計上の現状を記述するだけにとどまっており、どのようにそうしたスキルを身につけるかといった供給側の観点からの情報は不足している。

(2)外食サービス産業における技術普及と雇用の変化

ノ・セリ 韓国労働研究院 リサーチフェロ―

外食サービス産業における技術普及の影響について、昨年行った研究成果を報告する。外食サービス産業では、高いスキルではなく、繰り返し行う低スキルの労働が多い。そのため技術による代替が起こりやすいと言われており、その実態を調査した。ここで扱うのはサービス用のロボット、特に配膳ロボットとキオスク端末である。世界的にもサービス用ロボットの販売が増えているが、韓国ではコロナ禍において配膳ロボットとのキオスク端末の導入が急拡大した。

配膳ロボットの調査は飲食店34事業所の調査であり、サンプルは限られている。配膳ロボットを導入する主な理由は人材確保が難しいためとなっており、つぎに労働生産性を高めるためとなっている。導入後の生産性については54.5%が変化なしと回答しているものの、33.3%は高まったと回答している。配膳ロボットは労働者が肉体的労働を通じて反復遂行していた業務を代替するが、労働力代替率は平均で0.5~0.8程度で1人分の労働には相当しない。配膳ロボット導入後の事業所の雇用人数はほぼ変化していなかった。雇用形態別の採用計画では非正規の需要が減少し、正規職採用が増加する可能性もみられた。またロボットの導入による従業員の満足度は高く、離職率が低下していた。

キオスク端末の調査は104事業所の調査である。人手不足が導入理由ではなく、正確な売上計算や顧客の待ち時間の減少など事業面への課題の対応が主たる理由となっている。労働力代替率は1.1程度であり、注文受付という従業員の仕事の一部を代替する。そのためキオスク端末の導入により必要な従業員が減少する可能性がある。実際に雇用人数の変化について「減少」との回答が26.7%となっており、配膳ロボットの導入とは違う結果となっている。

技術変化による雇用問題として、技術特性による雇用変化の違いがある。業務の助けとなる側面があることから、より良い仕事へ変化する可能性もみられる一方で、一般サービスを行う労働者の場合、仕事の単純化が促進され、事業主がサービスを行う労働者の能力を高めようとする意志を低める可能性も懸念される。

3 日本の報告

(1)「デジタル化」において求められる人材とその養成-日本の現状

藤本 真 労働政策研究・研修機構 主任研究員

日本においては2010年頃から企業経営にデジタルを導入すべきとして、デジタル人材という用語が盛んに使われるようになっており、その養成が政策上も重要な課題となっている。本日はその現状について説明する。

経済産業省が「IT人材」の需給状況の実態と予測をまとめている。それによれば、低位の予測でも2030年には16万人が不足するとなっている。ここでいう「IT人材」とはIT製品やサービスの生産・提供に携わっている技術者であり、「デジタル人材」はそれより広い概念であり、企業の事業運営におけるデジタル技術の実装や、企業の組織や運営のあり方そのものを変革するデジタル・トランスフォーメーション(DX)が必要であるという認識の下でそれに対応する人材を指す。2022年6月7日に閣議決定された「デジタル田園都市構想基本方針」において、「デジタル人材の育成・確保」が取組みの柱の1つとされ、そこでは社会課題解決を牽引する人材としての「デジタル推進人材」と、リテラシーを持ってデジタル技術を利活用できるようにする「リテラシー人材」の2種類のデジタル人材が挙げられている。

JILPTの調査では、「デジタル人材」に求められる能力・スキルとして、自社の保有する設備・装置や工程での仕事を熟知していることや、自社の保有する技術や製品を熟知しているとの回答割合が高い。養成のための政策としては、訓練受講者に対する助成、能力開発を実施する事業主に対する助成、そして訓練機会の提供がある。助成金の財源はすべて雇用保険であり、訓練受講者に対する助成については、「ITスキル標準」というIT関連サービスの提供に必要とされる能力を明確化・体系化した指標があり、その一定水準以上の訓練を受講する場合に適用となる。養成政策の特徴としては、欧米諸国の政策で強調されるデジタル・デバイドによる格差の防止という目的はさほど強く打ち出されていない。また、デジタルに関連した企業横断的な職業資格や能力基準と政策との連携が見られる。一方で、各企業におけるデジタル化・DXという内部労働市場での取組も並行して行われている。

(2)現代日本におけるAIなどデジタル技術の導入と労使コミュニケ―ション

中村 良二 労働政策研究・研修機構 特任研究員

AIなど新しいデジタル技術を職場に導入するにあたって、企業は従業員とどのような協議やコミュニケーションをしているのか、また、そうしたコミュニケーションの有無や方法が導入効果に影響があったのかを把握することを目的として3年前に調査を実施した。本日はその調査の主たる事実発見について説明する。

まず、クラウドやロボット、AIやIOTなど様々な技術があるが、どういうデジタル技術が導入されているのかを把握した。一番多かったのはクラウドで、この時点ではAIの導入割合はさほど高くなかった。企業規模別でみるとAIを導入しているのは規模の大きな企業であった。導入の目的については定型的な業務の効率化・生産性の向上が最も多い、続けて人件費やコスト削減。効果としては、定型的な業務の効率化・生産性の向上について6割超の企業は効果があったと回答している。ただし他の項目ではそれほど高い結果は出ていない。

導入にあたっての労使協議については行っていない事業所が半数を超えていた。従業員の姿勢は積極的が半数。協議方法としては説明会の実施が最多であり、日常の活動の中での協議が多い。協議内容は運用方法や業務の進め方を中心に、組織編成、人事制度と多岐にわたるが、導入方針・スケジュールが最多で8割超、次いで運用方法・作業環境の変更となっている。協議の効果としては、「効果あり」が9割と、大多数。「現場の意見が反映された、従業員の理解・納得感を得られた」ことで、「効果的な実施、計画どおりの導入・運用、円滑な実施」につながった。一方、協議しなかった理由は、経営判断のため不要との回答が最多であった。今後の取り組み予定については、「予定がある」が3割、「予定はない」が1割超、「わからない」が過半数。企業、事業所規模が大きいほど、「予定あり」比率が高い。

調査の結果、協議なしが過半数であったことは驚きであるが、過去のME化、OA化の時代もそうした傾向であった。技術の「内容・種類」により、導入状況は相当異なっていると予想されることを前提として、①どのようなデジタル技術が、実際にどのような形で使われているのか、②一方で、技術導入が広がる中にあって、そうした技術を使わない企業は、どのような理由からなのか、③こうした技術導入に際して、やはり、労使の協議はあまり積極的に行われていないのか、④コロナ以前の状況を明らかにした本調査と、コロナ以降、どのように変化したのかといった点を明らかにしていく必要がある。

4 総括討論

JILPTの藤村理事長が座長となり総括討論を行った。概要は次のとおり。

デジタル技術を開発・利用するという観点からの人材の育成について、日本ではいわゆるIT人材の育成に取り組んでいるが、需要に追いついておらず、中国や韓国のほうが精力的に取り組んでおり、日本は相対的に遅れている。また、欧米に比べて、デジタル・デバイドや技術革新によって仕事を失う層への支援についての関心も薄い。一方で、中国は、政府が中心となってステークホルダーを巻き込み、企業と大学等の教育機関との連携によりAI人材の養成を強力に進めている。企業だけに任せると教育機関との連携が進まないことも背景としてあるが、企業から大学に人を派遣するスキームを作り、企業にとっても優秀な学生の発掘・採用などメリットの出るしくみとしている。韓国では、仕事をしながらではあるが、新しい技術なので教育や訓練は企業外で行われることが多い。また、商品・サービスの外注化も進んでおり、先端技術を使用したサービスなどは企業外で作られることも多いのが特徴である。

いずれにしても業務の内容がわからなければデジタル技術を使えないのであって、応用できる人材の育成が必要。ただし、デジタル人材やIT人材という概念は漫然としており、実際には技術の範疇・カテゴリーはもっと細分化されている。企業でもそうした分類を認識しており、それぞれの分野の人材が必要となる。育成についても細かいアプローチが必要なのではないか。

労働者の保護に関しては、日本は技術のビジネス化が最も遅いがゆえに、技術革新による社会問題が中国や韓国ほど顕在化しておらず、まだ政府内で保護のあり方や新技術によるサービスの解禁の議論がされている段階。中国が最も進んでいるがゆえに、社会問題も発生しているが、その対応も先行している。中国では、デジタル発展の流れは変わらないという考えの下で、問題点が出れば一つずつ解決するという対策を取っており、保護が足りないとしても、新しい雇用形態を奨励している。果たして問題がないことが良いことなのだろうか。また、韓国は日本と中国の中間くらいの位置づけであるが、他方で韓国の場合は政権によって姿勢が変わってくる。デジタル経済の進展にとって労働者の保護は規制にもなり得るので、現政権では企業が人材を使いやすくするという側面が強くなっている。ただし、公正取引という観点からの保護もあるし、プラットフォームワーカーの所得を税務当局と社会保険当局がすべて把握できるようにすることで、労災保険などの社会保険の保護をしている。

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