パネルディスカッション:第45回労働政策フォーラム
地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性
―企業分野、公的分野に続く新たな分野として
(2010年3月17日)

パネルディスカッション

パネリスト

三浦知雄
厚生労働省大臣官房参事官(雇用対策担当)
鈴木正明
日本政策金融公庫総合研究所上席主任研究員
田中尚輝
NPO法人市民福祉団体全国協議会専務理事
石田達也
NPO法人宮崎文化本舗代表理事
小野晶子
JILPT副主任研究員

コーディネーター

樋口美雄
慶應義塾大学商学部教授
パネルディスカッション:労働政策フォーラム開催報告(2010/3/17)「地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性」

樋口

先ほど4人のパネリストからお話を伺い、この分野にもいろいろな問題点があることがわかった。本日のパネルディスカッションのテーマは大きく分けて2つある。1つはNPO法人や社会的企業を運営していく上でどういった問題があり、それに対してそれぞれどのように解決策を見出そうしているのか、あるいは見出したのかという点だ。もう1つは、いろいろな制度において問題点があるならば、それをどのように改革していくべきかという点。これは政府に対する要望も含めて議論していただきたい。

パネルディスカッションに入る前にこの問題の背景について整理する。まず、なぜ、今、地域社会雇用創造が求められているのか、その社会的背景について考えてみたい。次に、最近、政府にも地域社会雇用創造を支援する動きが見られるようになってきたが、その内容について若干紹介する。最後に先ほどプレゼンテーションをしていただいた4人のパネリストの方々の問題提起を振り返り、このパネルディスカッションで何を議論すべきか整理したい。

地域社会雇用創造が求められる社会的背景

地域社会雇用創造が求められている社会的な背景には、積極的な理由と消極的な理由の両面があるのではないか。まず積極的な理由だが、グローバル化が進展し、資本主義社会における様々な競争が社会に浸透してきたことがあげられる。その一方には人口の少子高齢化が進展することによって、地域が抱える、生活に密着した問題もクローズアップされるようになってきた。そこでこうした事業活動を通じて、社会的問題を解決することに対するニーズが高まっているのではないか。安心して暮らせる活力ある地域社会を構築する上で、こうした活動が注目を集めている。

他方、消極的な理由として、日本社会の産業構造が大きく変わってきていることがあげられる。従来、地域経済において雇用の受け皿として重要な役割を担っていた製造業や建設業が90年代以降大幅に雇用を減らした。これらに代わる雇用の受け皿として、NPOや社会的企業に対する期待が高まっている。これは、リーマン・ショックの影響による景気の悪化のような一過性の問題ではなく、今後、長期的に続くかもしれない。だからといって、政府が公的部門で雇用を拡大しようとしても財政における支出抑制の要請が起こっている状況ではそれも難しい。そこで中間組織であるNPOや社会的企業に対して、ある意味期待を込めて雇用創出を求める動きが起こっているのではないだろうか。

社会貢献の仕事をめざす人の増加も

また、最近、若者について、よく言われることだが、どうも自分たちの生きがいを民間企業の仕事に求めるのではなく、たとえば、社会的貢献に見出す人が増加しているのではないか。こうした要請にいかに応えていくかにも注目が集まっている。いくつかの統計を見ながら、これらの実態について整理したいと思う。

図表1 雇用者数の推移(男女別)

図1 ふるさと雇用再生特別基金事業:労働政策フォーラム開催報告(2010/3/17)「地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性」

資料出所:総務省統計局『労働力調査』

注意:値は、年平均

図表1は男女の雇用者数の推移を示したもので、ブルーの線が、男性、オレンジの線が女性だ。男性はピーク時の1997年には3,300万人近くもの雇用があった。これが相対的に減少し続けている。一時期景気が回復した時には若干増えたが、2008年の段階で再び減少した。一方、女性の雇用は右肩上がりで増加を続けている。男性の雇用が減り、女性の雇用が増えるという男女共同参画を求めるような動きが社会全体で起こっている。逆に言えば、従来の片働き世帯、つまり、夫が稼いで妻が専業主婦という状態では生活防衛が困難な状況が生まれているのではないかと思う。

その背景に何があるのかを見てみたい。図表2は正規・非正規雇用者数の推移を示したグラフだ。それまで徐々に上昇していた正規雇用者数は97年をピークに大きく減少を始める。なぜ、正規雇用者数が減ったのか。97年、98年の金融危機の際、いくつかの金融機関が倒産するという問題が起きたが、そこを境に企業経営や日本の産業構造、就業構造が大きく転換したのではないか。

図表2 正規・非正規雇用者数の推移

図表2 正規・非正規雇用者数の推移:労働政策フォーラム開催報告(2010/3/17)「地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性」

資料出所: 2001年以前は「労働力調査特別調査」、2002年以降は「労働力調査詳細集計」

注:2001年以前は2月の値、2002年以降は1~3月平均値

地域雇用の受け皿が減少

図表3 産業別雇用者数の変化(万人)

図表3 産業別雇用者数の変化(万人):労働政策フォーラム開催報告(2010/3/17)「地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性」

資料出所:総務省統計局『労働力調査』

図表3は産業別に見た雇用者の数だ。産業計でみると、1988年、つまりバブル経済のときから、10年後の1998年まで830万人ほど雇用者数が増加した。この98年をピークとして、さらに10年後の2008年度と比較しても全体では156万人ほど増えている。ところが、建設業では98年以降110万人減少している。製造業では181万人も減った。建設業や製造業は男性社員の比率が高く、雇用の7割を男性が占めており、それが減ったということだ。産業計で156万人増加したのは、第3次産業で増えたことによるものだ。とくに今日のテーマとも関連が深い医療や福祉は地域社会の高齢化により、ニーズが高まっており、雇用の増加につながっている。統計上、医療・福祉分野を別立てで掲載するようになった2003年には469万人だった雇用者数は2008年には565万人と96万人も増えている。この565万人という数字も08年の建設業の雇用者数を大きく上回っている。

こうした一連の動きにより、民間における需要、たとえば最終消費、海外輸出、さらには企業における投資も大きく変わってきたが、なかでも政府の果たす役割にも大きく変化があった。図表4は各国におけるGDPに占める公共事業費の割合を示したものだ。ピークは90年代前半のバブル崩壊直後で、地方の雇用が公共事業によって創出された。この時、GDPに占める公共事業費の割合は6.4%だった。その後、自民党政権時代に大きく減少し、2007年時点では3.2%になった。従来、雇用対策により、建設業で地方における男性の雇用が作られるという流れが大きく変わったといわざるをえない。

図表4 各国のGDPに占める公共事業費割合の推移

図表4 各国のGDPに占める公共事業費割合の推移:労働政策フォーラム開催報告(2010/3/17)「地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性」

他の先進諸国の動きをみると、70年代は公共事業費の割合にそれほど大きな差はなかった。しかし、ある時期から一斉に公共事業費を削減し出した。日本が公共事業費を削減するのは90年代以降になってからだ。各国で公共事業費の割合が低下する中で大きな問題として提起されたのが地方の雇用だ。これを乗り切るためには、これまでのマクロ政策による景気対策とは違った視点の対策が求められる。欧米各国では、かつて同じような経験をもってきたが、そこではいろいろな試行錯誤が行われた。成功した施策もあれば、失敗したものもある。その中で成功した施策を洗い直してみると、地域の雇用戦略に関連したものが多い。政府が国全体として行うのではなく、地域に密着したサービスをベースに雇用創出を行う動きが数多く見られるようになった。

図表5 男女別雇用者数の推移(同年同月比・万人)

図表5 男女別雇用者数の推移(同年同月比・万人):労働政策フォーラム開催報告(2010/3/17)「地域貢献活動分野での雇用拡大の可能性」

資料出所:総務省統計局『労働力調査』

従来は政府が事業を提案して、それに賛同する地域に補助金を出す「この指とまれ」方式が中心だった。しかし、これからは地方が地域に密着したサービスを提案し、政府はその内容を審査した上で助成金を出すという提案型の入札制度が主流になりつつあるのではないか。EUでは、ストラクチャーファンドがその一例だし、他の国でもそういった流れにかわりつつある。日本も今「コンクリートから人へ」という変化が見られるようになってきた。

こうした流れが如実に男女別雇用者数に影響を及ぼしている。図表5は対前年の男女別雇用者数の推移を表したグラフだ。従来は景気が悪化した際、公共事業を中心に雇用を創出したため、男性の雇用は横ばいで推移し、女性の雇用は減少するという動きだった。それが大きく変わってきている。90年代以降からすでに男性の雇用増が女性の雇用増を下回っていたが、リーマン・ショックが勃発した2008年9月以降、男性は80万人を超える雇用の減少が見られる一方で女性はきびしい中でも徐々に雇用を増やすようになった。

こういった産業構造の変化、あるいは政府の政策の変化が男女の違いにも影響を及ぼし、さらには地域にも大きな影響を及ぼしている。これらが地域雇用が注目されるようになった背景の1つではないか。

最近の政府による雇用支援

最後に最近の政府の動きについてふれたい。厚生労働省の施策は先ほど三浦さんからお話があったので省略するが、他の省庁でもいろいろな取り組みが行われている。たとえば、内閣府では「地域社会雇用創造事業」として、社会的企業における人材育成や雇用創出に対し、中間支援組織に資金を提供する事業を行っている。同様の施策は総務省、経済産業省、農林水産省などでも行われている。さらに内閣府に「新しい公共」円卓会議が設置され、いろいろな人に「居場所」と「出番」を創出する「社会的仕組みづくり」プロジェクトもスタートした。また、寄付税制の問題、あるいは法人制度、NPOに対する金融・コミュニティーマネーの導入も議論されている。

      

この後の議論では論点を大きく3つに絞りたい。まず、1番目の論点として、今後、成長し、雇用の創出が期待されるのは一体どのような分野なのかということ。また、そうした分野を生み、育てていくにはどのようなことが必要なのかという点についてもパネリストの方々の経験を踏まえて議論していただきたい。2番目の論点は地域貢献活動分野で雇用を維持・拡大するには何が必要なのかということ。とくにこの2番目の論点ではそれぞれの組織を運営するにあたってどのようなことを行い、何が有効だったのかという点を議論していただきたい。また、その点に関して、政府に対してどのような支援を求めるのかという点についてもお話いただきたい。3番目の論点は人材確保の問題についてだ。雇用管理上の観点や、今後社会的企業の担い手、後継者をどのように育てていくのかについて議論していただきたい。

それではまず、労働政策研究・研修機構の副主任研究員である小野さんにこの分野の専門としての立場から、これまでの報告についてどのような感想や印象を持たれたかお話いただきたい。

NPOはアメリカ型とEU型に二分

小野

日本におけるNPOの活動が一般的に認知されるようになったのは、やはり1995年の阪神・淡路大震災以降のことだと思う。その頃、私はNPOで活動しており、「日本ではどうしてNPOが定着しないのだろう」と思っていた。先ほど各パネリストのお話をうかがい、「その当時と比べると日本のNPOもかなり大きくなってきたな」という印象を抱いた。

私がボランティアをしていた頃は、NPOに対して行政からの支援がまったくないといっても過言ではなかった。しかし、現在は、助成金や基金が拡充されるなど、行政側もNPOを無視できなくなってきているのではないか。ただ、一方で日本における社会的企業の実力を測りかねている部分もあると感じている。政府が絶対的な信頼を寄せて、大規模な予算を費やして事業を行えるほどには日本の社会的企業は発達していない。NPOに対する調査を行った立場から申し上げると、今の日本はイギリスの20年ぐらい前に近い状態だと思う。先ほど、鈴木さんの報告で英国の事例が出てきたが、日本ではまだ英国のような企業体が出てくることは想像し難い。

社会的企業には、アメリカ型とEU型がある。アメリカ型はレーガン政権以降、政府の補助金が大幅にカットされたことで商業的になったNPOから生まれた。どちらかというと共同体ではなく、ピンの企業家が企業を起こすかたちだ。

EU型は地域グループで協同組合を起こしていくという形態が多い。ソーシャル・エクスクルージョン(社会的疎外)の問題を背景に事業が発達しており、ボランティアを積極的に受け入れて活動している。英国はこれら2つの中間的な形態だと思われる。日本で今後、社会的企業をどのように成長させていくかを考える際、英国の例はひとつの大きなモデルになるのではないか。そう考えながら鈴木さんの話を聞かせていただいた。

田中さんのお話は、今後政府との交渉能力を上げるため、NPO同士の連帯を強化しなければならないということだった。イギリスのNPOでは、非常に連帯が強い。とくに政府へのロビー活動はさかんで、労働党政権になった後、質的なNPOのフィールド転換が起こり、社会的企業が活性化していった側面がある。日本でも企業でいえばトヨタのような「リーディングNPO」が出てくれば、政府との交渉能力が変わってくるかもしれない。

最後の石田さんの報告については、活動内容を非常に興味深く聞かせていただいた。石田さんの事例は事業型NPO、いわゆるソーシャルビジネスというかたちだ。自分のやりたいミッションを行うことにより、事業収入を得ている意味で社会的企業だと思う。そういった社会的企業が一番陥りやすいのは、これは研究の中でも言われていることだが、事業収入ばかりを大きくして、寄付やボランティア部分をおろそかにしてしまうというケース。事業収入だけならベンチャービジネスとほとんど変わらない。社会的企業であったり、NPOであるからには寄付やボランティアがベースにあることが大切だ。石田さんの法人ではボランティアを多く利用し、地域全体を巻き込んで活動している。研究では、事業収入に対し、ボランティアや寄付は逆相関する傾向があると言われており、そこは非常に大きな問題だと感じている。

樋口

今の小野さんの言葉で印象的だったのは「政府がNPOの実力を測りかねている」という部分だ。NPOといっても取り組みは色々だし、組織も様々だ。そうした中、政府がNPOに助成金を出す際、相手にどこまで成果を期待できるのか、あるいはどういったところに助成金を出したらいいのかという、ある意味「値踏み」が行われている状況ではないのか。

石田さんは10年前に活動を開始する際、いろいろな組織形態がある中から、NPO法人を選ばれた経緯は何か。

NPOとして活動することのメリット・デメリット

石田

私が10年前に法人を設立する以前は、ボランティアで映画祭の開催などを行っていた。職場にボランティアに関する電話がかかってきて、上司の顔を横目に、こそこそと打ち合わせをしなければならないという状況に限界を感じていた。ちょうどその頃、特定非営利活動促進法(NPO法)が成立し、ボランティアができる職場としてNPOがあり得るということを知った。「NPO法人を作って事業をするのもいいよね」という気持ちで始めた。ちょうどNPO法が成立し、「今から社会が変わるぞ」という雰囲気だったし、「職場でボランティア活動が堂々とできる」ということでこの形態を選んだ。

だが、NPO法人のデメリットもある。たとえば、不特定多数の人にサービスを行った段階で課税対象になってしまうことだ。また、収益をあげると、「おまえのところはもうけ過ぎているんじゃないか」と言われる。地方ではまだこうした事業は無償でやるものという考えがまだ残っており、そうした状況で一生懸命やって、もうけていいのかという疑問を抱いている。

樋口

鈴木さんにお伺いしたいのだが、英国ではむしろ「社会的企業は利益を上げるのは当たり前」と言われているのではないか。ただ、株式会社と違って、得られた利益を株主に配当するのではなく、地域貢献のために使う。だが、日本の場合、社会貢献する組織が利益を上げるのはおかしい、あるいはこの後議論するが、「高い賃金を支払うのはおかしいんじゃないか」という話になる。その点、英国ではどのように考えられているのか。

鈴木

英国政府は社会的企業がどのようなものか人びとに知ってもらうことが必要だと考え、そのための取り組みを行っている。社会的企業はあくまで企業であって利益を上げても構わない。その使い道については制約があるものの、ひとつのビジネスモデルであることについて周知に努めている。おそらくその背景にあるのは英国では必ずしも社会的企業に対する共通理解が進んでいなかったため、政府が乗り出さざるを得なかった事情があるのではないか。ただ、そうした取り組みを通じて人びとは社会的企業を知るようになってきている。

賃金については、英国の社会的企業の方に話を聞いたところ、民間企業と同じとまでは言わないまでも、それに近い賃金を支払わなければ職員は転職してしまうとのことだった。日本と労働市場の構造が異なることもあるが、民間企業に近い給料を支払うことを当然としている。

逆に日本の場合、職員に過大な負担を押しつけながら、事業を継続することが前提となっていることも少なくない。日本においてやるべきことは、非営利組織であっても利益を上げてもいいんだということと、その利益をどのように使うのかという制約についての認識を共有することが大事だと思う。

樋口

広い立場からNPO支援に関わってこられた田中さんに聞きたい。これまでかかわってこられた各分野によっては、NPOでやるべきものとそうではないものがあると思う。NPOでやることのメリット、デメリットについてはどう考えるか。

田中

NPOが乗り出していいのは、まずヒューマンサービスというか、介護など人と人がふれあう分野だ。こうした分野はお金の計算をしながら対応できないので、それなりの水準のサービスを確保することができると思う。

それから、私が最近注目しているのは農業だ。これまでの政策で農業はメチャクチャにされているが、そうした狭間で若い人達が何とかしようと一生懸命活動している。こうした活動を全国的に結び付けることができないか仕組んでいるところだ。

ただ、NPOには問題点がある。ガバナンスの観点でいうと、日本のNPOは財団方式がベースとなっているアメリカと異なり、社団方式であるため、マネジメントを行うときリーダーシップが非常に取りにくい。NPOから毎日、相談事が寄せられてくるのだが、その1割程度が内部分裂に関するものだ。社団がベースでは経営上のいさかいが出るのはやむを得ない。

さらに社団ベースの問題として、何か事業を開始する際に資金が必要となるが、リスクを恐れる理事が多く、なかなか理事会を通過させることができない。

こういったデメリットがあるため、NPOだけですべてできるとは思っていない。公益法人、財団法人、場合によっては株式会社とも連携する必要がある。

樋口

三浦さん、今の意見に対して、政府の立場では話しにくいでしょうから、個人の立場でお話しいただきたい。

三浦

私がお手伝いしているNPOの方から話を伺っていて感じたのは、世間のNPOに対する認知度をもっと高めなければならないということだ。ただ、この点については、各省の施策や日本政策金融公庫で行っているようなNPOに対する評価制度の影響で、金融機関を始めとする世間の認知度も徐々に改善されつつあると感じている。

人材確保の問題についても、世間の認知度が高まれば高まるほど若い世代がどんどん参画してくることが期待できる。

資産・財政上の課題と対応

樋口

次の論点に入りたい。地域貢献活動分野で長く安定した経営を行うためには、やはり、財政基盤を安定させる必要がある。何をやるにも金が必要だ。石田さんがNPO法人を立ち上げる際の資金はどのように集めたのか。さらにその後、法人を成長させ、安定した組織にするためには新たな資金が必要となってくる。今後、それをどうやって調達していくのかという点についてもお話いただきたい。

石田

10年前、最初にNPOを設立した時、理事が20人近くいた。しかし、いざ事業を始めようという段になって、分裂騒ぎが起こった。映画館をつくるのに4、5,000万円が必要だったが、「もし、それだけ投資して失敗したら誰が責任を取るんだ」という意見が出て、理事の半数が辞めていった。

そこで金融機関から金を借りようと思ったが、なかなか貸してもらえない。担当者レベルで話をしている段階ではわかってもらえるのだが、いざ審査をする段階になると、「どうやって非営利法人が利子を払って金を返せるのか」ということになってしまう。

ちょうどその時、労働金庫が「NPOサポートローン」というサービスを始めたので、そこから借りた500万円と当時、国民金融公庫という名称だった日本政策金融公庫から借りた資金を元手にどうにか事業をスタートさせた。その後、事業をこなしていくうちに最初に借りた分を返すことができた。先ほどの話にもあったように事業を受託する際、経費は精算払いということが多く、年間何千万円もの回転資金を持っている必要がある。事業がある程度、落ち着いた段階で日本政策金融公庫に再び借りにいったところ、一度返済を済ませたということで再度融資を受けることができた。

事業を行って現金収入を得ることは大切だ。委託事業は一括で金が入ってくるがこれとは別にレストランや映画館の運営という日銭が入ってくる事業も持っていることは私たちの強みだと思っている。

樋口

今、話に出てきた日本政策金融公庫でも起業家支援というかたちでNPOなどに融資を行っている。その仕組みと、可能であれば、イギリスの事例も織りまぜてお話しいただきたい。

鈴木

日本政策金融公庫は以前、国民生活金融公庫、中小企業金融公庫、農林漁業金融公庫、国際協力銀行と呼ばれていたものが2008年に統合された組織だ。

NPOへの投資については、私たちは組織形態に特化した融資制度があるわけではなく、逆にどのような組織形態であっても融資の相談は受け付けている。NPO法人への融資の実績は年間250件程度。融資の際の判断基準として重要なのは最終的に返済が見込めるかどうかだ。

NPOに限った話ではないが、経営計画に問題があるため、余分な金が必要になるケースも少なくない。仮にNPO法人にそうした傾向が強いとすれば、今後、日本の金融機関が融資を増やしていくためには、経営指導と融資をセットで提供する仕組みが必要になるのではないか。ただ、経営指導は金融機関が踏み込みづらい領域であるため、全国各地のNPOサポートセンターと連携を取りながら進めていくことが重要だろう。

英国でも政府は社会的企業に対して資金援助に力を入れている。従来、英国では補助金による資金提供を行ってきた。だが、補助金を渡し切りにしてしまうと、公共サービスの質が高まらない問題点があった。そこで、補助金に代わり、融資のかたちで資金提供する動きが出てきた。融資の場合、返済義務が生じるため、それなりの事業収益を上げなければならない。事業収益を上げるためには、提供するサービスの質を高めることが求められる。こうした発想に基づき、英国では融資が徐々に重視されるようになっている。

「市民債権」で資金集めも

樋口

従来の慈善事業から社会的企業という形態に切り替わりつつある団体も増え、それなりに法制度が整備されていることもさらなる社会的企業の増加を押し進める要因になっているのではないか。田中さんは資金調達の問題や政府による業務委託のあり方についてどのような意見をお持ちか。

田中

NPOの中でうまくやっている例で数億円の資金を集めているところがある。「市民債権」と呼ばれるものを一口10万円とか100万円単位で発行し、賛同者に購入してもらうというやり方で1億円近く集めた。これをベースに金融機関からも借り入れを行い、土地を買って複合施設を作っているところもある。

今、私自身が取り組んでいるのは、中間支援団体として、一般社団法人を設立し、そこに余裕資金を集中し、成長する可能性が高い事業に融資する仕組みづくりだ。金融機関にはあまり頼らず自力で何とかやっていこうという発想に基づいて行っていることだが、もっと大々的に行うためには金融政策の変化があっていいのではないかと思っている。

石田さんのおっしゃることと関連しているのだが、行政の委託事業や助成事業の支払いが遅いという問題点がある。厚生労働省はとくに遅くて、本年度実施した事業分が年度内に支払われない。最初に半分でも3分の1でもいいから支払えるよう制度を改善してもらいたい。

名古屋で「トワイライトスクール」という学童保育のような制度があるが、その運営主体を決定する際の方法が大問題になっている。これまで運営主体は市が天下り先としてつくった第3セクターに任せていたのだが、これを一般公募にした。そこでNPOも応募したところ、ホームページに掲載されていた公募要領が突然消されてしまった。さらに選考委員は多数が第3セクターの関係者によって占められており、その結果、すべての事業を第3セクターが受託することになった。このようなメチャメチャなやり方は許せないので、選考過程を公開しろと市に迫っているところだ。

もう1点言わせて欲しい。例えば指定管理制度において、人件費はこれまで公務員が行っていた場合の3分の1程度で算定される。これでは施設管理責任者でも年間250万円しかもらえない計算だ。ところが同じ業務を社会福祉協議会や第3セクターに任せるときは公務員の9割は出している。NPOはこうした実態にもめげず、いろいろと工夫しながらやっている。

「官製ワーキングプア」を回避するためには

樋口

田中さんのお話を伺って、いろいろな問題があることがわかった。行政が業務を外部に委託する際の目的の1つが経費の削減ではないか。直接雇用するとコストがかかるので、委託によって経費を節減しようということだろう。一方、海外では政府に専門的な知識をもった人物が不足しているために、外部に委託するといった事例をしばしば目にする。そこで、鈴木さんに確認したいのだが、英国では人を雇う際、「官製ワーキングプア」にならないよう入札により、賃金が必要以上に引き下がることを回避する仕組みがあるという話を聞いたことがあるが、実態はどうか。

鈴木

具体的な仕組みについて知らないが、もちろん最低賃金は設けられている。委託事業に関わる方はさまざまな資格、能力、経歴を持っている。日本の場合、こうした方々に対し比較的低い人件費をもとに算出する場合が多いが、英国では資格、能力、経歴に見合った人件費を支払おうという動きが当然のように目指されている。そうしないと、人材は集まらない。

小野

NPOの運営は寄付、事業収入、補助金・委託金、会費など大きく分けて4つの収入源で成り立っている。その中で事業型NPOはやはり事業収入がメインとなっている。一方、慈善団体やチャリティは寄付がメインだ。最近は、この4つの財源をどのように組み合わせたら、団体の経営を安定的、永続的にできるかということが研究されている。結論的には、どの財源にも偏らずまんべんなくやっているほうが、中長期的にみて安定した経営ができるという研究結果が出ている。NPOで活動している方は実感としておわかりだと思うが、委託ばかりに頼っていると委託事業が打ち切られたときに先行きの見通しが立たなくなってしまう。しかし、寄付や会費、事業による収入など一定のベースラインを持っていれば、委託がなくなったとしても、それでやっていくことができる。複合的に収入源を確保していくことが重要ではないか。

樋口

最近、政府でもちょっと変わった入札方法が導入されるようになってきた。たとえばワークライフバランスの推進に関する研究事業を委託する場合、委託先がワークライフバランスの推進をきちんと行っているかどうかを入札要件や評価項目に盛り込むことで、単なる価格競争にならないようにする動きが出ている。自治体では以前からやっていることだが、国でもこうした動きが広まりつつある。

先ほどの資金や運営の問題について、三浦さんはどのようにお考えか。

三浦

雇用再生特別基金事業のケースでいえば、実は、従来の入札とは違った方法で行っている。1つは公募提案型の事業と呼ばれるものだが、NPOから出されたアイディアを活用する方法をとっている。自治体はあらかじめ分野を子育て、福祉、農業などに限定して、NPOなどから具体的な事業内容について企画提案を募集する。その中から雇用創出や地域活性化の効果が高いと思われるものを採択して、委託している。三重県ではNPOの活動を促進するために対象をNPOのみとした公募提案方式をとるなど、各地でさまざまな工夫が行われており、こうした結果が社会的な雇用を生み出す追い風になるのではないかと感じている。

先ほど鈴木さんから融資の話が出ていたが、地方の信用金庫に話を聞くと、コミュニティビジネスやNPO、商工団体などに地域振興のために何をすべきかということをヒアリングしているという。こうしたニーズを踏まえ、町内の隣近所で横串を指したビジネス展開ができないかと考えている信用金庫も出てきている。なかには積極的にNPOを活用するため、経営指導をセットで行っている事例もすでにあり、今後、こうした動きがどんどん広まっていけばいいと思う。

経営と人材面の問題と工夫

樋口

最後の論点は経営と人の問題だ。まず、現場に近い石田さんにどういった工夫をされているのか話をうかがいたい。

石田

NPOは2割、3割ぐらいが事業として活動を行い、残る大半はボランティアの延長として捉えているという現実がある。宮崎でもそうだが、無償の奉仕活動がメインで、事業として成立させようという意識を持っていない人がいる。そういった意味では組織としてまだまだ脆弱なところがある。

私たちの活動は事務局代行ということで、NPOの中間支援的な活動を行っている。今、私が問題だと感じているのは、中間支援組織のほとんどが「広く、浅く、公平に」支援を行っていることだ。中間支援を実際に行っている方々を批判するつもりはないが、ビジネスの経験がない人たちが支援をしている場合がある。これは例えるなら竹刀を握ったこともない人が剣道を教えるようなものだ。本当にビジネスとしてやっていくためにはかゆいところに手が届くような指導が必要だが、そこまでできる人が日本にどれだけるのだろうか。中間支援組織の人たちのスキルや実践力を確かめた上でやっていかないと、NPOがこれ以上発展しない危険性もあるのではないかと感じている。

こうしたことを踏まえ、私たちはできるだけ若い人たちに実践経験を積ませている。事業を担当制にし、予算を渡す。結局、NPOの仕事はサラリーマンのように「9時―5時」の世界ではない。起業したら自力で食っていかなければならない。そのために小さな事業を任せて最後まで責任を持たせている。

ボランティアのための法整備が必要

樋口

ボランティア、とくに有償ボランティアの人たちは雇用関係にないから、最賃法も労災も適用にならない。こうした人たちをどう保護していくかは、非常にシリアスな問題だと思う。若い人たちの中にはNPO活動に関心が強い人も多く、人材は集まる。ところがいざ結婚しようと思っても生活が成り立たないので、他へ転職してしまう実態をよく聞く。この点について田中さんはどのようにお考えか。

田中

根本的には私はもうけないNPOはだめだと思っている。しっかりもうけないでボランティアでやろうとすると、有償ボランティアのように雇用形態として非常に説明しづらくなる。究極的には、NPOに余裕資金が出来て、民間の営利企業と肩を並べるようになるのが理想だ。たとえば、私がモデルにしているアメリカのAARPという高齢者団体では、専務理事が日本円で年間5,000万円もの報酬を得ている。海外では政策にたずさわっている優秀な人材をNPOがヘッドハンティングするのも当たり前のこととなっている。実際、民間企業にいる人のほうが生え抜きのNPO職員より優秀なことが多い。そういう人材をヘッドハンティングしたことがある。もともと民間企業で1,000万円稼いでいた人を「おもしろいことができるから」と500万円で引っ張ってきた。民間企業ではできない新しいビジネスを作り出している。NPOが資金的な余裕を持てるようにしていかないと問題解決にならない。

ボランティアは基本的には無償でやるべきであり、小遣い銭稼ぎでやるのは正常なスタイルではない。ところが労働についての概念を取り入れると、「最賃以下はおかしい」とか「雇用保険に入れないと」といった問題が出てくる。だが、もともとボランティアの世界は労働とは論理が異なる世界だということを強調したい。日本の法律で「ボランティア」という言葉が出てくるのはNPO法の第1条に一度だけ。「ボランティア基本法」のようなものをつくって、社会でボランティアという概念を育んでいくことが必要ではないか。労働の論理でくくってしまうと、ボランティアをやっている人にとっては「低い労働条件でそんなばかばかしいことはやりなくない」という話になりかねない。

樋口

政府においても、一部を除いて、ボランティア活動を所管している省庁はなく、ご指摘はそのとおりだと思う。

鈴木さんは人材の問題について何か意見はありますか。イギリスでは、ビジネススクールを出た人が社会的企業に就職し、その後、民間で働く話も聞く。

鈴木

実は2年くらい前に樋口先生と一緒にイギリスの社会的企業にヒアリングをしたことがある。その中である企業の、日本のNPOで言うと事務局長にあたる方は、ロンドンビジネススクールという世界で有数のビジネススクール出身で、卒業後、すぐに社会的企業に就職したそうだ。その社会的企業はホームレスに住宅と仕事を提供する事業を行っている。シティに行けば日本円で1,000万円、2,000万円といった年収を得られるにもかかわらず、就職を決めた。理由を聞いたところ、先ほどの田中さんの話ではないが「面白そうなことができるから」ということだった。

地域貢献分野での雇用創出に関しては、大きく2つの考え方がある。1つは、法人の数は少なくてもいいから、頑張ってそこを大きくしてたくさんの雇用を創出しましょうという考え方。もう1つは大きくなくてもいいから、法人の数を増やして全体として大きな雇用を創出しましょうという考え方だ。現状を考えると、個人的には数を増やすことが大事ではないかと思っている。そもそも法人を大きくするためには経営を担う人の意欲、意志が重要だが、そういった人材は日本のNPOには少数派ではないかという気がする。これは人材の問題とも絡んでくるが、企業を大きくしようと思ったとき、一番の問題となるのが販路の開拓だ。販路を開拓するときに最初にやるべきことは友人、知人といった個人的ネットワークを利用することで、これは比較的ハードルが低い。ただ、それを超えて企業規模を拡大していくには、自分の知らない世界に打って出て行くことが必要となる。このハードルは非常に高くて、それを乗り越えていくためにはマーケティングやマネジメントといった経営者としての資質が問われてくる。今の日本ではこうした人材が充実しているとは言いがたい状況だ。となれば、ある程度小さくても数を増やすことによって雇用を創出していくことが大事なのではないだろうか。

樋口

田中さんにうかがいたい。民間企業で優秀と思われる人は、NPOへ行っても優秀なのか。それともNPOで特別に人材を育てていかないとだめなのか。

田中

民間企業にいた人がすべてNPOで優秀なマネジメント役になれるかといえばそうではなく、おそらく数%といったところだろう。NPOと民間企業の違いを感覚的にわかる人で、企業にいた時からボランティアに関心をもっていたり、色々と活動をしているようなタイプでないとだめだろう。普通の人は企業で牙を抜かれているので、リスクのあることをやりたがらない。ただ、NPOではマネジメントの教育が不十分だから、そういう意味では民間企業にいたほうが伸びるかもしれない。

2007年問題では空振りしたが、今後、私が期待しているのは2012年に65歳で企業をリタイアする人たちだ。リタイアが近い団塊世代のうち、大体3%ぐらいが意識調査で自力で何かやりたいと考えている。この3%を狙って、企業で鍛えたソフトをNPO的にアレンジして活動できる人を確保できないか狙っているところだ。

必要な人材育成プログラム

樋口

先ほどご説明したとおり、内閣府の施策では、社会的企業のための人材育成プログラムを用意する中間支援組織に対し、支援しようという動きはあるが、現状において、NPOで人材育成を体系的に行っているところは多いのか。

田中

私はある企業で苦手なことを、NPOが得意としていることで補うかたちで両者を組ませようとしている。具体的に言うと、冷凍食品の会社があって、彼らはデリバリー費用で問題を抱えている。一方、NPO側は各地に組織があるので、近所の人たちにデリバリーするのはそんなに難しくなく、コストも宅急便より低く抑えることができる。私たちはその企業からコンサルタント料をもらったが、それを出させるためには相手を説得しなければならなかった。そこで民間企業で長年、交渉や企画に携わってきた人材にそれをやらせた。他方、それをいざ実践する段になると、NPOで長年、地域との信頼関係を築いてきた人でないとうまくいかない。だから、たぶん1人の人間でNPOのマネジメントすべてをやろうとするのはかなり無理がある。企業サイドの感覚を持っているグループと「無償でもやるよ」というボランティアの人が酒を飲みながらわあわあやることで、お互いプラス、プラスでウイン・ウインの関係を築けるのではないか。1人にすべてをやらせようとしなければ、人材育成はそんなに難しくはない。

NPO職員にもっとも必要なのは「企画力」

小野

田中さんがおっしゃったように企業で働いていたからといって、すぐにNPOで通用するわけではないということは調査結果にも表れている。調査で「NPOはどのような人材を必要としていますか」と聞いたところ、一番多かった回答が「企画能力にすぐれている人」だった。石田さんの法人のようにNPOは小さなものから大きなものまで事業を企画して、それを行政や企業に売り込み、お金に変えることをやらなければならない。だからこそ、企画能力が一番必要とされているのだろう。

2番目に多かった回答が「資金集めの得意な人」。欧米では「ファンドレイザー」と呼ばれる資金調達の専門家が比較的高い報酬を得てNPOで働いている。企業や行政との間でさまざまな仕組みを構築して、いかにNPOにお金を落とすかを考えている人たちだが、そういう人材が日本には不足しているということだ。

3番目に多かった回答が「会計・経理のできる人」。会計・経理のスキルを持った人は一般の労働市場でも価値があり、一般の企業で比較的高い賃金で働くことができるため、NPOとの間で競合する。だから、会計・経理ができ、NPOにも興味があり、なおかつある程度の低い賃金を享受できる人となるとかなり限られてしまう。

石田

高齢者でそういった技能を持っている方がいればいいのだが、来たら来たで頭が固い場合も多い。そこで今は若い人たちを専門学校などに通わせて、経理事務を学ばせるつもりだ。私たちの法人も大きくなってきたので、決算の時などは専門的な知識を持った人がいないと事業がまわらなくなってしまう。たとえば、私たちの事業には課税事業と非課税の非営利事業が混在しており、これらをきちんと分けて説明できる人がいないと困る。

樋口

従来、カリスマ性で引っ張ってきた組織をさらに発展させていくためには専門的な知識をもった人材も必要ということか。

最後に三浦さんから人材育成に関して、政府での取り組みについて教えていただきたい。

三浦

厚生労働省においては人材育成の事業も行っているが、私自身は正直、人材育成部分についてはあまり詳しくない。個人的にNPOの人たちとおつきあいしている中での経験から申し上げると、石田さんからの話にもあったように小さな事業をまかせることで、若い人がひとり立ちできるよう努力しているところも増えてきていると感じている。

先日、地域貢献活動支援事業を受託している青森のNPOサポートセンターに話をうかがったところ、そこでは同業のNPOから経理に詳しい人を連れてきて、茶飲み話のようなきわめてラフなかたちでありながら、しっかりノウハウは伝えているということだった。こうした活動の後押しをしていければいいと感じている。

樋口

今の三浦さんのお話にもあったように、結局はフォーマル、インフォーマルなネットワークを通じて、お互いを支援し、前進していきましょうということに尽きるのかもしれない。

そろそろ時間になったので、最後に今日のパネリストの方々からコメントをいただきたい。

数から質を高める段階に

田中

日本のNPOはまだ10年の歴史しか持っていない。ただ、よちよち歩きの段階には来ていると思う。ここでNPOを応援してくれる人がたくさん出てくれば日本社会もよくなると思う。

石田

NPOが出来た初期の段階では「産めよ、増やせよ」と数を増やすことを重視してきた。だが、これからは社会的信用を得るためにも質を高めていかなければならないのではないかと強く感じている。NPOという言葉は10年前に比べれば、だいぶ知られるようになったが、具体的にどんな活動を行っているかという「中身」はまだ知られていない。だから、自分たちがもっと頑張って社会に対して立ち位置を見せていく必要がある。

それから、行政の人材育成やまちづくりといった施策に関しては、単年度ではなく、複数年度の区切りで考えられるよう改めていって欲しい。

鈴木

日本でも社会的企業を育成していくことは非常に大事だと思う。ただ、先ほどの田中さんの配送サービスの話にもあったように困っている人を前にして、もうけの薄い配送サービスを行わないわけにはいかない側面もある。こうした社会的企業が取り組んでいるのは社会の課題であるので、単にそうした企業に期待するだけではなく、社会全体として支えていくことが重要だと思う。そのためには施策的な支援とともに、私たち個人の立場でも支援を考えていくことが必要ではないか。

小野

NPOの労働について、大きな問題は2つある。1つは賃金の低さだ。ただ、パネル調査で数百の団体を追った結果、財政的に、緩やかではあるものの、少しずつ上昇しており、これに伴い賃金も上がっている。したがって、賃金の問題は団体の財政基盤がしっかりすることによって、ある程度解決できるのではないかと思っている。

もう1つはボランティアに対するセーフティネットの問題だ。安全衛生面のほか、一生懸命ボランティアで働いていたがために将来、年金の受給額が非常に少なくなるなどの問題があるため。労働法以外の面で法的な整備が必要になるだろう。

けれどもこういった問題は田中さんや石田さんのような方々の尽力によって、NPOの活動が充実し、行政がそれを補助していくことで全体のパイが広がれば、世間の認識も、そして法的にも、変わっていくのではないだろうか。

三浦

今日のフォーラムに参加して感じたことは、行政の人たちももっと積極的にNPO活動に参加しなければならないということだ。NPOの現状を知るためには現場の人から直接話を聞いたり、活動に参加することが大切だと思った。

樋口

冒頭で申し上げたとおり、やはり社会が大きく変わっている。このことは日本社会に限らず、世界のいずれの国においても高齢化の進展や国際間競争、企業間競争の激化が起こっている。そういう中において、地域生活に必要なサービスもまた増えてきているのではないか。今までは各世帯の中で解決してきた問題、あるいは企業の中で解決してきた問題がそこでは解決できない状況になりつつあるのかもしれない。しかし行政がそれを行なうのでは、ニーズが多様化していて対応しきれないし、公平性などを考えると問題もある。工夫をしつつ、そうしたニーズに応えるためにもやはり社会的企業の存在は必要になってきている。

社会的企業の発展にはネットワークづくりが重要

社会的企業を発展させるためには色々な意味でのネットワークづくりが必要だ。また同時に一般市民が参加して、NPOとの間にネットワークを築いていく必要性も高まっている。これはワークライフバランス、労働時間の短縮といった働き方の見直しという目的の1つとしても地域活動への参加があげられる。長時間労働が当たり前の状況ではそれがなかなか実現できないことから、ネットワークづくりを進めていく必要がある。そしてNPO間、あるいは社会的企業同士の情報ネットワーク。これについてもそれぞれの課題をどのように解決しているのか、情報を共有していく必要があるだろう。そこで働く人々の雇用条件を改善するのと同時に、そうしたところにおける人材の育成も求められている。

最後はNPOと行政の間のネットワーク。対話やパートナーシップといった絆を強化していくことが求められているということを今日のお話を通じて感じた。

【プロフィール】※五十音順

石田達也 (いしだ・たつや)NPO法人宮崎文化本舗代表理事

1963年宮崎県生まれ。米国バージニア州オールド・ドミニオン大学に留学。帰国後、宮崎バージニア・ビーチ市姉妹都市協会を発足し、この活動がきっかけとなり、92年に両市が姉妹都市盟約を調印。95年より宮崎映画祭を企画・運営し、映画祭実行委員会の初代事務局長に就任。NPO法人宮崎文化本舗を2000年に設立。初代事務局長に就任。

鈴木正明(すずき・まさあき)日本政策金融公庫総合研究所上席主任研究員

1988年国民金融公庫(現・日本政策金融公庫)入社。大蔵省財政金融研究所研究員、国民生活金融公庫総合研究所主任研究員などを経て09年より現職。法政大学キャリアデザイン学部非常勤講師も務める。専門分野は中小企業論、アントレプレナーシップ。著書に『新規開業企業の成長と撤退』(勁草書房、共編著)、『アントレプレナーシップ』(日経BP社、共訳書)などがある。

田中尚輝(たなか・なおき)NPO法人市民福祉団体全国協議会専務理事

1964年中央大学文学部中退。1980年より市民活動としての高齢者問題に関わる。介護系NPOを中心に活動。著書に、『リーダーのあなたに贈る実戦!NPOマネジメント』、『NPOビジネスで起業する!』(以上、学陽書房)、『「悪党的思考」のすすめ』(中央アート出版)、『高齢化時代のボランティア』、『ボランティアの時代』(以上、岩波書店)、『市民社会のボランティア』(丸善ライブラリー)などがある。

樋口美雄(ひぐち・よしお)慶應義塾大学商学部教授

専門は計量経済学、労働経済学。1975年慶應義塾大学商学部卒業、1980年同大学大学院博士課程修了。1982年同大商学部助教授、91年より現職、商学博士号取得。最近の主な共著作に『論争日本のワーク・ライフ・バランス』(樋口美雄・山口一男編、日本経済新聞出版社、2008年)、『地域の雇用戦略―7カ国の経験に学ぶ地方の取り組み』(S・シーゲル、JILPTとの共編著、日本経済新聞社、2005年)、などがある。

三浦知雄(みうら・ともお)厚生労働省大臣官房参事官(雇用対策担当)

1987年運輸省入省。運輸省内の貨物流通局、運輸政策局、港湾局、自動車交通局、航空局に勤務するほか鹿児島県交通政策課長、国土交通省住宅局マンション管理対策室課長補佐、大臣官房報道企画官、内閣府(防災担当)企画官、海上保安庁環境防災課長を経て、2009年7月より現職。


小野晶子(おの・あきこ)JILPT副主任研究員

2003年日本労働研究機構(現JILPT)に入所、2010年より現職。専門分野は、NPOの労働、非正規労働(パート、派遣労働)等、労働経済。2008年より神奈川県公益認定等審議会委員。NPOに関する研究論文は、「有償ボランティアは労働者か?―活動実態と意識の分析から―」(『日本労働研究雑誌』No.560、2007年特別号所収)などがある。