企業年金資産の管理・運用と「ESG」をめぐる対立

カテゴリー:高齢者雇用労働条件・就業環境

アメリカの記事一覧

  • 国別労働トピック:2023年6月

企業年金資産を管理・運用する委託先について、金銭面だけでなく、ESG(Environment, Social, Governance=環境、社会、企業統治)への取り組み状況も考慮して選択しやすくする連邦労働省規則をめぐり、米国内の意見対立が高まっている。規則は2023年1月30日に発効したが、企業行動への国家の介入に批判的な共和党議員らが反発。連邦議会上下両院は3月1日までに規則を無効化する決議を、民主党一部議員の賛同を獲て採択した。これに対してバイデン大統領は3月30日、就任後初めての拒否権を発動し、決議を無効化した。規則に対しては、フロリダ州など25州が規則の執行を阻止するための訴訟を起こしている。

「受託者責任」の解釈の見直し

経営における「ESG」への取り組みは、持続可能な成長を重視し、環境問題、人権問題、多様性確保といった社会問題の解決に配慮して企業活動を行うこと求められる中で、関心が高まってきた。企業年金の管理・運用先の選定にあたっても、金銭的要素だけでなく、気候変動リスクへの対応など、ESGへの活発な取り組みによる中長期的な利益の享受、という要素を考慮して判断するかどうかが、議論されてきた。

1974年従業員退職者所得保障法(Employee Retirement Income Security Act of 1974、ERISA法)は企業年金資産を管理・運用する委託先について、年金加入者、受益者への利益提供及び管理のための合理的な費用負担のみを目的とし、注意深く、巧みに、慎重に、忠実に任務を遂行するという「受託者責任(fiduciary duty)」を義務付けている。

「受託者責任」の解釈をめぐりトランプ前政権は2020年11月及び12月に、企業年金の委託先について、原則として「金銭的要素」のみを考慮して選定することを含む規則(以下、「2020年規則」)を制定し、企業年金資産の管理・運営におけるESG要素考慮の判断方針を後退させた。バイデン大統領は2021年5月20日にこの規則を修正する趣旨の大統領令を公布(注1)。「気候関連に由来する金融危機の脅威から米国の労働者と家族の生命、年金を保護する」という観点からの見直しを連邦政府の関係省庁等に指示した。

新規則の内容

連邦労働省は、ESG要素を考慮した管理・運用を明確に可能とする最終規則「投資の選択と株主の権利の行使における慎重さと忠実さ」(以下、「新規則」)を(注2)を制定し、2023年1月30日に施行した。新規則は「金銭的要素」という概念自体を削除し、「リスクとリターンの分析に妥当であると受託者が合理的に定める要素」に基づき委託先を選定すると規定。その要素に「気候変動及びその他のESG要素の経済効果を含んでもよい」と明記した。

また、「競合する投資が適切な時間軸において企業年金の財務上の利益に等しく資する場合、(いわゆる「タイブレーカー」として、)投資リターン以外の付随的利益(環境や社会への貢献など)に基づいて受託者は投資対象を選択できる」と定めた。非金銭的要素である「付随的利益」を、競合時に委託先を選択する判断(タイブレーク)の要素とすることは、2020年規定では例外扱いとされ、金銭面だけで選択できない理由などを文書化する必要があった。新規則では、例外扱いではなくなり、文書化の要件は削除された。

このほか、個人口座プラン(いわゆる401(k))の「適格デフォルト運用商品(Qualified Default Investment Alternative, QDIA)」(運用先を選択しない加入者向けの初期設定の金融商品)について、2020年規則では非金銭的要素に基づく運用を禁じていたが、当該条項を削除し、ESG要素の考慮を認めた。

連邦労働省は「投資におけるESGの要素を考慮する上で不要な障壁を取り除き、前政権によって引き起こされた萎縮効果を終わらせることで、労働者の退職後の貯蓄と年金を、より回復力のあるものにする」と規則の意義を訴えている。

「ESG投資」をめぐる対立

企業行動への国家の介入に批判的な共和党議員らは、投資におけるESG要素の考慮を「経済的自由への脅威」との認識などから新規則に反発した。連邦議会上下両院は3月1日までに新規則を無効化する決議を、民主党一部議員の賛同を得て採択。これに対してバイデン大統領は3月30日、就任後初めての拒否権を発動し、決議を無効化した(注3)

一方、共和党出身の知事らが就くユタ州やテキサス州など25州が1月26日、「新規則はERISA法に違反している」として、執行を阻止するための訴訟を起こした(注4)。3月16日にはフロリダ州知事がバイデン政権のESG政策に対抗する19州の同盟を結成すると発表した(注5)。6月22日には共和党下院議員が「健全なガイダンスの確保法案(Ensuring Sound Guidance (ESG) Act)」を連邦議会に再提出した。同法案は、企業年金の委託先が金銭的要素のみに基づいて年金資産の管理・運営を行うことを義務付けている。

共和党出身の知事らが統治する州の中には、州が管轄する資産の管理・運用等に関して、州法でESG要素に基づく契約を禁じたところもある。こうした背景には、ESG要素を考慮した投資が、州に税収や雇用をもたらすエネルギー(化石燃料)企業への投資の減退を招くことや、エネルギー安全保障上のリスクを生じさせることへの懸念など、ESGのとくにE(Environment)をめぐる関心の大きさがあるとみられる。

テキサス州では2021年6月に、ESGへの取り組みからエネルギー企業をボイコットする金融会社をリスト化し、州の公務員年金がこれらの企業に投資することを禁じる州法が成立し、同年9月に発効した(同リストは2022年8月22日に発表された(注6))。フロリダ州では2023年5月2日に、州や同州地方自治体の資産の投資先を決定する際、金銭的要素のみに基づいて判断することを義務付ける州法が成立するなど、「反ESG」を掲げて連邦政府に対抗する動きが目立ってきている(注7)

参考資料

  • 福山圭一(2022)「米国企業年金に対するESG投資及び株主権行使に関する規則の改正」『年金調査研究レポート(2022年度)』
  • ――(2022)「米国におけるESG投資をめぐる対立ー州政府の動向を中心に」『年金調査研究レポート(2022年度)』
  • ローラー・ミカ(2023)「【アメリカ】企業年金運用とESG投資-新規則制定と関連動向」国立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』No.295-2
  • 日本貿易振興機構、ブルームバーグ通信、ホワイトハウス、連邦労働省、各ウェブサイト

2023年6月 アメリカの記事一覧

関連情報