パネルディスカッション

パネリスト
藤澤 優
株式会社デンソー 人事企画部 担当係長
石川 勤
石川樹脂工業株式会社 専務取締役
上野 修吾
株式会社ボナファイド 代表取締役社長
宿谷 慶
高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 公共職業訓練部 調査役
コメンテーター
大嶋 寧子
リクルートワークス研究所 研究センター第1研究グループ長・主任研究員
コーディネーター
藤本 真
労働政策研究・研修機構 副統括研究員
フォーラム名
第141回労働政策フォーラム「企業におけるデジタル技術の活用と人材育成」(2025年12月24日-2026年1月8日)

藤本 今回のフォーラムは、デジタル化とそれに関わる人材の問題を考えていくことが趣旨です。デジタル化そのものは1980年代頃からずっと続いているのですが、2020年前後からDXという言葉が現れ、ここ5年ぐらいで小手先のデジタル化ではなく、全般にデジタルを入れましょうという話になってきました。AI化が予想以上のスピードで進んで経営活動や働き方の中にも入ってきており、もう想像もつかないようなインパクトが仕事や経営に生じるのではないかという状況に入ってきています。

研究報告の中で少し話しましたが、デジタルをどういうふうに経営の中に組み入れ、活動をしているかというのは、企業ごとに違いがあります。さらにその活用を支える人材の育成もまた、企業によってさまざまです。今日報告された企業は、デジタル化にかなり熱心に取り組んでいます。そこで、どんな取り組みがなされて、それからどんな課題が生じているのか、また、取り組みを促進させる方策や課題対応に向けたサポートのあり方などについて、高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の宿谷さん、リクルートワークス研究所の大嶋さんにもご参加いただいて、議論していきたいと思います。

3社の報告を聞いて

3社の報告をうかがっていて、「デジタル人材」といっても、その内容は企業によってさまざまで、似ているところもあれば、違うところもあるなと思いました。最初に、私のほうから3社に対して質問を投げかける形で深掘りしていきたいと思います。

まず、石川樹脂工業の石川さんにお聞きします。お話の中で、スモールスタートが大事だとおっしゃっていましたが、スタートした後、広げていく段階ではどのような取り組みをなされたのでしょうか。

まず、「新しモノ好き」を捕まえる

石川 いつもやっているのはまず、10人ぐらいのうち1人ぐらいは「新しモノ好き」がいると思って、その1人をちゃんと捕まえて、「一緒にやろう」と声をかけていくことです。Slack導入時もそうですし、EC事業の時は「どういう人が向いているか」と、「新しく何かを取り組むことに前向きな人」ということを軸にしました。

ポイントとして大事になるのは、日本だからというところもあるのですが、積極的に取り組む人を過半数までどうもっていくか。周りの状況が目に見えて変わっていくと、「やらなきゃ」みたいな雰囲気になる。

Slack導入の場合では、経営者からの電話、メールがゼロになり、「Slackでどうやらやってるらしいぞ」という状況がつくられ、「あ、われわれもやらなきゃな」となる。目に見えた会社の変化、組織の変化をどうやってつくるか。

かたや、結構難しい論点としてあるのが、10人いたら1人か2人はどうしても変えたくないという人がいるかもしれないということ。もちろん1人も取り残さないという論点は大事ですが、かたくなな人を変えるのはとても労力が要る。ですので、そこに積極的に労力を割くのではなく、次の新しいことを「新しモノ好き」の人にやってもらって切り替えていき、次に過半数をどうやって取るかみたいな戦略をとっています。

スキルのほか、担当する従業員の資質も見極める

藤本 特に規模の小さな企業ではとても重要だと思いました。もう1つ、報告を聞いてお聞きしたいと思ったのは、広げるにあたって必要となるスキルや知識についてです。それらは、立ち上げからのプロセスのなかで、外部の方などと相談しながら明確にしていくというイメージでしょうか。

石川 そうですね。EC事業やSlackでは、自分自身が外部の人とやりとりしながら、どういうスキルが必要なのかを見つけてきました。ロボットに関しては、立ち上げ時から外部の人たちの話を積極的に聞いて、扱うのにどういうスキルが必要かということのほかに、ロボットにはどういう人が向いているのかといった資質面もしっかりヒアリングしました。どういう人をアサインしたらいいかみたいなことを具体的に相談して決めていくことは、結構大事だと思っており、そこは外部のプロフェッショナルな人が必要だと思っています。

レベル感があったほうが進めやすい

藤本 デンソーの藤澤さんにおうかがいします。報告では、認定する「デジタル人財」を段階別に分けているところが特徴的だと思ったのですが、デジタル人財として認定することの狙いや意義について、会社としてはどう考えているのですか。

藤澤 エキスパートではない方々にも日常業務でデジタルツールを使ってほしいという思いは、かねてからありました。ただ、いきなり、「ではデジタルにやりましょう」と言っても、これまでデジタルになじみのなかった人にはイメージが湧きにくいですし、ある程度きちんとしたレベル感を設定しないと進みにくい。そういった点からも、認定制度のレベル感が設定されていることは意義があったと思います。

もう1つポイントがあるとすれば、やはり勉強して終わりではなく、認定をしたということも重要だと思います。目に見えることが非常に重要です。誰がどのレベルでできるのかがわからないと、上司も業務のアサインがしづらいですし、本人としても、そのほうがモチベーションが上がりやすい。

藤本 デジタル人財認定制度の対象は、「デジタル入門人財」「デジタル活用人財」「人材開発人財」と3段階ありますが、スタート時点では、自分がどの人材なのかという自己申告の仕組みはあるのですか。

藤澤 たとえその人がエキスパートだとしても、デジタル人財認定アプリでのテストを受けてもらう運用になっています。その際に、自己申告というよりは、きちんと知識があるかどうかの確認を挟んでいます。

それなりの証明があるので、従業員もしっかり準備をする必要があります。ちなみに以前はキャリアデザインの際に自身のデジタルツールの活用度を申告してもらう運用でしたが、やはり「あまり正確じゃないよね」という議論もあり、認定のようにきちんと証明をするような仕掛けがあることで、その妥当性がより担保されると考えています。

認定の段階と処遇のリンクについては検討中

藤本 もう1つおうかがいしたいのは、認定の段階と処遇との関係についてです。「デジタル入門人財」「デジタル活用人財」「人材開発人財」などのグレードの違いは処遇に反映されるのでしょうか。

藤澤 処遇との連動という議論は当然あります。特にAI等でより高度な技術になってくると、当然、行うプロジェクトもそれなりに大きいものになります。ですので、デジタルスキルや経験に応じてきちんと処遇をしていかないといけないというような議論は出てはいます。

藤本 デジタル人財に関するグレードは、社内のいわゆる職能資格とは全く別につくられているということですね。

藤澤 そうです。ただ、ズレや重なりも含めて、整理が必要ではないかという議論はあります。

藤本 例えば、職能資格的には管理職でも、デジタル人財としては入門だったりする人もいるということなんですよね。

藤澤 はい。

変化が数字で表れる前に全体の処遇アップをしてしまう

藤本 この処遇との関連の問題については全社に聞きたいと思っていたところです。石川樹脂工業では、ECを導入したり、デジタル化を進めていくなかで主力事業が変わっていきました。すると、従業員の仕事もおそらく変化していくと思うのですが、処遇はそれに連動するような仕組みを作られたのですか。あるいは、もともとの仕組みが仕事の変化などをきちんと反映できるような仕組みだったのですか。

石川 答えになっていないかもしれませんが、そもそも当社は評価制度がしっかりなかったところもあり、そういう意味では処遇についてはあまり変えていません。

労働生産性が上がれば当然、営業利益や粗利益などはどんどん増えていきますが、変化の少し前、会社の経営の数字として表れる前に全社員の給与を上げています。「会社が変わると自分たちの待遇は良くなる。でも1人のおかげではなく、みんなのおかげです」みたいな雰囲気にして、全社的な給与と待遇の底上げをする。

われわれはやはりモノづくり企業で、モノを作ってお客さまに届けてという1連の比較的長いサプライチェーンになっており、全社員的にやらないといけないことが多い。ですので、1人のスーパースターの待遇だけを上げるよりも、一人ひとりがリードして、「みんながやってくれたからだ」という考えの下での評価制度にしています。ただ、課題はあるので、議論はしています。

裏を返すと、フォロワーの人たちも積極的に参加してくださいねっていうメッセージでもあったりする。

商品の提供だけでなく、デジタル化の提案も

藤本 ボナファイドの上野さんにおうかがいします。DX推進の目的で「お客様のオフィスづくりだけのパートナーから、お客様のDXを推進できる企業を目指す」と掲げていますが、事業におけるDXとしてはどのようなことを行っているのですか。

上野 今DX化を目指していると言ったほうがいいのかもしれません。これまで当社は、どうしてもお客さまのご要望に対してそのまま商品を選定させていただいて、提供させていただくことがほとんどでした。そういったモノ売りのサービスから、お客さまにもっと寄り添っていくことを目指しています。

例えば、パソコンを販売するだけでなく、その利用に関わってくるセキュリティや、クラウドサービスの仕組みなどたくさんのものを当社では取り扱っていますので、お客さまの「働く」ということをさまざまな部分でより快適なものにできるものを探し、提案をしていきたいと考えています。DX事業の拡大の指標として、そういった部分の売上構成比を高めていこうとしています。

スーパーセールスの知見の伝承に活用したい

藤本 ご報告の中で、人材育成の重要性について指摘され、ITスキル、データ活用、セキュリティ知識が必須だとおっしゃっていましたが、そういう知見に達したのは、上野さんご自身の経験からですか、それとも研修受講などがきっかけですか。

上野 自身の経験が基になっていると思います。まずITスキルは、われわれの商売では必須となる基礎だと思っています。これがないと、お客さまとの会話が成り立ちません。

データ活用は、当社は創業60年、会社には膨大なデータがあるにもかかわらず、それをお客さまサービスへ活用できていないと思っています。また、当社にもスーパーセールスというお客さまから信頼され、成績の良い営業マンがいます。しかし、その知見やノウハウがなかなか若い人材に伝達していかないという部分が課題としてあります。そういった知識や知見をデータにして活用できれば、お客さまへのより良いサービス提供につなげることができる。そもそもデータをさまざまな角度から見られる人材が増えれば増えた分だけ、会社として強くなっていくと考えています。

セキュリティに関しては、昨今、巷を騒がすニュースが飛び交っていますが、ITに関連する提案をお客さまへするためには、こういった知識を備えることも必須です。

取得を目指す資格は本人との話し合いで設定

藤本 ITスキルの資格取得についてですが、取得すべき資格を会社が設定しているのですか。

上野 基本的には推奨する資格は設定していません。個人個人でどういった資格を取りたいか、毎年話しながら、目標設定シートを作っています。資格によって難易度が違いますから、経営陣で協議をしたうえで、どういう補償をするかも考えて仕組みを作っています。

藤本 また、個人ごとに学習計画を設定するとのことでしたが、これはデジタルやITスキルなどに限ったものなのですか。

上野 こちらも自由に設定していいよという形になっています。個人個人によって、目標やレベルも変わってきます。私どもの仕事に直結するようなものであれば、学習対象に制限はなく、何に取り組みたいかということを自分の意志で決められるようにしています。

藤本 先ほど出てきた話題ですが、ボナファイドでは、どうしてもデジタルがなじまないとか、苦手だという社員はどのように巻き込んでいますか。

上野 当社にもそういった社員はいます。どちらかというと、定年間近や定年後再雇用の方たちに多いのですが、そういった社員には他の課題を与えています。その人たちが持っているノウハウをどうやって若手に伝えていくか、そういったことを中心にやってもらっています。

藤本 デジタル関連のスキルや資格を身に付けたことなどを処遇に反映する仕組みはありますか。

上野 今まさにそれを構築中です。

中小企業が抱える課題は共通していると実感

藤本 JEEDの宿谷さんには、ふだん企業の取り組みを支援されている立場から、各企業の報告とこれまでのやりとりを聞いて感じられたことをお話しいただければと思います。

宿谷 非常に刺激的で興味深く聞かせていただきました。特に2025年前半までに作業の効率化はもう終わったという石川さんのご説明には、とても衝撃を受けました。というのも、私どもが支援しているのはほとんどが中小企業です。中小企業では共通項があり、それは今お話が出た基礎的なITリテラシーの底上げで、われわれがやっている職業訓練の中でも最もニーズが高い領域になっています。

やはりAI時代であっても、基本操作であるとか、データの整理、情報セキュリティの理解は不可欠です。これらが各社の課題にあがっており、皆さんの報告を聞いていても共通項が多いなと実感しました。

経営課題先行という共通点

藤本 大嶋さんからも、企業の取り組みからお感じになったことや、質問してみたいことがありましたら、どうぞお話しいただければと思います。

大嶋 3社で共通しているのは、デジタル人材育成ありきではなく、経営課題が先に来ていることです。

デジタル人材育成は「手段の手段」です。最初に来るのはやはり個々の企業にとって切実な経営課題の解決であって、そのために最も可能性が高い手段として今ならAIやデジタル技術・サービスがあり、それをどう運用するかの手段としてデジタル人材育成がある。

もっと言うと、それらはらせん構造になっていて、最初は小さな経営課題を解決するためにスモールスタートで技術を活用するところから始めて、そのために行われたデジタル人材育成やその成果を通じて、職場でメリットを理解する人材や、小さなプロジェクトを推進できる人材が育成される。さらにそれを通じて新しい経営課題が見出され、次の技術活用やそのための育成につながっていく。これが、デジタル人材育成のプロセスなのではないかと思っています。

だからこそ、経営課題とデジタル人材育成がしっかり結びついていることが非常に重要です。今日、報告された各企業は解決すべき経営課題をしっかりループの最初に入れているからこそ、従業員の側もなぜそれをやらなければならないのかを十分理解して進められていると思いました。

質問なのですが、企業の話を聞いていると、多くが最初の一歩をどう設計するか、非常に腐心されている。デンソーの藤澤さんの報告の中に、社員の方の「デンソーになかったアプローチの方法が良かった」という感想が紹介されていましたが、従来のやり方をガラッと変えて社員に寄りそう、ハードルを下げる必要もあると考えています。

そこでもし可能であれば、企業の皆さんに最初の一歩の設計で気をつけられたことや、意識されたことをうかがいたいと思います。

部署間のつながりが機能せずに最初は失敗

上野 当社は最初の一歩の設計で失敗しました(笑)。実際にDXを推進するための部署を立ち上げたのですが、全体を統括していなかった部分があり、横のつながりがうまく機能しませんでした。なんでこの部署は動いてくれないんだ、この部署は進んでやってくれるのに、みたいなことが実際起こりました。

そこで、翌年あらためて独立した部署を立ち上げ、その部署が全社を統括してマネジメントしていく形に変えたことによって、流れが変わってきました。

藤澤 当社の場合は、技術と技能の会社なので、もともとAIが出てきたころから、この分野に関心のある従業員がおり、さまざまな取り組みが職場ですでに行われていたみたいなことがあります。大事なのは、良い意味で全社主導ではなく職場で勝手に踏み出された一歩を見逃さないということで、こういった取り組みがしやすい環境づくりや事例の取り上げだと思います。

当社ではデジタル活用などがうまくいった事例を紹介する社内エキスポがあって、IT部門が主導で行い、毎年とても盛り上がるのですが、「あそこの部署がこんなことやってるんだ、だったら自分たちの部署もできるかも」「あの部署が困ってたことって、うちが困っていることと同じじゃないか」みたいなイメージで、少しずつ伝播していくというようなことが起きてくる。まさにそういう取り組みを通じて、デジタルの取り組みが広がってきていますし、職場の中での自発的な取り組みにもつながっている印象があります。

石川 とりあえずやるっていうことはとても大事だなと思っています。Slackの例は成功事例ですが、その前にいろいろなCRMツール(顧客情報を一元管理するツール)を入れてみてはやめてみたいなことが実はあります。ただ、考えたほうがいいのは、お金がとてもかかるものはリスクが大きいので、無料のものがあればそれを今日からやってみるみたいなことが大事なのかなと思っています。

もちろん失敗することもたくさんありますが、その時は、なんで失敗したのかきちんと反省をして、じゃあ次にもう一回やるっていう、バネみたいな力が必要なのかなと思っています。

デジタル人材の育成・確保にあたって課題とは

藤本 次のトピックは、デジタル人材の育成・確保の課題、あるいはその前提になるような経営におけるデジタル化推進にあたっての課題は何かということです。これは宿谷さんが実際に支援している立場にいらっしゃいますので、支援の現場からみて、何が課題になってきているのか、課題は以前から変わらないのか、あるいはAIの登場とともに変わりつつあるのかなど、おうかがいできればと思います。

約10年間、中小企業が抱える根本的な課題は変わっていない

宿谷 私どもに相談に来る企業は、何らかの課題を持っているからこそ来ているわけで、デジタル化について興味がないということはほとんどないと思います。何が課題になっているのか、ここ数年で変化があるのかというと、「生産性向上支援訓練」は約10年行っているのですが、企業が抱える根本的な課題は実はあまり変わっていません。

やはり多いのが、何から手を付けたらいいのかわからないという相談です。ほかには、社内で教える人がいないなど。先ほどの上野さんのお話にもありましたが、専門部署を立ち上げたが、それ以外の部署からの理解が得られないといった悩みも結構多い。そもそもデジタル化の必要性の共有がなかなか社内でできないので、社員の意識改革もなかなか進まない。

外部に委託して行っても、現場の定着がなかなかできないので、やはり人材を自前で育てたいというのは各社共通の思いです。現にそういうことによって企業の生産性向上、業務改善のスピードが上がるといったメリットがみられますので、私どもとしては、現場を知る人材がデジタルを理解することの価値が非常に大きいと考えて、日々支援を行っています。

藤本 何から手を付けていいのかわからないというのは、人材育成に関してなのか、あるいはデジタル化そのものに関してわからないということなのでしょうか。

宿谷 両方あると思います。人材育成は、デジタル化以前から各社共通の課題だと思いますので、そこは取り組んでいると思いますが、デジタル化というキーワードが出てきたんだけど、どこから手を付けたらいいのかわからないという相談は多いですね。

藤本 こうしたところから手を付けましょうというようなアドバイスになるのですか。

宿谷 その前にそもそも何が課題なのかをあぶり出す。可視化するということですね。「何かいいデジタル化のツールはないの」と、いきなりそういうお話をされる方もいますが、ツールの前に、目の前にある課題をまず可視化する。

それに対応するものがデジタルであればデジタルでしょうし、社内のコミュニケーション不足が実は課題だということも多々あります。

まずは無料ツールで実感することを勧める

藤本 可視化したあとに特にデジタル関連で出てくる経営課題としては、やはり生産性向上や効率化、省力化などといった話が多いのでしょうか。

宿谷 先ほど、コストがかかるのに失敗してしまうリスクのお話がありましたが、われわれも可視化した後に、課題解決に向けて例えば無料ツールを使ってやってみたらどうですかというお話をさせていただく場合もあります。無料ツールを使ってみて、その効率化を実感して、その後に「ではもう少し有料でやってみようか」というような段階を踏むことができれば、そんなに失敗も恐れなくてもいいのかなと考えています。

藤本 今の宿谷さんのお話を聞いていると、相手によって段階があって、コンサルティングして、どういうツールが最適かを詰めたところで、「まずはこれでやってごらん」という感じで進むというイメージなのですが。

宿谷 私どもで提供している人材育成支援は、短期間の訓練の積み重ねになっており、どんどんステップアップしていくというイメージです。現場で使ってみて、またそこで課題が出てくることも多いのですが、それを繰り返すことで業務改善を行っていくケースが多い。すぐにというよりは、歩みを止めないようにしていく感じです。

藤本 では、1年を超えるというような、わりと長丁場でサポートすることもあるのですか。

宿谷 そういったケースはたくさんあります。9年前からずっと継続してご利用いただいている企業も結構あります。完全に人材育成のツールとしてわれわれの研修、訓練を取り入れている企業さんも多いです。

人材育成支援では伴走型支援が高評価

藤本 各企業で、デジタル化やデジタル化に関わる人材育成で実際使われた研修やセミナー、あるいは実践したことで、これは良かった、効果があったというものがありましたら教えてほしいのですが。

上野 私自身が参加した東京都DXリスキリング支援事業について言えば、伴走型の支援で、目的別の学習計画の立案、チューターが進捗を把握しながら、実務への生かし方なども見てくれるところが非常に良かったと思っています。

先ほど、私が最初の設計という質問をいただいた際に、失敗したという話をしましたが、そこから成功に導けたのは講師の方のおかげです。当初立ち上げた組織の担当者は、それまで担っていた通常の業務と兼務をしていました。それに対して、どうしても何かを進めたいなら兼務では進みませんよというようなことをおっしゃっていました。そういったアドバイスもあって、推進する組織を独立して専門化することで結果的に一気に進んでいったという面があります。

藤本 デジタル化においては、単発でこういうセミナーがありますといった情報提供だけでなく、その会社の事業の状況を見ながらアドバイスしてくれるというのが相当助かるという感想ですか。

上野 社員が資格を取得するだけでなく、勉強したことをどうやって実務に落とし込んでいくか、活用していくかというところが鍵なのかなと思っています。ある部署で業務に関係するだろうという資格を取得したのですが、「これ実務に生かせないよね」みたいな議論が今実際に起きていたりします。

認定制度はグループ企業への拡大の可能性も

藤本 デンソーでは、おそらく教材なども自前でつくれると思いますし、「デジタル越境チャレンジ制度」は実際に課題解決を社内で行っているものですが、自前のツールや仕組みで社外やグループ会社にも展開しているものはありますか。また、外部の教育機関や訓練機関で活用しているものがあれば教えてください。

藤澤 基本的には何か特別このサービスを使っているみたいなことはないです。ただ、例えばスプレッドシート(オンライン上で編集できる表計算ソフト)などの全社で使えるツールをもとにして教材をつくるなど、「ふだんみんなはこれを使う」という点に徹底してフォーカスして何かコンテンツをつくっていくという社内の文化はとても良いなと思っています。

デジタルツールは基本的には企業固有ではなく、一般値でなんとかなるものなので、一度形ができてしまえばおそらくグループ内でも横展開できるであろうという見込みがあります。

藤本 貴社のシステムを開発している会社などと協力して、デジタル関連のセミナーや研修を実施するということはありますか。

藤澤 業務アプリケーションを提供いただいている会社の教育コンテンツをそのまま使わせていただくことはあります。ただ、われわれ1社だけの事例では少し心もとないので、複数の会社に業務アプリケーションを提供している会社であれば、他の会社ではこんな事例があるというような話をすることも当然あるかなと思います。

中小企業への金銭的な支援はとてもありがたい

藤本 石川さんは報告のなかで、補助金などを活用しているとお話しされていましたが、それはデジタル化に関連した事業のブラッシュアップのための補助金ですか。

石川 中小企業がツールや機械を導入する時には、中小企業においてはリスクをそこまで許容できないことが多いので、金銭的な支援はめちゃくちゃありがたいと思っています。

デジタル人材の育成の中で一番良かったなと思っているのは、宿屋さんや上野さんの答えと重なるところなのですが、課題を設定したうえでのそこに対する外部の伴走型の支援だったことです。

例えばAmazonで販売を増やすため、デジタル広告のデジタルマーケティングの知識やスキルが必要だとなった時に、少ない予算の場合は、外部が支援をフルハンズオンでやってくれることはまずありません。しかし伴走型でコンサルタントなどについてもらって、社内の人材を育成するという構図になると、自ずと社内での知識・経験、スキルが積み上がっていくので、人材がデジタル人材としてどんどん成長していく。

かたや難しいと思っているのが、課題が曖昧で、例えばプログラミングの知識を付けましょうみたいな教育プログラムを走らせること。結局、受講後の実務がないので、勉強のための勉強みたいなことになる。プログラミングだったら、例えば僕の領域でいくと、FAXがいっぱい来るので、FAXをSlackに通知させて、FAXの内容をOCRさせて、内容を生成AIに読み込ませて分析し、ちょっとサマリーを書いてSlackに書きましょうというぐらいに課題が明確であることを前提に受ければ、多視野の知識もついていくし、意識もどんどんついていく。知識のための知識とか教育のための教育ではなく、やはり課題に対して伴走での支援がとても大事だと思っています。

藤本 とてもわかりやすい伴走の例を出していただきました。そこで思ったのですが、宿谷さん、伴走してくれるスタッフというのは確保できるものなのでしょうか。

宿谷 よく聞かれる話ですが、AIやITに詳しい者ばかりではありません。ただ、民間で培ってきた経験をお持ちの方がやっているので、だいたい企業の課題についての目端が利きます。

研修は何のためにやるかを明確にして行うことが大事

藤本 大嶋さん、支援に関するこれまでのやりとりを聞いて、いかがですか。

大嶋 中小企業の経営者の方々からは、定型的な集合研修や1割でも事業に関係ない内容が入っているものは非効率であり、なかなか受けさせられないとの声を聞くことがあります。企業への支援については、個々の企業のニーズにどこまで寄り添えるかが重要だと考えます。

これに関しJEEDの「生産性向上支援訓練」が優れていると思うのは、企業側のニーズに寄り添い、経営課題を見つけるところから始まる点です。デジタル人材の手前にある経営課題をいかに多くの企業に的確に見つけてもらうのか、そこから技術活用や人材育成へのループを回していくかが鍵だと考えると、やはり入り口として個別企業のニーズや課題に寄り添う支援を手厚くしていくことが、重要だと感じます。

AIの経営への実装と今後の人材確保・育成

藤本 次の論点に移ります。AIの活用が進むなかで、人間ができることは何なのかといった検討をしなければならないと思います。AI活用のハードルが低くなり、さらに広がっていくなかで、AIのさらなる経営への実装と今後の人材確保・人材育成における課題についておうかがいしたいと思います。石川さん、いかがでしょうか。

企業経営は思った以上に複雑

石川 「究極的に何がAIにできないのか」について考え続けています。「企業経営はAIがやったほうがいいのではないか」といった意見もあると思います。私が違うなと思っているのは、会社経営というのは、思ったよりも複雑であるということです。たしかにAIに世の中のすべての情報を学習させることができたら、人間よりも正しい意思決定ができる可能性は高まっていくと思います。

ただ、例えば一人ひとりが持つ趣味や嗜好、愛着、スキル、想いをAIに学習させることはできません。当社は工場を運営しているので、機械の調子で言えば、データを取れるものと、取れないものがあります。オイルの匂いがちょっと錆びている臭いがするといったものです。経営で言えば、もっと複雑になっていて、AIにはできないところは常に残るだろうと思っています。

その時に大事なのは、AIにどういう情報を学習させて、どういう問いを投げかけて、課題を解決してもらうのかということ。これが20年、30年経ったらどうなるかわからないですが、少なくとも数年は必ず残る領域だと思っています。

自社データと職業情報を活用しAI代替可能性を模索

藤本 藤澤さんのお話の中で、「AIは人間の代わりになり得るのか」という観点から、外部のオープンデータを使ってタスク抽出し、AI代替可能性を模索する取り組みを実施されているとうかがいました。この外部のオープンデータとはいったいどんなデータなのでしょうか。

藤澤 インターネット上には仕事に関する情報がたくさんあります。自社内のデータだけでは偏りがありますし、ある程度抽象化、一般化するうえでは自社にあるデータだと対応できない可能性があるので、そういった情報をきちんと集めて、チューニングし、バランスを取ろうとしています。

藤本 当機構も厚生労働省の日本版O-NET(job tag)という職業情報提供サイトに関わっていますが、ひょっとする活用されているかもしれませんね。また、非常に興味深い点として、AIによる代替可能性の判断は何を基準にされているのでしょうか。

藤澤 これは、外部の専門家のご意見もいただきながら取り組んでいます。AIにできること、できないことについての論文が発表されているので、そういったものをきちんと勉強して、そこで書かれているフォーマットに自社の業務を当て込みながら、代替可能性を判断する取り組みをしようとしています。

生成AIのケイパビリティの進化には非常に目覚ましいものがありますので、自分たちが使用したうえで、社内の事例もふまえながら、代替可能性をしっかりと判断していきます。そのあたりの判断も生成AIにサポートをお願いすると意外とうまくやってくれます。

「人間とは何か」「働くとは何か」について意外と考えてこなかった

藤本 そういったことに取り組まれているうえで、現在、生成AIについて藤澤さんご自身、あるいは貴社で共有されている課題感はありますか。

藤澤 面白い話と真面目な話の2つ、お話しします。面白い話からいくと、やはり「人間とは何か」「働くとは何か」といったことについて、意外と考えてこなかったなという反省があります。実際、今後の人材戦略を考えるうえで「人間とは何か」「働くとは何か」といったことを人事が集まって真剣に考える機会を設けると、「うーん。人間って何だろうか、働くって何だろうか」となかなか答えが出ない状況になってしまいました。

そういった根源的な問いを、今このAIが人間に代わるというフェーズにおいて突き付けられているなと思います。これまでは誰かがロジカルに物事を考えて対処していく方向でしたが、「人間とは何か」といった哲学的な方面も考えていかなければいけないのかなと思いました。

真面目な話で言えば、やはりAIといっても、社内でそれぞれが想い抱いているイメージや理解度が全然違いました。これは、AIの議論をするうえではボトルネックになると思います。それぞれの階層間、部署間において、AIに対する認識の違いがあることで、議論をより複雑にしているし、その前提を整えないまま議論を始めると空中戦になってしまいます。

例えば、「AIが怖い」という人もいれば、「AIは友達」と考える人もいて、なかなか議論がまとまらないということがあるので、AIの技術面に対して正しい理解を持って取り組んでいくことが大事だと思います。これは、社内の課題認識としてあると思います。

属人化されたノウハウの共有を目指す

藤本 生成AIの活用について、上野さんがお考えになっていることはありますか。

上野 生成AIを利用して営業のノウハウの共有を進めていきたいと思っています。スーパーセールスというのは直感的にできてしまう人が多い気がします。その直感的にできる部分を分析し言語化することによってノウハウを蓄積して、ナレッジをみんなで共有していく。それができれば、CSも向上し、売り上げも伸ばしていけるのではないかと考えています。

例えば、セールスのプロセスを5段階に分けた時に、スーパーセールスの場合は1段階から一気に5段階に飛ぶことができます。それは感覚や経験といったセンスなのかもしれません。入社したばかりの社員には、そういったセンスが理解できません。

なぜ1段階目から5段階目に飛ぶことができるのかというところを紐解いていければ、ノウハウもたまり、ある程度の型を作ることによって、新人の教育に生かすこともできるのではないかと思っています。

藤本 藤澤さんと石川さんのお話を聞いていて、少し似ている点があると思いました。石川さんからは、AIが進化することで人間の仕事は判断者になっていくのではないかというお話がありました。仮に判断者になっていくとして、この人たちをどのように育成し、評価をしていけばよいのだろうかと思いました。この点について、社内で考えていることはありますか。

中間管理職の仕事の大半はAIがやれば済む

石川 中間管理職の仕事の大半はAIでよくなるのではないかと考えます。具体的には、部下がまとめた情報を上司が判断しやすいように、資料にして、意思決定のための決裁をもらうという仕事は、あまり要らなくなるだろうと思います。

逆に、中間管理職は「中間経営層」として意思決定をすることが重要になるのではないかと思います。当社では、中間管理者ではなく中間経営層をどうつくっていくのかに注力していこうと思っています。

現在取り組んでいることとして、今回のテーマと真逆になりますが、コミュニケーションスキルを鍛えようとしています。性格診断を活用して、一人ひとり違いがあることをしっかり理解して、傾向と対策を行うというコミュニケーションの手法をアップデートすることや、マネジメントスキルを高めるトレーニングを管理職に対して行っています。意義やモチベーションで人は動くということを理解したうえで、どのように人のパフォーマンスを最大化していくのかといったトレーニングに取り組んでもらっています。

今年は中間管理職を中間経営層にして、経営層と一体となって、経営層が把握できない現場に近い意思決定ができるように、経営力を鍛えようかなと考えています。

藤本 大企業では、長期勤続させることの価値や意味があります。何のために長期勤続をさせているかというと、中間管理職を経験させて、そのなかで有能な人を経営層に抜てきすることだと思います。石川さんのお話を聞いて、中間管理職の経験ではなく、これからは中間経営層として何か意思決定できるセンスが必要であるとなったときに、これまでのキャリア形成のあり方や能力開発のあり方が変わってくるのかなと思いました。

この点について藤澤さんはどのように考えていますか。

AIによって今後の企業組織は「砂時計型」になる

藤澤 これは、会社としての見解ではなく、個人的に考えていることになりますが、外部の専門家と意見交換した時に、「今後、組織は『砂時計型』になるのではないか」と話した人がいて、この指摘は非常に勉強になると思いました。

現在は、階層の上層部に責任者がいる「ピラミッド型」の構造ですが、石川さんもおっしゃっていたように、階層の上層部に責任者がいて、中層部の中間管理職がいなくなり、上層部の責任者の横にガバナンスする人たちがいるような「砂時計型」の組織構造のあり方があるとの考え方で、これは意外と現実的かもしれないと思いました。

ただ、現行の社会システムでいくならば、会社という箱に人間を置く限りは、やはり「責任を取る人」と「人間を鼓舞する人」というのはなくならないのではないかと思います。おそらく、そこにコンピテンシーや必要な能力が集約されてくる可能性がある。

では、どういう人が責任を取れるのか。責任の取り方はいろいろあるのではないかと思います。その人の経験や経歴をふまえて、「この人が言うならば大丈夫だろう」といった属人的な責任の取り方もあれば、ルールに基づいた責任の取り方もあります。

いずれにしてもAIに仕事が取って代わられるとしても、責任を取るという仕事が残るのであれば、AIに負けず劣らず人間は引き続き勉強を続け、AIが出したアウトプットにハンコを押して、何かあれば責任をとるといった働き方というのは何かしら残っていく。

また、人間力も必要だと思います。これまで、トップから落ちてきた情報をもとに、うまく組織メンバーを動かすだけでキャリアを上がってきた人がいたとしたら、そういうのは通用しなくなる。人間的な魅力や人間を鼓舞するリーダーシップといった能力にフォーカスが当たり始めて、そういう方々が活躍していくような社会になっていくのではないかと思います。官僚制ではなく、カリスマみたいなものが求められてくる、そういう世界もあるのかなと思います。

AIに関する支援コースへの需要が前年から2倍以上に

藤本 さて、JEEDの支援についておうかがいします。AIの活用について、支援の需要が少しずつ高まってきているのでしょうか。

宿谷 AIの需要が高くなっているという実感はありましたが、数字でどれぐらい需要が伸びているのかということを調べました。AIを活用したコースをみると、2025年11月末現在の対前年比でみると2.6倍になっていました。これは他のコースにない顕著な伸び方です。

ロボットの導入はコストがかかるし失敗する可能性もありますが、生成AIであればそんなにコストもかからないし、今後かなり使えるといった意見がありますので、中小企業の期待感がうかがえます。

ドイツでも企業規模間のデジタル化の格差がAIで顕著

藤本 先ほどから、企業経営の中にAIを導入したらどうなるのかという話をしていますが、大嶋さんはどのようにお考えですか。

大嶋 ドイツの中小企業向けのデジタル化およびそのための人材育成支援では、欧州で大企業と中小企業のデジタル化の格差がAIに集中していることを示すデータに基づき、同国内の支援拠点で行うデジタル化支援をAI分野に集約させるという動きが生じています。AI活用に関わる企業規模間格差は日本でも生じていると考えられ、この領域の企業支援がこれからさらに重要になってくると思います。

その一方で、先ほど「砂時計型」の経営システムのお話がありましたが、中間管理職の仕事がなくなると仮定した時に、砂時計の下層部分がどうあるべきかが、とても重要になってくるのではないでしょうか。

AIは特別な知識のない人が気軽に使えるものになってきていますが、企業にとって価値ある変革につなげるためには、現場の人が自分の仕事への問題意識を持ち、「何で非効率なのか」「叶えられていないお客様のニーズは何だろうか」と考えることや、それとデジタルの知識を掛け算して、「こうあるべきだ」というビジョンを描けることが前提です。

でも、それは上からの指示だけで動いている組織では実現が難しい。現場の情報を持つ人が、いかに自分の仕事に問題意識を持てるようになるのかが、AIを使って企業が変わっていく時にとても重要になる。これが広い意味でこれからの人材育成の課題になるのではないかと考えています。

これまでのDXの進展とAIの進化をどう捉えるか

藤本 石川さんから、2025年末ぐらいからAIが進化してきたという話がありました。この5年間で政府が進めてきたDXの取り組みとAIの進化の流れについて、最後に、皆さんからご意見をいただきたいと思います。DXとAIの進化の流れは、つながっているのでしょうか。それとも断絶しているのでしょうか。

AIの進化のスピードが圧倒的に加速した

石川 AIの進化のスピードの桁が変わった感覚はありますが、断絶しているとは思わないです。例えば2020年頃までは、プログラミングができる人材が社内にいたほうがいいと考えていました。今はそういった人材は必要なく、生成AIで対応できるので、その点で断絶は起きているかもしれません。AIの進化のスピードが圧倒的に変わったと思います。

最後に私の考えを述べると、これからの経営においては、AIを組み込んだうえで企業運営をしていかないといけないということです。例えば人間が20キロメートルを走る時、オリンピック選手でも2時間かかりますが、車だと30分になります。経営とAIはそういう関係なのかなと思います。

使わないとスピード感が桁違いに変わるので、AIをどう組み込んで経営をしていくかが、2026年の大きなテーマになると思います。ついていけるように、毛嫌いせずに、新しいツールが出たらキャッキャと楽しみながら経営に組み込んでいくことを私の中での大きなテーマとしていきたいと思います。

DXの対象は業務だが、AIは対象に人が絡む

藤澤 論じる対象が違うという印象を持っています。DXの対象は業務です。ただ、昨今のAIの潮流は、その対象が人にまで及んできたという観点で、倫理とか哲学の問題が発生しているのではないかと思います。同じようなことに着目してはいますが、少し対象が違うと思います。

加えて、人材育成のあり方についてコメントをします。これも同様に、仕事のDXをどうするかと考えてきたレベルから、その仕事がAIに置き換わるという流れに変わってきているので、これまでと違う議論をしていかないといけない。それは難しい議論だと思いますが、これからも皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

最後に、今回のテーマをひっくり返してしまうようで恐縮ですが、これからは、人材育成ではなくAIを育てる時代も来るのではないでしょうか。AIが組織の一員であるという世界です。そうなると、人材育成はもとより、AI育成あるいはマネジメントといった考え方にまで及んでくるぐらいのインパクトが、この人材育成とAIの論点にはあると思います。

そうであるならば、倫理的な面、人道的な面やカルチャーの面も含めて、われわれがAIに関して自己理解を高めていかないといけないので、こういった点について準備していけるといいのかなと思います。

中小企業は採用の難しさがあるので、伴走型支援がなおさら重要に

上野 AIがものすごいスピードで進化していて、ついていくことで手一杯ですが、私もAIの活用を難しいことと捉えずに、遊ぶ気持ちでいろいろといじっていきたいと思います。

最後に全体を通じて一言付け加えさせていただくと、中小企業においては知識をすでに持っている方を採用することの難しさがあるので、ゼロから頑張れる人を採用していくしかないと思っています。こういったことをふまえ、ぜひ伴走型支援の仕組みをさらにつくっていただけると非常にありがたいと思います。

AIの発展とともに伴走型支援を展開したい

宿谷 業務の効率化という観点で、AIは非常に有用なツールであることは間違いないですし、今後ますます使われていくと思います。楽しみながら自分で身に付けることが大事だと思います。

JEEDは、誰もが安心して能力を発揮できる環境づくりを支援していく組織ですので、AIの発展とともに、充実したカリキュラムの作成や伴走型支援を展開していきたいと思います。

判断力や人の行うべき仕事を考える力が大事になってくる

大嶋 パネルディスカッションの中で共通していた論点に、AIの活用による、人が行う仕事の変化にいかに対応するかというものがありました。企業だけでなく教育機関においてもこの点への関心が高まっていますが、その際、デジタルの知識を高めるというところに寄り過ぎず、何のデータがなぜ重要になるのかを判断できる力や、人が行うべき仕事は何かと考えられるような力が大事になってくるのではないかと考えます。

藤本 私は、このパネルディスカッションの事前打ち合わせをした時から、大企業に典型的な制度化された人材育成はいらなくなる未来もあり得るのではないかと考えていました。しかし、ディスカッションで皆さんのお話を聞いてみると、大嶋さんからのコメントにあったように、AIやデジタルに目が行くよりも、むしろその前段階にあるコミュニケーション能力といった、昔から変わらない価値観との接地点も逆に増すのではないかと思いました。

パネルディスカッションを通して、この先いろんなことが考えられのではないかと思い、興味深くお話を聞いていました。本日は長時間にわたり、ありがとうございました。

プロフィール

大嶋 寧子(おおしま・やすこ)

リクルートワークス研究所 研究センター第1研究グループ長・主任研究員

東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了(農学)、同大学経済学研究科博士課程在籍。専門は経営学。金融系シンクタンク、外務省経済局等を経て現職。関心領域は仕事以外の人生で役割を持つ人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、創造性を引き出すリーダーシップ等。リクルートワークス研究所「中小企業のリスキリング」研究プロジェクト・「創造性を引き出しあう職場の研究」プロジェクトリーダー。厚生労働省「公的職業訓練の在り方に関する研究会」委員(2023年5月~)、同省「今後の人材開発政策の在り方に関する研究会」(2025年1月~同年7月)委員等。