電力部門での労政合意と公共部門における新たな労働運動の動き

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

韓国の記事一覧

  • 国別労働トピック:2002年6月

2002年に入って、公共部門労組の動きが目立ち、韓国の労使関係の主軸が民間企業から公共部門に移りつつあることを象徴するような出来事が相次いでいる。まず公共部門の構造調整に反対する労組の対政府闘争が相次ぐなかで、公務員労組が非合法のまま発足し、政府に早期合法化を迫るなど、公共部門労組の動きが活発化している。それに触発された韓国労総と民主労総は組織力の強化を狙って公共部門労組に対する支援態勢を競い合っているが、そういうなかで、その一角を占めるソウル地下鉄公社労組のベ・イルド委員長は信認投票で再選されたのを機に公共部門労組を中心に第3のナショナルセンター構想を明らかにするなど、公共部門労組は労働界の勢力図を塗り替えるほどの勢いをみせ、韓国の労使関係の行方を大きく左右するような台風の目として急浮上している。

電力部門での労政合意と民主労総執行部の総辞職

まず、政府の民営化計画をめぐる労使紛争が予想以上に長引いていた電力部門では4月2日に交渉権の委任をうけた民主労総と政府との間で次のような合意案が成立し、民主労総は予定していたゼネストをその直前に撤回した。これをうけて電力部門労組も組合員の職場復帰を決め、37日間にも及んだ労働争議に幕を閉じた。

今回の労政合意案にはまず、前文に「今後このような不幸な事態が二度と発生しないよう法と原則を順守し、労使和合の精神に基づいて電力産業の発展に労使共同で努めることを約束する」という原則論が明記された。次に合意内容としては「13月8日付の中労委の仲裁案(労働協約と同じ効力をもつ)を尊重し、発電所の民営化に関する案件は話し合いの対象から外す。2会社は組合員に対する民事・刑事上の責任追及と懲戒処分が適正な水準で行われるよう努め、必要があれば関係当局に建議する。3労組はストを中断し、組合員は即刻職場に復帰する」ことなどが盛り込まれた。

では、このような合意に至るまで労政はどのようなスタンスをとってきたのかみてみよう。

まず労使紛争の初期段階では、労組の強い団結力や上部団体の支援態勢(ゼネスト)などが目立ち、政府の民営化方針に対する労組側の抵抗に社会各界が相次いで一定の理解(民営化の留保)を示すなど、政府の民営化計画が振り出しに戻ってしまうかのような展開がしばらく続いた。特に、民主労総は2月26日に電力部門労組のストを支援するためにゼネスト(現代・起亜自動車労組を含めて傘下労組100カ所余で12万9000人余参加。労働部の集計によると、94カ所で5万人余参加)に突入し、対政府連帯闘争の力を見せ付ける場面もみられた。

しかし、同労組のストが長引くにつれ、違法ストのゆえ、だんだん政府の強硬な方針が目立つようになった。3月末の時点ですでに342人が解雇処分を受け、職場に復帰しなかった3434人に対する懲戒処分の手続きが進められるなど、全組合員の67.5%が懲戒処分の対象になった。そのうえ、経済的損失が約370億に上ることを理由に648人に対する刑事告訴、109人に対する62億ウォンの仮差押、3928人に対する148億ウォンの仮差押申請など民事・刑事上の責任追及が続くなど、政府は「法の支配」の原則に基づく厳正な対処方針を貫いた。

労政ともに長期戦に負担を感じ始めた最終局面に入って、政府は違法ストに対する厳正な責任追及及び懲戒処分の方針を崩さず、公権力の行使もほのめかすなど、労組に対する圧力を強める一方で、関係省庁毎に多元化していた交渉窓口を労働部に一本化したうえで、労使紛争調整の経験が長く、民主労総に詳しい労政担当者に交渉を一任し、話し合いによる早期妥結を図ったといわれる。

それに対して、電力部門労組から交渉権の委任を受けた民主労総は、政府の強硬な姿勢を前にして勝ち目のない戦いを続けるより、その犠牲を最小限に抑えるための道を選んだ。つまり、「これ以上時間をかけても組合員の被害をさらに大きくするだけである」と判断し、組合員の被害を最小限に抑えるために前述のような労政合意案を受け入れる。とともに、4月2日午後1時に予定していたゼネスト(団体行動が禁止されている全教組を含めて傘下労組339カ所で14万人参加予定。労働部の集計によると、117カ所で6万4444人がゼネストへの参加決議)を今度は撤回せざるを得なかったようである。

民主労総や電力部門労組執行部はストの成果として、「電力部門の民営化問題に対する国民の関心を高め、公の場で議論するきっかけをつくった」と評価した。しかし、今回の労政合意は政府に押される形で形式的に取り繕った側面が強く、一般組合員の間では「上部団体の民主労総や執行部を信じて長期戦に耐えてきたのに、何の成果もなく、むしろ失うものばかりである」との思いが募ったのか、民主労総の決定に対する不満の声が噴出したようである。

このような声に応える形で、民主労総は4月3日に闘争本部代表者会議を開いて、その責任をとって執行部が総辞職すると共に、労政合意案を廃棄し、政府が発電所の売却を強行する場合には再びゼネストに突入する方針を決めた。さらに4月4日には組合員向けの謝罪文を発表し、ゼネストの撤回決定や労政合意の曖昧な内容などに過ちがあったことを認めるにいたった。結局、「組合員のために」と思ってとったといわれる選択が組合員の反発や不満を買うはめになり、早くも民主労総内部での運動路線をめぐる対立構図、さらには上部団体としての指導力が厳しく問われることになったようである。

その一方で、政府や財界は「民主労総が合理的な判断を下し、事態を収拾した」と評価したうえで、「団体交渉の対象ではない案件をめぐって不要な労使紛争が起きないよう努めるべきである」と付け加えた。特に、金大統領は4月2日の閣僚会議で「外国投資家が最も心配するのは韓国の過激な労働運動である。労働組合も民主的に法的権利が保障されている以上、法と秩序を守らなければならない。労働者は労働条件以外の経営権(例えば社長の選任や民営化案)には介入してはならないし、企業は経営の透明化や経営情報の公開に努めるなど、労使ともにそれぞれの役目を果すべきである」点を強調し、競争力の強化に向けて「新労使文化」を築き上げるよう求めた。

いずれにせよ、今回の労政合意案には、「法と原則の順守」、「労使和合」、「適正な水準での責任追及及び懲戒処分」など、政府の強硬な方針がほぼそのまま貫かれるなど、労使関係の新たな秩序づくり(いわゆる「新労使文化」)に向けた政府の取り組みがようやく実を結び始めたと見ることもできよう。言い換えれば、今回は、「違法ストの長期化→公権力行使→労組執行部に対する責任追及の最小化」というような従来の妥協案とは違って、違法ストを主導し、それに参加しつづけた労組執行部及び一般組合員に対して「法の支配」の原則に基づいて違法行為の責任を厳しく問う方針が貫かれたところに大きな意味があるといえよう。

ただし、最大の争点であった民営化計画をめぐっては妥協の産物のゆえ玉虫色の内容になっており、我田引水的な解釈のぶつかり合いで新たな火種になる恐れがあるといわれる。つまり、政府は、「民営化案は団体交渉の対象から外されたので同計画を予定通り推進することができるようになった」と受け止めているのに対して、労組は、「中労委の仲裁案に沿って民営化計画については労組と誠実に話し合うべきである」と主張しており、前述の民主労総の警告通り、もし政府が民営化計画を一方的に強行する場合には再び労使紛争に発展しかねないということである。

ソウル地下鉄公社労組の穏健路線定着と新たな労働運動の試み

ソウル地下鉄公社では3月3日に成立した2001年の賃上げ及び労働協約改訂の暫定合意案が組合員投票で54%の反対で否決され、同労組執行部が総辞職したのを受けて、3月27日から29日にかけて組合委員長選挙が実施された。

同選挙はノーストライキ宣言を行い、穏健路線を堅持する前委員長とそれに対抗する強硬派候補との戦いの色合いが強かったこともあって、長引く電力部門労組のストライキや民主労総の連帯闘争態勢に少なからぬ影響を及ぼすケースとして注目された。選挙の結果、前委員長が決選投票で52.6%(4747票)を獲得して再選された。

ただし、45.9%の支持票を獲得した強硬派は早くも再交渉に臨む新しい執行部に対して「賃上げ遡及分900万ウォン以上保証、退職金累進制の実施、解雇者20人の復職など前回の団体交渉で労組側が譲歩した案件を全て勝ち取ることを求めており、ノーストライキ方針を堅持しながら、前回暫定合意案を拒否した組合員の意向をどこまで反映することができるか、新執行部の交渉戦術に注目が集まっている。

もう一つ注目されるのは、再選された委員長は1987年に初代委員長を務めた後、1999年から再び委員長に選ばれてからは、ノーストライキ宣言を堅持するほか組織力の競い合い(公共部門労組の鞍替え、公務員労組の組織化、労働時間の短縮などをめぐる対立)が激しさをましている韓国労総と民主労総とは一線を画す運動路線を模索するなど、公共部門における労働運動の転換を試みていることである。

まず、ソウル地下鉄公社労組などが参加している「労使政ソウルモデル協議会」は4月1日、「ワールドカップ大会期間中ノーストライキ宣言」を行い、電力部門労組のストライキや民主労総の連帯闘争態勢に反する動きに出た。これに対して、民主労総は「このようなノーストライキ宣言は電力部門労組の闘争に対する背信行為で、3月26日に民主労総の代議員大会で決定したゼネスト決定に反する行為であると同時に公共労連に対する挑戦でもある」と指摘し、ソウル地下鉄公社労組などに対して上部団体執行部選挙権・被選挙権を3カ月間停止する懲戒処分を下した。ソウル地下鉄公社労組執行部はこれに反発して公共労連に派遣していた幹部を引き揚げる方針を明らかにした。

その後、電力部門での労政交渉が妥結したのをうけて、ソウル地下鉄公社労組ベ委員長は「対話を通じてゼネストを防ぐことができた点で意義がある。ゼネスト突入のぎりぎりのところで労政交渉が妥結したことは韓国の労働運動が少しずつ変わっている証拠でもある。階級対立的な観点から急進的な労働運動を展開してきた既存のパラダイムから脱皮し、公益の価値を実現するために対話を通じて労働運動を展開すべき時代に入った」と述べた。

特に、同委員長はこのような新たなパラダイムに基づく労働運動を実現する母体として、公共部門労組を中心に第3のナショナルセンターを結成する構想を明らかにし、にわかに関心を集めている。それは、「2001年8月に地下鉄・通信・電力・政府投資機関労組の代表が集まって、階級対立的な労働運動に突っ走っている韓国労総と民主労総とは別途に公益の価値を実現するための労働運動を展開するために発足した'全国公企業労働組合協議会'を軸に第3のナショナルセンターの設立を目指す」というものである。

ここにきて傘下労組の間で上部団体の変更に踏み切る動きが広がりをみせる一方で、非合法労組として韓国公務員労働組合総連盟(組合員1万5000人余、韓国労総傘下)と全国公務員労働組合(組合員6万5000人余、民主労総傘下)が3月16日、23日に相次いで正式に発足した(加入対象者約40万人)こともあって、ナショナルセンターレベルでの組織拡大競争は激しさを増している。それだけに、公共部門労組を軸にする第3のナショナルセンター構想は労働界の勢力図を塗り替えるほどの新たな労働勢力誕生の可能性を秘めているといえる。

2002年6月 韓国の記事一覧

関連情報