サムハル(Samhall)
—スウェーデンにおける保護雇用の取り組み

福島 淑彦
(早稲田大学 政治経済学術院 公共経営研究科教授)

2010年9月末時点でサムハル(「Samhall AB」、以下、「サムハル」と記す)は、約2万人の障害を持つ労働者をスウェーデン250カ所で雇用している。雇用者規模でサムハルはスウェーデン国内企業の中で最も大きな企業の一つである。2万人というサムハルでの雇用規模は、健常者と同程度の生産能力を有しないスウェーデンの障害者の約4%に相当する人を雇用していることを意味している。

サムハルの目的は、障害を持つ人に雇用の機会を提供し、働くことを通じて障害を持つ労働者の成長を促すことを目的としている。さらにサムハルでの就労を通じて障害者が労働者としての生産性を高め、障害者がサムハル以外で就職することを可能にすることが最終的な目的である。言い方を換えれば、サムハルの目的は障害を持っている人が労働者として社会に貢献することが可能であることを社会に示す或いは証明することである。

本稿では、障害者の雇用に特化した世界でも非常にユニークなスウェーデンの会社であるサムハルについて紹介したい。まずスウェーデンの障害者労働市場を概観した上で、サムハルの設立理念、目的、事業内容、雇用労働者の特徴、経営状態等について検証する。次にサムハルが抱える矛盾やサムハルに対する批判を紹介し、最後に結論を述べる

1.スウェーデンの障害者と労働市場

スウェーデンでは障害者のある人を大きく2つのグループ、つまり、(ⅰ)障害(注1)はあるものの健常者と同程度の就労能力を有する人(funktionsnedsatta utan nedsattarbetsförmåga, disable personswIThout reduced abilITy towork)、(ⅱ)障害のために健常者と同程度の就労能力を有しない人(funktionsnedsattamed nedsatt arbetsförmåga,disable persons wITh reducedabilITy to work)、に分類している。

SCB(2009, 2010)によれば、スウェーデンで2008年に何らかの障害を持つ人の総数は約92万人で、その割合は総人口(2008年で約926万人)比で約10%、16歳から64歳の人口( 2008年で約595万人)比で約15%であった。2008年に何らかの障害を持つ人の男女の割合は、47.2%が男性、52.8%が女性であった。また、障害者総数92万人の内、(i)のカテゴリーの人が約37万人、(ⅱ)のカテゴリーの人が約52.5万人であった(注2)。2008年の労働参加率は、障害を全く持たない人が79%であるのに対して、(i)のカテゴリーが81%、(ⅱ)のカテゴリーが55%であった(図表1参照)。

健常者よりも就労能力が劣る障害者向けの就労に関する労働市場プログラムには下記の5つのプログラムが存在する。

  1. 雇用補助金(lönebidrag)
  2. 公共部門での保護雇用(skyddatarbete hos offentlig arbetsgivare,OSA)
  3. 雇用保障(安全雇用)(trygghet-sanställning)
  4. 発達雇用(utvecklingsanställning)
  5. サムハル

2010年8月時点での上記プログラムの適用者は次の通りである。つまり、(i)の47239人、(ⅱ)が4440人、(ⅲ)が14336人、(ⅳ)の2635人、(v)が約2万人であった。

2.サムハルの概要

(1)サムハル設立の経緯

スウェーデンでは1960年代に既に、保護雇用向けの工場、障害者向け事務労働センター、製造業での臨時雇用、在宅勤務など様々な形で障害者のための保護雇用に関する取り組みが行われていた。しかし保護雇用に関して中心となる運営・統括主体が存在しなかったこともあり、保護雇用に対する取り組みはそれぞれ独立に行われていて体系的に秩序立ったものではなかった。保護雇用に対する取り組みがスウェーデン全土で秩序立って行われていない状態は1970年代後半まで続いた。しかし1977年の国会で、障害者向けの保護雇用のための基金(公益法人)を1980年1月1日付で設立し、その基金(公益法人)が障害者向け保護雇用の中心的役割を担うことが決定された。1970年代末に保護雇用に関する運営主体がスウェーデン全国で約200程度存在していたが、それを24の地域組織に改編して1980年1月1日に基金(公益法人)「Samhällsföretag」としてスタートさせた。その後、1987年に「SamhallAB」と改名し、1992年には基金(公益法人)から株式会社へとなった(図表2参照)。

サムハルはスウェーデン政府が100%の株式を保有する株式会社(国営企業)であり、サムハルの企業活動そのものがスウェーデンの労働市場政策の一部である。設立時点での雇用労働者は2万1400人であった。その後、1989年から1990年にかけては3万人を超える労働者を雇用していたが、直近5年間の雇用労働者数は2万人から2万3000人程度で推移している。スウェーデン政府が100%の株式を保有する国営企業の中で、雇用労働者の規模では電力会社であるVattenfall AB に次ぐ2番目に大きな国営企業である。また、2000年以降は、サムハル全雇用労働者の約5%に相当する労働者1000人程度が毎年サムハル以外で職に就いている。サムハルが設立された1980年からの30年間で、サムハルは合計約10万7000人の障害をもつ労働者を雇用し、その内、約2万8000人がサムハル以外で仕事を獲得した。

(2)サムハルの目標・目的

サムハルは障害があるために就職が困難な障害者に雇用の機会を提供し、労働を通じて障害者の成長を促すことを目的としている。サムハルでの就業を通じて障害者のスキルアップを図り、障害者が居住する地域で最も適した職種・業種の仕事へ就職を手助けすることがサムハルの最終目標である。理念的な目的としては、障害を持っている人が労働者として社会に貢献できることを示し、それをサムハルが行っていることを示すことである。

1980年設立以降、抽象的であったサムハルの目的や目標をより具体的な形で実現するために、1993年に以降様々な数値目標が設定された。以下が、2010年時点でのサムハルに課された数値目標である。

(3)サムハルに課された数値目標

  1. 障害を持つ雇用労働者に24,400万時間以上の年間総労働時間を提供しなくてはならない。
  2. 障害を持つ雇用労働者の5%以上が毎年サムハル以外で職を得なくてはならない。
  3. 新たに雇用する労働者を優先グループ(障害の程度が重いグループ)から40%以上を毎年雇用しなくてはならない。
  4. 毎年、最低7%の利回りと30%以上の自己資本比率(EquITy-Asset Ratio)を実現しなくてはならない。
  5. 毎年、人件費の総額の10%以上を自らの営業利益でカバーしなくてはならない。(総人件費の最大90%までしか国からは補填されない)

(4)事業内容

サムハルは製造業分野、サービス業分野、労働者派遣事業分野の3分野で事業を展開している。製造業分野ではエレクトロニクス、家具、通信機器部品、機械工学部品、自動車部品、医療機器等の製造や組み立て業務を行っている。サービス事業分野では、清掃・洗濯業務、高齢者向けサービス業務(食事の配達、買い物、洗濯、掃除等)、ITサポート事業、ケータリングサービス、集配・集荷・梱包サービスを行っている。労働者派遣事業分野では、契約顧客のもとで、倉庫保管業務、梱包業務、出荷業務、物流業務、製造業会社での部品の組み立て等の業務を行っている。

2010年9月末時点で雇用労働者の約21%が製造業、約43%がサービス事業、約26%が労働者派遣業務に従事している。2010年(第34半期末まで)のサムハルの収入の42%は製造業から、39%はサービス事業から、19%が派遣事業からの収入であった(Samhall, 2010a)。

サムハルの顧客には、ABB(重電、機械)、Ericsson(通信機器)、Electrolux(電機、家電)、IKEA(家具)、Volvo( 自動車)、Scania( 自動車、Saab) 及びいくつかの地方自治体(Luleå , Härnösand,Västerås ,Stockholm, Malmö 等)がある。

(5)サムハルの雇用労働者

サムハルの目的は、障害のために通常の労働市場で職を得ることが困難であるなど障害の程度が重い人に意味のある雇用の機会を提供することである。具体的には、精神的障害、知的障害、アルコール障害者、これらの障害を同時に複数有する障害者が優先的に雇用されることとなっている。精神的障害等を持たず身体的機能障害のみの障害者、例えば、心臓疾患のみの障害がある人、呼吸障害のみの障害がある人、視覚障害や聴覚障害のみの障害がある人等はサムハルで雇用される可能性は非常に低い。サムハルが優先的に雇用すべき人達は、知的障害及び精神的障害などの障害を複数持っている障害者である。

サムハルで働くことを希望する労働者は原則として直接サムハルへ就職を申し込むことはできない。サムハルで働くことを希望する労働者は公共職業安定所(Arbetsförmedlingen)へ登録し、公共職業安定所を通じてサムハルへの就職が斡旋される。言い換えれば、公共職業安定所がサムハルで就業するための条件を満たしている労働者(候補者)を選別し、サムハルへと紹介する。公共職業安定所は障害を持つ労働者の「障害の程度」を査定し、就業のための最適な或いは最善なプログラムは何かという視点で、サムハルでの就業、それ以外の補助金雇用や教育・訓練プログラムへと障害者を振り分ける。サムハルで優先的に雇用され得るべき障害の程度が重い障害者であったとしても、サムハルで働くためには最低限の就業能力が必要とされる。最低限の就業能力を有するもののサムハルでの就労が最善ではないと判断された障害者には、サムハルでの就業ではなく障害者用の教育・訓練プログラムへの参加や補助金雇用による就業機会が提供される。

サムハルでの就職の可能性は、地域のサムハルの職場(arbetsplatsen)における欠員状態に依存する。公共職業安定所からの障害者の紹介者数が多数であったとしても、サムハルは雇用労働者数を増加させることはしない。原則的には、新たに労働者を受け入れるのは既存の労働者がサムハルを辞め、欠員が生じた場合のみである。つまり、サムハルからの離職者がいない限り、新たな就職機会が提供されることはない。実際、地域によってはサムハルが提供できる職種や職場での従業員数に限りがありサムハルでの就業が非常に困難であるケースが多数存在する。

図表3はサムハルでの雇用労働者に関する主要なデータをまとめたものである。サムハルで雇用されている総労働者数(図表3の(9))は2004年以降2万人前後で推移している。サムハルで雇用される労働者は大きく3つのグループに分類できる。つまり、(i)公共職業安定所を通じて紹介される障害を持った労働者(図表3の(6))、(ⅱ)積極的労働市場政策プログラム或いは社会保障プログラム参加の労働者(図表3の(7))、(ⅲ)サムハルが直接雇用する労働者(図表3の(8))、の3つのグループである。(i)のカテゴリーの労働者は障害を持ち健常者より就労能力が劣る障害者である。(ⅱ)のカテゴリーの労働者は、公共職業安定所に登録し、積極的労働市場プログラムに参加している労働者で、サムハルに有期で派遣されている労働者である。(i)のカテゴリーの労働者(図表3の(6))が全雇用労働者(図表3の(9))の9割以上を占めている。さらに、サムハルは健常者より就労能力が劣る障害者(図表3の(6))を約2万人雇用することは、スウェーデン全体における就労能力が劣る障害者の約4%に相当する労働者を2008年では雇用していたことを意味している。

Samhall(2010a) によれば、2010年9月末末時点で(i)のカテゴリーの労働者(図表3の(6))の内、約21%が製造業、約43%がサービス事業、約26%が労働者派遣業務に従事している。また、2008年及び2009年において(i)のカテゴリーの従業員の内、約7割の人がフルタイムで働き、残りの約3割がパートタイムで働いていた。

先にも記したがサムハルには「毎年、雇用している労働者の最低5%をサムハル以外で就職させなくてはならない」という数値目標が課されている。図表3の(2)がその数値目標に該当するものである。図表3では、ほぼすべての年で数値目標が達成されていることが示されている。しかし同時に一旦サムハル以外で就職してもサムハルに戻ってきてしまう労働者もいる。サムハルの従業員には、離職後或いは転職後1年以内であれば、サムハルに再就職できるという権利(再雇用の権利)が付与されている。つまり、1年以内であればいつでもサムハルに戻ってくることができるのである。図表3の(3)が離職者・転職者の内、1年以内にサムハルに戻ってきた労働者の割合である。2008年を例にとれば、2008年に離職・転職した948人の従業員((1)の労働者)の内、47%に相当する449人が1年以内にサムハルに戻ってきたのである。図表3には2005年から2008年までの4年間の出戻り率しか記されていないが、それでも3割から5割近い従業員が1年以内にサムハルに戻ってきてしまっている。その中でも2008年の出戻り率が特に高いのは景気悪化の影響で企業が従業員を削減したことがその大きな原因である。サムハルに戻ってきた労働者の約7割が景気悪化による雇用契約の未更新(雇止め)が原因での出戻りであり、「能力的に問題があった」という理由で解雇され、サムハルに戻ってきた労働者はいなかった。

景気が悪化したとしてもサムハルでは従業員は解雇されることはない。つまり、解雇リスクが存在しない。その意味で労働者にとってサムハルへの就職は非常に安全で安定した職場に就職することを意味する(注3)。積極的労働市場政策プログラムの一つである「補助金雇用プログラム」で就業している(障害のある)労働者は、景気の悪化や業績の悪化を理由に雇用の延長がなされない可能性がある。それに対して、サムハルでの雇用は解雇リスクが存在しないのでサムハルへの就職希望者は多数存在している。Samhall(2008) によれば、サムハルの障害を持つ労働者の平均勤続年数は11年である。しかしOECD Stat によれば、1990年半ば以降のスウェーデン全体での平均勤続年数が10年から11年であるので、サムハルで働く労働者の勤続年数が特別長いという訳ではない。

サムハルで働いている障害を持つ労働者の年齢階層別の内訳は、35歳から44歳の年齢層の労働者が20%強、45歳から54歳までの年齢層の労働者が約40%、55歳から59歳までの年齢層の労働者が20%弱、59歳以上の労働者が約15%を占めている。

(6)経営状態

図表4は2000年以降のサムハルの損益をまとめたものである。サムハルの収入は製造業、サービス業、労働者派遣事業の3事業からの収入(売上)と政府からの補助金で主に構成されている。2009年の製造業からの収入(売上)は9億4400万SEK(=114億円(注4))、サービス業から収入(売上)は9億500万SEK(=109億円)、労働者派遣事業から収入(売上)は4億3800万SEK(=53億円)であった。製造業、サービス業、労働者派遣事業からの収入(売上)がサムハル全体の事業収入に占める割合は、それぞれ41%、40%、19%である。また、2010年(第3四半期末まで)については、収入の42%が製造業から、39%がサービス事業から、19%が派遣事業からの収入であった(Samhall、2010a)。

図表3の(2)で示されているように、政府からは毎年500億円を超える補助金(merkostnadsersättningen)が支払われている。サムハルへの補助金の額については、サムハルの経営状況を見て国会で毎年予算が計上される。但し、サムハルへの支払いは1カ月ごとに行われる。政府から支払われる補助金は、雇用している労働者の雇用の維持、労働者への訓練費用、労働環境の改善等に使用することが義務付けられている。補助金は主には労働者の賃金の補填に使用されている。この補助金をサムハルが提供する財やサービスの価格を不当に低くするために用いてはならない。サムハルが提供する財やサービスの価格はスウェーデンの競争法及びEUの競争法に準じて決定されなければならないとされている。つまり、不公正な競争力の原資として政府からの補助金を使用してならないのである。

図表4の項目(17)が示すように、サムハルの総収入に占める補助金の割合は2000年の約4割から2009年2010年の6割強へと増加し続けている。総人件費に対する補助金の割合は、図表4の項目(18)が示すように、約9割の水準で2000年以降推移している。これは総人件費の9割までしか補助金が支給されないためである。図表4の損益計算書からも明らかなように、政府からの補助金無しではサムハルの経営は立ち行かない状況にある。

3.サムハルに関する批判

(1)不当競争という批判

サムハルは総収入の50%以上、総人件費の90%に相当する補助金を政府から受け取っている。サムハルのように多額の補助金を受け取っていない民間企業とサムハルが競争をするのは不公平、不当であるという批判がある。しかし、スウェーデンの競争法のみならずEUの競争法に従って、不公正な競争力の原資として補助金を使用することのないようサムハルは注意していると年次報告書等で明記している。

仮にサムハルの競合他社がサムハルとの競争において不当な競争を強いられている或いは被害を被ったと判断した場合には、その企業はコンタクト・カウンシル(注5)(Kontaktrådet)に申し出ることができる。それを受けてコンタクト・カウンシルが調査し、サムハルの行為が不当競争であるかどうかの判断を下し、必要であれば改善・是正命令をサムハルに対して行う。反対に、サムハルが差別的扱いを受けたと判断した場合には、サムハルはコンタクト・カウンシルに訴える。その訴えが認められた場合には、コンタクト・カウンシルから相手企業に対して改善・是正命令が出される。因みに、2009年の1年間にはサムハルが不当な競争を強いられたという訴えはコンタクト・カウンシルには1件も起こされていない。

(2)矛盾した目標設定

サムハルの目的は、障害のために通常の労働市場で職を得ることが困難であるなど障害の程度が重い人に雇用の機会を提供することである。具体的には、精神障害、知的障害、これらの障害を同時に複数有する障害者が優先的に雇用されることとなっている。と同時に、政府からの資金的援助をできるだけ減少させ、収益性のある企業として自立することが求められている。障害の程度が重い労働者をより多く雇用することは収益・利益という面ではマイナスの方向に働く。さらに従業員の5%をサムハル以外へ就職させることも義務付けられている。サムハル以外で就職が可能となる労働者は生産性が高い労働者であり、サムハルの収益に大きく貢献している。つまり、「障害の重い人を雇用しサムハルでの労働を通じてスキルアップを実現し、サムハル以外での就職を促進させること」と「組織として収益をあげること」という相反する2つの目的がサムハルには課されているのである。

障害のある労働者を雇った上で収益性を実現し、さらには従業員のサムハル以外での就職率を維持・増加させるためには、サムハルは障害の程度が低い或いは障害を持たない労働者を雇用することが最も合理的な行動である。実際、サムハルが直接雇用する人の中には障害の程度が低い人或いは障害を持たない人がいるという批判がある。

このようなことが発生する理由として、サムハルでの欠員数(求人数)よりも公共職業安定所から紹介される障害者の数の方が圧倒的に多いということ、サムハルと公共職業安定所とは障害の程度の基準が異なるということ、が指摘されている。先にも述べたが、サムハルの新規求人は欠員が発生したときのみに行われる。毎年1000人程度がサムハルから離職してもその内の3割から5割は1年以内にサムハルに戻ってきてしまう。このことと、スウェーデン全体で「健常者と同程度の就労能力を有しない障害者」が2008年には52.5万人存在したことを考え合わせると、サムハルへの就職がいかに困難であることは容易に想像がつく。実際にサムハルでの欠員数(求人数)よりもサムハルでの就職を希望する障害者の数(求職者数)の方が多い。その結果、サムハルは公共職業安定所から紹介された障害者から労働者を選ぶことが可能となる。つまり、公共職業安定所から紹介された障害者を雇用したくない場合には、サムハルは「空きが無い」という理由で障害者の雇用を断ることが可能である。

また、試用期間を利用して労働者を選別することも可能である。本来、サムハルにおける試用雇用期間は障害者を訓練したり、障害者がサムハルで就業可能であるかどうか、或いは障害者がサムハルでの就業に適しているかどうかを判断するために使われるものである。しかし、求職者数が多いためサムハルでも民間企業が通常行うように複数の労働者を試用雇用し、その中で最も生産性の高い労働者を選ぶことが可能となる。しかしこのことは、障害の程度が重いために職を得ることが困難な障害者に働く機会を提供するというサムハル本来の目的と相反するものである。

さらに、サムハル以外での就職を促すということについても矛盾が存在する。通常の企業・組織は、能力の高い或いは潜在能力の高い労働者を雇用し、教育や訓練を行った従業員や生産性の高い労働者の転職・離職をできるだけ低くしようと努力するのが一般的である。しかし、サムハルは逆である。即ち、企業は障害の重い労働者(潜在能力の低い労働者)を雇用し、彼らの生産性を高めるような教育・訓練を提供し、その上でサムハル以外での就職を積極的に促すことが求められている。

数値目標は、サムハルの経営に対してモラル・ハザード(Moral Hazard)が発生しないように設定されたものと考えられるが、収益性の向上とサムハル以外での就職率5%を維持するために所謂、労働者の「良いとこ取り」が行われているという可能性は否定できない。

4.結論

サムハルは障害者の雇用に特化した世界でも非常にユニークなスウェーデンの会社である。障害者雇用に特化しているという意味で、サムハルの企業活動そのものがスウェーデンの労働市場政策の一部であるといえる。1980年に設立され既に30年の歴史を持つサムハルは、これまで10万人以上の障害をもつ労働者を雇用し、その内、約3万人にサムハル以外での就職を実現してきた。

サムハルは製造業分野、サービス業分野、労働者派遣事業分野の3分野で事業を展開している。2010年9月末時点で雇用労働者の約21%が製造業、約43%がサービス事業、約26%が労働者派遣業務に従事していて、2010年(第3四半期末まで)のサムハルの収入の42%は製造業から、39%はサービス事業から、19%が派遣事業からの収入であった。サムハルの取引先には、ABB、Ericsson、Electrolux、IKEA、Volvo、Scania といった民間企業に加え、地方自治体(Kommun)がある。

ただ、総人件費の8割以上にもなる補助金をスウェーデン政府から受給した上で、他の民間企業と競合する商品やサービスの提供を行っていることに対しての批判もある。さらに、「障害者を雇用しサムハル以外での就職を促進させること」と「会社として収益をあげること」というサムハルに課された相反する目的のために、本来雇われるべき障害の程度が重い労働者が雇用されていないのではないかという指摘もある。

図表1

出典:Svenskt Näringsliv, 2010, Handikapplolitiken – en bjöuntjänst I all välmening.

出所:Samhall (2010a, 2010b)より作成。

資料出所:Samhall (2005、2006a、2006b 2007、2008、2009、2010a, 2010b)より作成。

資料出所:Samhall (2010a, 2010b)より作成。

参考資料

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  2. OECD, OECD.Stat新しいウィンドウへ
  3. Samhall, 2005, Årsredovisning 2005, Samhall ochIntellecta Corporate新しいウィンドウへ
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  8. Samhall, 2009, BOKSLUTSKOMMUNIKÉ Januari–December 2006, Samhall AB新しいウィンドウへ
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  13. SOU, 2003, Inte Bara Samhall (SOU 2003:56),Stockholm, Arbetsmarknadsdepartementet.

福島 淑彦 (ふくしま よしひこ)

早稲田大学 政治経済学術院 公共経営研究科教授 1988年慶應義塾大学経済学部卒業。1990年同大学大学院経済学研究科前期博士課程修了(経済学修士)。同年、ソロモンブラザーズアジア証券会社に入社し、東京・ニューヨーク・ロンドンで勤務。2003年スウェーデン王立ストックホルム大学経済学研究科博士課程修了(Ph.D)。名古屋商科大学教授を経て2007年より現職。専門は、労働経済学、理論経済学、経済政策。

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