パネルディスカッション:第46回労働政策フォーラム
女性が働き続けることができる社会を目指して
(2010年6月3日)

パネルディスカッション:労働政策フォーラム研究報告(2010年6月3日)/JILPT

パネリスト

定塚由美子
厚生労働省雇用均等・児童家庭局職業家庭両立課長
米奥美由紀
アステラス製薬 人事部ダイバーシティ推進室長
小谷美樹
リコー人事本部グローバル人事部ダイバーシティ推進チームリーダー
桑原靖子
INAX 経営管理本部人事・総務部 EPOCH ダイバーシティ推進室長
池田心豪
労働政策研究・研修機構研究員

コーディネーター

岩田喜美枝
資生堂代表取締役副社長

岩田

本日は論点を2つにしぼりたい。1つ目は子どもが小さい時期の仕事と子育ての両立支援策について、2つ目はすべての社員のワーク・ライフ・バランスが実現できるようにするための働き方の見直しについてだ。

図 女性の活躍支援における課題

図 女性の活躍支援における課題:労働政策フォーラム研究報告(2010年6月3日)/JILPT

私が論点としてこの2つを選んだ理由をご説明したい。は企業における女性の活躍支援の課題を段階的に示したものだ。日本の企業の多くは「女性は子どもを授かったら退職するのが当たり前」という第1段階にある。次の第2段階は、女性が仕事と子育てをかろうじて両立できる状態。第1段階から第2段階へ進むためには、子どもが小さい時期の仕事と子育ての両立支援策を充実させることが必要だ。さらに上の第3段階は社員が性別や子どもの有無にかかわらず、しっかりキャリアアップを続けて、活躍できる状態。こ.の段階になれば、男性も育児や家庭生活がしっかりできていなければならない。第2段階から第3段階に進むにあたって障害がいくつかある。そのうちの1つが正社員の長時間労働の現実だ。夜遅くまで働くのが当たり前という職場では、子どもがいる女性は、男性と同じような働き方ができない。これでは会社から「女性は活躍してくれなくてもいい」と言われているようなものではないか。男性にとっても、「育児にはかかわらなくてもいい」と言われているようなものだ。第3段階に進むにためには、男性型の働き方をいったん壊して、根本から見直すことが必要だ。

図の(3)に書いてある「ポジティブアクション」は、女性を育成・登用するための意識的、積極的な取り組みのことだ。具体的には女性がもっと活躍できるよう、採用、配置、仕事の与え方、研修など人事管理のすべてにおいて、効果のある施策を実施することを指す。

岩田氏

図の(4)に書いてある「社内風土の改革」は、第1から第3のすべての段階で必要なことだと思う。企業トップ、管理職、男性社員、そして女性社員、そういった社内の人びとの意識や慣習が女性の活躍を阻んでいることも少なくないからだ。

これ以外にも保育所の待機児童の問題など、企業の外で国や地方自治体、地域社会が対応すべき課題もあるが、本日は企業が抱えている課題――この図でいえば(1)(2)にしぼって議論していきたい。まず、論点1「子どもが小さい時期の仕事と子育ての両立支援をどうするか」について、各パネリストのご意見を一通り伺いたい。

論点1: 子どもが小さい時期の仕事と子育ての両立支援策

池田

育児休業取得者が増えているにもかかわらず、継続就業は増えていないという逆説的な状況が起きている。そういう意味では、支援策のメニューが充実すれば、継続就業が増えるかというと、やや不安がある。

企業の事例報告にもあったが、両立支援制度の効果を高めるために重要なことは従業員とのコミュニケーション。ワーク・ライフ・バランスは「ライフ」という職場の外が関係している。従業員が職場の外でどのような状況に置かれているのか、家庭でどんなことが起きているのかということを職場の上司や同僚が把握することが両立支援制度の定着にとって重要ではないか。

桑原

制度を利用する社員とそれ以外の社員の間に対立を生じさせないためには、具体的に職場で何が起きているのか、また、制度を利用する人すべてに対立が起きているのかといった実態を人事担当者として、個別に把握すべきだと思っている。対立を生じさせずうまくやっている人に対して、掘り下げて話を聞くと、やはりそれなりに上手なやり方があるのではないか。逆にうまくいってない人についても、どのような要因で対立が起きているのか、起きているとすればそれは、心情的なものなのか、あるいは仕事の生産性が落ちていることによるものなのか。そういったことに気づくための仕掛けづくりとして、ワークショップやミーティングを開くことが有益なのではないか。

いかに早く職場復帰させるかが重要

小谷

弊社では、90年に育児支援制度を導入したが、その際、利用する側の声を広く集めるため、社員によるワーキンググループを設置した。この中で「復帰後、最初から1日単位で休むのではなく、保育所の送り迎えのために短時間勤務をしたい」という要望があった。弊社としても職場への早期復帰を目指していたため、この意見を受け、育児休業は2年間までとしたが、短時間勤務は柔軟にとれるように運用した。具体的には勤務パターンを3つ用意し、他のパターンへの変更もできるようにしたため、制度を利用する社員の大半は、復職後、段階的に勤務時間を長くしている。

米奥

弊社も女性社員には早く復職してほしいと考えているが、国の待機児童対策だけでは追いつかないのが実情である。そこで企業として何ができるかを考えた末、託児費用補助制度を導入した。社員が復職したいと思う時期にスムーズに復職できるような制度を設けることにした。これにより、たとえば、従来、第1子が生まれた後の育児休業取得期間は1年を超えていたが、1年を切るようになってきたなど、企業にとってのメリットが表れはじめた。今後もうまく制度を運用して、さらなる改善につなげていきたいと考えている。

定塚

女性が妊娠・出産後も働き続けるためには、男性の子育て参加は必要で、これは働くお母さんたちの共通の願いでもある。男性の子育て参加の第一歩はお父さんの育児休業取得だ。昨年、あるシンポジウムで勝間和代さんとご一緒した際、勝間さんは「パパの育児休業は男性のワーク・ライフ・バランスにつながるボウリングの1番ピンだ」という表現をされていた。この「1番目のピン」が企業の中で、一人、二人と現れることによって、周囲の人も「そうか、お父さんでも育休を取っていいのか」と考えるようになり、さらに色々な事情を抱えた社員がワーク・ライフ・バランスの重要性に気づくきっかけにもなるのではないか。そうは言っても男性の育児休業取得はなかなか進まないのが実情だが、まずは、1カ月2カ月の短い期間取得するだけでも一定の効果はあると考える。

定塚氏

男性の育休取得促進の具体策としては、先ほどの事例でもご紹介があったように、社内のイントラなどで男性の育休取得事例をロールモデルとして紹介する、あるいは男性向けの子育てセミナーを開催するといったことがあげられる。セミナーについては、NPO法人「子育てサポーター・チャオ」や「新座子育てネットワーク」などが企業の男性社員向け子育て支援セミナーの出張講座を開催しているので、活用してみてはどうだろうか。

男性の場合、「育休を取ったら昇進できないのではないか」と女性以上に処遇への影響を気にする方も多い。したがって、これは男女共通して言えることだが、処遇の透明化を図ることが大切である。

厚生労働省では、父の日を前に6月17日から、男性の子育て参加や育児休業取得の促進等を目的とした「イクメンプロジェクト」を開始する。育児に積極的に参加する男性を意味する「イクメン」という言葉をPRするとともに、育児に積極的に取り組む「イクメンの星」の公募なども考えている。

岩田

小谷さんや米奥さんからご報告があった「各社ならではのユニークな取り組み」に共通しているのは、女性にもっと活躍してもらえるよう「いかに早く職場に復帰させるか」ということだったが、私も強く共感する。資生堂でも両立支援策について、思いつくかぎりの施策を実施したが、制度を利用するのはほとんどが女性という結果になってしまった。育児支援策を充実させればさせるほど、男女の働き方に差が開いてしまう。女性のための施策が逆に格差拡大につながっている気がする。

私が社内で常々言っているのは、両立支援策というものは会社の中での「セーフティネット」だということだ。だから、たとえば、2年間育児休業を取らなければどうしても仕事が継続できない人は、権利としてまわりに遠慮せずに取得すればいい。だが、みんなが長く取るのが当たり前ということではなく、家族の力を借りるなど、いろいろ工夫して、もっと仕事への軸足を移して頑張って欲しいということを社員に伝えている。したがって、今後は両立支援制度を拡充する方向から、子育てをしながら仕事でも頑張る人をバックアップする方向にシフトすべきではないかと考えている。

池田氏

池田

今のお話には私も共感するところが大きい。だが、かつては同居の親が子育てを支援していたために頑張れていた面があったことに留意する必要がある。その親との同居率は低下している。また、同居していてもかつてのような支援は得にくい状況も増えつつある。こうしたことを踏まえて、企業は働き方の選択肢を増やしていくことが大事ではないか。

桑原

私も先ほど岩田さんがおっしゃったことに同感だ。弊社でも制度の利用者が女性ばかりに偏らないようにするため、休業期間はあまり延ばさないよう制度設計してある。冒頭、定塚さんがおっしゃっていたように、たとえば、介護や勉強など、育児以外の理由で休業できる状況を作り出すことも考えている。

男性の育休取得促進策

岩田

私がいつも思うのは、両立支援策を手厚くして、女性社員がそれを活用する一方、「その夫たちは一体何をしているのだろう」ということだ。一企業が両立支援策を充実させても、その配偶者の企業で充実しておらず、男性が育児にほとんど関わることができないような状況では、やはり女性の活躍は難しい。社会全体で男性が育児を当たり前のこととして関われるようにしていくことが必要ではないか。

米奥氏

米奥

企業としての社会的責任を果すために、弊社では社員だけではなく、他社で働く配偶者への支援も視野に入れて制度設計を行っている。こうした制度を活用して、男性にも育児に参画してもらいたい。

小谷

弊社にとっても男性の育児参加は課題だと捉えている。今年4月に制度を改定して、育児休業の一部を有給にした。育休の有給化については、社内でいろいろな議論があったが、先ほど米奥さんがおっしゃったように男性が育休を取ることで、社内の意識が変わっていくことが重要なので、他社の取り組みも踏まえながら、実行に踏み切った。実行後、社員の反応は良好で、早速5日間の育休を取る者も出た。

社内で「パパセミナー」を開催した際にわかったことだが、男性社員は「休職まではしたくないが、育児には参加したい」という意識が非常に強い。育休取得経験者の話を聞いて、「私もやれるかもしれない」と考えを変える社員も出ており、まずは、休業ではなくてもいいから、育児に参加できる仕掛けを作っていくことが必要ではないか。

桑原

今回のフォーラムのように行政や企業などが一緒になって、ネットワークをつくることは非常に重要だと考えている。だから、そうしたオファーがあればなるべく断らないようにしている。

弊社は男性の育児休業取得者がすでに20人近いが、彼らは経済面や昇格・昇進面で不安を抱えている。各社の事例を共有することで、彼らが安心して育休取得に踏み切れるようにし、そうした動きが日本全体に広がればいいと思っている。

岩田

男性が育児休業を取らない理由は、実は男女共通のものだ。長く休めば、自分の将来のマイナスにならないか、あるいは、忙しい職場で同僚に迷惑をかけてしまうのではないかといった悩みは男性に限ったものではない。

だが、男性特有の理由もある。1つは、ほとんどの企業では育休期間は無給であるため、一般的に所得が低い妻が休業するほうが経済的に合理性があるという点だ。そこで、資生堂でも育児休業期間のうち、2週間を有給にするという制度を設けた。これは男女とも利用できる制度だが、「男性社員も赤ちゃんが生まれたら2週間でいいから休んでください」という会社からのメッセージだ。「あのブレア元首相だって、在任期間中に2週間休んだのだから、彼よりたいした仕事はしていないあなたが休めないはずはないでしょう」と言って休ませるようにしている。

もう1つは男性社員の意識で、社内にはまだまだ「男性が育児休業を取るなんて」「そんなものは妻に取らせればいいじゃないか」といった風潮が残っている。先ほど申し上げたように2週間の有給休暇は男性社員にも育児休業を取ってもらいたいという会社からのメッセージなのだが、それでも年間10数名程度の取得者しかいないのが現状だ。

最近、新聞などで育児休業を取った男性の体験が書かれた記事を目にする機会が増えたが、あのようにマスコミが情報発信するのは大変よいことだと思う。

次の論点では、全社員のワーク・ライフ・バランスについて論じる。これは、女性や育児期に限ったことではなく、働き方全体の問題で、そこを何とかしなければ、女性が継続して就業することは難しい。それではパネリストの皆さんから一人ずつご意見をいただきたい。

論点2:すべての社員のワーク・ライフ・バランスが実現できるようにするための働き方の見直し

定塚

ワーク・ライフ・バランスといえば、天秤の上に「ワーク」と「ライフ」を乗せて両方のバランスを取るというように考えがちだが、私はその考えは違うと思っている。むしろ、それぞれのライフステージについて、個々人の考え方、置かれた立場に応じて自律的に考えていくべき性格のものだ。したがって、必ずしも休むことがワーク・ライフ・バランスを実現する上でベストではないという点を社内で十分に周知することが大切だ。

また、ワーク・ライフ・バランスと女性の活用は車の両輪で密接なつながりがある。だから、ワーク・ライフ・バランスだけではなく、ダイバーシティや女性の活用も意識して両方を推進することで、相乗効果があるのではないか。

労働生産性の向上こそがワーク・ライフ・バランスの鍵に

米奥

海外勤務を経験した後、日本に帰ってくると、「なぜ日本の職場は長時間労働が当たり前なのだろう」と思うことがある。トップや現場からは「今後はメリハリのある働き方に変えていくべきだ」という意見も出ており、社員1人ひとりが創造性を発揮することを求められる時代にはそうした方向に舵を切る必要があるのではないかと強く思っている。

弊社では、金曜日の終業時間を本社の場合16時としているが、この制度によって、時間制約がある働き方の中で育児中の女性社員や介護を行っている社員の立場に対する一般の社員の理解が進むのではないか。また、それによって、月曜日から木曜日の働き方も変わってくる。ひいては社内全体のワーク・ライフ・バランスにつながっていくと考えている。時間制約がある社員の働き方を理解した上で、働き方を変えていくことが大切だと思う。

小谷

先ほど定塚さんからご報告があったように、「ワーク・ライフ・バランス」について、ワークとライフのバランスを取ることだと誤解されることや両立支援策と同一のものとして捉えられることは危険だと思う。ワーク・ライフ・バランス実現のためには、労働生産性を向上させることこそが重要であり、そのためには企業の取り組みと同時に社員一人ひとりの意識改革も必要だ。そのことを社員に考えてもらうきっかけとして、今年から、全社員対象の「ワークライフ・マネジメント意識調査」を従来の社員意識調査とは別立てで実施した。昨年から、賛否両論ある中で、ノー残業デーを週2回に拡大したことについて聞いたところ、実に4割もの社員が「よい効果があった」と回答した。空いた時間をどのように活用したかについては、「家族とのコミュニケーションに使っている」が50%で、「自己啓発」「自分の趣味」と続いた。こうした調査を活用して、従業員の意識を変えていきたいと思う。

桑原氏

桑原

最近感じていることは、ワーク・ライフ・バランス実現のための制度と伝えるよりも、労働生産性や仕事の質を向上させるための取り組みと伝えた方が社員に受け入れられやすいということだ。弊社では、経営企画部と労働組合が共同で「全社HANBUN活動」を全社的に展開している。これは業務量や時間を半分に減らすことで生産性向上につなげるというものだ。具体的に何を半分にするかは各課で決めさせ、マネージャーに達成状況を管理させているが、この活動により長時間労働が月平均で7時間減った。制度実施後に従業員に対する満足度調査を行った結果、ワーク・ライフ・バランスに関する満足度は一昨年前に比べて、30ポイントも増加した。ワーク・ライフ・バランスという言葉を使わなくても、労働生産性の向上といった社員に響きやすい言葉に変換して推進することでもワーク・ライフ・バランスは実現できると感じた。

池田

過労死やメンタルヘルスなど、心身の健康に悪影響を及ぼす働き方は、たとえ労働者本人が望んでいたとしても見直しが必要だ。

加えて個々の企業では、これまでのお話にあったように、従業員の満足度を上げるために様々なワーク・ライフ・バランスの取り組みが行われている。その取り組みが上手くいくためには、「ライフ」の中身が見えることが大事ではないかと思う。なぜ早く帰らなくてはならないのか、どんな時に休む必要があるのか、そういったことが職場で共有できれば、メリハリをつけて働くというコンセンサスを社内で得やすいのではないか。そのためには桑原さんがおっしゃっていたコミュニケーションが重要だと思う。

岩田

米奥さん、小谷さん、桑原さんが異口同音に言われたことは「生産性の向上」だ。実は、私は長く労働行政に携わっており、その時代からワーク・ライフ・バランスというコンセプトを知っており、「これは絶対に推進したい」と思っていた。だが、ワーク・ライフ・バランスが業務改革であるということが本当に分かってきたのは資生堂に入ってからだ。ノー残業デーや全社完全消灯の推進も下手をするとノー残業デーのためにやり残した仕事が翌日に持ち越されるだけで終わってしまうかもしれない。だから、誰かが旗を振っている間はノー残業デーがあるが、それをやめたら、ノー残業デーもいつの間にかなくなっていたということは、多くの企業でも経験があるのではないか。

企業が社員に気づきのきっかけを与えることは大切だが、それ以上に企業としてやるべきことは業務改革ではないか。仕事の量を減らすためには、部、課、個人のレベルで仕事に優先順位をつけて、順位の低い仕事は思い切ってやめる。あるいは業務プロセスを見直し、アウトプットに要する時間を短縮する。経営レベルでも赤字構造の事業や利益率が低い事業からは撤退する判断が必要だ。業務改革により捻出した時間を、社員に対して残業時間の縮減というかたちで還元したり、さらに優先順位の高い仕事に振り分ける。そうすることで、全体の生産性を高めながら、一人当たりの労働時間を減らすことが可能となる。だから、ワーク・ライフ・バランスというものは業務改革と一体なのだ。

池田

心身の健康にかかわるような長時間労働が慢性化していることを考えても業務の見直しは重要な課題だと思う。また、たくさん残業して成果を出した人が高く評価されるのではなく、無駄を減らして、短い時間で成果を出した人を高く評価するよう評価制度を改めることも重要ではないか。

岩田

同感だ。私も社内ではアウトプットを総労働時間で割って評価すべきだと主張しているところだ。だが、営業職であれば売上額に対して、どの程度労働力を投入したかわかりやすいが、他の職種では測りにくいこともあり、社内ではなかなか受け入れられない。しかし、長い時間職場にいる人が高い評価を受けるような風潮はもう改めるべきではないかと思っている。

定塚

育児休業制度や短時間勤務制度を導入し、その利用者が増えると、その間の業務を誰が肩代わりするのかという悩みは各社が抱えている。休業期間がある程度長ければ、代替要員を用意することも可能だが、期間が短い場合は難しい。ある企業では、チーム内で業務のプロセスを精査したところ、業務改革につながったという成功事例を聞いたことがある。業務改革がうまくいかない場合は、周囲の同僚がカバーすることになるが、カバーした人の評価をどうするかという点も今後考えていく必要がある。

「ワーク」と「ライフ」は車の両輪

岩田

ワーク・ライフ・バランスの「ライフ」が充実することで、「ワーク」の面にも好影響があるのではないか。「ライフ」は育児でもいいし、家族との団らんでもいいし、何か勉強することでもいい。要は「会社の外で社会に参加する」ことが大切だ。会社では出会わないような人と出会うことで、いろいろな情報や物の見方、価値観を得て、社員の多様性が形づくられていく。だから、会社がワーク・ライフ・バランスを推進することの意義は多様な社員を得るためと言える。そして、社員が多様であるほど、企業が変化に対応する力や新しい価値観を提案する力は強いのではないか。

小谷

弊社でも仕事以外の時間をつくって、色々な活動に参加することで、社員一人ひとりの多様性や価値観が生まれ、仕事の充実が生活の充実につながることを広めていきたい。ダイバーシティの重要性が叫ばれる中、ワークとライフはまさに車の両輪であり、弊社の取り組みの方向性もそちらに向かっている。

小谷氏

岩田

ダイバーシティは仕事以外の生活の多様性に基づいているのではないか。したがって、ダイバーシティが目指すこととワーク・ライフ・バランスの効果はつながっていると思う。

桑原

多様な価値観があれば、気づくことが増える一方で、盲点はなくなると思う。さらには心の病になる確率も低下するのではないか。社外にネットワークがあれば、そこで問題を解決したり、退職後の人生が豊かになるのではないか。

定塚

皆さんがおっしゃることには賛成で、「ワーク」と「ライフ」の相乗効果は多くのメリットをもたらすと思う。

もう一点、「ライフ」に関して、今後高齢化社会に突入すると、育児だけではなく、介護に追われる社員もかなりの割合になる。こうした社員を使いこなせない企業はこれからやっていけないのではないか。我々としても政策を考えていかなければならない。

池田

私も「ライフ」の中身は最終的にはいろいろあって良いと思う。さらにいえば、職場も広い意味では「ライフ」の場所ではないかとも思う。職場の「ライフ」は、もともと仕事中心的・男性中心的であったが、職場に女性が入ってくることで、その価値観が相対化され、いろいろなアイディアが出てくる可能性がある。単に仕事をてきぱき片付けて、さっさと帰るのがワーク・ライフ・バランスということでは、働き続けたいと思える職場にはならないのではないか。「ライフ」を「人生」という意味でとらえれば、従業員が自分の人生の一部として認識できるような職場をつくることが企業にとってもメリットになるということを、これまでのお話を聞いて感じた。

岩田

論点をまとめていただき感謝申し上げる。それでは最後に5人のパネリストの方々に今日の議論を振り返って一言ずつメッセージをいただきたい。

池田

「女性が働き続ける社会をめざして」ということで、主に企業の取り組みについてお話を伺ってきたが、ワーク・ライフ・バランスや両立支援は、賃金や安全衛生といった、他の労働条件とは性質の異なることが一点ある。それは職場の外との関係で起きる問題ということだ。企業が「わが社の両立支援制度はこんなに充実している」といっても、別の部分で両立が難しければ、女性がライフとの関係で仕事を辞めていくと状況はなくならない。ワークとライフ、仕事と家庭の関係で生じている問題を解決するためには、当の問題に直面している従業員とコミュニケーションを取ることが重要。

桑原

私たちはどんな社員でも戦力化できるリーダーシップとマネジメント力を身に付け、しなやかに仕事をしていきたいものだ。そのためには、やはり、効率化の中で省略されてしまったかもしれないコミュニケーションを増やし、ミスコミュニケーションを減らすことが重要ではないか。

小谷

女性の継続就業を求めていくには、どんな人でも働く幸せとそれ以外の生活の幸せを追求できる社会を目指していくべきだと思う。働き方や仕事以外の生活は人それぞれだが、色々な制約を持ちながらもどちらも充足できる社会をつくることが私たちに求められていることではないかと改めて思った。

米奥

私が女性の活躍促進施策を進める中で、常々思っていることは、女性もキャリアアップしてもっと上のポジションに行って欲しいということだ。ワークキャリアとライフキャリアのバランスをうまくとって、キャリアアップしていくためには、パートナーとの共同が欠かせない。

キャリアアップすることについて、社外のある方は、ポジションが上がると見える「景色」が違うとおっしゃっている。私自身、マネージャーになって、それが実感できた。だが、現実問題として、日本企業の中で経営層に占める女性の割合は非常に少ない。私は女性がどんどん活躍することが日本社会を変える原動力になると思っているので、ぜひ色々な制度をうまく活用し、キャリアアップを目指して欲しい。

定塚

米奥さんがおっしゃったように日本では女性の管理職や政治家の数が非常に少ない。日本は先進国の中では女性を活用していない希有な国だ。逆に、女性の力が活用されていないということは、これから活用できるということでもある。私のキーワードは「女性の力は企業と日本経済を救う」だ。女性を活用していない企業はこれから立ちゆかなくなっていくだろうということもあえて言わせていただきたい。

岩田

パネリストの皆さんに感謝申し上げる。私が最後にお伝えしたいのは、女性が頑張れるかどうかは、子育てとの両立支援やワーク・ライフ・バランス対策だけでは不十分だということだ。

たとえば子育てとの両立が難しくても、働きがいがあれば、多少の無理をしてでも頑張れると思う。ところが、将来の展望がない、将来に期待できないと、いくら両立支援策を充実させても辞める人は辞めてしまうだろう。したがって、男性同様、女性についてもどんな仕事を与えるのか、どのような経験をさせるためにどのような異動をさせるのかを踏まえ、人材育成全体について考えることが必要ではないか。

プロフィール

岩田喜美枝(いわた・きみえ)

株式会社資生堂代表取締役副社長

東京大学教養学部を卒業後、1971年労働省入省。働く女性支援や国際労働問題を担当し、2003年厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を最後に退官。同年株式会社資生堂に入社。取締役執行役員、取締役常務を経て2008年同社初の女性代表取締役副社長に就任。副社長就任までにCSR、H&BC事業、国内アウトオブ資生堂事業、人事、お客さま情報、広報、企業文化を担当。社外では、男女共同参画会議等政府審議会委員や、ワーキングウーマン・パワーアップ会議代表幹事、経済同友会幹事、社団法人ガールスカウト日本連盟評議員を務める。

桑原靖子(くわはら・やすこ)

株式会社INAX経営管理本部人事・総務部EPOCHダイバーシティ推進室長

1990年フェリス女学院大学卒業後、株式会社INAXに入社。ショールームアドバイザー、お客さま相談センターの相談員などを経験した後、新規事業プロジェクト参画を命ぜられ営業部門に異動。2002年より広告宣伝部にて全国のショールーム展開の企画設立担当。2004年から兼務で女性活躍推進プロジェクト、人事改革プロジェクトに参画。2005年10月より現職(EPOCH女性活躍推進室としてスタートし、2009年10月よりEPOCHダイバーシティ推進室に変更)。

小谷美樹(こたに・みき)

株式会社リコー人事本部グローバル人事部ダイバーシティ推進チームリーダー1985年東京外国語大学卒業、同年株式会社リコー入社。人事本部配属。国際教育、人事制度(資格制度等)等の業務を担当。1991年から2年余り、米国の関連会社リコー・アメリカズコーポレーション(本社ニュージャージー州)にて勤務。駐在員人事総務業務を担当。1994年帰国後、本社およびカメラ事業部門で人事業務を担当。2001年より人事本部にて、海外人事、能力開発等の業務を担当すると共に、男女共同参画推進、ダイバーシティ推進を兼務。2009年7月より現職。

定塚由美子(じょうづか・ゆみこ)

1984年労働省入省。男女雇用機会均等法の立法・改正その他雇用労働関係の仕事の後、岡山県国際交流課長、自治省勤務等を経て、2003年から内閣府男女共同参画局課長として女性のチャレンジ支援や配偶者暴力(DV)対策を担当。2007年8月より雇用均等・児童家庭局職業家庭両立課長、7月30日付で社会・援護局福祉基盤課長。

米奥美由紀(よねおく・みゆき)

アステラス製薬株式会社 人事部ダイバーシティ推進室長

1977年藤沢薬品工業株式会社(現アステラス製薬株式会社)入社。本社品質管理部にて新薬の分析研究業務に従事した後、物性研究所主席研究員として、新薬のCMC研究開発業務及び治験薬の品質管理業務を担当。2005年4月アステラス製薬株式会社設立後、製剤技術研究所主席研究員、製剤研究所技術マネージャーとして、同業務を継続担当した後、2007年4月総務部CSR室長を経て、2008年7月より現職。

池田心豪(いけだ・しんごう)

労働政策研究・研修機構研究員

東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程単位取得退学。職業社会学専攻。2005年より現職。プロジェクト研究「多様な働き方への対応、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現に向けた就業環境の整備の在り方に関する調査研究」のサブテーマ「就業継続の政策効果に関する研究」を担当。最近の主な研究成果に、『出産・育児期の就業継続と育児休業―大企業と中小企業の比較を中心に―』(労働政策研究報告書No.109、2009年)、『女性の働き方と出産・育児期の就業継続―就業継続プロセスの支援と就業継続意欲を高める職場づくりの課題―』(労働政策研究報告書No.122、2010年(近刊予定))。