パネルディスカッション 高齢者雇用をめぐる現状と課題:
第33回労働政策フォーラム

いくつになっても働ける社会の実現を目指して
—高齢者雇用の現在と今後—
(2008年6月2日)

古賀伸明・日本労働組合総連合会(連合)事務局長、加藤丈夫・富士電機ホールディングス株式会社相談役、岡崎淳一・厚生労働省高齢・障害者雇用対策部長――の3氏によるパネルディスカッションでは、まず、高齢者雇用の現状をどうみるかについてそれぞれが見解を述べた後、 60代前半の働き方をめぐる論点として「定年延長か、継続雇用か」「現役世代も含めた処遇のあり方の見直しは必要か」、また、 60代後半の働き方をめぐる論点として「就業機会をどう確保するか」の課題について、活発な議論が展開された。

パネリスト
古賀 伸明
日本労働組合総連合会(連合)事務局長
加藤 丈夫
富士電機ホールディングス株式会社相談役
岡崎 淳一
厚生労働省高齢・障害者雇用対策部長

コーディネーター
清家 篤
慶應義塾大学教授

論点(1) 高齢者雇用の現状評価

岡崎

少子・高齢化が進むなか、厚生労働省としては今後の労働力人口の見通しをどのように立て、またさまざまな就業促進策を活用しながら、労働力供給をいかに確保していくかが喫緊の課題になっている。

岡崎 淳一氏

2006年を基軸に、およそ10年後の2017年、あるいは2030年における労働力供給を推計した結果が図1である。

それによると、現状のまま何ら対策を講じることなく推移した場合、2017年には約440万人、2030年には約1,070万人の労働力を喪失する。これに対し、企業の対応や政策などを通じて、とりわけ若年者、女性、高齢者などの労働力率を高めていけば、その減少幅を2017年時点で約 100万人、2030年時点では約480万人まで抑制することができる。当面 10年で考えても、約440万人という労働力人口の減少が現実のものとなれば、そのインパクトは相当だろう。だがこれを約100万人まで縮小し、さらに同時に生産性の向上に取り組んでいけば、経済全体に与える影響も低減することができるだろう。

図1 労働力人口の見通し
現状のまま推移した場合、総人口の減少率よりも労働力人口の減少率の方が高くなる。このため、若者、女性、高齢者など全ての人が意欲と能力に応じて働くことのできる環境を整えることが必要。

そうしたなかで、若年者や女性と並び、今後の労働力供給の重要な担い手となる高齢者については、図2のような体系で雇用対策を打ち出しているところである。その主な柱は、(1) 60歳代の雇用の確保 (2) 中高年齢者の再就職の促進 (3) 多様な就業・社会参加の促進――の三つである。一つ目の柱に関しては、まず、高齢者をどの年齢で区切って考えるかが問題となるが、やはり将来の年金の支給開始年齢との関係で、 60代を前・後半に区切り、とりわけ 60代前半の雇用対策に焦点を当てて、対応していく必要があるだろうと考えている。そのため先般、法改正を行い、企業に対し 65歳までの段階的な定年引上げや継続雇用など、一定の対応を求めるようになったところだ。また、2本目の柱としては、かねてより高齢者の失業率は必ずしも高くないものの、有効求人倍率は相当低い状況にあったため、昨年、雇用対策法を改正し、募集・採用における年齢制限を禁止したところだ。

図2 高年齢者雇用対策施策体系

そうしたなかで、高齢者の就業率は近年、とくに 60代前半を中心に非常に高まってきている。 60代前半( 60~64歳)の就業率は、 03年は50.7%だったのが、ここ5年間は07年の55.5%まで一貫して上昇傾向にある。また、 60代後半( 65~69歳)についても、 03年の33.5%から上下しつつも、07年の35.8%まで緩やかに上がってきている。これは、 06年4月に施行された、改正高年齢者雇用安定法(以下、改正高齢法と称す)の影響で、 60代前半を中心に企業の対応が進んできたことの現れだと考えている。

改正高齢法に基づく企業の取り組み状況を詳しくみると、51人以上企業を対象に厚労省が毎年実施している調査結果(07年6月時点)によれば、すでに法に則った高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業がほとんど(92.7%)である。このうち、措置の上限年齢を 63~64歳としている企業は31.5%に過ぎず、残り大半(77.5%)は 65歳以上(定年の定めなし含む)で、年金支給開始年齢の段階的な引上げに応じてというより、むしろ一気に対応したようすが窺える。

高年齢者雇用確保措置の具体的な内容については、「定年の定めの廃止」「 65歳までの定年の引上げ」か、あるいは「継続雇用制度の導入」――の中から選択することになっているが、定年廃止は2.1 %、定年引上げは12.1 %にとどまっており、大部分の企業(85.8%)は継続雇用制度の導入を選択した状況にある。そして、この継続雇用制度のありようについては、対象者を希望者全員にしている企業が38.8%に対し、労使協定で該当者の基準を定めている企業が42.3%、就業規則で基準を設定が18.9%――などとなっている。こうした状況を踏まえて、今後どのような形で政策を進めていくのか、改めて考える必要があると考えている。

古賀

連合が実施した「07年度連合構成組織の賃金・一時金・退職金調査」によれば、定年退職者のうち実際にどれくらいが継続雇用されているかというと、「5割以上8割未満」(32.0%)がもっとも多く、次いで「8割以上」(26.8%)、「2割未満」(28.4%)、「2割以上」(14.1 %)などとなっている。結論的には、希望者全員が継続雇用され得る環境とはほど遠い。

古賀 伸明氏

そうしたなかで、「 06年連合生活アンケート」によれば、50代後半の男女に 60歳以降の生活の見通しを聞くと、男女とも約7割が「公的年金だけでは生活費をカバーできない」としており、さらにそのうち、男性の約7割、女性の約5割は、「預貯金や企業年金等を含めても、働かなければ生活費をカバーできない」と回答している。つまり、 60歳以降の希望者全員が働ける環境を整えていかなければ、いずれ生活すら立ちゆかなくなり、新たに高齢者間の格差拡大、二極化さえ招きかねない状況にある。

したがって、改正高齢法で原則、希望者全員の 65歳までの雇用確保を義務づけ、具体的な制度設計や労働条件は企業労使に委ねる現行の枠組みを前提にしたとしても、労使協定や就業規則で対象者の基準を決める段階で、希望者が排除されてしまうことのないようにしなければならない。もしその段階で問題が多いのであれば、法律の見直しも視野にしっかりと対応していく必要があろう。

加藤

高齢者雇用がここ数年、急速に進んだ背景には、主に4つの要因があるとみている。一つは言うまでもなく、改正高齢法の施行により、企業に対する拘束力が強まったこと。二つ目はここ数年、好景気が持続しており、企業の人手不足感が強まってきたこと。振り返れば、 60歳定年制が日本で定着したのは1988年頃、バブル景気真っ盛りだった。それまで、55歳定年制から再雇用でつないでいた中で、好況下の人手不足感が強く影響し、一挙に 60歳定年が実現した。三つ目には、企業が現場力の回復、とりわけ経験を積んだ人たちの技術・技能を、しっかり次の世代に伝承していかなければならない、それには雇用年齢の延長が大事だと、強く意識し始めたこと。そして4つ目は、社会全体として高齢者にもっと働いてもらうべきだという風潮が拡がったことだ。

加藤 丈夫氏

こうしたなかで、あえて言えば、私はやはり最近の好景気が、高齢者雇用の拡大にもっとも寄与したと考えている。日本の企業の高齢者雇用は、 60歳でいったん雇用を打ち切り、退職金も精算して改めて、新たな処遇・労働条件で働く「再雇用」という不安定な形態が大半である。経営側の立場にある私が心配するのも変な話だが、これではいったん景気が落ち込むと、恐らく真っ先に、再雇用者に手をつけられるのではないか。そうではなくて、やはり高齢者が元気に活躍できる社会に向けて、企業は定年延長をベースにしつつ、人材を 65歳まで活用することを前提にして基本戦略を立て直す―そう意識して臨むか否かで、この先の企業経営には相当違いが出てくるのではないかと思う。

ただその際、企業にとっては悩ましい諸々の問題も伴う。定年延長を実現するためのポイントをいくつかあげると、一つは、本人と会社それぞれの意向をきちっと擦り合わせること。二つ目は処遇制度の見直しで、日本経団連がここ数年、主張してきた年功部分の排除、成果と人件費をバランスする仕事別/役割別賃金の徹底をはじめ、退職一時金制度を見直す必要があるだろう。そして三つ目には、職場環境のあり方を高齢者が働きやすいよう整えていく必要もある。ごく身近な例では照明を加減したり、重量物の運搬を容易にするなどの物理的な側面、また、高齢者が知恵や経験を活かせるような仕事の配分面などの見直しが考えられるだろう。労使協議を充実させつつ、そうした地道な見直しを積み上げていって初めて、定年延長は実現し得る。そのためにも、法的な規制などの拙速は避けるべきだ。

富士電機グループを例にとると、選択定年延長制度を取り入れたのは 2000年まで遡る。当時、私は人事担当役員で、その設計に一生懸命取り組んだことを思い出す。当初の制度は、55歳時点で個人面談を行い、 60歳定年か 65歳定年のどちらかを選んでもらうというものだった。その体制でこの間、ずっとやってきたのだが、どうも運用状況が思わしくないため、 06年にこれを一部改定した(図3)。

図3 富士電機グループでの65歳選択定年制実施の経過
図3 富士電機グループでの65歳選択定年制実施の経過 概要

現行制度は、55歳になった時点で制度についての説明を十分行って置いた上で、57歳の個人面談で、希望に応じ 60~ 65歳範囲の1歳刻みで、自由に定年年齢を決めてもらうというもの。 60歳以降、当該定年までの間の処遇は、基本的な賃金・賞与部分をそれ以前の 60%レベルまで落とすものの、高年齢雇用継続給付金や公的年金の付加部分などを活かし、全体収入としては 60歳当時の80~90%を確保できるようになっている(図4)。

図4 富士電機グループでの65歳選択定年制実施の経過
選択定年延長制度の一部改訂(2006年~現在)

こうした一連の制度のこの間の運用実績(累計)をみると、 2000年に導入した 60歳あるいは 65歳の二者択一の選択定年制では、 65歳定年を選択した人が全体の8%と実は1割にも満たず、このことが制度を見直す直接的なきっかけになった。その後、 06年より 60歳から1歳ずつの選択定年制に変更した後は、これまでに面談を終えた244人のうち125人(約 47%)が、 65歳までの定年を選択するようになっている。この数字を多いとみるか、物足りないとみるかの評価はさて置き、少なくとも言えるのは、 65歳定年を実現しようといくら制度を導入しても、実際に働いている人の意識あるいは職場環境は、人事担当者が思っているほどには進んでいない、追いついていないのが実態ということ。それでも何とか、対象者の9割位に 65歳定年を選択してもらえるような制度を、数年以内には確立したいと考えている。そしてゆくゆくは、 70歳までの雇用も展望していきたい。

論点(2) 60代前半の働き方   定年延長か、継続雇用か

清家

以上の労使の見解を整理すると、ともに 65歳までの雇用を何らかの形で確保していかなければならないとみている点では一致しているものの、その際のニュアンスとして、加藤氏からは原則、 65歳までの定年延長でいくべきではないか、ただそのためには処遇制度などの見直しを労使でじっくりと協議し、拙速は避けるべきだとの指摘。一方で古賀氏からは、現状として圧倒的に多い継続雇用制度であっても、とにかく希望者全員が働けるものにしていくのが最優先との指摘があった。

年功賃金を一気に見直すことは難しいため、現状として継続雇用制度を選択する企業が多いのは合点がいくところだろう。だがそれもまだ、年金は 63歳から基礎年金部分がもらえ、人手不足でそれなりに就業機会が確保されているなかでの話。基礎年金部分の支給も、2013年度には 65歳まで引き上げられ、また報酬比例部分についても、その後3年置きに1歳ずつ引き上げられていく。その間、年金がまったくもらえない空白期間も生じるわけだが、それでも定年延長ではなく継続雇用でしのぐ形で、社会全体の仕組みとして十分なのだろうか。

古賀

やはり、それに対する企業の社会的責任は果たしてもらわなければならない。その際、年金の支給開始年齢の引き上げに合わせて、空白期間なく確実に収入を得られるよう、定年延長などに取り組むことも重要だろう。しかし私は、 60歳からはむしろ、個人選択の幅が拡がる社会にしていく方が良いのではないかと考えている。というのも、年金支給に係わらず、61~2歳で定年退職し、後はゆっくり引退生活をしたい――そんな伝統的な人生設計の志向もまだ根強い。したがって、一律に定年を延長するのではなく、希望すれば全員が継続雇用され得るようにすることで、その部分も十分、乗り越えられるのではないかと思っている。

それに、継続雇用であれ重要なのは、高齢者が真に能力を十分発揮し、生きがいある人生を送れるようにすることではないか。連合の調査で、定年時を100とした場合の継続雇用時の賃金水準は、月例ベースで54.2、年間では50.2になっている現実が浮き彫りになっている。一方、労働時間については定年時と同じ勤務形態が85%で、定年時より1週の勤務日数が少ないが6.0%、1日の勤務時間が短いが4.7%――などとなっている。もちろん企業、職場の実態は千差万別で、当該労使で適切な処遇・労働条件を整えていくことが重要だが、それにしても定年時と勤務スタイルは変わらないのに極端に賃金が下がるのでは、働くモチベーションを維持するのが難しいだけでなく、継続雇用を希望しないケースも多々出てきてしまうのではないか。より多くの高齢者が働くことを望み、また、希望すれば必ず能力を活かしながら活躍できるような環境づくりを、労使主導、政府支援のもと進めていかなければならない。

加藤

私は今年2月まで、日本の企業年金を取りまとめるナショナルセンターの理事長を務めていた。私が 65歳までの定年延長を強く唱える背景には、公的年金あるいは企業年金の将来に、危機感を抱いていることもある。公的年金には 04年度からマクロ経済スライドが導入され、従来の物価スライドに加えて労働力人口比率や平均寿命が加味されるようになった。そのため、この先よほど大きな税的補てんがない限り、公約年金はスリム化を余儀なくされる。

これに対し、企業年金の方も、日本はまだまだ、OECD諸国に比べれば体力不足が否めず、容易ならざる事態が待ち受けている。だからこそ、やはり 65歳まではしっかり働き、その後は公的、私的年金で生活を確保していく方向性での社会作りが急務だと考えている。つまり、労使が一歩一歩、拙速は避けるべきだが着実に、定年を積み上げていく努力が求められていると思う。

岡崎

先々の年金支給開始年齢がどうなるかは別として、少なくとも 65歳までの引き上げは順次、進んでいく。そのため、政策上も 60代前半については、やはり働く場をきちんと確保していく必要があると考えている。その際、先ほどから指摘されているように、現在の継続雇用制度では、対象者の基準の定め方により、働きたくても申し込みすらできない人が出てしまう、あるいは現在のような処遇・労働条件では、継続雇用を希望したくない人も出ているのだとしたら、やはりこれをどうしていくのか、知恵を出し合い、見直していく必要があるだろう。

とはいえ、こうしていろいろな話を聞いていると、定年延長か継続雇用かというのが、そもそも本質的な争点かどうかという疑問も湧く。 65歳定年というと、一般的には、 60歳までと同じような働き方・賃金で、 65歳まで働き続けるという風に受け取られることが多い。仮に、定年延長をそのような硬直的なものだとしてしまうと、これはなかなか難しいのかもしれない。だがそうではなくて、富士電機グループの選択定年制のように、 65歳まで希望する人は働けることを前提に、その中での働き方や賃金・労働条件はいろいろある、選択肢をいろいろ用意するといった手法を採れば、労使の話し合いも少しずつ進んでいくのかもしれない。つまり、現在の捉え方に基づいた、定年延長か継続雇用かにこだわるのではなく、少なくとも 60代前半は実質的に希望者全員が働けるよう、それぞれの企業に適した仕組みを追求していくことが重要ではないだろうか。

清家

高齢化が本格的に進むなか、少なくとも 65歳くらいまでは現役で働いてもらわないと、社会保障はおろか、経済の先行きさえ脅かされるといったコンセンサスは既にあると思う。そうであれば、 65歳まではフルタイムで働いてもらうことを原則にし、それより早く引退したい人は自分の蓄えなどで生活を確保してくださいといった図式の方が、分かりやすいような気もするのだが。

岡崎

一方には、個々のニーズに応じた働き方が優先されるという側面があり、また一方には、全体として労働力をどう確保していくかの側面があって、この二つをどううまくバランスさせていくかという話に集約されると思う。いろいろな統計調査を見ても、 65歳、70歳まで頑張って働きたいなどと言っていても、いざ 60歳代になれば、フルタイムではない働き方のニーズがだんだん増えていくのが実情だと思う。将来の労働力不足をどう確保するかの観点から、パートタイムよりはフルタイムできちっと働いてもらいたいという政策的な狙いをどこまで打ち出すか。またその兼ね合いで、企業にはどのような制度設計を求め、法律的にどこまで関与していくのか――。そうした議論も、もう少し深めていく必要があるのかもしれない。

論点(3) 現役世代も含めた処遇のあり方の見直しは必要か?

清家

定年延長を進めるにしても、年齢や勤続に応じて賃金が上昇するような、現行の処遇制度下では難しいだろう。しかし一方、希望者全員の再雇用を進めたとしても、 60代以降の賃金がぐっと下がるのでは、働く意欲を喪失する人も出てくる。こうしたなかで、現役世代も含めた処遇そのものの見直し、つまり賃金カーブをよりフラットにしていくような見直しの必要性をどう考えるか。調査結果を見ても、中小企業で意外に高齢者雇用が進んでいるのは、大企業に比べ賃金カーブがそもそもフラットであり、定年前後もそれほど賃金が変わらないことが関係しているようだ。学術的でやや穿った見方かもしれないが、労働組合が積極的に、本格的な定年延長の話に触れようとしないのは、劇的に賃金カーブを変更されるのは困るという事情もあるのではないか。

古賀

個人的な見解では、指摘されたようなアレルギーはそれほど無いと考えている。実際にそうした方向性で、労使協議・交渉を行っている組合もいくつか知っている。またあえて言えば、年功賃金カーブを一律に寝かせてしまうというよりも、年齢が高くなるにつれ、仕事に応じて賃金に一定程度の差が生じるようになる方向性での変化を、どう考えるかということではないかと思う。いずれにしろ、そういうことも含めて、望ましい制度のあり方を個別労使で議論していく必要がある。

清家

処遇を見直す一方で、当然にして高齢者に任せる仕事、期待する役割とのバランスも、図っていかなければならないだろう。とくにものづくりメーカーにとっては、技術・技能伝承の担い手として、高齢者の位置づけが非常に高まってきているとの指摘があったが、この点改めて、経営者の目線でどう考えているか。

加藤

60歳以上の仕事・役割のあり方については、技術・技能をしっかり次の世代に伝承する、社内OJTの要として機能することが一番求められていると思う。しかし一方、そうした仕事・役割で高齢者を活用するときに困るのは、新技術に対する理解の薄いことや、IT化や国際化に対応し切れないことである。技術・技能の伝承に当たっては、自分が築き上げてきたものを単にそのまま教え込めば良いのではなく、技術進展や環境変化などを踏まえて対応していってもらわなければならない。こうしたことをどう習得してもらうかが、高齢者を真に活用していく上で重要な課題になってくると思う。

清家

フロアーからの質問で、定年後の高齢者が正社員就業を望むのは、正社員とそれ以外の処遇格差が大き過ぎるからではないかとの指摘があった。高齢者雇用を促進するためにも、非正規雇用の保護、正社員との格差是正を進めるべきとの主張をどう受け止めるか。

古賀

まったくその通りだと思う。現在、日本の雇用労働者5,560万人強のうち、1,700~1,800万人がいわゆる非正規労働者である。これを分解すると、1,200~1,300万人がいわゆるパートタイマーに相当する。連合としても、雇用形態間のあまりにも大きな待遇格差は問題だとして、この間ずっと均等・均衡待遇を呼びかけてきた。そうした結果の一つが、今年4月から施行された改正パートタイム労働法であるのはご承知の通りだ。

企業はバブル崩壊以降、さまざまな課題を抱えながら、コスト削減要請に応え、正規労働者を非正規労働者に置き換える戦略を採ってきた。しかし振り返れば、少しバランスを崩し過ぎた感がある。もう少し正社員中心に、バランスを回復するような見直しを、企業にはお願いしたいところだ。

加藤

正当な競争の中で格差が生じるのは当然だし、もしかすると今後、企業の中でも、格差はむしろ拡大していく傾向にあるような気がしている。ただ、働く人の3分の1以上が非正規雇用で、それゆえ賃金が低いという現実は、率直に言うと少し経営側はやり過ぎではないかと考えている。これをまさに労使の話し合いのなかでどこまで改善できるのか、これからは労使協議の充実が重要だと思っている。

清家

非正規雇用の話は、実はもう一つ別の観点から、重要なテーマを投げかけている。社会保障国民会議などでも議論になっているが、非正規雇用の多くは厚生年金に加入していない。国民年金にすら加入していないケースも少なくない。もしこのまま高齢期を迎えたとすると、意欲いかんに係わらず、とにかく働かなければ生活できないようになってしまう。つまり、年金で引退するという選択肢自体があり得ない。そして、もしその時点で働けない状態ならば、生活保護を適用せざるを得ないだろう。こうした事態を防ぐ意味からも、非正規雇用を厚生年金の適用除外としている状況を、早急に改めていかなければならない。

論点(4) 60代後半の働き方  就業機会をどう確保するか?

清家

60代前半の働き方をめぐる議論をひと通り終え、今度は行政、労使それぞれの立場から、 65歳以降に働ける余地は、現実としてどのくらいあるとみるか、見解を伺いたい。

岡崎

高齢法の改正に当たっては、年金と雇用の接続という観点から、 65歳までを強く意識した経緯がある。これに対し、 65歳以降については、現時点でそういう意味合いはないが、恐らく二つの観点からこの問題を考える必要があるだろう。一つは、 65歳を超えても働きたいと思っている人が相当数いること。そうした層については同じ企業で継続雇用という形だけでなく、活躍の場をいかに確保していくかが重要である。

そしてもう一つは、マクロ的に今後の労働力人口、年齢構成などの変化を展望し、もちろん強制できるものではないが、働きたい人については働ける場を確実に提供していくことが、労働力需給の側面から重要ではないかということだ。例えば、フリーター問題は深刻だが、技術・技能を将来に向け蓄積してもらいたい若年層が、ファミリーレストランやコンビニといった分野で長く働いているよりも、地域に住む高齢者が少し引いた形で、こうした分野で働くことも考えられるのではないかと考えている。

加藤

富士電機グループの事例で紹介したように、 65歳定年を選択する人が5割に満たない現段階で、 65歳以降の雇用を議論しようというのは、ちょっと飛躍があるような気がする。その上で、いまの指摘には異論がある。 65歳以降であっても、働く以上はその人たちが、価値ある働き方をできるようにしなければならない。これまでの経験や持てる知識などを活かせて初めて、高齢者が働く価値が出てくると言える。いろいろな仕事、機会を用意するから、ただ何とか働いてくださいというのでは、高齢者雇用は恐らく定着していかないのではないか。やはりそれぞれの能力を、最大限活かせる仕事や組み合わせを模索することが、第一に考えられるべきではないだろうか。

古賀

率直に言って、組織内でも 65歳以降の雇用について議論したことは一度もない。その意味で、 65歳以降の働き方をいま考えることは、現場の実態から乖離している。むしろ、まず 65歳までは必ず、希望者全員が働ける政策や労使の話し合いを進めることが急務だ。

ただ、 65歳以降の雇用についても、非常に重要なテーマであることは認識している。日本はこれから、誰も経験したことのない高齢化社会を迎えるのだから、例えば高齢者のニーズを商品開発に活かすなど、高齢者が今後、重要な戦力になってくる場面も考えられる。また、少なくとも 65歳まで、希望者全員が雇用されるようになれば、その延長線として 65歳以降も、ボランティアや地域参加を含め何らかの形で働くことを通じて、社会に参画できるようにすることは当然、必要なことだと思う。

とはいえ、たとえ元気だとしても、 65歳以降はやはり体力などの減退が避けられない。その意味で、高齢化社会の中では年金も医療も経済も大変だ、だから70~75まで絶対に働き、所得を稼いで税金を納めてもらわなければけしからんといった、乱暴な社会にするようなことがあってはならない。やはり働ける選択肢を豊富化する程度にとどめるのが、適当ではないだろうか。

清家

65歳以降の働き方を考えるとき、健康状態や他にやりたいこととの兼ね合いで、フルタイムよりはパートタイム、あるいは能力を活かすためにフリーランスなどを志向することも出てくるだろう。例えば、エンジニアとして複数の中小企業にコンサルティングを行うとか、工程管理のプロとして契約ベースで働くといった具合だ。つまり、恐らく 65歳以降の方が、働き方を多様化する必要性は高まってくると思うのだが、これを政策的にどう支援していくか。

岡崎

65歳以降の働き方については、企業だけに働く場の確保を求めるというより、いろいろな形で就業機会を提供する必要があると考えている。例えば、企業のOB人材を中小企業へマッチングするルートを作ることもあるだろうし、シルバー人材センターで働く場を提供したりということもあるだろうし、一方では生きがい、ボランティアなどを豊富化していくこともあるだろう。また、これからの話になるが、与党から指摘があるように、 65歳以上を主な対象に職域開拓をするような企業が出てきた場合の支援についても、考えていかなければならない。いずれにしろ、政府としていろいろな政策メニューを用意しながら、進めていく必要があると考えている。

清家

高齢化が進むなか、必要な人材を確保する視点から、あるいは社会保障制度などの持続可能性を高める観点から、高齢者の就労を促進する必要性があることに異論はないだろう。その時に重要なのは、働く意志のある人が最大限能力を発揮し続けられるようにすること。そして一方で、企業はその能力を経営に活かし、メリットを享受できるようにすることだ。その結果として、生涯現役社会を実現できるよう、政府のイニシアチブ、労使の果敢な取り組みに期待したい。

<出席者プロフィール>アイウエオ順

岡崎淳一(おかざき・じゅんいち)

厚生労働省職業安定局高齢・障害者雇用対策部長

1980年労働省入省。労働省各部局、秋田県職業安定課長、在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官等を経て、労政局労政課長、職業安定局総務課長、大臣官房総務課長等を歴任し、 2006年9月より現職。

加藤丈夫(かとう・たけお)

富士電機ホールディングス株式会社相談役

1938年東京都生まれ、61年東京大学法学部卒業、同年富士電機製造株式会社入社。企画部長、人事勤労部長を経て、 98年代表取締役副社長、 2000年取締役会長、 04年相談役に就任し現在に至る。現在の主な社外役職として、中央労働委員会使用者委員、学校法人開成学園理事長、日本能率協会常任理事。 08年まで日本経団連労使関係委員長、企業年金連合会理事長など。

古賀伸明(こが・のぶあき)

日本労働組合総連合会事務局長

1952年福岡県生まれ。1975年に宮崎大学工学部を卒業後、松下電器産業株式会社入社。1986年同社労働組合中央執行委員、その後書記長、副中央執行委員長を経て、1996年中央執行委員長に就任。その後、2002年電機連合中央執行委員長に、 2004年からは全日本金属産業労働組合協議会(IMF・JC)議長も兼務。 2005年 10月連合事務局長に就任し、現在に至る。公職として厚労省労働政策審議会委員、経産省産業構造審議会委員など。

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