講演2:「新しい正社員」という考え
若者問題への接近:自立への経路の今日的あり方をさぐる
第47回労働政策フォーラム (2010年7月3日)

佐藤博樹 東京大学社会科学研究所教授/日本学術会議連携会員

佐藤博樹 東京大学社会科学研究所教授/日本学術会議連携会員:2010/7/3フォーラム開催報告(JILPT)

「新しい正社員」という考え方

企業の人材活用がなぜ変わってきたのか。ここ10年ほどの間に、いわゆる非正規雇用が、非常に増えてきました。働いている人の視点から見ると、仕事での能力を高める機会が少ない、あるいはキャリア形成につながらないだけでなく、不安定雇用だといわれています。この点についてお話ししようと思います。

一つは、非正規雇用のキャリア形成の問題です。今従事している仕事を通じて能力を高める機会があるのか、もう一つは、次のステップにつながるのかということです。非正規雇用につくとキャリア形成の機会が乏しいと言われるわけです。それを解消するために、非正規雇用から正社員への転換を促進することが政策としてあげられています。これが間違っているとは言いませんが、非正規雇用がすべて不安定雇用なのか、非正規雇用でキャリア形成の可能性はないのかということです。

同時に、不安定雇用の解消策の唯一の道が正社員化なのかということです。もしそうだとすれば、正社員の雇用機会を増やすにはどうしたらいいのか、あるいはどうすれば正社員への非正規からの転換が進められるのかを議論しなければいけないわけです。

結論は、確かに平均的に見れば、正規雇用と非正規雇用の間でキャリア形成の機会に違いがあります。非正規雇用よりも正規雇用の方がキャリア形成機会は多くあるわけですが、実は両方重なっていることが大事だと思います。非正規雇用の中でもキャリア形成の可能性があるわけです。ならば、それをどう広げていくかが大事になります。

もう一つは、正社員化を進めるためには、今の正社員のあり方を変えなければ、正社員転換を進めるのは難しいだろうと思っています。景気が回復しても、そう簡単に正社員の雇用機会は増えない状況があるからです。では、その非正規雇用の人たちの雇用を安定させるためにどうするか。正社員化を促進するためには、「新しい正社員」という考え方に転換しないと、正社員化は難しいのではないかと思います。

「不確実性」拡大が非正規増大の背景に

基本的に企業の人材活用とは何か。一つは、企業の労働サービス事業を充足することですから、企業経営がどのようになっていくかにかかっている。企業の人事管理からすれば、どういう事業分野を展開し、その事業を展開する上で必要な仕事にはどういうものがあって、それに必要な能力はどういうものか。これを前提として必要な人材を採用し、こうした能力を持った人を育成するのが企業の人材活用の基本です。

しかし、その企業の労働サービス需要がどうなっていくのかが非常に予測しにくくなっている。例えば、ある商品が売れているので、生産現場では人を増やしてほしいという要望が、人事に上がってきます。でも半年後にその商品が売れ続けるのかはわからない。人を採用しても、半年後、売れなくなってしまうかもしれない。あるいは、自社の競争力の基盤的技術を担えるエンジニアを採用する。ところが、2、3年後、技術構造ががらっと変わってしまう。すると、そのエンジニアの仕事がなくなってしまう、例えばそういうことがあります。

つまり、企業の人材活用では、会社がどうなっていくのか、それに対応してどういう人材が必要なのかがあって初めて、採用・育成するわけです。しかし、その見通しが立てにくくなっている。これが「不確実性」の増大です。企業環境における「不確実性」の増大の結果、企業の労働サービス需要の変化を事前に想定した人材活用が難しくなっている。そのことが、非正規雇用の増加につながっていると思います。ですから、景気が回復しても、そう簡単に正規雇用が増えるわけではない。

増加する常用・非正規雇用

このことを踏まえたうえで、具体的に企業の人材活用の変化と非正規雇用の増大について見ていきたいと思います。

過去20年間、非正規雇用は増えていますが、一番増えているのは常用・非正規です(図1)。他方、雇用期間が短く、半年や1年の契約でその後契約更新されないテンポラリーな非正規の比率はほぼ同じです。つまり、非正規の中で増えているのは常用・非正規ということになります。有期契約だけれども契約更新されている人たちが増加しているのです。流通業のパートタイマーを取り上げると、1年の契約更新だけれども、何度も契約更新され、勤続3~7年の人がたくさんいる。

図1 雇用構造の3層化(文献(1))

図1 雇用構造の3層化(文献(1)):2010/7/3フォーラム開催報告(JILPT)

資料出所: 雇用のあり方に関する研究会(座長=佐藤博樹)(2009)『正規・非正規2元論を超えて:雇用問題の残された課題』リクルートワークス研究所

確かに正規は減り、非正規が増えたけれども、臨時非正規が増えているわけではない。増えているのは有期雇用でも継続的に雇用されている人たちであることを理解する必要がある。その意味で、有期契約なので、契約上は雇用期間が定められていますが、実際は契約更新され雇用が継続しているわけです。企業も有期契約ながら、基本的には契約更新することを前提に雇用している。働いている人も企業は更新してくれるだろうと思っている。事業所調査では、そうした活用が有期契約の7~8割の高い比率で存在する。同調査によると、3分の1以上が勤め続けられる限り働いてほしいとし、5年以上働いてほしいと考えている事業所も多いのです。

では、なぜこうした有期契約が増えてきたのか。長く活用するのであれば、正社員として雇用すればいいじゃないかと疑問がでてくるわけです。これには先ほど触れたように、「不確実性」の増大が背景にあります。つまり、単に人件費削減や短期的な需要変動のために正規を減らし非正規を増やしている部分はゼロだとは言わないが、それだけで今の企業の人材活用のあり方は説明できない。一番大きいのはやはり企業環境における「不確実性」の増大にあります。そうすると、どういう人材を採用し、どう育成していくのかの計画が立てにくくなる。

他方で、企業の競争力を支えるためには、企業が人的資源投資をし、企業特殊的熟練を持った人材を確保育成し、競争力を支えることが大事です。これが正社員です。しかし、企業環境の「不確実性」の増大の結果、中長期に人的資源投資し、継続雇用する人たち(従来の正社員)を雇いにくくなったのです。そのため、企業の人材活用では、中長期の雇用関係を結ぶ人を減らさざるを得なくなる。ですから、景気が回復しても、この構造は変わらないのではないかということです。ですから、ここ10年の企業の人材活用は、景気変動だけではなくて「不確実性」にも対応できる中長期の雇用関係を結び、人的投資先として長期の雇用関係がある人を減らさざるを得なかったのです。

そうすると、正社員を絞り込んだ結果、定常状態でも人が足りなくなる。非正規雇用を典型的にテンポラリーに使うならば、有期や派遣の人を必要な時に雇えばいいわけですが、現状はそうではなく、正社員だけでは定常状態でも常に人手不足になる。つまり、本来ならば正社員として雇用したい人を減らしているわけですから、非正規雇用の活用が恒常的に必要になるのです。

それと正社員を削減した結果、有期契約でも契約更新され、同時に従来であれば正社員の人たちがついていた仕事にまで活用が拡大してきているわけです。そういう意味で、企業は大きなショックが来ない限り、できれば長く活用し、能力開発もしたい常用・非正規を増やしてきたわけです。もちろん、大きなショックが来れば、正規の人よりも先に雇用調整されるわけですが、常に不安定かというと、そういうわけではないのです。

常用非正規を正社員化できないか?

ここで最初の課題に戻ります。常用・非正規が増え、大きなショックが来ない限りは長く使いたいと企業が考えているので、正社員にしてもいいのではないかという疑問が出てくるわけです。更新されて3年、5年働けるなら、無期契約の正社員にできるのではないかということです。

ここで難しいのは、有期契約でいくら契約更新しても、いわゆる正社員との違いがあるのです。ここが正社員転換の難しさです。

正社員とはどういう人たちなのかというと、単に雇用契約期間が無期というだけではなく、人材活用の仕組みとして日本では配置する業務や職場を限定して雇用するわけではない。仕事や職場も限定せず、労働時間にしても業務が増えたときは残業してくださいという形で活用している。つまり、ジョブへの採用ではないのです。特定の仕事や職場ではなく、キャリアへ採用して活用しているのがこれまでの正社員の活用の仕方だった。

ですから、そうした人材活用を前提にして、正社員については、仕事がなくなっても、すぐ解雇してはだめで、ほかの仕事に異動させなさいと、企業に対する社会的な期待が形成されているわけです。なぜならば、特定の仕事を限定して雇用し活用しているわけではないからです。その人がついている仕事がなくなっても、ほかの仕事や職場に配置換えができるでしょうということになる。

一方、有期の非正規の人たちは、一般的には特定の職場の特定のジョブへの採用です。有期契約でもその職場のその仕事がある限り継続雇用されるわけです。正規と非正規の間にはこうした人材活用の違いがあります。しかし、仕事や職場がなくなったときに、従来の正社員と同じような雇用保障責任を企業に期待されても、それはできないのです。このギャップをどうするかが政策的な課題になります。

そういう意味で、正社員転換と言ったときに、有期契約で契約更新して継続雇用されている人たちを従来の正社員に転換しなさいといわれても、企業としては、人材活用の仕組み、期待されている雇用保障のあり方が違うので、この壁を超えるのは難しいことになるわけです。

「新しい正社員」導入の意義

この壁をなくすための一つの提案は、キャリア限定型、ジョブ型の「新しい正社員」です。どういうことかというと、その仕事や職場がある限りの無期雇用で、その仕事や職場がなくなったら契約解除できるという雇用契約です。仕事や職場を限定する「特約のついた雇用契約期間に定めのない雇用契約」ということになります。ただし、従来型の正社員と違うのは、その仕事や職場がなくなった場合、雇用契約を解除できる。こうした正社員ができれば、契約が更新されている有期契約の非正社員を新しい正社員に転換の可能性が広がるのではないか。

そういう意味では、整理解雇のときに、ほかの事業所や仕事に異動させる従来の解雇回避努力義務について、この部分を外すということです。

ただし、従来のルールである合理的な選考基準の必要性や、十分なコミュニケーションをとることは当然、継続するわけですが、仕事や職場を変えてまで雇用機会を確保する責任を企業に課すわけではない。こうした「新しい正社員」モデルができれば、有期契約で契約更新している7、8割は正社員に転換できるのではないかと思います。

その「新しい正社員」の意義ですが、更新されるのかどうかという不安がなくなります。実際、更新していくと無期とみなされるので、契約更新は2回までや継続雇用の期間は5年までなどと決めている会社があります。しかし、「新しい正社員」が導入できれば、基本的には、仕事や職場が限定していて、それがある限りは、その範囲内で契約更新し、能力開発を継続できます。さらに、ここを経由して従来型の正社員に転換する可能性が広がるのではないかということです。

非正規のキャリア形成の可能性

もう一つは、非正社員の中でのキャリア形成です。正社員は能力開発やキャリア形成機会があるけれども、非正規はないといういわゆる二元的な議論が多いことについてです。たしかに統計的な分析をすると差が出ます。しかし、実態は両者は重なっています。正社員でも、能力開発の機会がない人もいれば、非正規でも能力開発の機会のある人がいる。重複があることがすごく大事な点です。

29歳以下で正社員と非正規はフルとパートに分けて、あなたが今ついている仕事に新人をつけた場合、どのくらいの期間で仕事ができるようになるかを聞いたところ、重なっています(図2)。つまり、今の仕事に必要なスキルのレベルを取り上げてみると、正社員と非正規でかなり重なり合いがある。逆に言うと、正社員でも能力開発機会が少ない企業に就職するよりも、非正規で能力開発の機会のある企業を選ぶ方がいいわけです(図3)。ですから、非正規でも能力開発できる機会があるとすれば、そうした非正規への雇用機会を増やす支援をする仕組みを整備し、さらに「新しい正社員」に転換し、さらに従来型の正社員への転換を支援することが重要になります。

図2 若年層の雇用形態と担当業務の技能水準

図2 若年層の雇用形態と担当業務の技能水準:2010/7/3フォーラム開催報告(JILPT)

資料出所: 佐藤博樹ほか(2007)労働政策研究報告書No.75『働き方の多様化とセーフティネット―能力開発とワークライフバランスに着目して―』労働政策研究・研修機構

図3 若年層の雇用形態と能力開発の機会

図2 若年層の雇用形態と担当業務の技能水準:2010/7/3フォーラム開催報告(JILPT)

資料出所: 同上

もう一つは、企業が中途採用するときに、非正規として働いていると能力開発機会がないので、スキルを蓄積していないだろうと考えがちです。ですから、入り口ではじかれてしまう。こういうことを避けなければならない。非正規でもいろいろな能力開発がある職場にいた人もいるわけです。このことを企業の方に是非、理解していただきたいと思います。

今日、お話ししたかったことは、非正規の中でも能力開発機会の可能性があるということです。非正規イコール能力開発機会がなくて、すぐに正社員転換しなければいけないというメッセージだけが伝わるのは問題だろうと思います。

もう一つは、正社員転換と言ったときに、従来の正社員のあり方をそのままにしての転換は相当ハードルが高いし、そうした正社員転換は広がっていかないだろうと思います。そういう意味では、現在増えている有期雇用がどういうものかを正確に理解したうえで、有期雇用の中で今よりも雇用が安定し、能力開発が行えるような「新しい正社員」の類型を導入していくことが大事なのではないか。そのうえで、それをさらに従来型の正社員への転換につなげる。そのためにも、従来の正社員の働き方も変えていかなければいけない。ワーク・ライフ・バランスがとれるような働き方に変えていきながら、「新しい正社員」とのつながりをつくっていく。そういう方向に変えていくことが企業の人材活用としても大事なのではないかと思います。

プロフィール:佐藤博樹 (東京大学社会科学研究所教授/日本学術会議連携会員)

1981年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。1981年雇用職業総合研究所(現、労働政策研究・研修機構)研究員。1983年法政大学大原社会問題研究所助教授。1991年法政大学経営学部教授。1996年より現職。著書として、『人事管理入門( 第2版)』(共著、日本経済新聞出版社)、『実証研究日本の人材ビジネス』(共編著、日本経済新聞出版社)、『パート・契約・派遣・請負の人材活用( 第2版)』(編著、日経文庫)、『ワーク・ライフ・バランス:仕事と子育ての両立支援』( 編著、ぎょうせい) などがある。兼職として、厚生労働省・労働政策審議会分科会委員、内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員などを務める。