パネルディスカッション

- パネリスト
- 島村 泰子、深谷 潤一、渡邊 江李賀、磯田 和博
- コーディネーター
- 下村 英雄
- フォーラム名
- 第135回労働政策フォーラム「「新版OHBYカード」とキャリアコンサルティング──現代社会における自己理解・職業理解とキャリア支援」(2024年11月28日)
- ビジネス・レーバー・トレンド 2025年3月号より転載(2025年2月25日 掲載)
下村 このディスカッションでは、主タイトルである「新版OHBYカードとキャリアコンサルティング」と、副題の「現代社会における自己理解・職業理解とキャリア支援」の2点について掘り下げてお話をうかがいます。
トピック1 「新版OHBYカードとキャリアコンサルティング」
まずは、島村さんから、キャリアコンサルティング全般と新版OHBYカードとの関連性について、もう少し説明していただけますか。
キャリアコンサルタントにとっても興味深いOHBYカード
島村 キャリアコンサルタント側が、勉強の前段でOHBYカードを知ることができて良かったと私たちは感じています。当グループの全キャリアコンサルタントでOHBYカードを使用したときは、みんな平均年齢が高いのですが、中高年がこんなに面白がるものがあるのかと、大きな発見でした。
仕事と自分の適性に悩み、転職するかどうか、また、転職を前提とした考え方で悩んでいる若手社員には、面談だけでなく、こうしたツールを使うことによって、自己を客観視できるということは大きな成果だったと思います。
キャリアコンサルタントが勝手に言っているのではなく、ツールを使うことによって、そこから出てきた数字やRIASECのデータをもとにもう一度自己理解を深める。そのうえで、仕事を続けるのか、あるいは違う職業に進むのかなどを判断することができ、とにかく相談者が一歩前に進めるようになるのはとても大きいと感じています。
OHBYカードでは自分が選ばない領域を整理できる
学生については、実施したアンケートから、就職活動に対して不安や焦りを持っている人が多いことが分かりました。ところが、OHBYカードを使ってみたら、とてもポジティブな意見が多かったです。
自己理解・自己分析という言葉は分かっているけどやり方が分からないということで、OHBYカードをやってみると、選ばない領域を整理することができ、「楽しんで将来を考えられる」「自分の好き嫌いが分かった」など、一歩前に進むことができる。また、このツールを使えば全員が一斉にできるという点も良いと思います。
私たちは、大学ではもう一人キャリアコンサルタントをサポートとして入れました。学生から「ここはどうやって考えたらいいですか」という質問があったときに、キャリアコンサルタントが「こういうふうに考えてもいいですよ」と説明しながら進められるのも良いところです。
最初は74.1%の人が不安に思っていたのが、96.4%が実施してよかったと感じてくれて、自己理解を進めるのに大きな成果を得ることができたと感じています。
キャリア・パスポートと結びつけて必要なスキルの説明もできる
下村 深谷さんと渡邊さんからは、「キャリア教育とOHBYカード」という点で、どんなことが言えそうですか。
渡邊 私は中学校に在籍しているので、中学校におけるキャリア教育と結びつけてこのOHBYカードを捉えるというお話をします。
中学校では、全国で「キャリア・パスポート」を活用しています。例えば、合唱コンクールや体育大会などさまざまな活動を通して「どんな力を身につけたいのか」「どんなふうに将来なりたいのか」といった目標や見通しを持ったうえで1年間の活動を考えますが、そのなかで振り返って「自分はこんな力がついた」など考えたりする場面があります。
新版のOHBYカードには、必要とされるスキルや就職するためのルートなど、実際にその職業に就くにはどうすればよいかという職業情報が記載されています。OHBYカードの職業情報と、子どもたちの目標、キャリア・パスポートに記載した身についた力と結びつけて、「この職業になりたいならこういうスキルが必要になってくるね。じゃあ、学校の活動の中でこんな力がつけられるといいよね」と指導するなど、OHBYカードと日々の学校での活動を結びつけることもできるのかなと捉えています。
そういう意味では、小中学生向けの自己理解や職業理解のツールはさまざまありますが、特にこのOHBYカードはその点が非常に有益だと感じています。
消去法的に、何とかやっていけそうな仕事を見つけるツールとしても有用
深谷 OHBYカードは、キャリア教育という側面のほか、仕事理解を促せるツールだと思っています。例えば、サポートステーションに来るニート状態の人たちを支援していくうえで「自分が一番やりたい仕事を何か考えましょう」という提案をしたとして、現実的にそれが達成できるのかというと、非常にハードルが高いです。
むしろ、消去法的に、「こういう能力が求められる仕事は嫌だな」というネガティブリストだけを作って、それ以外であれば何とかやっていけそうな仕事を見つけ出すためのツールとしても使えると思います。
学校教育を受けている子どもたちについても同じように、自分が選択をすると後悔してしまうリスクが高いものを回避しながら、自分の価値観などへの自己理解を深めておくというのは必要だと思います。
私が一番使っていた古いOHBYカードに、蒸気がもくもくとあがっている和菓子職人のイラストが入っていました。例えば、小中学生だと、甘いものが好きだから和菓子職人に憧れるということがありますが、「実際には湿度が100%あるけど、蒸し暑い環境で働けるかな、それに耐えられるかな」という問いかけをするときに、こうしたイラストがあるときっかけづくりがとてもしやすい。
このOHBYカードをいかにうまく使いこなすかというのは、ガイダンスの仕方次第だと思いますので、サポートしていくキャリアコンサルタントが技量を持っておく必要があると思います。
本当の狙いを説明したら先生も前のめりに協力
下村 では最後に、磯田さんにうかがいます。報告では、ハローワークから学校に出向いて、先生や親御さん、生徒の皆さんとやりとりをしながら、キャリア教育の取り組みを進められてきたお話をしてくださいました。その際に苦労した点や課題など、学校と連携する際に留意した点や面白いと感じたところなど、説明していただけることがありますか。
磯田 ある先生とお話をするなかで、「小学校のうちに職業を決めるのはいかがなものか、子どもたちの夢をもっと育むべきではないか」と考える先生もいらっしゃいました。どうもハローワークが職業のカードを見せて、もう将来を選択させていると先生は勘違いされたみたいです。
「そんなことはございません。これは職業に興味をもってもらうために、どんな仕事が世の中にたくさんあるのかということを知ってもらうためです。例えば、今、メジャーリーグの大谷選手がいますよね。野球をやって大谷選手になりたい子もいます。ただ、大谷選手が活躍するためには、周りにどんな人がたくさんいて、どんな仕事で働いている人がいるのか。そういうことを想像するともっと広がりませんか」と先生に説明をしました。すると、「分かりました」とすぐに納得していただいて、先生がそこからどんどん前のめりに協力してくれました。小学生のために何をするかという点では、誰よりも先生が思っていることだと思います。
実際、私も娘が小学校に2人通っていますが、先生方は本当に忙しい。そういったなかで、キャリア教育の支援について、ある教育委員会の方にお話をしたときに、手詰まり感があるということを聞きました。先生の業務が大変ななかで、ハローワークがキャリア教育を支援することによって、将来的にお子さんたちが選択できる力を育んでいく。それがこのハローワークの取り組みで最も大切なことだと考えています。
トピック2 「現代社会における自己理解・職業理解とキャリア支援」
下村 次に、磯田さんから、副題の「現代社会における自己理解・職業理解とキャリア支援」というテーマについてコメントをいただけないでしょうか。
小学校から成長段階にあわせたキャリア支援が必要
磯田 自己理解や職業理解といった言葉は、ハローワークで働いていればよく話す言葉ではありますが、その言葉を初めて知ったのは、私が就活生のときです。私は卒業するまで全く仕事のことを考えておらず、ちょっと就職に失敗しまして、いろいろあってハローワークに勤務することになりました。
もし小学生の頃から、そういったものをよく意識しながら学生生活を送っていればなと思いました。小学生だと早いと言う先生もいらっしゃいましたが、そんなことはないと思います。小学生の頃から自己理解や職業理解を育んでいく。そして、中学、高校、大学それぞれの段階にあわせたキャリア支援が求められています。特に、下村さんもおっしゃいましたが、先が見えない時代に切り拓ける能力を持っておくことが大切なことだと思っています。
OHBYカードを使って将来の選択のヒントを与えたい
下村 渡邊さんはいかがですか。
渡邊 私は中学生、小学生と日々対峙しています。小学校だと、将来プロ野球選手になりたい子やユーチューバーになりたい子がいるのですが、中学生になると、そんなものにはなれないと言い始めたりする子も多い。やっぱり自己肯定感が低くなったり、周りと比べてしまい、得意なことだけど仕事にするほどではないと考える子がたくさんいます。
将来に希望がないまま、高校や大学などに進学してしまうと、自分がどんなことをやっていいか分からないまま、考えるきっかけがないまま進んでいってしまうのかなと思います。その前に、OHBYカードなどいろいろな職業理解・自己理解のツールを使いながら、何か将来の選択のヒントになるような手だてをやっていけたらいいですし、それがとても大事だと思います。
「小道具」の活用で日本版ナラティブアプローチのベースをつくる
下村 深谷さんはいかがでしょうか。
深谷 学校の現場では、コロナ禍以降、不登校が爆発的に増加しました。なぜかというと、コロナによって学校に行かなくてもよいことが正式に認められて、コロナが終焉したあとも別に行かなくてもいいのではないかというような空気が流れてきて、ようやく画一的な価値観と日本人が距離を置くことができるきっかけになったのではないかと思います。
それは、今がVUCA(めまぐるしく変転する予測困難な状況)の時代であるということです。これから先の時代を生きていくときに、既存の職業に就きましょうという選択だけではなく、やはり一人ひとりの目指していきたいものが何かという自己理解がしっかりされていて、そして、この環境だけは避けようという条件も明確になる。そのなかで自分が今までやってきたことを掛け算すると、こういう生き方や仕事があるというものを自ら見いだしていくというのが、ナラティブアプローチ(物語を通して問題解決を目指していくアプローチ)の日本版なのかなと思っています。そのベースをつくるうえで、こういった小道具をうまく活用することが非常に有益であると思います。
私は、勝手にOHBYカードなどを「小道具」と呼んでいて、もう1つ「飛び道具」というのがありますが、それはネットを使う「job tag」というものです。「job tag」のほうがより詳細な情報が載っていますので、そういった「小道具」と「飛び道具」、そして、自らの発想力を組み合わせていく。そういうキャリア支援が現代社会においてのニーズに応えられる方法ではないかと思っています。
下村 「job tag」等も一応、OHBYカードと緩やかに連携しており、OHBYカードの職業名はすべて「job tag」にもある職業名ということになります。ですので、「job tag」から関連職業名という形で検索していける形になっています。
最後に、島村さんにおうかがいします。
早い段階からツールを知って、入職ルートを決めることも有意義
島村 報告のなかで学生のアンケートデータを示しましたが、その際、学生から「OHBYカードをもっと早く高校生のときにやっておきたかった」と言われました。入職経路が書いてあるので、「この学部だと私、デザイナーになれないのでしょうか」という学生もいました。そういう意味では、早い段階からこうしたツールを知って、ルートを決めていくということはとても有意義だと思いました。
もう1つは、では、大学生になってからやるのでは遅いのかという点です。そのようなことはなく、大学の教育は生きる力や人間力を身につけていくことだと思います。その1つとして、自己理解や自己分析をする。それから、仕事を理解していく。そこを合わせてやっていくことだと思っています。自分の生きていくためのマナーや、相手に対する思いやりといったものをしっかり持ったうえで、自分のことを理解する。そして、仕事を選んでいくということが重要だと思います。
企業では、最近は「エンゲージメントを上げる=キャリアを入れましょう」というのが主流になっているような気がします。例えば、キャリア研修、キャリア面談、セルフ・キャリアドックを導入する企業も多くなっています。これらの研修の中で一番大きいのは、明らかに自己理解です。企業で働いて30年間、1度も自己を振り返ったことがない人も多いです。そういう意味で、もう1回自分を振り返り、そこからこの先を考えてみるという段階に入っていくと思います。
仕事理解をしていくうえで大切な環境理解
先ほど下村先生もおっしゃっていましたが、VUCAの時代でこれからますます先が見えなくなると思います。そういう意味で、この仕事理解に関して、私が研修で取り組んでいるのは、まず、環境理解です。
自分が一体何を求められているのか、お客様が何を求めているのか、家族や友人から何を求められているのか、それが、5年後、10年後にはどういうふうに変化するのか、というところまで考えてもらっています。非常に厳しいですが、生成AIが誕生して、自分の仕事がなくなるかもしれないという心配もあり、仕事として何を身につけたらいいか、どういう生き方をしていけばいいか、生きる力が問われている時代に入っていると思います。
この自己理解・仕事理解は、どの世代、どんな分野においてもとても重要だと思います。その一翼を担っているのがキャリアコンサルタントであり、人事あるいは経営者の方々です。そういう方たちと一緒に連携を取りながら、これからも進めていきたいです。
欧州では小さい頃からのキャリア教育が再び注目される
下村 島村さんのお話に付け足しをします。日本ではニートやキャリア教育などは少し前の話のように感じられますが、今、経済協力開発機構(OECD)、国際労働機関(ILO)、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)などのヨーロッパの国際機関は、再びキャリア教育に注目しています。
これは、2010年代後半以降、SDGsなどの関連でニートに再び関心が向けられたことが直接の原因ですが、ヨーロッパでは移民、コロナ、戦争、AIなどの複合的な問題があって、やはり小さい頃からのキャリア教育は重要であるということがあらためて議論され、認識されている状況です。ですので、職業やキャリアに関心を持つわれわれにとっても、こういった機会を通じてキャリア教育について考え直すというのは重要だと思いました。
もう1点、島村さんが、どの世代でも自己理解が重要というキーワードでお話をしてくれました。旧版のOHBYカードを開発したのは私が30代の頃で、その頃はOHBYカードを開発しながらも、まだ若いキャリア意識が残っていました。「将来何をするのだろうか」「これからどうしたいのか」という観点からOHBYカードを開発していました。しかし、今、私自身が50代後半になり、OHBYカードを見つめる視点が「本来私は何をやりたかったのだろうか」「本当はどうしたかったのだろうか」という視点に変わってきていると感じています。今、島村さんのお話を聞いて、どの世代でも自己理解が必要だというのはこういうことなのかなと振り返った次第です。
もう一言ずつ、お話しする機会をとりたかったのですが、時間が来てしまいました。これでディスカッションは終わりにします。ありがとうございました。