開催報告:第30回労働政策フォーラム
雇用差別法の新展開
~アメリカ・ドイツ・フランス3カ国の動向~
(2008年2月20日)

性・年齢による差別禁止、雇用形態における均等処遇など日本の雇用平等法制はいま大きな転換点を迎えている。当機構では、海外においても最近著しい進展を見せている「雇用差別法」をテーマに取り上げ、2月20日東京霞が関で労働政策フォーラム「雇用差別法の新展開―アメリカ・ドイツ・フランス3カ国の動向」を開催した。フォーラムにおけるパネルディスカッションは、中窪教授(一橋大、JILPT特別研究員)のコーディネートによって行われ、示唆に富む議論が展開された。

各国報告

アメリカ

リサ・リーバーウィッツ
コーネル大学准教授

ドイツ

ベルント・ヴァース
ハーゲン大学教授

フランス

パスカル・ロキエク
パリ第13大学教授

パネルディスカッション

モデレーター

中窪裕也
一橋大学教授,JILPT特別研究員

パネリスト

各国報告者

2/20フォーラム開催風景
⇒プログラム⇒報告者紹介

各国報告

ビジネス・レーバー・トレンド 2008年6月号に概要を掲載(PDF:354KB)

パネルディスカッション

【中窪】 それではパネルディスカッションに入りたいと思います。

今、3カ国、お聞きいただきましたが、せっかくですので日本のことについて一言だけ申し上げますと、最初に所長のごあいさつにもありましたが、日本でもようやく雇用差別禁止というものが重要な問題になってきつつあるわけです。日本国憲法の14条で、もちろん法のもとの平等というのは古くから保障されていたわけですけれども、これを実際に労働法の場面でどう生かすかというときに、労働基準法の3条で国籍、信条、社会的身分に基づく差別は禁止というのが、これはもうずっとあるわけです。ただ、最高裁の判決によって、採用自体はカバーされないとか、そういう問題もありますし、性については4条の同一賃金しかないという形で非常に限定されたものがあったわけです。そういう中で判例がそれなりに対処していましたけれども、ご存じのとおり、85年に男女雇用機会均等法というものができて、性差別については対処がなされた。しかし、これが非常にいろいろな問題もあって、当初は非常に生ぬるい形だったわけですが、一昨年、2006年、均等法が二度目の改正によって、これが女性に対する差別だけではなくて、性を理由とする男女を問わない差別禁止立法になったということで、ようやく性差別に関してはそれなりの発展が出てきたということです。

それから、昨年、今度は採用時の年齢制限について禁止規定に強化され、年齢差別という言葉は使っていませんけれども、そういう発想が出てきて、それから、一部のパートタイムについて、労働条件に関する差別的な取り扱いを禁止するという形で出てきていますけれども、まだまだ、これをどういうふうに発展させていくのか、あるいは、日本の雇用慣行の中でどういうふうに適用していくのかという非常に大きな問題があるわけです。

そういう中で、他方、欧米諸国を見ますと、今、お話がありましたように、まずはアメリカで64年に、ご存じのとおり、Title Ⅶという人種差別にもともと対処する差別禁止だったわけですけれども、その中に性別、出身国、それから宗教、そういったものについて差別禁止がドンと打ち出された。これが1つの大きな差別禁止立法の契機になったわけです。その後、67年に年齢差別禁止法、それから90年には障害を理由とする差別というものの禁止と、禁止理由が拡大されていくという、アメリカの差別禁止立法のモデルが1つ、あるわけです。

これが今度は、しかし、ヨーロッパに渡って、きょう、イギリスが入っておりませんが、実は、イギリスでそれなりの発展したものが、今度ECの指令に反映していくという過程があるのですが、そこはとにかく、2000年に非常に広範な差別禁止の指令がECから出されまして、現在では、ヨーロッパ諸国で人種、性別はもちろんのこと、障害ももちろん、それから、年齢ももちろん、性的指向といった、非常に包括的な差別禁止立法を義務づけるという立法がなされ、それに基づいてドイツでも法律がつくられ、フランスでも、この法律がつくられるという形で発展してきているという非常に大きな状況があります。

ですから、そういう中で、3カ国それぞれのお話を伺うことができて大変有益だったと思います。若干、私のほうでお聞きしてみたいのは、1つには、そういう中で、差別禁止といっても、もともとコアにあった人種差別、それから性差別といった、いわば伝統的な差別禁止の問題と、それから、例えば年齢差別、あるいは、障害を理由とする差別といった、同じ労働の能力があるのにそういう属性によって差別されてはいけないという人権の問題、そういうものと、ある意味で、この雇用の促進といいますか、放っておくと、そういう人たちは労働市場から排除されがちだから、これを何とか後押しするという側面が、どうも入り混じっているような部分もある気がします。そのあたりを各国の差別禁止立法のもとでどういうふうに考えているのかということについて、一言ずつ、皆さんに意見を伺ってみたいと思います。まず、アメリカのほうから、いかがでしょうか。

【リーバーウィッツ】 大変興味深い質問設定だと思いますが、非常に大きな質問でもあると思います。簡単に説明させていただきましょう。この雇用差別がどういうふうな形で発達してきたかということで、性差別、人種差別というようなものが、どちらかといいますと基本にあって、意思決定を作業場でするときには排除するべきであるということが言われていました。これが一番重要な核となる部分ではないかと言われていたわけです。

この64年の公民権法のTitle Ⅶなどを見てみますと、人種性、そして国籍というようなものが排除するべき差別であるとされたわけです。そして、その中で関心がありますのは、一体、社会というのはどのような形で、いろいろな待遇、取り扱いについて認識を持っていくかということです。通常の取り扱い方を括弧づきで考えたときに、どういうふうにこれを見るべきか、ということです。普通の人間の取り扱いの仕方は一体何であるかということ、それを考える際に、差別のほうから見て、どのようにして発達してきたかということを見ていくわけです。そして、どのようなきっかけで社会がそれを再認識することになって、それに働きかけることになったかということを見ていくのですが、いろいろと時代的にきっかけがあります。新しい法律が出てきて、それは社会が認識しているということを示す一里塚になっていきます。

例えば、年齢差別というものが普通というふうに思われていた時代があるわけですが、それは偏見に基づいたものだったのかということです。実際、合理的に考えたときに、そんなことにはならないというにもかかわらず、そういうものが導入されていたということ、そして、ステレオタイプを設定し、それで考えるようになったということを言われるようになってきました。ステレオタイプというものが1つの典型例として挙げられるのは、人間の尊厳にかかわる部分が出てくることで、法律がそちらの方向に向かって何かを考えなければならないという闘いになってきました。そこで、だんだんと差別に関しましても、年齢差別も入ってきますし、障害に対する差別とか、そのようなものも取り入れられるようになってきたのです。しかし、そんな中でも、やはり、私が先ほど申し上げました形式的な平等というものから今度、ますます実態的に深みのある中身というのは一体何であるかということを考えていかなければならないということにもなるわけです。

しかし、また同時に、例えば、性差別について考えてみますと、いろいろなことで性による平等がないということがあります。というのも、もともと女性というのは社会で、ある特定な役割を果たさなければならないと、それが正常であるというふうに見られているということもあるからなのです。ということで、二歩前進、三歩後退、そしてまた、二歩前進、一歩後退というような形で、いつもコンスタントに前に向かっているということではなく、いろいろ、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、完全な線形ではないパターンで発達しているということが言えるのではないかと思います。

それにしても、結局、前進するためには、例えば、労働運動とか学生運動というのをフランスではやりますが、そのような運動を通じてしか実際に社会が変革してくれないということがあるわけで、そんなところで、社会運動に対する対抗策として措置が出てくるということもあるということも認識しておかなければならないのではないでしょうか。

【中窪】 ありがとうございました。ドイツのほうはどうでしょうか。何か、年齢について随分苦労しておられるようなこともあって、我々としても共感するところもあるのですが。

【ヴァース】 私のそれに対するコメントですけれども、リーバーウィッツ先生のおっしゃったことに関してですが、結局、どのような形で社会が差別をしないということについて対応するかということを考え始めるか、という社会の問題なのですけれども、これに関しましては、いろいろな側面があるわけで、これを答えようと思うと、私の頭の中にいろいろなことが浮かんできます。

まず最初に、ヨーロッパの場合を考えますと、私ども2人で説明したことでもあるわけですが、2回ぐらいでしょうか、過去において、この差別法が2つのEUの指令によって影響を受けたということを指摘しましたが、多くの人たちがこれを認識していません。この指令も、やはり、それなりの背景があって出たものであるわけです。例えば、ヨーロッパの政府としてこのような指令を出すことを決めたのは、結局、ある特定の政治的な状況について対応していかなければならないということを考えたからなのです。特に、この場合は、オーストリアの政情に反応しなければならないということでした。その当時、連立政権で、右派の連立政権が政治を運営していました。そして、ECとしては、効果的な指令を出すことによって、オーストリアというか、加盟国の国内の情勢に対応しようと考えました。ですから、非常に政治的な動きであったわけです。だからといって、これを軽んじていいというものではありません。ただ、このような経緯があったということを説明したかったのは、規制などが新しく出てきても、具体的なバックグラウンドに対応するためであるということがあり、必ずしもそれが私どもの関心のある、この差別撤廃に関しての動きの枠組みから出てきたものではないということです。しかし、結局、結果的にいいものが出てくるということがあるということです。

もう1つのコメントとして指摘したいのは、ヨーロッパの場合ですが、ヨーロッパ社会というものは、全体として、差別に関して1つの解決策を出すことはできないということです。ヨーロッピアン・ソサエティという、ヨーロッパ社会というものはなく、みんなそれぞれヨーロッパの中である共通の価値観は共有しているわけですが、みんなそれぞれ違う伝統をもっています。労働法の環境だけではなく、いろいろな生活の様式などに至るまで異なる発達を遂げてきています。そんなこともあって、この質問に答えるのが非常に興味深くなるわけです。つまり、何をきっかけに社会というのは、このような差別に関することを考え始めるのかということです。年齢に関しましては、私の直感的な感じから申し上げるならば、この年齢についての差別というのは、やはり、労働人口の高齢化にもつながる部分もあるのではないかと思います。だんだん社会が高齢化していきますと、ドイツでも、ヨーロッパのそのほかの国でもそうですけれども、それでは高齢者の取り扱いをどうするべきか、ということを考えるようになるわけです。そういうことについての認識が必要だということで迫られてくるのではないかと思います。

【中窪】 ありがとうございました。では、フランス、お願いします。

【ロキエク】 つけ加えることはそんなにないのですけれども、ヨーロッパにつきましては、ご存じのように、フランスもドイツもかなり差別ということについては共通するものがありまして、おそらくは、指令というよりも、条約の中で、フランスが年齢というのを項目として入れていくことがEC法で求められていたということが1つ、指摘できるかと思います。もう1つ、フランスでは調査が行われまして、一番広く見られている差別の種類は何であるのか、そのことについて見てみましたところ、年齢がまず、いの一番に挙がることがわかってきたのです。

そして、もう1つ、これはおそらくフランス法だけの問題ではないと思いますけれども、ドイツは、人権のことをとても大事に考えていて、その重要性はご存じのとおりですけれども、この差別ということになりますと、人権にかかわる法の一部となっています。そして、労働法の特別性というのは、通常の契約法に比べて考えていきますと、もしくは、企業法に比べて考えていきますと、従業員が、この契約の当事者が単に契約の当事者といった人格ではなく、人間として見据えられているということが挙げられるかと思います。従業員に対しましては、労働法のもとでは非常にパーソナルな、そして人間的な味わいのあるアプローチが見られています。そして、人を人たらしめているのは、その年であり、その人の見た目であり、その人の性別、そしてまたその人の障害、その人自身が同性愛者であるか否か、そういったことすべてがその個人をつくり上げています。そして、私が思うに、その人の1つの属性、1つの側面だけを取り上げてほかを切り捨てるというのは理解しがたいものがあります。年齢というのも、性別というのも、見た目というのも、人種というのも、全部同じようにしてその人を構成している要素です。ですから、中核となっていく差別の概念ということで性だの、人種だのということとか、あとは、重要性がより低いとされているものの整理の仕方に私は反対いたします。

第3点ですけれども、昨日のミーティングでも出ましたが、差別法で国の方針や政策が裏にないものはあり得ません。法のもとで、差別に基づいた解雇というのは、これは無効とすると幾ら法律で決めましても、国のレベルにおいて、国として一体何をしたいのかということが方針として定められていなければ無意味です。

【リーバーウィッツ】 私のほうから少しつけ加えたい点があります。お二方の話を聞いていて思っていたのですけれども、中窪先生が挙げられました、私たちが今までに通ってきた道に関係してきます。幾つか、ちょっと相矛盾するかと思われるかもしれませんが、申し上げたいのが、まず、差別法ということを考えるときには、実は、基本的な人権、そしてまた、普遍的な人権について私たちは考えています。教会とか、私たちが何であるのか、そういうことを超越して共通するものです。例えば、フランスの場合ですと、基本的な人権というのは人間性ということに結びつけられています。どうすれば差別なしに人間性が認められるのかという非常に普遍的な概念が出てきています。人であるということ、人間であるということに基づいています。と同時に、政策の法制度を整えて、そしてまたそれを導入するに伴いまして、差別ということにつきましては、その特定な歴史的なコンテクストの中でとらえていく必要があるかと思います。歴史的な背景、そしてまたその国に応じての固有の状況をとらえていく必要があるのではないでしょうか。

例えば、性別に基づいての差別、そしてまた人種に基づいての差別は共通するものは多々ありますけれども、国ごとに歴史が違います。そして、その国の長い時代におきましても、そういった差異は出てきています。そういった差別ということについて考えていきますと、恐怖というのが障害者に対してあるのではないか、障害者差別ということについて考えていきますと、障害そのものを非常に深いところで恐れているのではないか、だから、その人たちの存在自体を自分たちからは打ち消したい、他者の排除そのものであるということと性差別とはかなり違うのではないでしょうか。かなりの男性は女性を恐れているのだと思いますが、理由は違うと思います。

何と言うのでしょうか、自分たちの持っていた力、それが奪われるのではないか、自分たちの場所が奪われるのではないかということがあると思いますが、どうすればもっと普遍的な人間性を認めていきながらも、歴史はそれぞれに違うのだということをきちんと把握することができるのかということです。

あと、今、ロキエク先生のお話から思い出せられたのですけれども、「インターセクション的な差別」というふうに私たちは呼んでいますが、黒人の女性となってくると、アメリカでしたら、特定の差別のもとにさらされます。白人の女性とは状況が違います。年をとった女性と年をとった男性では扱いが違います。これはまだ議論の火種となっています。原告が、こういった「インターセクション」と呼ばれているようなことを出すことができるのか、要するに、年齢だ、性別だ、人種だということをきれいに分けられない、全部が混合しているような場合です。

【中窪】 どうもありがとうございました。大変深く、広い議論になったかと思います。それでは、私のほうからもうちょっと今度はspecificな点になってしまいますけれども、日本でも均等法改正のときに、いわゆる、間接差別を導入するかどうか、あるいはどういうふうにするかということが非常に大きな議論になり、そこで3つのケースに限定した形で入れるという妥協的な解決になっているわけです。これはもともとアメリカのDisparate Impactというところから始まって、これがヨーロッパに行って非常に普遍化した歴史があるわけです。

ただ、きのうの議論なども聞いていますと、アメリカでimpact theory というのは、必ずしも十分に活用されていなくて、十分な機能を発揮していない面があるということを聞きました。それから、それとの関連で言いますと、特にパートタイマーに実際、女性が多いわけですが、そのパートタイマーへの待遇を、女性に対しての間接差別とするのかどうかということに関しては、アメリカではそういう議論というのはほとんどないということに特徴があるわけですが、そのあたりがヨーロッパでは、もう一方で、パートタイムに対する差別の禁止というものがあり、それと同時に、この間接差別という概念も導入され、そのあたりの関係といいますか、あるいは、間接差別という法理が実際にどの程度活用され、あるいは機能しているかということについて、これはイギリスが大変活発な適用をしているということは聞きますが、フランス、ドイツで、この間接差別に基づいて、女性、あるいはパートタイムに対する間接差別法理の適用がどの程度実際に機能しているかというあたりについて、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。どちらの順番でも構いませんが、それではドイツのほうからお願いいたします。

【ヴァース】 間接差別ということでしたら、この広範な適用は、やはり、パートタイマーの場合に見られているのではないかと思います。これは、フランス、ドイツ、そしてまたヨーロッパ一般について言えるかと思います。そういったことが興味の対象となっていますが、それに加えまして、間接差別、そしてこういった制度を確立する、間接差別という概念そのものをつくっていくというのは、まだ現在も進行中の過程です。欧州裁判所が、そもそも、ヨーロッパのためにこの概念を発明しました。そして、欧州裁判所が雇用の中の差別すべてについて発言を続けていますけれども、段階的にステップ・バイ・ステップで、この裁判所が各国の裁判所から上げられてきた疑問点に対して答えていき、それを通じまして、こういった法制度の整備が続けられています。そして今、どの方向に進むのか、具体的な未来が予測不可能になっています。欧州裁判所がアメリカの例にならうことは幾らでも考えられ、それも大いにあり得ますし、全く違うものを発明することもあり得ます。だれもそれについては断言できないのが今の状況だと思います。

そして、間接差別が浸透し得る領域としまして、私の話にもありましたけれども、勤続年数、在職年数に関連してということが考えられます。これは年齢とも相関関係が明らかにありますので、欧州裁判所のほうからヨーロッパ人に対し、2年後とか、もっと後になって雇用の決定について在職年数に応じてやっていくと、若い人に対しての差別は間接的な差別だというふうに言うことになるかもしれません。それも可能性としてあり得るかと思います。そして、ほかの可能な方向性としましては、もしも雇用者がnative speakerを求めるという人事募集広告を出したら、間接的に特定の人種グループに対しての差別になるかもしれません。これも間接的な差別とされるかもしれませんが、これもちょっと今の段階では何とも判断しがたいところがあります。

そして、ご質問の中で指摘されました明確な禁止として、パートタイマーに対する禁止をしてはならないという点ですが、このような禁止は、またまたヨーロッパ法、欧州法から出てきています。そして、これはリトアニアに至るところまで、西ヨーロッパから徹底しているものです。そしてこれでさらに価値が高められていまして、パートタイマーを異なった扱いをしてしまいますと、これは性別とは全く別の問題として禁止されています。そうなってきますと、男性の労働者ということの問題ではなくて、パートタイマーに対して不利な条件を与えてはならないということがプラスαの価値かと思います。

【ロキエク】 ドイツに当てはまるものはフランスにもやはり当てはまるわけですけれども、間接差別というのは、そもそも欧州裁判所が出てきているということは、先ほどヴァース先生もおっしゃいました。ヨーロッパの国としてこれは共通しているわけですが、フランスの裁判所は、間接差別ということにつきましては非常に乗り気ではないということがわかっています。後ろ向きです。何年もかかりましてフランスの裁判所は間接的差別を適用させることにしました。毎度、差別はないじゃないかと言い張っていたのですが、ここ四、五年になってようやくフランスの裁判所がこういった間接的差別を認めるようになりました。

なぜ乗り気ではないかと言えば、確立するのが難し過ぎるということです。メカニズムとしてこれは余りにも扱いが難しい。そして、そもそも、この差別の概念について欧州裁判所のほうでの定義が簡略に過ぎるからできないということです。そして、もう1つ、当然ですけれども、雇用主、雇い主は間接差別に対しましては非常に気が進まないわけです。そして、彼らが言うには、フランスの裁判所が行き過ぎてしまって間接差別のほうにシフトしてしまったならば、すべての雇い主の決断を正当化しなければいけないということになりかねないと言っています。そうなると、雇い主は、理由をつけないで何も決めることができなくなってくる。間接差別というのは、正当化をすることができれば、それで左右できますので。もう1つの問題は間接差別の正当化ということにつきましても、また非常に難しいことがあるわけです。欧州裁判所におきましては、この場合の正当化をどうするべきか、ということについて、ちょっと難しい問題が残っています。

【リーバーウィッツ】 ちょっと1つだけつけ加えてよろしいでしょうか。この正当化、そして間接差別の理論の発展なのですけれども、ポジティブな側面、すなわち恩恵をもたらす側面を、もしもこういった間接差別がなくせたらどうなるのかと考えていきますと、間接差別がなければ、そして、Disparate Impactという、このインパクトがなければ、そうしたら本当に能力主義になるのではないかということが期待されます。偽りの能力主義ではないような、そういったことになるのではないか。雇い主はいつも最高の労働者が欲しいと言っているけれども、その中で適用しているのが正当化できない仮定や仮説に基づいたことばかりで決めているのだったら、本当に最高のベストの人材を確保できているかどうか、不確かではないかと思います。

そして、間接差別の概念が、実は労働力をさらに改善できるということの例なんですけれども、消防士さんの話に戻ります。アメリカでは、女性がニューヨーク市に対して裁判を起こしたことがありました。これは、消防士希望の候補者と、そして、その中で求められていた要件に関係したものだったのです。その中で、志望者が体力検査でやらなければいけなかったのは、ダミーの人体模型を肩に乗せて、焼け落ちようとしている建物から人を脱出させるようなつもりでやらなければいけなかったのです。ただし、体の力の上半身における力に違いがありますので、女性のほうが失格する場合があったのです。けれども、仕事のために必要な条件であったということが出てきたときには、それが実は、人を救出するのにまずいのではないかということにだれかが気づいたのです。そういうふうに肩の上に乗せて担いで出してしまいますと、相手は結局煙を吸ってしまって死んでしまう。だから、床を引きずっていくほうが実は脱出して生き延びる可能性が高いことがわかったのです。肩の上ですと煙を吸い込んでしまいます。だから、みんな上半身の力が必要なのだという仮定は、実は間違っていて、労働力の質を悪くしていました。

ですから、逆に言えば、この裁判が起こされたことによって、職務が何であるのか、必要な職能が何であるのか、その中での必要な条件は何であるのか、それをもう一度洗い出すことになりました。それによって不法な差別、正当化できない差別、それをなくしたということだけではなく、私たちが候補者の中で、本当の能力に基づいていくことができるわけです。

【ヴァース】 まさにおっしゃるとおりだと思います。もう1つ、つけ加えさせていただきますと、年齢に基づいての差別を禁止する条項、それに対する抵抗があるわけですが、今、ご指摘にありましたように、基本的にこれが正当化できないわけです。どんな雇い主でも正気だったら、年齢に基づいて差をつけることはおかしいのではないかということに気づくはずだと思います。相手が何歳であろうとも、その人が有能かどうか、組織にとって有能な人か、そして貢献してくれるかということを考えてくれると思います。そして、これは指令の文言でも、またドイツ法の法文の中でも反映されています。その中では、雇い主は、雇用に関して、年齢についての検討は、あくまでも相当の比重と、そしてまた、この仕事をしていく中での合理的な事由が必要になっています。

あと、昨日のお話の中に出てきたおもしろい点があったと思います。裁判所のほうからは、何が合理的であるのか、もしくはそうでないのか、プロポーションがとれている、すなわち過度に不公平であるか、否かということについて指摘してくれます。そうなってきますと、議論を重ねていくことが必要不可欠になってきますし、これが最終的に個別の経営者、雇い主にとっての利益にもつながるかと思います。そして、いつものことですけれども、雇用法にありますように、雇用法そのものがかなりの一般的な条項を駆使しなければできないわけですので、私たちは、解釈する力を裁判所に対して与え、裁判所のほうからその解釈の結果を伝えるわけです。ヨーロッパにおきましては、欧州裁判所がそもそも出してきましたけれども、あそこが間違っていると言うつもりはありませんが、裁判所がいつも懸念の対象となっていることについて熟知しているかというと、またちょっと別問題かと思います。各国レベルからルクセンブルグに挙げられたものについて、本当に皆さん、事情をよくご存じなのかどうかというのは、やはり疑問が残るところです。そうなってくると、差別をしないという概念を拡張していくというとき、余りにも裁判所に大きな力を与えかねないということは、一般論として書かれている条項について解釈をするのはあちらですので、やはり意識しておく必要があるのではないでしょうか。

【中窪】 どうもありがとうございました。間接差別というのは、一方で事由がそれだけ増えるだけいろいろなインパクトがあり得ますので大変複雑な問題、すべてについて正当化しなければいけないのかという大変煩雑な問題が生じるというのは確かですが、他方で、それによって使用者自身も気がつかない不合理なバリアがあるということを乗り越える、そういうポジティブな面もあるわけですから、ここはやはり、両方を見ながら議論しなければいけないということに気づかされたというふうに思います。

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