パネルディスカッション

パネリスト 日本側
古賀 伸明、岩田 喜美枝、山本 勲
パネリスト フランス側
セバスチャン・ルシュバリエ、ナタリー・グリーナン、フランス・カイヤヴェ
コーディネーター
濱口 桂一郎 JILPT研究所長
イベント名
JILPT・EHESS/FFJ 共催ワークショップ「働き方改革・生産性向上・well-being at work─日仏比較・労使の視点から」(2019年3月15日)

問題提起

セバスチャン・ルシュバリエ フランス国立社会科学高等研究院/日仏財団 理事長

これから、日仏を比較する議論を始めようと思います。日本もフランスも、この20年の間に労働市場と雇用システムを大きく変えてきました。ただ、フランスも日本も、この大きな潮流の変化が過小評価されがちだと思っています。ですから、本プレゼンにおいて、この変化に関するいくつかのとても重要な要素と思われることを喚起させていただこうと思います。

私のプレゼンはこのワークショップの主題と関わるものですが、労働におけるwell-beingをいかに改善するかということ。そして、その結果として生産性にどのような影響が与えられるかといったことに焦点を当ててお話させていただきます。私のメッセージは非常にシンプルです。フランスを労働市場の模範とするわけにはいかないが、生産性に関しては日本のために何らかの示唆をフランスから提供できるのではないかということです。

日仏における政策の共通性

フランスと日本では非常に似たような変化があります。その一つが労働市場改革です。安倍首相とマクロン大統領はどちらも労働市場の改革が必要だということを力説しています。労働市場を改革し、生産性を向上させ、両国の経済を活性化していこうというのです。このような考え方は、この30年間、日仏両国で必ずしも議論の中心となってきたわけではありません。つまり、今、両国の間に非常に似通った新しい傾向が見られると言えるかと思います。

従来、公共政策の傾向として、日仏は似たアプローチをとってきました。労働市場をより柔軟にする、フレキシビリティーを高めて規制緩和を行う、これらは政策の方向性として共通のものです。ただ、似たような政策であるにもかかわらず、われわれの労働市場のダイナミクスは似ていません。特に失業率と労働の生産性に関して、日本とフランスのパフォーマンスは大きく異なります。

ここで、日仏における90年代以降の労働市場の改革のポイントをまとめてみましょう。まず日本では90年代の終わり頃から、派遣労働規制、労働時間規制等の様々な改革がありました。そして、また次のフェーズに入った2014年からの改革です。日本の最近の改革は、市場のニーズよりもwell-beingの方に向かうべきだというベクトルが示されているように思います。現在の働き方改革がそうです。

フランスは、サルコジ、オランド、そしてマクロンの3人の大統領がいくつかの改革を行いました。これは労働市場の規制緩和という意味で同じベクトルを持つものでした。フランスでは約20年前、大きな労働時間の変革がありました。いわゆる週35時間労働制への移行です。これは失業者を減らすことが狙いだったわけですが、想定していなかった影響も与えました。例えば、労働生産性、あるいは労働市場におけるwell-beingということに関し、予想しなかった影響があったのです。

日仏両国の変化を、さらに大きな動きのなかに位置づけると、OECDの勧告などが参考になるのではないかと思います。OECDは従来、労働市場の規制緩和を推進する中心的なアクターでした。ところが、現在のOECDの調査を見るとどうでしょう。労働市場の規制緩和よりも、労働における満足度、もしくは雇用の質といったものに力点を移しています。これは、OECDにおいて近年、非常に大きな変化があったことを示しています。使用者側は、まさかOECDから、労働者の満足度をいかに高めるかといったアプローチが出てくるとは、夢にも思っていなかったでしょう。

日仏に見られる失業率と生産性のパラドクス

日仏両国における失業率と生産性の差異を見てみましょう。まず失業率ですが、フランスでは、少なくとも90年代の初めから10%台の失業率でしたが、この間、日本では2~5%の失業率で推移しています。ここで興味深いのは、GDPの成長率が失業率の違いを説明できるものではないということです。というのも、この期間、日本とフランスではサイクルこそ違え、GDPの成長率はほぼ似通っています。ですから、なぜこのように失業率が違うのかは、別のところに要因があるわけです()。

次に労働生産性の差異についてOECDの2015年の調査を見ると、労働時間1時間当たりのGDP(名目ドル)は、アメリカの68.3に対しフランスは65.6で、フランスは比較的アメリカに近い生産性のレベルにありますが、日本は41.9と、フランスの3分の2程度です。日本の労働市場のパフォーマンスはとても優れており、フランスは日本の状況をうらやむ状況にありますが、それでもフランスの労働者は日本の労働者よりも実質的には生産性が高い。どのようにしてこのパラドクスを説明できるでしょうか。この失業率と生産性の差異についていくつかの仮説を挙げてみます。

失業率の差異の仮説

まず、失業率の差異について。これは人口動態の違いが一つの理由かもしれません。日本では就労人口が10年前から減ってきています。しかし、フランスでは労働力人口が増え続けています。それは出生率がフランスの方が高いからです。また、移民政策の違いから説明できるかもしれません。両国の非正規労働の割合も関係するでしょう。あるいは、日本経済のなかで必ずしもイノベーションがなく、生産性が低いような部門で多くの雇用を維持しているのではないかという理由も考えられ、フランスにはそれがないということで雇用率、失業率に差が生じているのではないかという仮説です。

生産性の差異の仮説

次に生産性の差異について。第1の理由として、サービスの生産性がきちんと測定されていないのではないかということが挙げられます。日本のサービスの質はフランスより非常に優れています。東京とパリのレストランのサービスを比較なさったことはあるでしょうか。フランスが日本と同レベルのサービスではないことは明らかです。第2の理由は、ペリドン公使も指摘したことですが、フランスの生産性の低い労働者は、既に失業者となって労働市場から排除されているということです。ところが、日本ではそうではない可能性がある。しかしこれらは従前から説明されてきたことです。次にフォーカスを当てたいのは、働き方の違いが生産性の違いに影響するのではないかという仮説です。フランス人と一緒に働いた経験がある方はご存知かもしれませんが、日本とフランスは同じような仕事の仕方ではありません。労働時間も短い。つまり、働き方、また、労働時間の使い方が生産性に関係してくるのではないかということです。

労働と満足度との関係

そしてこれは、今日のメインテーマである労働と満足度との関係につながります。フランス人はあまり仕事をしないと言われています。事実、フランスの年間労働時間は日本より格段に少ない。そして、ドイツの年間労働時間はさらに短い。日本の労働時間はアメリカに近い。他方、フランスと日本の、仕事に関する満足度に関しては、日本の内閣府の集計によると、驚くべきことに、日本の満足度は調査対象国のなかで最も低い。他方、フランスはほとんどドイツと同じぐらいの満足度です。日本では労働に満足しているのは50%以下ですが、フランスでは70%の人が満足していると回答しています。フランスは、ストライキも多いし、不満や苦情の多い国です。それにもかかわらず、仕事に関する満足度について問えば、日本よりも満足しているという結果が出ている。この点について、日本側の意見を聞ければと思います。

幸福度と生産性の関係

さらに重要なのが、幸福度と生産性の関係です。これについて明確な関係性を証明するのは難しいと言われていますが、実際にこの関係性を証明する研究は存在します。非常に健康で幸福な労働者は、生産性の高い労働者だ、と結論づけている研究結果がいくつかあるのです。フランスの週35時間労働については賛否両論を巻き起こしたのですが、それによって労働改革の機運が高まり、働き方の再編成が起こりました。また、カイヤヴェ研究員が指摘したことですが、フランスの特徴として、単に労働時間だけでなく時間の使い方の問題もあります。フランスと日本には食を大切にするという共通の文化がありますが、昼休みについてはどうでしょうか。フランスでは、昼休みを非常に重視する傾向があります。現在はさすがに昼食の時間からワインを飲むことはあまりありませんが、昼休みをリラックスする時間として大切にすることは今も変わっていません。

長時間労働是正の問題

山本先生が指摘した、日本の長時間労働の特徴についても言及しておきたいと思います。日本では一部の労働者の労働時間が非常に長くなっており、週60時間労働をしている労働者が8%います。若い人を見ても、15%が週60時間以上働いていて、長時間労働がストレスや健康リスクを高めていると言えます。いま日本では働き方改革が進められており、働き方の文化や、企業文化を変えようという動きが見られます。古賀さん、岩田さんに、本当に企業側も働き方を変えようという意欲があるのかをお聞きしたいと思います。

女性の社会進出について

また、岩田さんには、女性の社会進出に関するご意見もうかがえればと思います。女性管理職の割合を国際比較すると、日本はかなり劣等生です。OECD以外で見ても、フィリピンやタイ、マレーシアの方が日本よりもずっと高い。安倍政権はかなり強力なイニシアチブを打ち出しており、2020年までに女性の管理職、指導的地位に就く女性の割合を30%にすることを目指しています。いくつかの企業ではすでにこれを達成していますが、これで十分だと思われますか。政府が定めた目標に到達するために、今の取り組みで十分かどうかに関してご意見をうかがえればと思います。

互いから学び合うことが重要

日本企業はこの20年間、労働コストの圧縮に努めてきました。この点に関しては、かなり成功しており、この間、労働コストは高まっておらず、場合によっては下がっていると言えます。しかし、労働生産性の向上には成功していません。この点を、パネリストの皆さんにうかがいたいのですが、あまりにも労働コスト圧縮の圧力が強かったために、労働生産性の向上が果たせなかったのではないかという仮説も成り立ちますが、どうでしょうか。

今日のいろいろな発表をうかがって、日本とフランスの比較は難しいという感じを持たれたかもしれません。両国は歴史も違いますし、特に労働組合の役割が大きく違います。しかし、お互いに学び合えることは多くあると思います。フランスは、日本の失業率の低さに関して、ポジティブに学ぶべきことがありますが、逆に日本は生産性向上に関して、労働時間、労働条件、時間の使い方など、フランスがヒントになることもいろいろとあるのではないでしょうか。

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コメント1

古賀 伸明 連合総合生活開発研究所 理事長

経済社会の成熟化

日本社会の課題を二つ挙げるとすれば、一つ目は経済、社会の成熟化だと思います。成熟社会には二つの大きな特徴があります。一つは言うまでもなく、経済が低成長だということ。私たちは成熟社会という経済が低成長のなかで、生き生きと働き暮らせる社会をどうつくっていくのかが問われていると思います。成熟社会の二つ目の大きな特徴は、価値観や意識が多様化するということだと思います。国民一人ひとり、あるいは働く者一人ひとりの価値観や意識が多様化しているのが現在の日本社会です。

人口減少社会

二つ目の課題は、超少子高齢、人口減少社会の進展です。日本の人口は2005年をピークに減少し始めました。2015年の一億二千数百万人が50年後の2065年には8,000万人台になると予測されています。生産年齢人口は減少し、高齢化率がどんどん上昇していくなかで、社会保障制度をはじめとした国の仕組み、システムをどのように組み換えていくのかという課題があります。また、60歳の平均余命は現在でも男性で21年、女性で27年ですが、私たち個人としてどんなライフサイクルを描いていくのかという課題もあります。そして、企業は人手不足のなかでどのようなオペレーションをするのか。こうした環境変化は私たちの働き方のみならず、暮らし方、生き方にまで様々な影響をおよぼしてきています。

働き方や職場の多様化

働き方や職場の変化を見てみましょう。健康寿命の延びによる職業期間の長期化、ライフステージに応じた働き方、すなわち、育児、介護、治療などによるキャリアの中断や短時間勤務、テレワークや雇用類似の働き方の増加など、個人の働き方はまさに多様化し、変化してきています。

一方、職場の構成員も多様化しています。中高年齢層の増加、女性比率の上昇などによる構成の変化、勤務形態の多様化、雇用形態も異なる構成での職場ということになっています。加えて、第4次産業革命と言われる技術革新の進展や、グローバル化のさらなる進展です。いわゆる第4次産業革命による、仕事や職業や産業構造の変化、そして性別、年齢、障がいの有無、あるいは国籍、人種、性的嗜好、宗教的責任の有無など、働き方の多様化に加えて、多様な文化や価値観に対する寛容性が求められる時代になっています。超少子高齢、人口減少社会の影響や技術革新の急速な進展や、地政学的リスクなどから、政策の不確実性は高まっていると見なければならないでしょう。

働き方改革の意義

このような環境のなかで、今、進行している働き方改革そのものを改めて考えてみたいと思います。まず欧米では、日本より相当に労働時間が短いなかで生産性を維持・向上させています。長時間働いて経済力を維持する日本のシステムは、抜本的に変更することが急務であろうと思います。また、先ほど提示した超少子高齢、人口減少社会の進展のなかで、本格的に労働力が減少し、しかも多様化した職場や働き方に対応した環境整備が求められています。ましてや政府認定で100人を超える過労死という異常な実態は、いち早く解消していかなければなりません。そのようななか、私は男性正社員の長時間労働という日本の働き方のスタンダードを、まず崩していくことが急務だと思います。

文字どおり、時間や場所に制約がある人でも、働くことに積極的に参画できるような働き方改革を進める必要があると思います。そして、見方を変えれば、私たちも仕事にだけ自分の役割と責任を果たすのではなく、家庭や地域にもきちんと役割と責任を果たしていくことが成熟社会、超少子高齢、人口減少社会を持続可能にする一つの大きな鍵を握っていると思います。もちろん決して、働かせ改革であってはならず、働く者が個人として働きがいや豊かに生きるための選択肢を多く持つ仕組み、システムを構築することなどが極めて重要であることは言うまでもありません。

経営マネジメントとしての働き方改革

次に、働き方改革の具体的な推進についてです。第1に、働き方改革は経営、マネジメント、業務の改革だということです。労働時間の数字だけを追うのではなく、意思決定のあり方などの経営改革、多様な人材の能力を引き出すマネジメント改革、そして、業務内容や業務遂行プロセスなどの業務改革が、時間短縮や生産性向上のベースとならなければなりません。マネジメントの一つの断片の具体的な労働時間管理を見ても、労働時間を正確に把握することにより、メンタルヘルスに対して良好な影響を与えるということが厚労省の調査で明らかになっています。

連合総研の調査では、上司による部下の時間管理などが不十分であるほど長時間労働になる傾向があるとの結果が出ていますし、上司による時間管理が不十分であると感じている人ほど、所定外労働の割合が高く、また、所定外労働に対するやらされ感が強い。加えて、長時間労働で体調を崩した割合も高くなる調査結果となっているのです。

働きがいとしての働き方改革

第2に、この機会に量だけではなく質を問い直すことです。働き方改革は働きがい、自分の仕事に誇りや楽しさ、また社会とのつながり、様々な関係者からの認知、そして社会の課題を解決していく、あるいは新しい価値観をつくり出すという実感、このような働くことそのものの意味や意義という根源的なものをこの時期に考える、そんな機会にしなければならないと思います。

生産性と仕事満足度との関係

第3に生産性と仕事満足度についてです。労働時間を短縮したからといって、自動的に生産性向上になるとは限りません。しかし、精神的、肉体的な疲労の回復は生産性とも関連するものですし、仕事満足度が高いということは、生産性向上に密接に関わるものだと思います。連合総研の調査によれば、仕事満足度は賃金、処遇が適切で納得性があることと並んで、ワーク・ライフ・バランス、あるいは職場の人間関係と関連があるとの結果が出ています。そして、生産性向上には何よりも先述の経営マネジメント、業務改革、そして、設備投資や情報化投資など、イノベーションに資する経営戦略が重要です。また、人的資本の蓄積は極めて急務であり、これまで減少してきた人的資本投資を積極的に増やしていく必要があるのではないかと思います。個々の働く人の能力を高め、ひいては生産性向上につながる能力開発や教育訓練、自己啓発に対する費用、時間面からの企業の支援が求められていると思います。

一方、国際的に日本の生産性は低いと指摘されますが、日本人の能力が本当に低いのか、あるいは日本人はサボっているのか。決してそうではないと思います。最近、現に捉えられるOECDの16~65歳の男女の国際成人力調査では、読解力、あるいは、数的思考力は日本の平均点がトップになっています。生産性向上は、この人材の能力をどう引き出していくのかというマネジメントや経営戦略などにかかっているのではないかということを改めて付け加えておきたいと思います。

実効性の担保

第4は実効性の担保についてです。その一つは、中小企業への支援です。中小企業には残念ながら人事、労務担当のスタッフもいないところもあります。そのような会社に対する支援は欠かせません。政府による法の周知活動では不十分で、社会保険労務士などによる積極的なサポートが必要だと思います。

二つ目は集団的労使関係です。働きがいを持ち、健康に働き続けられる職場をつくるためには、法律の改正だけでは道半ば、それを職場にいかに定着させていくかということが必要です。職場への定着は現場の労使こそが行うべきであり、職場の労使にしか行えないことです。その意味で、全ての職場で日常的に労働条件や職場環境について協議、交渉していく集団的労使関係は不可欠です。しかし、残念ながら、日本における労働組合組織率は17%に過ぎず、このようななかで、この働き方改革を契機にして、労働組合をつくり、組織化を進めていかなければならないと思います。

三つ目は、チェック機能の強化です。労使共同、社会全体で法令違反は許さない、そんな社会風土、組織風土をつくっていかなければなりません。また、労働基準監督官の充実も求められると思います。国際労働機関(ILO)は、労働者1万人当たりの監督官は1人とすべきとしていますが、日本では、残念ながら0.5人強だと思います。欧州などと比較して極めて少なく、この点を解消すべきです。私は、一方では、企業名公表なども社会的なサンクションとしては有用ではないかと思います。

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コメント2

岩田 喜美枝 キリンホールディングス株式会社/住友商事株式会社 社外取締役

経営戦略としての働き方改革

私からは、経営戦略としての働き方改革というテーマでお話したいと思います。ルシュバリエ理事長から、日本の経営者は働き方改革について本気なのかという質問がありました。中小企業にはまだ大きな問題があると思いますが、大企業の8割以上の経営者が、働き方改革は使用者がコミットすべき経営課題であると回答しており、少なくとも大企業は本気であると、まずお答えさせていただきます。なぜ働き方改革が経営課題なのかと考えたとき、二つあると思います。一つは、リスクマネジメントの観点から企業価値を守らないといけないという側面。そしてもう一つは成長戦略です。これがうまくいくと、企業価値を高めることができるという成長戦略としての側面、この2点から企業は、働き方改革は経営戦略であると考えていると思います。

リスクマネジメントとしての働き方改革

まず、リスクマネジメントの方ですが、例えば労働基準法などの法令遵守ができていない、過重労働を放置して社員の心身の健康が損なわれている、ということは大変大きなリスクになります。例えば、電通では事件後、労働環境改革に関する独立監督委員会が置かれ、電通の働き方改革を第三者の目でウオッチをする仕組みが作られています。事件の内容は割愛しますが、3年前、若い社員が過労死自殺をするということから大きな問題になりました。そして、電通は社会的信用を大きく失墜し、社長が交代せざるを得ないという状況になりました。そして、新しい社長の下でこの2年間、売り上げ利益よりも働き方改革を優先してやるんだということで取り組みました。例えば勤務間インターバル制度を入れる、インプットホリデーと呼ばれる有給休暇とは別に1カ月に1回は会社全体が休む、そういうようなことも含めてたくさんの取り組みをしてきました。その結果、改革前には1人当たりの年間労働時間が2,166時間だったのですが、2018年には200時間以上短縮することができ、1,952時間になっています。

成長戦略としての働き方改革

次に、二つ目の成長戦略という側面についてです。これはダイバーシティー、女性を中心とする多様な社員が働けるような環境をつくるという観点からお話したいと思います。

経営環境はどんどん変わっています。企業が生き残るためには、成長しなければならない。成長するためには、新しいアイデアを生み出し、それを商品やサービスの形で提供する、これが企業の成長の源泉だと思います。そのために何が必要かということですが、従来型の日本の企業は男性中心で、新規学卒、終身雇用を前提としていたわけですが、これだけでは新しい価値創造はできないということに経営者は気づき始めました。なるべく多様な人材を集め、その人たちが十二分に活躍することが、新しい価値創造には不可欠だということに、多くの経営者が気づいたのです。多様な人材が集まれば、そこには一人ひとり違う価値観があり、発想法も関心領域も違う、そこから新しいものが生まれてくる可能性が広がる。すなわち、多様な人材が活躍するというのは成長戦略なのですが、今、残されている最大の課題は日本の長時間労働です。これは男性型の働き方であり、育児期の女性など時間制約のある社員には無理です。ですから、働き方改革というのは、ダイバーシティーマネジメントの裏表といいますか、多様な人たちが活躍できるような会社にするということは、働き方改革と一体の課題であるということを申し上げたいと思います。

次に、会社が何をしないといけないか、具体的にはどういう取り組みをしないといけないかということについてです。労働時間管理については課題が大きく二つあると思います。一つは、1人当たりの労働時間を短くするということ。もう一つは、労働時間管理をフレキシブルにする。なるべく個々人の事情に応じて、フレキシビリティーを高めるということ、この二つの課題があると思います。

労働時間の柔軟化と総労働時間短縮

フレキシブルな働き方にすることに関しては、結構、成果が出ていると思います。例えば裁量労働を入れたり、フレックスタイムを導入したり、場所についてはテレワークなどが急速に発展してきている状況です。なぜ比較的効果が出ているかというと、経営者が判断して、これらの仕組みを導入すれば、結果が出やすいということがあります。

一方、依然として効果がなかなか出ないのは総労働時間短縮です。多くの企業は働き方改革を実行していると言っていますが、その具体的施策を見ると、例えば「週1回ノー残業デーを設定する」とか「オフィスの消灯時間を決めてそれ以降は仕事をしない」というものです。最低限必要なこととは思いますが、これでは足りません。多くの企業は、このあたりで手を緩めているから効果が出ないわけで、これだけでは残業時間の1割程度しか削減できません。

長時間労働を短縮するためにやれることは、「仕事を減らすこと」「人を増やすこと」「時間当たりの生産性を高めること」の三つしかないのです。このなかで、仕事を減らすことは難しいと思います、仕事は放っておくと増えていくので、減らすことを断行するしかありません。定期的に仕事の棚卸しをして事業計画に照らして優先順位を付け、優先順位の低い仕事はやめてしまうことが必要ですが、こうしたことができている会社は少ないように思います。一方、人を増やすと人件費がかかりコスト競争力が弱まるので、企業にとってこれは最後の選択でしょう。

そして、時間当たりの生産性を高めるということについての本丸は、仕事のプロセスの見直しです。いかに最少の労働力あるいは労働時間数で、インプットを最小にしてアウトプットを最大化できるか。そして、そのために仕事のプロセスの見直しをする――。これは非常に難しいことで、ここに着手して本気でやっているところは例外的でしかありません。

私が申し上げたかったことは、働き方改革というのは業務改革まで進まないと効果が出ないということ。そして、業務改革というのは、結局は1時間当たりの労働生産性をどうやって高めればいいかということの取り組みだということです。

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ディスカッション

濱口 今日は3人の基調講演で、それぞれ異なる切り口からテーマにアプローチしてもらいました。1人目のグリーナンさんは、労働者の脆弱性という、日本ではやや縁遠いかもしれませんが、欧米諸国では非常に注目を集めている観点からお話をされました。2人目の山本先生は、まさに今、日本で一番ホットな話題の観点からお話をされました。3人目のカイヤヴェさんは、多分日本の聴衆の皆さんは驚かれたかもしれませんが、昼食というある意味、労働時間の問題と表裏の問題に切り込んでいただきました。そして、このワークショップを提案されたルシュバリエさんからは、非常に包括的な観点から、日本とフランスはどのような点で学び合うことができるかという問題提起をいただきました。その後、古賀さんと岩田さんから、労使の立場での問題提起をいただいたわけです。

ではまず、それぞれの観点からお話をいただいた皆様から、主としてルシュバリエさんの問題提起に対してどうお答えになるか、そして、もし可能であれば若干のコメントもいただければと思います。

グリーナン フランスでは改革の結果、労働時間が削減されました。生産性のレベルは維持されましたが、そこには代償も伴いました。その代償とは、労働力の細部化です。その改革の影響がいろいろな形で出ました。労働者のタイプによってその影響は違いましたし、また、社会心理学的な影響も異なりました。

長時間労働が問題だという意見には、私も賛成です。様々な調査でも裏付けられている通り、健康に害がおよぶところから何とか是正しなければなりません。労働時間改革が成功するかどうかは、労働の現場における関係性、つまり職場の人間関係によります。そして、この関係性は改革によって変えづらい部分です。

さらに重要な点である職場での満足度については、指標だけで労働時間改革の評価をするのは十分ではありません。例えば、ワーカーホリックの人たちは仕事に満足しているが、それでよいのかという問題があります。ですから、満足度だけを測って改革の成果が出たと判断することはできないと思います。では、どうすればいいのか。フランスのケースから何が学べるのかということですが、やはり公権力が個人と組織、両方のレベルの意識向上を図る必要があります。日本の場合は、意識向上を図る際に、特にジェンダーをベースにした考察が必要でしょう。男性と女性の労働時間はかなり差がありますし、仕事との関わり方も違います。ヨーロッパでもそうなのですが、日本の方がその格差は大きいように思われます。そして家事負担と働き方も密に関係していますので、それも考慮する必要があります。労働時間が長いのは日本の文化の一つであるということですが、それを変えるには、いろいろな関係者を総動員しなければ難しいと思います。

それから、もう一つの重要な点はQWLに関する交渉です。労使交渉によってしか変えることができないものがあります。企業が働き方を変えたいというのであれば、それは労使交渉、労使対話を通じて達成していく必要があります。

最後の点で重要と思うのは、改革の成果を評価することです。それは生産性指標もありますが、それだけでは足りず、労働者個人のフォローをする必要があります。満足度もその一つかもしれませんが、もっと客観的な労働条件を評価する指標が必要です。私のプレゼンで紹介した脆弱性もその一つです。労働条件が悪化すると脆弱性が高まることはわかっているわけですから、それも一つの指標として使えると思います。

濱口 やはりこの問題はなかなか単純ではなく、フランスの観点から見ると、ある種トレードオフみたいな関係にあるということを感じました。山本先生、ルシュバリエさんの問題提起に対するレスポンスをお願いできますか。

山本 ルシュバリエさんの、日本とフランスの対比において、日本は長時間労働だが失業率が低い。フランスは短時間労働で効率、生産性が高いけれども、失業率も高いという二つの対比から、日本、フランス、それぞれが学べるところがあるのではないかという問題提起はまさにそのとおりだと思いました。

まず失業と生産性の関係について、いま日本は労働時間を短くしようとしているわけですが、労働時間を本当に短くしていくと、企業にとっては景気変動に対する調整手段がなくなり、例えば不況のときに残業代を減らすことができなくなる。人で調整することは、もともと日本では難しいとなってくると、なかなか難しい問題なのかなと思います。そうなると、労働時間を減らすのであれば、雇用保障が小さくなっていくというリスクがあり、現象としては今のフランスの問題である失業率が高いというところに行ってしまうリスクもあるのではないかと考えました。ということは、日本にとっては、いかにして労働時間を短くしながらも生産性を上げ、かつ今の低い失業率の水準を保てるかということを、今後、考えていく必要があるのでしょう。

ただ、日本にとってのアドバンテージは、やはり人口動態の問題があり、日本はいま人手不足で、おそらく大量の失業というのは出にくい状況にあると思います。そういう意味では、おそらくフランスは一部の人が非常に高い生産性で働いており、ただ、内部労働市場に参入できる人は少なく、若年の失業率をはじめ、失業率が高いという状況になっているのではないかと思います。

それから、なぜ日本の労働生産性が低いのかについては、一つの可能性として、ITの普及が進んだとき、日本は例えばアメリカほど活用し切れていなかったのではないかという点もあるのかと思います。ITが普及し始めた90年代以降、非正規雇用が日本の労働市場では非常に増加して、今では4割が非正規雇用になっています。つまり、ITができるようなことも非正規雇用でまかなっていたという側面があります。OECDのPIAAC『国際成人力調査』を見ると、単純労働ないしはルーチンタスクが、国際的に見て日本はかなり多くなっているのです。アメリカはIT、コンピューターをフル活用して、できるだけ人の行うルーチンタスクを減らして生産性を高めている姿がある。その一方で、日本の場合は、非正規雇用を中心にルーチンタスクを人が担ってきたこともあって、必ずしも生産性が高まっていない可能性がある。ただ、人が多く働けているので、失われた20年を経たとしても、失業率は低いまま。これは労働時間、生産性も関係してくるわけですが、こうした構図があるのかなと思います。

それから、広い意味で日仏比較が非常に有用だというところはそのとおりだと思いますが、国際比較をするときに注意が必要なのは、国民性といいますか、回答性向というということも若干あるかと思います。社会心理学の文献を見ると、日本人はプラスの感情はできるだけ抑える特性があるそうです。例えばワークエンゲージメントで「生き生きと仕事ができていますか」といったような尺度を国際比較すると、日本人の数字はかなり低く出る傾向があります。しかしこれは、必ずしも日本人のエンゲージメントが低いからとは限らず、日本人はポジティブな感情はあまり表に出さないという性質があるので、回答性向として低く出がちだということがあります。特に満足度やエンゲージメントなど、主観的な指標で国際比較を行うときは、この点に非常に注意が必要です。

また、カイヤヴェさんのタイムユーズサーベイを使った検証で、日本もフランスと同じように、食についての時間と幸福度の関係を分析できないのかというような提案がありましたが、日本でも、社会生活基本調査という総務省の政府統計が5年に1回行われていて、15分刻みでどんな行動をしているかということが詳細に調べられていますので、食事時間の詳細な分析はそのデータを使えばできるはずです。ただ、残念ながら、何かをしているときにどういう感情だったかということについてまでは聞いていないので、幸福度との関係についてはまた別途、サーベイを行うことが必要なのかなと思います。いずれにしても、今後、日本とフランスとの比較を、注意をしながらも進めていくことによって、いろいろな学びが得られるのではないかと思いました。

濱口 では、今日のテーマからあまり想像されなかったような切り口から、非常に重要な問題を提起していただいたカイヤヴェさんから、コメントあればお願いしたいと思います。

カイヤヴェ まず、労働における満足度ですが、フランスでは非常に重要なものです。一般的にフランス人の40%が最大限の点数を与えている。つまり、非常に満足していると答えているわけです。もちろん、山本先生が指摘されたように測定手法も重要ですが、一つ申し上げられるのは、フランスでは日本よりも仕事の作業の仕方を自由にできるのかなと思います。これはやはり、満足度に大いに貢献するものだと思っています。フランス人は確かに不満の多い国民性ではありますが、不満を言える自由というのも他方で重要ではないかと思っています。

濱口 では、古賀さんからは、少し視点を変えて、技術革新に対応して今後、働き方がどのように変化していくのかという、ある意味、いま最も重要なテーマについて追加していただければと思います。

古賀 技術革新への対応については、四つの基本があると思っています。50%の仕事がなくなるといったような、AI、IoTの進展に伴う雇用の変化の問題が非常ににぎやかに議論されているわけですが、考えてみれば、私たちは産業革命以降、様々な科学技術の進展に伴って、労使がお互いに知恵を出しながらそれを乗り切ってきたし、科学技術というものを社会の発展につなげてきたわけです。もちろんこれは人の幸せのためにということに置き換えられるのだろうと思います。

したがって、まず第1の基本は、何といっても、科学や技術は人が人のために使うということをきちんと合意形成しなければならないということだと思います。科学や技術に振り回されることなく、人が不幸になる科学や技術は使ってはならない。社会の進展や人の幸せのために使うということです。日本でも、内閣府が「人間中心のAI社会原則検討会議」というのを立ち上げて、科学技術、特にAIなどは人間中心で使うことを明確にしています。これは日本だけではなく、世界全体できちんと合意形成されるかどうかが非常に重要なことではないかと思います。もちろん社会だけではなく、私たち一人ひとりがそのことを再確認することが大原則です。

二つ目は、科学技術がどんどん進歩していくと、産業構造が変わり、就業構造も変わり、私たちの働き方も変わるわけです。そういう意味では、それに対して新たなチャレンジをするインフラをきちんと整えておく必要がある。それは言うまでもなく、能力開発や人材育成、教育訓練をインフラとして整備していくことが重要だと思います。生産性の話に戻すと、生産性というのは、仕事満足度の非常に大きな要素を占めると思っています。そして、その仕事満足度というのは、仕事のやり方だけではなく、自分たちの能力をいかに高められるか、自分たちが成長するか、こういう実感というのは非常に重要だと思うのです。そういう意味では、生産性を高める一つの大きな要素は、職業訓練や能力開発、人材育成ということが、いつでもチャレンジのために整備されていることが非常に重要ではないかと思います。しかし、残念ながら、大きな科学技術の変化で、一生懸命努力しても、それにどうしてもついていけない人も出てくるわけです。全ての事象には光と影があるわけですから、そういうところに対してどういう社会制度で手当をしていくか。これも新しい方法を考える必要があるのではないかと考えます。

三つ目として、AI、IoTなどの科学技術の進展というのは、従来の雇用という概念を変質させているわけです。現在、インターネットプラットフォーマーから仕事を受けている人が、日本でも1,000万人を超えたと言われています。まだまだ日本では詳細な調査が進んでおらず、どこまでそういう実態にあるのか本当のところはわかりませんが、日本の労働基準法というのは、雇用する側と雇用される側が明確であって初めて保護される仕組みです。雇用する側が曖昧な働き手には保護規定がありません。今、政府も検討しているとのことですが、こういう人たちをどう保護していくのか、このことも非常に大きな課題として押さえておかなければならないと思います。

四つ目ですが、これは生産性向上とも密接に関わるのですが、日本人は、働くということに対して、ただ単に報酬の引き換えに労働力を売るということではないと考えています。これは民族性とか、あるいは経済発展のプロセスに根差すことだと思うのですが、働くことに心を込める、あるいはどんなに仕事が分断をされても、隣の困っている人を助けるというようなチームワークなどは、日本の働くということに対して重要な要素だと私は思うのです。したがって、どんなに科学や技術が発展しても、それらのことがきちっと組み込まれるような職場とか組織とか、あるいは企業体などにおいて、そういうことを決して忘れてはいけません。

これら四つの基本を忘れずに新しい科学技術に立ち向かっていく必要があるし、そのことを利用して、人が幸せになる社会を発展させていくことが重要なのだろうと思います。

濱口 では、岩田さんからコメントお願いいたします。

岩田 二つお話したいと思います。一つは、フランスなどの他国と日本を比較したときに、日本の労働生産性はなぜ低いのかという問題。これは、やはり産業構造の問題があると思います。それは日本の産業政策上、非効率な中小零細企業も生き残って事業が継続されるように、補助金等も提供してきたという経緯もあります。それから、例えば産業が重層的になっていて、代表的な例では、建設業や運送業、最近ではITシステム開発もそうですが、仕事を下請けに出して利益を皆で分け合う構図があります。日本は個々の労働者の生産性は低いけれども、失業者が少ないといったことと少し似ている構造なのかもしれませんが、生産性が低い企業がたくさん生き残って、そこに雇用の場も確保されるが、効率のいい企業ばかりではないという構造的な問題もあろうと思います。これが良いのか悪いのかの判断は、なかなか一概に言えるものではないとも思います。

もう一つの点は、仕事のやり方の違いについて。欧米の場合は個々の業務のアサインメントがはっきりしており、それに対してアウトプットを評価する基準も客観的なものがある。だから、人は1人で頑張れる、頑張るインセンティブがそこにあるということだと思うのですが、これまで日本はチームで仕事をすることが多かったので、個々の業務のアサインメントというのははっきりしていなかったし、個々の評価についても評価基準があったとしても、必ずしもそれは誰もが納得しているような基準にはなっていないことが多かったように思います。

このように、仕事の担当領域がはっきりしておらず、チームとしての成果を出すという仕事のやり方というのは、効率の悪い面もありますが、それが持っているいい面もあるわけです。例えば社員の仲間意識とか帰属意識がしっかりしているとか、チームで仕事することによって、先輩は後輩を人材育成しているといったことなどです。ですから、個々に明確にアサインする方がいいかどうかについては、なかなか判断が難しいところです。ただし、言えることは、IT投資については、本当にそれを仕事改革に十分使い切れていなかった面は否めませんし、従来は結構手厚かったと思っていた日本の人材育成が最近それほどでもないという問題もあり、人材投資をもっと手厚くするというところは、誰も異存がないところかなと思います。

また、女性の活躍の問題が提起されました。今、日本の多くの経営者の間に、女性の活躍が企業にとって本当に成長戦略だということが浸透してきたのではないかと思っています。安倍政権がそういう問題提起をして始まったのですが、仮に政権が変わっても、もう後戻りすることはないと思います。経営者はそういうことに気付き始めました。ただ、成果はまだ道半ばです。日本では、結婚、出産、育児のために仕事を辞める女性が、高学歴な女性も含めて多かったのですが、大手企業についてはもうほとんどなくなっています。女性も育児休業をとって復帰して仕事が継続できるようになった。だから、M字カーブも随分底が上がってきているというのは大きな変化だと思います。

課題として残っているのは、仕事は継続できるようになったけれど、実力をつけて、成長して、評価をされて、管理職や役員にキャリアアップしていく、登用されていくというところは、まだ時間がかかるところかなと思います。育児をしながら仕事を続けて、単に継続するだけではなくて、本当に実力をつけてキャリアアップしてということをやるための大きな障害が二つあります。

一つは長時間労働です。男性型の働き方がスタンダードになっているところで、時間制約のある女性はそのスタンダードに合わない。だから評価されないということになっています。

もう一つは、家庭における男性の役割が欧米と相当違うということで、いま育児のワンオペレーションという言葉もあるように、ほとんどの育児は女性が担っているという問題、これも女性が職場で活躍しにくい大きな要素になっています。男性は長時間労働が原因で、もっと家庭のために、家族のために時間を使いたいのに、それが十分できないという、これが日本の現状ではないかなと思います。

濱口 日本的な雇用システムを超えて、社会システム、あるいは家族のあり方まで、そういった制度的補完性を持ったシステム全体に目を向ける必要性についてお話をいただきました。それでは最後に、ルシュバリエさんから、皆様のレスポンスを踏まえて、コメントをお願いできればと思います。

ルシュバリエ 今日は多くのことを学びましたし、いろいろ確認できたこともありました。well-beingということを中心に考えると、日本では一つの革命が起きるのではないかと思っています。これはダイナミックに変化する可能性がある。そういう意味で革命と呼べるものかもしれません。ただ、労働時間、生産性とwell-beingに関して、あまり肯定的になり過ぎてもいけないと思います。時間さえ減らせば皆、幸福になる、well-beingが高まると考えるのは少し短絡的かもしれません。この分野で調査や研究をさらに進めることが必要です。

また、技術革新の影響、生産性への影響などの議論もありました。新しい技術を取り入れる、コンピューターを増やすという単に技術を導入することだけでは十分ではないということ。働き方を変えなければいけないということについては、JILPTでも研究が行われているようです。それから、企業レベルでは岩田さんから非常に明るい見通しのメッセージがあったように思います。政府レベルでいろいろな取り組みがあるというお話もありました。

このように、日仏の協力のポテンシャルというのは非常に高いと思います。今日いろいろな問題が提起されましたが、日本とフランスは、どの分野に関しても協力していける可能性があると考えています。