研究報告 「デジタル人材」の確保と能力開発~日本企業における「デジタル化」との関連~
- 講演者
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- 藤本 真
- 労働政策研究・研修機構 副統括研究員
- フォーラム名
- 第141回労働政策フォーラム「企業におけるデジタル技術の活用と人材育成」(2025年12月24日-2026年1月8日)
- ビジネス・レーバー・トレンド 2026年3月号より転載(2026年2月25日 掲載)
「『デジタル人材』の確保と能力開発」と題し、特に日本企業における能力開発について、デジタル化との関連で話をしたいと思います。実はこのテーマの研究は、2026年度で終結する5年間の中期計画の中で、研究プロジェクトとして実施しており、今日のフォーラムの題となっている「企業におけるデジタル技術の活用と人材育成」には少しこだわりがあります。
この後もお話ししますが、デジタル人材に関しては、今までもいろいろと定義がなされ、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が作成している「IT人材白書」などでも実態把握が積み重ねられてきています。しかし私は、そのなかで少し不満に思っていることがあります。それは、デジタル人材というのは当然、企業の中で活躍することが想定されている人材だと思うのですが、企業における経営活動や企業のデジタル化と関連付けた分析があまり見当たらない点です。
企業における経営活動やデジタル化との結びつきという観点からデジタル人材をみたときに、どんな状況が広がっているのか。あるいは、その状況をふまえて、どんな課題が指摘できるか。こうしたことを考えていくことが必要だと思っているので、今回のテーマにはこだわりを感じています。
Ⅰ.「デジタル人材」と「デジタル化」
1.「デジタル田園都市構想」と2種類の「デジタル人材」
「デジタル人材」は、特にこの10年ぐらいで出てきた言葉です。2、3年前などは見ない日はないぐらいのはやりの言葉だったと思いますし、政策の中でも頻繁に使われていました。現在、政府が進めているデジタル化に向けた施策の中で、1つの柱というか、コアになっている考え方を、2022年6月に閣議決定された「デジタル田園都市構想基本方針」の中にみることができます。この方針では、デジタル人材の育成確保が取り組みの柱とされているのですが、デジタル人材が2種類、提示されています。
1つは、全労働人口はデジタル人材たるべきというような示され方で、読み書き・そろばんのように、デジタルリテラシーというものを確実に身につけることが目標に掲げられています。私はこの後、こういう人材をデジタルリテラシー人材と呼ぼうと思います。もう1つは、いわゆる専門的なデジタル知識や能力を持っていて、企業や地域のさまざまな課題の解決を牽引する人材を、デジタル推進人材と位置づけるとしています。つまり、デジタルリテラシー人材とデジタル推進人材が「デジタル人材」を構成するということになっています。
では、デジタル人材やデジタルリテラシー人材はどこにいるのか。これは経済産業省の政策方針の中で出てくる図です(シート1)。留意いただきたいのは、三角形が2つに分かれている点です。左側がITベンダー等、右側がユーザー企業等という書かれ方をしています。右側は言い換えると、ITベンダーではない会社、つまり非IT企業です。そのなかに、デジタル・DXを推進する人材、つまりデジタル推進人材がいる。
その下に赤枠で囲われている部分があります。これはDXを推進する人材以外のビジネスパーソンで、この人たちは先ほども述べたように、デジタルに関わるリテラシーを持ち、デジタル環境の下で働くことができるという人材(デジタルリテラシー人材)とみなすことができます。DXを推進する人材が、デジタルで就業するための環境や、デジタルで経営を進めていくための環境などを実際に形にする計画を推進していくのに対し、その他のビジネスパーソンはデジタルを活用して貢献していくという位置づけがなされている。両者は、この図で見ればわかるとおり、ユーザー企業にいる人々です。
2.「IT人材」
ではITベンダーのほうにはどんな人がいるのかというと、昔から「IT人材」と呼び習わされてきた人材で、主に、ITが関わる製品やサービスの生産・提供に携わってきた人たちです。先ほども申し上げた情報処理推進機構の「IT人材白書」や、1980年代の後半から経営学・人事管理などの調査研究で実態把握が進められ、その歴史はデジタル人材に比べるとかなり長いです。
ここ数年は、IT人材をさらにタイプ分けして、従来からのシステムやサービスに対する需要に対応するIT人材と、AIやビッグデータ、IoT、第4次産業革命といった新しいビジネスの担い手となる先端的なIT人材に分けて捉える動きがみられます。
3.デジタル化を支える人材の整理
そこで、デジタル人材のタイプについて、少し整理してみました。これは私どもの調査研究プロジェクトの中で、私が行った整理です(シート2)。
おそらく、デジタル技術を「つかう」人材と「つくる」人材に分けることができる。また、「デジタル推進人材」というのは、非IT企業において「つかう」と「つくる」にまたがっている。「つくる」は、非IT企業のシステム、情報通信の基盤、ツールなどをつくる人材で、「つかう」は、企画や経営立案などの領域にいる人々となる。一方、「デジタルリテラシー人材」というのは、先ほどの経済産業省の図の定義に従うと、非IT企業にいて、業務遂行でデジタルのツールやシステムを使っている人々を指す。シート2の図ではFにいる人々です。
「つくる」人材は、IT企業にもいれば、非IT企業にもいる。主にIT企業にいる傾向が日本では強いわけですが、AとBの領域にいる人材です。
今回紹介する分析結果の基となるアンケート調査は、デジタルリテラシー人材、デジタル推進人材、IT人材という3つのタイプの人材を全部ひっくるめて「デジタル人材」というような捉え方ができるのではないだろうかという考えの下で企画しました。
4.企業における「デジタル化」~ふたつの「DX」
今回のもう1つのキーワードは「デジタル化」です。企業の経営におけるデジタル化について、少し注意して、「DX」という言葉にあまり巻き取られないようにしようと考えました。DXは、皆さんご存じのとおり、デジタルトランスフォーメーションと言われますが、もともとは、スウェーデンの情報科学の研究者であるエリック・ストルターマンさんが提唱した「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という意味です。
これ以上のことをストルターマンさんは言っていません。だから、DXが経営に役立つなどということは、原文では全く言っておらず、どちらかと言えば、日本の経済産業省がうまくこのDXという言葉を、企業経営活動に沿う形で定義をしたと考えたほうがいいと思います。
経済産業省のガイドラインに載っている定義は、「企業がデータとデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」です。競争上の優位性を確立するために、いろいろなものを、データとデジタル技術の活用を基盤にして変えていくと定義しています。しかし、この意味でのDXを行っている企業はいったいどのぐらいあるのだろうか、と私は思いました。
また、DXの「X」という言葉は便利な言葉で、Xは「変化」という意味の「トランスフォーメーション」のほかに、「エクスペリエンス」という意味があります。例えば、UXはユーザーエクスペリエンス、CXはカスタマーエクスペリエンスです。DXはデジタルトランスフォーメーションですが、「変化」までは至っていないDXというのはないのだろうか。デジタルエクスペリエンスぐらいの意味のDXが行われている企業も結構多いのではないのだろうかと思いました。
例えば、日常的な業務遂行や管理活動において、デジタルシステムやデジタルツールを使うところまでにとどまっている企業もあるかもしれません。新聞、テレビなどで頻繁に出てくるDXという言葉も、結構、企業当事者のなかで混同されている可能性がある。われわれの調査研究プロジェクトでは、企業における「DX」と一言で言っても、その取り組みは企業によって異なるのではないかと考えました。
2024年に、企業を対象に、デジタル人材の確保と能力開発に関する調査を実施しました(詳しくは当機構の調査シリーズNo.254『「デジタル人材」の能力開発・確保をめぐる企業の取り組みに関する調査』をご覧ください)。調査では、先ほど述べた分類にしたがい、IT企業と非IT企業に分けて調査しました。これからお話しするのは、非IT企業の経営におけるデジタル化の実態、デジタルの実装を支える人材の確保や能力開発の取り組みとの関係になります。
Ⅱ.業務のデジタル化・経営のデジタル化
1.日常的業務遂行におけるデジタル化の実施(業務のデジタル化)
DXには二通りあるのではないかという考えをそのまま調査票に反映をしてみました。デジタル化の実施について二通りで聞き、1つは、日常的業務遂行においてデジタル技術を用いたツールやシステムを活用していますかという聞き方で、全部で10の業務分野に関して活用状況を聞きました。
無回答・該当業務なしを除いた結果をみると、「すでに実施」している割合が高いのは「経理・財務・予算」「人事・労務」「一般事務」です(シート3)。これらの業務はほとんどの企業に存在している業務であると同時に、デジタル技術の活用が進みやすい業務分野でもある。また、「企画・研究・開発・設計・デザイン」では6割近く、「営業・販売」も半数以上が活用している一方、「品質管理」ではさほど進んでいないという状況がわかりました。
業務の数が10もあると少しわかりにくいので、業務を、①事務・管理業務②企業の基幹的業務③QCDの向上に関わる業務──とざっくり3つにまとめてみました。「事務・管理業務」は、経理・財務・予算、人事・労務、一般事務です。「企業の基幹的業務」は、どんな企業でもモノを売ったり、作ったり、サービスを提供するということが収益の柱になっているでしょうから、それらの業務でまとめました。「QCDの向上に関わる業務」は、企業が提供するモノやサービスの、クオリティー(Q、品質)、コスト(C)、デリバリー(D、納期)といったものの向上につながる業務で、企画・研究・開発・設計・デザイン、品質管理、購買・調達・物流、マーケティング・広告・宣伝が該当します。
各業務カテゴリーについてそのなかの1つでも、すでに実施している業務がある割合をみると、「事務・管理業務」がやはり最も高くて75.8%、「企業の基幹的業務」が54.8%、「QCDの向上に関わる業務」が57.3%という状況でした。
今度は、3つのカテゴリーのうち、いくつのカテゴリーで実施しているかを集計してみると、最も多かったのが、3つすべてで実施している企業で約4割です。2つのカテゴリーで実施している、1つのカテゴリーで実施している企業がそれぞれ約2割となっています。
2.デジタル技術を用いた事業の進め方や内容の見直し・改革(経営のデジタル化)
次は、デジタル技術を活用した事業の進め方や内容の見直し、改革を実施しているかどうか聞いてみました。シート4の表をみるとわかるように、日常的業務の遂行におけるデジタルシステムやツールの導入に比べると「すでに実施している」との回答割合がかなり低い。最も実施しているものでも(「社員がより働きやすくなるための環境整備」)、割合は2割を切っています。
つまり、日常的な業務の遂行におけるデジタルシステムやツールの活用に比べると、どの取り組みも実施の割合は低い。そのなかで比較的、実施の回答割合が高かったのは、人事労務管理や、競争激化に対応するための製品/サービスの高付加価値化、顧客ニーズのきめ細かい反映などの取り組みでした。
これも全部で11の選択肢があるので、3つのカテゴリーにまとめてみました。1つめは「製品・サービスの競争力の強化」につながるもの。2つめは、顧客のニーズなどをきめ細かくつかんでいく取り組みで「顧客・市場等との結びつきの強化」と言えるもの。3つめは、人事の見直しや管理体制の見直しなどが該当する「業務執行・事業運営の見直し」です。
それぞれのカテゴリーに当てはまる取り組みのうち1つでも実施していると回答した企業の割合は、「製品・サービスの競争力の強化」が22.2%、「顧客・市場等との結びつきの強化」が25.9%、「業務執行・事業運営の見直し」が28.5%です。
これについても、全部の領域で進めているのか、2つなのか、1つだけなのかをみていくと、結果は、日常的業務分野におけるデジタルシステムやツールの活用と対照的です。こちらのほうは、全部のカテゴリーの取り組みを実施しているという回答が最も少なく約10%です。2つのカテゴリーで実施している企業は13.8%、1つで実施している企業が18.7%。どのカテゴリーでも実施していない企業が57.3%と、6割弱にのぼります。
Ⅲ.デジタル実装と人材確保
1.デジタル実装の相違による企業の分類
今みてきた「業務のデジタル化」の回答結果と、「経営のデジタル化」の回答結果でクロス表を作ってみると(シート5)、やはり経営のデジタル化をより多くのカテゴリーで実施している企業は、業務のデジタル化を3つのカテゴリー全部で実施している回答割合がより高くなります。経営のデジタル化をより広い範囲で実施している企業ほど、業務のデジタル化の範囲もより広いという関係がはっきりと出てきます。
傾向がみえたので、分析対象企業を4つに分けてみました(シート6)。1つめは、経営のデジタル化に積極的な企業です。経営のデジタル化を複数のカテゴリーで実施しているということは、積極的に経営のデジタル化を行っているのだろうと捉え、「DX推進企業」と名付けました。ちなみにこの調査は350社ほどが回答しているのですが、DX推進企業が約4分の1でした。
2番目は、経営のデジタル化を1つのカテゴリーで実施している企業で、「DX実施企業」とネーミングしました。3番目は、経営のデジタル化には取り組んでいないけれども、業務のデジタル化は複数のカテゴリーで実施している企業で、「業務デジタル化推進企業」と名付けました。最後は、経営のデジタル化は実施しておらず、業務のデジタル化を1つ実施かまたはゼロという企業で括り、「デジタル非実装企業」と名付けました。実は、この4番目のグループの企業が最も多く、30.0%、104社になります。
2.デジタル化・DXを支える人材(タイプ別)の確保状況
この4つのタイプを、企業におけるデジタル化の深度の違いを示していると捉えて、4つのタイプでデジタル人材の確保・能力開発にどの程度の違いがあるかをみていきたいと思います。
まずはデジタル化を支える人材の確保状況をみていきます(シート7)。如実に、4つのタイプの違いが出てきます。「DX推進企業」、つまり経営のデジタル化を最も推進している企業が、どのタイプの人材も確保しているという回答割合が最も高い。とりわけ「DX推進企業」とその他の企業で差が大きいのは、「事業・業務に精通したデータ解析・分析ができる人材」「ユーザー向けデザインを担当する人材」「先端的デジタル技術を担う人材」などです。
一方、「デジタル化・DXの企画や実行推進を担う人材」と「デジタル化・DXに関するシステムの実装・設計ができる人材」は、「デジタル非実装企業」とその他の企業との割合の差が大きい。デジタル非実装ですので、実行推進を担ったり、実装・設計ができる人材をそもそもあまり必要としていないということが表れているのだと思います。
3.デジタル化・DXを支える人材についての課題
次は、デジタル化・DXを支える人材について、それぞれのタイプの企業がどのような課題を抱えているのかをみた集計です。デジタル非実装以外の3つの企業が共通してあげているのが、「優秀な人材の確保」です。しかも、割合はそれほど大きくは変わりません。DX推進企業とDX実施企業はほぼ同じですし、業務デジタル化推進企業との差も10%程度です。
また、DX推進企業、つまりデジタルの実装を最も進めている企業は、「スキルと担当業務のマッチング」や「社員のキャリア形成を支援すること」の回答割合が、他のタイプの企業に比べてかなり高くなっています。DX推進企業はおそらく、デジタル化を支える人材に長期に定着してもらって活躍してもらいたいと考えていることの表れなのではないかと思います。
Ⅳ.デジタル実装と能力開発
1.デジタル技術の活用に向けた能力開発の取り組み
今度は、デジタル実装の進み具合と、能力開発についてみていきます。能力開発について、全部で7つの取り組みを示して実施状況を聞くと、やはりDX推進企業では、どの取り組みも7割~8割に近い回答割合となっており、他の3つのタイプの企業よりも突出して割合が高くなっています(シート8)。一方、デジタル非実装企業はどれも2割台や1割台で、他の3つのタイプの企業と比べて目立って低いことがわかります。DX実施企業と業務デジタル化推進企業は、回答傾向が似ています。
それから、ここ数年ではやりの言葉となった「リスキリング」の実施状況をみます。調査では、デジタル技術やその活用に関連したリスキリングの実施の有無を尋ねています。シート9の表は、主だった選択肢だけをあげているのですが、実施割合が相対的に高いのは「社員への研修・セミナーに関する情報の提供」「研修・セミナーの受講に対する金銭補助」で、いわゆる自己啓発支援で主に使われている施策と同じようなものが行われています。
ここで着目すべきは、「取り組みを行っていない」の回答です。デジタル技術やその活用に関連した社員のリスキリングに関して取り組みを行っていない企業が、DX推進企業でも約4割にのぼり、DX実施企業や業務デジタル化推進企業といった、ある程度は実装を行っている企業でも、半数を超えて約6割、約7割となっている。デジタル非実装企業に至っては8割以上が行っていないと答えており、デジタル技術やその活用に関連した社員のリスキリングは、多くの非IT企業ではまだまだ進んでいません。
2.社員の「デジタルリテラシー」向上に向けた取り組み
また調査では、社員全体のデジタルリテラシーの向上に向けて、何か取り組んでいますかということも尋ねています。これについてもDX推進企業の実施割合が最も高く、デジタル非実装企業の取り組み割合が低い(シート10)。また、デジタル技術の活用に向けた能力開発の諸取り組みに比べると、どのタイプの企業でも実施割合が低い。
もう1つ面白いのは、DX実施企業と業務デジタル化推進企業とで比べると、このリテラシー向上に向けた取り組みに関しては、むしろ業務デジタル化推進企業のほうが実施割合が高くなっている点です。おそらく、日常業務におけるデジタル化の推進を進めている企業のほうが、社員のデジタルリテラシーについてより課題感を抱いていると推測されます。
3.デジタル技術の活用に向けた能力開発の課題
最後に紹介するのが、デジタル技術の活用に向けた能力開発の課題があるかを聞いた結果です(シート11)。全体として回答割合が高かったのは「指導する人材が不足している」「会社としての支援体制が十分に整っていない」です。「指導する人材が不足している」に関しては、DX推進企業での割合が少し抜けて高くなっていますが、DX実施企業も業務デジタル化推進企業も、5割前後の回答割合となっており、それほど大きな差があるわけではない。「会社としての支援体制が十分に整っていない」は、デジタル非実装企業以外の3つのカテゴリーはほぼ同割合です。
また、「デジタル技術の活用に向けた能力開発は行っていない」については、DX推進企業でも10%程度の回答があり、DX実施企業、業務デジタル化推進企業で2割台、デジタル非実装企業では非実装ということもあり、半数近くにのぼっています。つまり、デジタル技術の活用に向けて、わざわざ社員の能力開発を行う必要はないと感じている企業がデジタル化をある程度進めている企業の中にも一定数あり、わりと無視できない割合です。それはなぜかと少し考えてみたのですが、デジタル技術の活用を一応はしているのだけれども、社員の能力開発までやって活用を進めていくほどではないと思っている企業が一定数あるのではないかと思います。
Ⅴ.何に目を向ける必要があるのか~「デジタル人材」と「デジタル化」の今後に向けて
1.「デジタル人材」と「デジタル化」に関する「関心格差」
以上の調査分析結果から、「デジタル人材」と「デジタル化」との関連について目を向ける必要がある点をいくつかまとめてみました。
1つは、デジタル技術を用いた事業の進め方や内容の見直し、改革がさまざまな領域で進むDX推進企業では、人材確保や能力開発が課題として非常に重要視されているということです。ところが、それ以外の3つのタイプの企業も含めてみると、デジタルに関する企業の関心の所在や取り組みにはかなり格差があることがわかる。
つまり、通常の正社員の能力開発だったら、どの企業も何らかの取り組みを行うのでしょうが、デジタル人材の能力開発ということになると、経営においてデジタル化を進めることに関心がなければ、人材確保や能力開発にも関心なんて起こりようもない。世の中で言われるほど、企業があまねくデジタル人材を必要としているわけではないということがよくわかります。
経営におけるデジタル実装についての企業の関心や意欲を高め、実装に導いて、そこから実装を効果的に進めるためのデジタル人材の確保・能力開発のための取り組みを推進するという当然のプロセスがとても重要ではないかと思います。そうしないと、デジタル人材の不足・不在は解消しません。
2.デジタル化の進行・能力開発の非進行
2つめは、デジタル化は進行していても、実はデジタル化の進行ほど能力開発は進行してないのではないかということです。先ほど紹介したとおり、デジタルの活用を支える能力開発の課題として、デジタル化を進めている企業であがっていたのは、指導する人材の不足、あるいは会社としての支援体制の不十分さでした。つまり、組織的な課題と捉えることができる。
デジタル化を支えるための社員の能力開発を行っていない企業が一定数ありましたが、組織的な課題があることが、能力開発を行っていないことにもつながっているのではないか。また、組織的な課題があるから、なかなか能力開発に踏み切れないのではないか。ですので、組織的な課題が能力開発を行わないことにつながっている企業がその課題を解決するための資源(人材・知識など)にアクセスできる環境の整備が必要だと考えます。
また、デジタル技術の活用に向けたリスキリングやデジタルリテラシー向上に向けた取り組みは、DX推進企業でも活発に進んでいるとは言い難い状況になっています。リテラシー向上が進んでいないということは、組織内でのデジタル活用やそれに伴う能力開発の裾野が広がっていないということを表している。その要因としては、例えば、企業の意向で裾野を広げていない、デジタル化は一部の社員で可能だという見方をしている、今はデジタル実装の初期段階だから裾野が広がっていないなど、組織内・組織外に何らかの阻害要因がある、などが考えられます。原因の解明と、解明に基づく対策が求められます。
3.「デジタル推進人材」をめぐるニーズとマッチングの格差
3つめですが、分析でみたとおり、デジタル推進人材を確保している傾向は関心格差が反映されて、顕著な差になっている。ただでさえ不足しがちなデジタル推進人材が活躍できる機会が、DX推進企業に固定化されることが起こり得る。すると、業務のデジタル化を推進している企業が、今度は経営におけるデジタル化を進めていきたいと考えた時に、デジタル推進人材にアクセスすることが困難になることが起こるかもしれない。こうした事態が生じると、格差の固定化や拡大が起こるおそれがあり、それに対する何らかの対策が必要なのではないだろうかと考えます。
終わりに
デジタル化の推進は各企業がやることで、進められた企業は競争で生き残り、進められない企業は生き残れないだけで、別に政策の観点で考える必要はないのではないかという考え方もできます。しかし、やはり日本の産業力の底上げの観点から、デジタル化への円滑な対応は社会的な課題として捉え、対応していく必要があるだろうと考えます。「では何をやっていかなければならないか」という検討につながる知見を提供するという意味で、今回は調査分析結果を紹介させていただきました。
プロフィール
藤本 真(ふじもと・まこと)
労働政策研究・研修機構 副統括研究員
専攻は産業社会学、人的資源管理論。人材育成・キャリアディベロップメントに関する企業のマネジメントや、能力開発・キャリア形成に関わる個人の意識や活動、デジタル化と人材育成・能力開発、能力開発政策などを主なテーマとして、調査研究活動に従事している。近時の業績としては、「日本のデジタル関連スキル養成政策の特徴と課題(PDF:488KB)」(日本労働研究雑誌754号、2023年)、『日本企業の能力開発システム』(労働政策研究・研修機構、2024年)などがある。


