パネルディスカッション

パネリスト
三田 理恵、須田 久美子、矢島 洋子、山口 慎太郎
コーディネーター
池田 心豪
フォーラム名
第137回労働政策フォーラム「仕事と育児の両立支援─改正育児・介護休業法の施行に向けて─」(2025年2月7日-13日)

パネリスト報告へのコメント

池田 まず、髙島屋の三田さん、建設産業女性定着支援ネットワークの須田さんのパネリスト報告について、矢島さんと山口さんからコメントをいただきます。その後、パネルディスカッションに入りたいと思います。

フルタイムに近いほうが本人・職場にメリットがあると広めるのは大事

矢島 三田さんの報告で、短時間勤務について、より長く働けるパターンを選択する比率が増えてきているという話が非常に印象的でした。

6時間よりもフルタイムに近い選択肢を設けることが、本人や職場にとってメリットがあることを広めていくのはとても大事だと思っています。その結果、実際にその働き方を選択する女性が増えてきているというのがとても印象的でした。

また、短時間でありながら管理職に登用される方が増えていることも、そうした施策とつながっているのではないかと思います。男性の育休取得についても、100%という目標設定をすべきか悩んでいる企業もあると思いますが、(上からの目標だけでなく)そのなかに男性の自発性が出てきていることも大事だと思います。両立のしやすさという観点と同時に、キャリアに軸を置きながら取り組んでいるということがとても大事だなとあらためて思いました。

社員のニーズに合った選択肢で両立が図れるか否かの視点が大事

須田さんの報告では、中小建設業界で社内規定によらず、社員のニーズに応えて柔軟な働き方を設定して両立を図っているという事例が非常に印象的で、やはりそれが、従来から中小企業の強みだったと思います。

今度の改正ではいろいろな働き方が入って、制度設計は難しくなるという話は当然あると思いますが、短時間勤務だけに縛られて、それが取れるか取れないかではなく、その社員のニーズやその仕事の特性に合った働き方の選択肢で「両立が図れるか否か」に視点が移っていくということが、私は大事だと思います。

「取るだけ育休」の世界からかなり先に進んだ

山口 三田さんの報告から、両立支援が非常に充実しているという印象を持ちました。

特に男性の育休取得率は100%で、取得日数も平均で28日ということで、「取るだけ育休」という段階から、かなり進化していると感じました。また、スクールイベント休暇といった、休みが必要な場面の1つに対しても十分に配慮されています。

矢島さんも指摘したように、一番印象に残ったのは、より働けるタイプの時短がここ10年で急速に選ばれていることであり、かなり大きな変化だと感じました。時短をしながらも管理職に就いていらっしゃる方もいて、このあたりは他の企業も学べるところがあると思いました。

いま世間で「子持ち様」と呼ばれる問題があります。子どもを持っていると、時短勤務や土日の勤務も免除される。子どもを持っていることを理由に何でも免除されるのは、子どもがいない人にとって不公平ではないかという議論です。

不満の声が主にSNSであがっていますが、こういった問題には、髙島屋はどのように対処していらっしゃいますか。

日祝の社内臨時保育は、育児をしていない従業員へのサポートでもある

三田 実際に子どもを持つ従業員の割合は男性のほうが高いですが、女性でもほぼ半分です。売り場を回していくために、必ず誰かが働かなければならないときがありますが、制約がある働き方をしている方がどうしても、日曜・祝日に入ることができないなどの現場の声があります。

一つひとつできることをやっていくという意味で、先ほど日祝の社内臨時保育をお伝えしましたが、あの制度は子どもがいる従業員へのサポートという意味もあります。そして、忙しい時に仕事をすることで能力を発揮することができたり、売り上げも取れますから、活躍の機会ができるという点もあります。

現場を平等に回していくうえで、こうした制度の活用は、育児をしていない従業員にとってもサポートになるとの位置づけですので、やはり一つひとつの施策についてもさまざまな意味合いを持たせていくのがとても大事だと思います。

育児に関する制度をずっと拡充してきていますが、単純に育児関係の制度だけを入れるのではなく、できるだけ複合的な人事制度として、介護やボランティアなどの社外活動を支援するような制度とセットで社内にリリースし、誰もが活躍できる制度を意識していくというところは工夫をしています。

山口 一般的に両立支援というと、やはりリソースのある大企業が有利であることが指摘されています。大企業では誰か抜けた時にカバーに入る人も見つけやすいですが、中小企業はなかなか見つけにくい。

須田さんにおうかがいします。中小企業で両立支援がうまくいっている企業と、そうでない企業を分ける大きな要因として、どのようなものがありますか。

中小では経営者に新しいものを取り入れていく姿勢があるかが鍵

須田 まず、経営者の考え方だと思います。いくら従業員がこういう働き方がしたいという提案をしても、それを聞き入れる経営者の姿勢や、新しいものをどんどん取り入れていく姿勢が経営者にないと、なかなか難しいと思います。

例えば、現場の施工管理の仕事では、品質や安全性が書類になって初めて、施工がうまくいっていることを発注者に示すことができます。最近はICT化が進み、その部分の新しいツールが出てきて、経験豊かな施工管理のベテラン社員がそれに追いつけないことが現実的に起こっています。柔軟な考え方の経営者が、その部分を子育て世代の人たちにテレワークでできるような業務として切り出し、現場の施工管理のベテラン社員と並走する形で、現場業務を一緒に行う取り組みをするという会社も結構出てきています。

支援しているのではなく、伴走が必要だという雰囲気に変わった

そうした会社では、現場のベテラン社員も、現場で働いた後に会社に戻って、残業して書類仕事をするということが無くなりました。すると、テレワークで業務対応してくれた人たちにとても感謝の気持ちが湧いて、子育て世代をただ支援するのではなく、伴走者が必要だという雰囲気になりました。テレワークで働いている人たちのほうも、「申し訳ない」ではなく、1つの仕事として認めてもらっているという雰囲気になりました。

池田 私からも須田さんに質問があります。建設現場の基本的な労務管理は、元請け現場の所長の考え方によって現場間のばらつきが大きいというお話がありましたが、協力会社の方々も、その元請けの現場監督の下で作業するのですか。

須田 現場で働く人たちはいろいろな雇用形態がありますが、元請けだけでは現場は進みません。専門工事業者という、工事を実際に進めてくれる人たちにそれぞれの作業をお願いして進めていきます。ただ、現場全体は安全管理のルールを決めて進めるので、そのルールを決めて進めていくのは元請けの責任になります。

ですから、現場で仕事をする際に、この現場はこういうルールですという契約を結びます。柔軟なルールの現場はまだ少ないです。

髙島屋の育児勤務のパターンは1カ月前の申請で変更可能

池田 髙島屋の育児勤務のパターンについては、1カ月単位や1年単位など途中で変更することができますか。

三田 1カ月前の申請で変更できます。ただ、F勤務については、導入した際に、勤務時間を長くするものを制度として取り入れていいのかという議論が社内でありました。マネジメント側からすると長く働いてほしいので、「こういう制度があるからF勤務にしなよ」という、誤ったマネジメントがあってはならないと思います。それを防ぐために、当初はF勤務については、半期に一度の申請としていました。

しかし、現在ではもっと柔軟に働きたいという声が出てきたので、約2年前に他のパターンと同じように、1カ月前であれば申請できるように変更しました。

トピック1:育児・介護休業法 改正の意義

審議会ではどういう考え方で拡充していくかの視点を提示して議論

池田 それでは、パネルディスカッションに入ります。最初に、今回の育児・介護休業法の改正の意義について、矢島さんと山口さんにうかがいます。

矢島 審議会の議論でも、私からはまず、どういう考え方で両立支援環境の拡充を進めていくべきか、3つの視点を出しています。

1つめは、大企業と中小企業の両立支援環境の格差をこれ以上広げないことです。大企業は独自に制度を拡充しており、それを中小企業に適用させるのはたいへんなのではないかという見方もあります。一方で、中小企業が制度化せずに柔軟に取り組んでいることをしっかりと制度化していくことで、大企業との制度面での格差を縮めていくことも大事なのではないかと考えています。

2つめは、女性と男性の制度の利用の差を縮めることです。そして、3つめは、子育て社員とその周囲の同僚との間の不平等感をなくし、双方の納得感を持って進めることです。

「子が3歳未満まで」はあっという間に過ぎる

日本の両立支援制度について、男性に対する制度が一番充実していると世界でも言われるのは、そもそも男女関係なく作られているところがあるからです。(制度上は)男女ともに子育てと両立しながら働ける柔軟な働き方を選択でき、そのうえで、公正な評価を受けられてキャリア形成できることを目指していくことができる。

今までは3歳までが、短時間勤務、所定外労働の制限が義務化となっていましたが、育休を取って復帰して子が3歳未満までとなると、もうあっという間で、実は3歳までだと、こうした勤務の仕方をきちんと生かすということができていない。ただ、それでも、育休から復帰した時に、いきなり長時間労働でなく復帰できるという保障が、日本の正社員の女性の離職を食い止めたという効果はあると思います。

そして、改正においては、短時間勤務をそのまま就学前まで義務化するという選択もあり得たとは思いますが、日本では仕事と子育ての両立=短時間勤務という認識が強い。池田さんの報告でもありましたが、やっぱりフルタイムで残業なしだと、残業を頼まれてしまうかもしれないとか、お守り代わりに短時間勤務制度を利用する人もいます。

大事なのは両立ができるような働き方を選べるという視点

やはり大事なのは、両立ができるような働き方を選べるという視点に移していくことだと思います。ですので、就学前までの選択措置でいくつか選択肢が増えたということは、そういう意味でよかったと思います。

ただ、気をつけなければいけないのは、すでに3歳から就学前までに、短時間勤務を入れている大企業も結構あり、また、実質的に短時間勤務で働いている中小企業の労働者もいるなかで、短時間勤務の利用を無理やり「はがす」ようなことはすべきでないということです。

厚生労働省は、基本はその時期は「フルタイムで残業なしで両立を」というメッセージを出していますが、一方で、健康づくりのための睡眠指針の改訂で、就学前や小学生の睡眠時間は9時間から11時間がベストだという指針も掲げています。11時間も子どもを眠らすことは、フルタイムで1時間前後の通勤時間がかかっていたら到底無理です。

それをふまえると、やはり短時間勤務のニーズは一定程度残りますので、労働者がニーズに合わせて選択できるようになるという趣旨で、改正のポイントは設定されていると思っています。

長期的な社員のキャリア形成の視点で面談の活用を

男女のキャリア形成については、育児・介護休業法だけをみると、育児休業やその後の育児期の両立支援制度のことしか規定されていないので、そのタイミングでの面談といったことしか逆に法的に定められない。長期的なキャリアの視点について盛り込むことができません。企業ではこの時期だけをみているわけではなく、もっと連続的に一人の社員のキャリアのことをみています。

法律には面談としか書かれていませんが、面談を何の目的でどういう考え方で実施するのか、企業の皆さんが長期的な社員のキャリア形成の視点というのをうまく当てはめていくことがとても大事だと思っています。

子育て社員を支援するのではなく、「社員の子育て期を支援する」。特に正社員や総合職などの社員に対して、積極的に中長期的なキャリア形成を進めるなかで、では子育て期はどのように働いて、どういう意識を持ってキャリアに向かうか、その点をぶらさずに面談等の取り組みを設計するということがとても大事です。

労働力不足の一番の解決策が女性の労働力の活用

山口 私からは、なぜこのような制度変更が日本社会にとって必要だったのか、お話ししたいと思います。

やはり両立支援は経済社会の持続的成長に不可欠だと感じています。少子化により、少ない現役の労働力でより多くの引退世代を支えていかなければいけないなかで、大企業・中小企業の別なく、労働力や人手の不足はすでに現実化している問題です。

どのように労働力不足を補うのか。経済学の分析で最も有力視されているのですが、女性が男性と同じくらい活躍することで、日本の労働力不足に対して一番有力な解決策になるだろうと言われています。ほかにも、移民の受け入れや引退年齢を遅くすること、AIの導入による生産性向上などの方法などが言われていますが、まだ日本は他の先進国と比べて、女性の労働力や能力を十分に活用できていないと指摘されており、よく言えばここが伸び代になると考えられます。

同時に、女性が労働市場で活躍する裏で、男性が家庭で活躍することも当然求められるようになります。

両立支援の制度化はコストではなく、メリットのほうが大きい

今回の制度改正では、そのあたりに対する支援もうまく盛り込まれていると感じます。三田さんのお話にあったように、両立支援を出発点にして、誰もが能力を発揮できる社会を実現していくというのは、まさに労働力不足の日本経済にとってプラスだと思っています。

両立支援を会社の中で制度化していくことは、手間やコストだと考えている方も少なくないかもしれません。しかし、調査や研究からは、これは企業にとっても不可欠で、メリットが非常に大きい施策であることが少しずつわかってきています。両立がしやすい会社は従業員から選ばれますし、逆に言うと、両立支援が充実していないと人がどんどん去っていく。採用したくても人材が確保できないという問題にも直面します。

今の新卒の学生が企業のどういうところをみているかというと、もちろん給料や職業人として活躍できるかというところもみていますが、ワーク・ライフ・バランスも無視できないポイントとして強調しています。例えば、男性の学生でも、男性がどれくらい育休を取れているかというところを重視するということが、アンケートからわかっています。また、アンケートで男性が育休を取るようになった会社の人事にメリットを尋ねると、職場風土の改善によって従業員満足度が向上し、コミュニケーションが活性化したと言われています。

特に従業員満足度は、重視される経営指標の1つになってきていますが、従業員満足度が高い企業では離職率も低く、生産性も高いということがさまざまな研究で示されています。従業員満足度を上げる方法はいくつもありますが、仮に賃金の引き上げで従業員満足度を高めようとすると、相当な金額を上げなくてはいけません。それに対して、両立支援は比較的低コストで従業員満足度を高めることができます。

さらに、男性が育休を取ることの社会的な意義は、強調してもしすぎることはないと思っています。これまでさまざまな先進国で男性の育休は進められてきましたが、研究結果をみると、1カ月程度であっても男性が育休を取ることによって、父親の育児参加が定着し、育休を終わった後もしっかり子育てに参加することや、父親が育児で活躍するようになると、母親の就業率が上がることや、就業時間が伸びることもわかっています。長期的には出生率向上にも期待がかかるわけです。

このように、企業にとってもメリットがあることはもちろん、社会全体にとっても非常に重要な第1歩だと言えるのが、今回の法改正ではないかと思っています。

トピック2:企業は法改正にどう対応したらいいのか

池田 次に、実務的な話をうかがいたいと思います。3歳以上の小学校就学前の子を養育する労働者に対する柔軟な働き方を会社としてどのように対応したらいいのか、今回の法改正への対応や考え方について教えてください。三田さんからお願いします。

テレワークやフレックスタイムがなじまない現場もある

三田 両立支援が当社の経営戦略において非常に重要な位置づけであることは間違いありません。ただ、柔軟な働き方を実現するための5つの措置の1つであるテレワークについては、販売の現場でどこまで進められるか、正直厳しいところです。フレックスタイムも同様です。

一人ひとりが1日単位で好きな時間に出社や退社するとなると、売り場が回らず、現場にはなじまないのかなと思います。当社の場合は始終業時刻の変更や短時間勤務制度が現実的な措置になると思います。

コーポレートスタッフや仕入れ担当、外回りの仕事であれば、テレワークや始終業時刻変更もかなり柔軟に対応できますが、そこを進めれば、やはり現場の働き方との乖離が広がっていきますので、会社の措置として差をつけるところにも抵抗感があります。

制度設計としては、例えば無給でもいいところを有給で対応したり、子の対象年齢も拡大するなど行っていますが、今回の細部設計の条件を突き詰めると、意外と当社と合わないところがあるなと思っています。いま対応できていないところは、2025年4月、10月の措置にかかわらず、対応していきたいと思っています。

妊娠の可能性があるので女性を現場常駐に選任してもらえない

須田 現場監督がキャリアを積んで現場所長を目指すという時には、監理技術者という責任ある立場を経験する必要があります。監理技術者や主任技術者など責任ある立場の人には、入札の際に、現場常駐という条件がかかってきます。そうすると、例えばそこに女性の既婚者を入れようとすると、「妊娠する可能性はないのか」という話になり、なかなか女性の名前を書いてもらえないことがあります。

女性の名前を書いてくれた企業があったとしても、死亡、傷病、出産、育児、介護、退職については発注者側で交代理由として認めてくれますが、妊娠は認めてもらえません。そうすると、女性自身もこの役職への打診があった時に、まだ一度も妊娠したことがない人にとっては何とも言えないところもあり、現場常駐という現場では、キャリアを積める役職に手をあげることの難しさがあると思います。

一方で、工事が終わると総合評価があります。例えば、交代で若い技術者を配置してくださいという要件があり、もともと女性が配置されていた時には、途中で交代する交代要員が同じ若い女性でないと総合評価の点数が下げられてしまうことがあります。

中小企業だと、女性がその若い女性1人だけで、この人が産休・育休のために交代が必要となった時に、代わりにベテランに交代させることはできるけれども、若い女性はいないことがあり、そうなると、もう減点覚悟で配置しないといけない。

こうしたことから、新しい職域の建設ディレクターという、先ほどご紹介したICTで現場の施工技術者を伴走して支援していくことがうまく組み込めると、少しは状況が変わってくる可能性もあります。

建設現場での短時間勤務は可能だが、会社によってばらつき

池田 現場で短時間勤務はできますか。

須田 元請けの所長に柔軟な考えがあれば可能です。下請の協力会社でも、社員に対して認めているところもあれば認めていないところもあります。ばらつきはまだ非常に大きい状況です。

池田 「両立支援休暇」を追加的に付与することも、現場の監督者の理解があればできますか。

須田 特に何かの監理技術者や主任技術者といった職務がない方であれば大丈夫だと思います。

トピック3:法対応していくうえで企業が留意すべき点

池田 では、女性活躍の視点を掘り下げていきたいと思いますが、私が参加していた厚生労働省の研究会でも、法定の制度の利用期間をいたずらに延ばすことは、女性社員が産休や育休から復帰した後にキャリア形成が阻害される「マミートラック」を助長するという話がありました。

マミートラック化をどのように防ぐかという観点で、この柔軟な働き方を利用するときに、企業としてどのようなことに留意すべきか、矢島さんからうかがいます。

子育て期の女性だけが特別違う働き方をしているのが問題

矢島 私は柔軟な働き方を選択する期間については、本来は長くてもかまわないのではないかと思っています。日本の場合はスタンダードな働き方が固定化されていて、それに対して、子育て期の女性だけが特別違う働き方をしているという関係性があるから問題になっている。海外の労働時間分布をみると、男性も女性も労働時間の分布はさまざまで、そういう状況になってしまえば、スタンダードな働き方に固執する必要はなくなるのではないかと思っています。

その前提で、今は女性だけが子育て期に違う働き方になっています。しかも短時間勤務です。経験が積めず、どうしても評価もされにくくなるので、キャリアについて消極的な意識が芽生えやすくなるという循環に陥りやすい構造だと思います。

短時間勤務制度は、どの企業も整備していると思います。ただ、時間設定や基本給、賞与、退職金などの制度は設計されていても、どういう考え方で仕事を配分し、目標設定や評価の仕方、昇進・昇格の要件はフルタイムの人と同じなのか違うのか、などといった運用ルールを定めていない会社がまだとても多い。

そこを整備していかないと、制度を利用した途端に、育成につながるような仕事の機会が与えられなくなってしまうし、評価もされなくなります。女性がマミートラックにはまるというよりも、そこに追い込んでいるのはやはり企業側の運用なのではないかと思っています。

企業は育休中の周囲でサポートしている社員に報いるべき

マネジメントを変えていくことと、本人だけではなく、周囲の人たちの評価も大事です。子育て以外の人も柔軟な働き方を選択できて、ワーク・ライフ・バランスが図れる環境をつくり、加えて、子育て中の社員が短時間勤務や残業の免除になった場合に、サポートした人が手当や賞与で評価され、報われることが大事です。そこをやっていないことが問題だと思います。

その裏返しとして、子育て中の社員は低い評価を付けられ、そうでないと公正が担保できないかのようにみえてしまっていることが問題だと思います。企業は育休中の人に給料を払っていませんし、短時間勤務による給料の減少分も負担していない。それなのに、周囲の代替要員も手当せず、残ったメンバーで組織目標を達成しても、企業がそこにも報いないというのは、どういうことなのかと思います。

また、子育て社員のキャリア意識は「本人たち次第」だとし、この人たちが消極的になるのはやむを得ないと考えるのではなく、自社の社員ですので、子育て期に積極的なキャリア形成の意欲を失わないよう、働きかけを続けることが企業の責任ではないかと思います。

女性に子育ても活躍もと、負担が集中しないように

山口 最大の懸念点は、マミートラックだと感じています。もちろん、柔軟な働き方の選択肢が拡大されること自体は歓迎してもいいと思いますが、矢島さんが指摘されたように、今の日本の男女の働き方や子育てのしかたに対する社会規範を前提とすると、女性に子育てをもっとやってもらい、働くほうももっと活躍してもらうというような形で、女性側にばかり負担がいくのではないかと非常に懸念を感じていました。

選択肢が増えたことについては、池田さんの指摘のとおり、みんなが使うということを推奨も想定もしているわけではないということが大事なポイントです。その選択肢がベストである人は使えばいいが、ベストではない人は何も無理に使う必要はないというところは押さえておいてほしいと思います。

キャリアへの影響を考える必要があり、会社も説明すべき

時短勤務を利用して子育てや家事に時間を使えるようになって、家族面での生活は充実する一方、キャリアのほうにはどういう影響があるのかをよく知っておいたほうがいいと思いますし、会社もうまく説明しておく必要があると強く感じます。

時短を長期化させてしまうと、なかなかキャリアとしては上がっていけないということが指摘されています。残業する必要はありませんが、ある程度のまとまった時間を働かないと経験も積めないですし、一般の消費者と接するような職場においては、忙しい時間に働くことで得られる職務上重要な経験もあります。フルタイムでしっかり働くことによって拓けてくるキャリアの展望も、会社側がメッセージとして発信しておくことが必要だと思います。

キャリアデザイン講座で必要な選択をしようと発信

三田 当社も数年前までは、一番短い5時間の勤務を期限いっぱいまで使うというのが典型的なモデルでした。近年は、あくまで時短勤務は選択肢やセーフティーネットであり、キャリアを続けていくために、そのとき必要な選択をしていきましょうというメッセージを、キャリアデザイン講座などで継続的に発信しています。

当社の場合、一番短い時間を小学校3年生まで使えますが、上限年数がないので、3人~4人のお子さんがいると20年程度の短時間勤務も可能になります。それも選択肢ですが、仮に20年後、短時間勤務が終了したあとに、1日5時間からいきなり7時間35分のシフトに変化することに自分自身とお子さんが対応・受容できるのかというところも考えなければ、継続就業すら厳しくなってきます。

もう1つ重要なのが、出産・育児期に入る前に、どれだけ本人が仕事で面白い経験をしたかとか、どれだけ責任ある経験をしたかという点で、それがその後の働き方に影響があると考えています。先ほど紹介したF勤務が増加した割合を細かく分析すると、資格等級が高くなるほど、子の年齢にかかわらず長い勤務を選択しており、明確な相関関係があります。

ですので、当社でも、できるだけ早期に、若年層のうちから責任ある仕事や経験を積ませていくということをとても強く意識しています。

現場監督ではフレックス勤務で仕事を継続することが多い

須田 現場監督が仕事を継続していくなかで、当社では時間的な制約がある社員が選べる制度として、短時間勤務制度とフレックス勤務制度があります。今、圧倒的にフレックス勤務制度を選んでいる人が多いです。

当社のフレックス勤務制度は、所定労働時間が決まっていますが、月35時間まで勤務時間を短縮することが可能です。短時間勤務制度を最初から選んでしまうと、その時間しか仕事ができませんが、フレックス勤務制度を選んでおけば、子どもの病気などで働けない月については、時間の短縮が自動的に選べます。

同じ職場で不平等感を感じている男性社員は、そういう働き方がしたいと思っても、周辺の無言の圧力で、本当は制度的には選択できるのに選択できないみたいな、そういう心理的な背景もあります。

制度を所長が説明して不公平感を取り除く工夫も

自分には縁がないと感じている人たちは、制度の中身そのものも知らなくて、給料がそれだけ減額されていることも知りません。柔軟な考え方を持っている所長さんの現場では、そういう話を現場の中で共有し、「誰それさんはこれからフレックスタイムを使って復帰するけれども、フレックスタイム制度ってこういう制度ですよ」などと所長自ら説明して、その場で納得がいかなければみんなで意見を出し合うというようなことをまめに行っています。

そうやって不公平感をなくしていく。別に時間的な制約条件があって働いている人は女性ばかりではありませんが、どうしても女性が目立ってしまうことから、女性自身が引け目を感じているところがありますので、部署の長が不公平感をなくすような働きかけをすることによって、ずいぶんと変わってくるのではないかと思っています。

矢島 三田さんがおっしゃったように、早いうちから、仕事やキャリアに対して積極的に意識付けすることは本当に大事です。また、上司が「この人は子育て中だからおそらく出張できないよね」などといったアンコンシャス・バイアスで決めつけてはいけません。区別なく、できる限りの仕事の機会を与えてほしいと私はよくお願いしています。

トピック4:法改正が男性の制度利用につながるか

池田 この制度を使うのは女性だという暗黙の前提をおくのではなく、男性の制度利用もいかに進めるかが課題となってきます。どうしたら男性の制度利用の拡大につながっていくのかということが、今回の改正でもう1つ大きなポイントになるかと思います。

山口さんは、報告のなかで男性育休取得の意義について海外のエビデンスなども紹介していましたが、研究のなかでご存じのことがありましたらお願いします。

制度をつくるだけでは変化は起きない

山口 今回の法改正が男性の制度利用につながるか、端的に答えると、そんなに楽観的にはなれないと思います。今回の制度改正以前から、日本の育休制度は、ユニセフから世界一父親に優しい制度だと言われていましたが、それにもかかわらず、取得率は非常に低かった時期が長く続きました。制度を整えただけでは、現実の行動変容にはつながらないことが多いです。

「何で制度は世界最高なのにみんな取らないのか?」というと、もちろんお金の問題はありますが、取得しづらい雰囲気が最大の障壁としてあげられます。これから父親になろうとしている人、当事者だけではなく、上司に対しても啓発が必要だと思います。

最近はイクボスという言葉もあり、管理職として、育児期に入る男性部下にどのようにサポートできるのかが重視されるようになっています。大事だと言われているのは、周りがどう振る舞ったかどうかで、例えば、先輩が育休をとったかどうかが、その職場において育休の取得率に強い影響を及ぼすことが指摘されています。

これが最初に指摘されたのは、ノルウェーの制度変更でした。ノルウェーも今でこそ男性の育休取得率は90%ですが、歴史的に振り返ると、男性の育休取得率3%の時代もありました。そこから、どうやって90%まで達成したかというと、誰かが職場で育休を取ると、周りの後輩がそれを見て、「うちは育休をとっても大丈夫なんだ」「仕事もそのまま復帰したらうまくいっているし、家庭生活も楽しそうだし、これは自分も取ろう」というふうになって、どんどん育休取得の輪が広がっていったことが指摘されています。

そうであるならば、日本においても最初に誰かに頑張って取ってもらって、会社もサポートして、うまくいった成功事例を周りに見えるようにしていくこともとても大事です。社内での好事例を横展開していくことが、社内において育休を広めていくうえで大事になると言われています。

男性も仕事以外の人生を考える機会として活用してほしい

2点目は、男性にどのようなニーズがあるかということです。今でこそ、男性育休を取ることが少しずつ増えてきましたが、例えば私の世代では育休をとっている人がほとんどいない時代でしたので、男の人は仕事だけしか考えてなくて、人生の設計が非常に乏しいわけです。そうなると、家庭で居場所に乏しいというような実感を持ったり、引退してから孤独を感じたりする。

しかし、これからは、男性も仕事以外の人生の時間や役割を大切にしなければ、長期的な人生設計として大きなマイナスになり得ます。そうならないように、どんな職業人としてキャリアを築いていきたいのか、同時にどんな父親でありたいのか、仕事以外の側面を考えるようになってほしいし、なっていくと思いますので、そのあたりのサポートをするのに、今回の支援制度をぜひ使ってほしいです。

男性のほうが企業はよく本人とコミュニケーションをとるべき

矢島 個別周知の措置は、今まで男性育休をほとんど取らせてない企業にインパクトがあると思っています。40代の層に一生懸命働きかけて、育児休業を取らせている企業も多いと思いますが、いまの20代、30代の層では、パートナーのニーズからも、取らざるを得ないという風潮に急速に変わってくるだろうと予想しています。

大事なのは、やはり女性と違って、男性が育休を取得するタイミングや期間の選択肢がさまざまですので、会社としては、本人とよくコミュニケーションを取っておく必要があります。男性の場合は、出産の時に1週間くらい休めばいいかなと本人は思っていても、いざ直面したらパートナーから「あなたもちゃんと2、3カ月取ってね」と言われ、急に本人から取得したいと申し出があり、職場が困ってしまうことが生じやすい。ですので、企業にとっては、コミュニケーションをしっかり取りながら育休取得を進めることが重要になります。

コロナを機に男性のニーズが女性に近づく

また、もしかしたら、育休よりも柔軟な働き方の選択のほうが進む可能性があると考えています。報告で示したとおり、ライフステージに即した働き方の理想と現実というデータを過去10年以上、男性についてとっていますが、コロナ禍を契機にニーズが女性に近づいている傾向があります。

コロナの前は短時間勤務を希望する男性はほとんどいませんでした。私も短時間勤務は給料が減ってしまうので、男性で希望する人は増えないだろうと高をくくっていました。しかし、コロナ禍を経て、3歳未満のところでは、17%くらい短時間勤務のニーズがあります。地方銀行や流通業界でも、短時間勤務を取る男性が出てきたという話を聞きます。

男性でもそういう働き方を選択していく人が急速に増えてくるとなると、企業はシビアに評価体制を整えないといけなくなります。もし男性が制度利用を理由に評価されなかったとしたら、女性よりももっと早く転職などを考えるのではないかと思います。

これまでは男性からの声もあがってこなかった

池田 今回の改正で、男性にも個別周知や意向確認をしていくことが求められますが、髙島屋の場合は、男性社員に対する働きかけや男性社員のニーズをどのように捉えているのですか。

三田 尋ねられてあらためて考えてみると、なかなかそういう機会の確保は難しいなと思いました。当社で両立支援制度を使っている人に対しての定量的なデータ分析やヒアリングはしていますが、制度利用の97%が女性ですので、ほとんどが女性の声だったということになります。

一方で、両立支援制度を使っていないけれども、小さなお子さんを抱えている男性の声をしっかりとデータベース化できていたかというと、正直難しかったと思います。匿名のセルフサーベイや個別面談で、本人からの申出を一つひとつとらえているのですが、同じお子さんを抱える立場でも、女性のほうが声をあげてきます。

男性からは、声があがってこない。その背景は、男性がそういうものを使うべきではないという昔ながらの意識が残っていたり、事例がないから、利用できると思っていない点があったのかなと、今とても反省しています。

そういう意味では、今回の法改正で、個別周知と確認を全員にしていくことはとても大変なことですが、働きかけによって男性社員の利用が当たり前になり、男性に対しての会社側の配慮やケアが始まり、ここから大きく制度の利用が進んでいくのかなと想像しています。

一方、当社でも短時間勤務制度を使っている男性がもう複数出てきていますし、実際にそれで管理職をやっているというモデルも出てきています。男性で短時間勤務を取得している社員が重責を担っている職場だと、その部下の間でも育休が進みやすいですし、柔軟な働き方が進んでいく印象があります。

子育ては親が手伝ってくれるという考え方はもう通用しない

池田 須田さんには、男性の子育て期の働き方に関してお話をうかがいます。

須田 コロナ前の話ですが、当時、育休取得する男性は非常に限られていたので、取得した方に個別面談で詳しくヒアリングしたことがあります。その方は、第2子の時に、ご両親とも仕事をしていて孫の育児休業は認められないために親御さんの支援を受けられないことから、出産で奥さんが入院しているときや3時間おきの授乳で第1子の保育がたいへんだった奥さんを助けるために、核家族では夫の育休取得は必須だという事情がありました。

60代以上などの年配の世代は、子育ての時には自分たちの親の支援が受けられるということが常識的になっているので、その男性育休を取った方に「上司には事前に相談したのか」と聞くと、「上司に言っても理解してもらえないから、育休取りますとしか言ってない」との返事でした。差し迫った事情があることを、うまく上司が汲み取れていない状況でした。

コロナが明けてから、「子育てで親の支援が受けられるという常識は、今は通用しないですよ」とわれわれが上司に伝え、広めていったことで、状況はある程度改善されてきました。

法改正によって、男性ももっと取得しやすくなる、いい時代が来るのではないかと思っています。地方の中小企業の社長さんのお話ですが、自社の男性従業員で、50代以下はそういう理解があるけれど、60代以上だと保育園の送り迎えは女性の仕事だと決めつけていて、頭の中では理解しているけれど、ポロっとそれが職場で口に出てしまうことがあるとのことでした。そういう時に、その職場のリーダーがフォローをしていく必要があるだろうと思います。

いま、地方の建設業は60代以上の方達に働いてもらわないと成り立ちませんので、そういった言葉がポロっと出てしまうことを前提としながら、職場の雰囲気づくりや意識改革に気をつけて取り組んでいけば、間違いなく取りやすくなる方向にはなると思います。

最後のコメント

従業員全体のWLBと両立しながらのキャリア形成支援の発想で

池田 最後に皆さんから一言ずつコメントをいただきたいと思います。

矢島 一足飛びに、柔軟な働き方に変えていくことはできないので、段階的に変わっていくことだと思います。目指すところが何なのかをきちんとわかっていることが大事です。

いつまでも子育てする一部の人だけに支援することにこだわって、それ以外の人の問題を置き去りにしたままでは、目指すところにいつまでも近づいていかないですし、その間、問題がどんどん複雑で深刻になっていってしまいます。

従業員全体のワーク・ライフ・バランスと、子育て支援ではなく、社員が子育てとうまく両立してキャリア形成できるように支援していくという発想で関わっていくことがとても重要だと思います。

両立支援は日本経済の持続的成長に不可欠

山口 私からお伝えしたいメッセージとしては、両立支援は日本経済の持続的な成長に不可欠であるということです。

両立支援制度を整えていくことは、ともすればコスト面ばかり注目されがちですが、例えば中小企業において、人材の確保、定着、あるいは従業員に活躍してもらうという観点からすると、両立支援することがある意味、会社にとっての投資になっているとの認識を持っていただきたいです。

個人にとっても、人生を豊かにするうえで両立支援制度は必要なものですが、企業にとっても大きなメリットがあるということを理解してほしいと思います。

両立支援と経営戦略のつながりを丁寧に現場に伝えたい

三田 一番大事なのは、従業員の声をいかに丁寧に拾っていくかということと、山口さんのお話のとおり、企業として、両立支援がどういう経営戦略につながっているのかというところであり、そこは丁寧に現場に伝えていかなければならないと思いました。また少しずつですが、進化をしていきたいと思っています。

業界としても両立支援が企業戦略的に必要だと伝える

須田 今日いただいたお話を各協会や関連業界の団体に広く伝えて、企業戦略的にも必要だという実感を持ってもらうとともに、先進的な好事例などを組み合わせた形で伝えていけば、企業間のコミュニケーションもどんどん進んで、取り組みが建設業界に浸透していくと感じています。

今回の法改正は企業と労使に自分たちで考えてもらう余白が大きい

池田 ありがとうございました。最後に私からも一言述べたいと思います。

今までは、政府が企業に義務付け、企業は法律を守るということに関心があったと思いますが、今回は、メニューの中から選んでくださいとか、個別に意向を聴取し配慮してくださいなどといった、労使に自分たちで考えてもらう余白の大きい法改正となっています。

そのぶん、今日のディスカッションであったように、やっぱり自分たちの会社の現場や社員の実情を考えながら取り組んでいかなければいけない。それが果たして、きちんと法律に沿っているのかどうかについても、手探りの中で皆さんは準備をしているのだと思います。

今日のディスカッションでのいろいろな考え方を、自分たちの中で咀嚼しながら現場に根づかせていくことが大事だとあらためて感じました。まだまだ法の施行に向けて準備を進めているところだと思いますが、本日のフォーラムが少しでもお役に立てば幸いです。