パネルディスカッション

論点1:「つながらない権利」をめぐる労働政策上の問題や課題

山本 最初に、このフォーラムのサブタイトルにもある「つながらない権利」をめぐって、労働政策上、いったいどういう問題があるのか、また、どんな課題があるのか、という点から議論できればと思います。

この点については、そもそも政策的に対応する必要があるのか、あるいは、もしあるとした場合に、法規制や立法政策による対応の必要性があるのかといったレベルでの議論があるかと思います。ただ、この点については、結論としては、ここにおられる4人の先生方は全員、政策的な対応が必要だということで一致しているかと思います。

なぜ必要なのかという規制の根拠については、さまざまな視点を先生方から提示していただきました。久保先生には、Psychological detachment(心理的距離)のお話や、それによる休息の質を確保する必要性があるという自然科学の見地から根拠を提示していただきました。一方、法律家の先生方からは、日本では労働者の権利行使はやはり難しいというご指摘や、既存の労働時間制度との関係、あるいはハラスメント防止など、法的ないし規範的観点からの根拠を提示していただいたと理解しています。

挙げていただいた政策的対応の必要性を基礎付けるこれらの根拠というのは、必ずしも相互排他的なものではないと私は理解していますが、もし先生方のほうでご意見・ご質問があれば、ぜひ提起していただければと思います。特に木下先生が言及されていた「事業場外のみなし労働時間制」(以下、事業場外みなし制)や裁量労働制などの既存の労働時間制度の適用要件との関係からみたつながらない権利の必要性については、新しい議論の視点だと思っています。まず、この点から、細川先生、竹村先生からお願いできればと思います。

事業場外のみなし労働時間制との関係

つながらない権利が担保できれば事業場外みなし制も機能の余地あり

細川 事業場外みなし制との関係は本当に難しい話です。ICT(情報通信技術)の発展によって、物理的にいつでもどこでも指示ができる状態になってしまっている。2014年に「阪急トラベルサポート事件」の最高裁判決が出て、添乗員に事業場外みなし制が適用されないと判断されたときは、われわれ労働法学者も含めて、「もう今の技術の下では事業場外みなし制を成立する余地はないのではないか」と思った人はかなり多かったのではないかと思います。こういう表現が適切かどうかわかりませんが、つながらない権利をきちんと担保する形であれば、事業場外のみなしも十分に制度、仕組みとして機能する余地があるというのは、木下先生のご指摘のとおりだと思いました。

事業場外での働き方に関してもう1点触れると、いわゆる「在宅テレワーク」です。これに事業場外みなし制を適用するというアイデアも議論されていましたが、これについても、つながらない権利をきちんと担保する仕組みとセットにする形であれば、問題の解決を図る余地が出てくるのかなと思いました。

ICTで客観的に把握が可能なら、そもそもみなし制の適用を認めるべきでない

竹村 木下先生の整理で私も頭がクリアになりました。事業場外みなし制との関係については、労働側弁護士の立場としては、ICTで客観的に把握が可能であれば、そもそも事業場外みなし制の適用は認めるべきではないのではないか、「労働時間を算定し難い」(労働基準法第38条の二)場合に当たらないのではないか、という考えを持っています。ただ、最高裁がそのように考えているのかというと、必ずしもそうではないとみる余地があります。その点をどう考えるのか、私も問題関心を持っています。

在宅勤務については、営業先などへの移動を恒常的に行う営業職などとは違い、自宅という固定した場所に継続して所在しているという点も考えて検討すべきではないかと思っています。

裁量労働制については、木下先生が指摘されたうち「『どこでも・いつでも』指示命令が到達する」という想定に私も問題関心があり、裁量労働制の要件が満たされなくなるのではないかとコメントさせていただきました。他方で、木下先生ご指摘の労働者の裁量が広がる場合もあるという点について、認識を新たにしたところですが、「働きすぎ」による健康影響などの危惧はあります。

山本 これらに対するコメント、補足を木下先生お願いします。

元々は実労働時間が所定時間に満たなくても賃金が減額されないという意味

木下 もともと事業場外みなし制が最も適用されるのは出張の場合です。クラシックな就業規則を持つ会社ではだいたい、出張業務を行った日は所定労働時間を働いたものとみなすという1文が就業規則にあり、これで事業場外みなし制が使われています。この意味を本当に考えると、実は出張の日は、所定労働時間よりも実労働時間が短いことのほうが多い。通勤時間よりも遠いところに行くわけですから。

だから、実労働時間が所定労働時間より短くても所定労働時間働いたものとみなすという意味からすると、実は事業場外みなし制は労働者からみると、実労働時間が所定労働時間に満たなくても賃金が減額されないという意味になります。賃金に加えて出張日当が出ますので、決して長時間労働を容認するための制度ではなかったというところは、忘れてはいけないところだと思っています。

私はクライアントにはいつも、出張に行くときは行きは寝て、帰りは、仕事が終わったんだから早くビールを飲んで、電車の中でゆっくり休んで来るようにと言っているのですが、最近はICTの発展のおかげで、みんな新幹線の中でノートPCを広げて仕事をしています。あれはやっぱり問題だと思っています。クラシックな出張に戻って、事業場外みなし制の基本に戻っていただければ、つながらないということとの関係は明らかになってくると思います。

最高裁は労働時間算定ができることだけを要件と考えているわけではない

最高裁は、結果としての実労働時間がわかってしまうことだけをもって「労働時間を算定し難い」とする考え方ではおそらくないのだと思います。阪急トラベルサポート事件は、あらかじめお客様に提示した行動予定表によって、しっかりと添乗員の労働時間が管理されている。一方、「労働時間を算定し難いとき」には該当しないと判断された「協同組合グローブ事件」(最高裁判決、2024年4月16日)では、事業場外みなし制の適用を受けていた労働者が、自主的にどこに行くかや何時に行くかといったことを決められる状況だったという点で、阪急トラベルサポート事件とは働き方の違いがあった。結果としての労働時間算定ができるということだけを要件として最高裁が考えているわけではないというのは、この2つの判決を比較することで明らかだと思います。

山本 事業場外みなし制の適用の解釈については、まだ議論があり得るところだと思いますが、少なくともこういった既存の柔軟な労働時間制度の存在も視野に入れながら、つながらない権利の問題を考えていかなければならないということ自体は疑いのないところだと思います。

論点2:具体的にどういった法規制が必要か

山本 では次に、具体的にどういった法規制が必要なのかという議論に移りたいと思います。

趣旨説明で、私は特に外国法を参考にして、つながらない権利は5つの類型(※注)に分類できるとお話ししました。細川先生は研究報告の中で、国による一律の規制はなかなか難しいので、基本的には労使のルールメイキングに委ねるべきだと述べられましたが、これは類型5に属することになります。また、久保先生のご報告に出てきたイギリスのローベンス報告(1972)や参加型人間工学のアプローチなども、基本的には類型5に親和的なアプローチと考えることができます。

※注
  • 類型1:労働時間外に業務上の連絡に対応しなかったことを理由とする解雇などの不利益取り扱いの禁止
  • 類型2:労働時間外における業務上の連絡の禁止
  • 類型3:労使の協定や労働契約中における「つながらない」時間帯の明記の義務付け
  • 類型4:「つながらない」ための具体的な措置の義務付け
  • 類型5:「つながらない権利」行使のための労使交渉・企業内ポリシー策定の義務付け

一方、竹村先生は基本的に類型2を主張されました。すなわち時間外・休日の連絡は基本的には禁止すべきであり、そのうえで、例外・適用除外を労使のルールメイキングによってできるようにして一定の柔軟化も認める。その点では、細川先生と竹村先生のアプローチには少し違いがあるのかなと思って聞いていました。

細川先生、竹村先生にはそれぞれ、お互いのお考えについてもう少しコメントをお願いできればと思います。

日本にふさわしい法規制の類型

例外設定で考えられる例としては緊急事態など

細川 現実的に、一律の規制にする場合は、どういう規制の形にするかが難しいところです。1つのアプローチとして、諸外国の例にもあるように、勤務時間外・休日は原則として連絡できないとする方法はあり得ると思います。例外設定する場合の1つの例は、生命・身体が関わるような場合の緊急事態です。もう1つは、休日なのですが、連絡が来る可能性があることを事前に決めた場合です。それについての手当を支給することで、例外条項も設けているという立法例も見られます。

ただ、あまりに抽象的な例外設定が可能になると、表向きは原則禁止になっているはずなのに、結局ずるずると広がりかねない。そういったことを考えると、日本の場合は類型5のアプローチのほうが機能しやすいのではないかと、今のところ考えています。もちろん、必ずしも相互排他的でと思っているわけではないので、竹村先生の言われるような規制を前提とするアプローチがあり得ないと思っているわけではないということは、お断りしておきたいと思います。

労働組合がしっかりしている現場ばかりであれば類型5でも異論なし

竹村 なぜ一律規制すべきかというと、労働組合がしっかりしている現場ばかりであれば、類型5でも全く異論ありません。ただ、残念ながら、組織率等や今の労使関係をみると、そういう職場ばかりではない。

とはいえ、類型2とする場合には、どういう規制にするのかというのは確かに悩ましいところです。これを労働基準法で規制するとなったときに罰則付とするのが果たしてよいのかという点については、私も率直に言って適していないと思います。そもそも要件の部分を明確にするのはかなり困難ですので、少し違った形での禁止を考えるべきではないかと思っています。

労使のルールメイキングの具体例

山本 細川先生のアプローチにせよ、竹村先生のアプローチにせよ、労使によるルールメイキングに一定の役割が期待されているという点は共通していると思います。そうすると、次の問題として出てくるのが、労使によるルールメイキングとして実際にどのようなものがあり得るのかということです。この点については、視聴者からも多くの質問が寄せられています。

細川先生はフランスがご専門ですので、フランスの例なども含めて、どういう取り組みが行われているのか紹介いただければありがたいです。また、久保先生、竹村先生、木下先生におかれましては、日本の現場ですでに行われている取り組みなどがあれば、ぜひご教示いただきたいと思います。加えて、木下先生からお話があった、取引先や顧客、消費者など社外の人間からの時間外におけるアクセスについても、視聴者から非常に高い関心が寄せられていますので、この問題でもご知見をうかがえればと思います。

フランスでは政策的に積極的に教育・啓発を実施

細川 フランスに関して言えば、具体的にルールをつくるというよりも、まずは抽象的につながらない権利があるということを確認して、教育・啓発をするということが法政策的にはかなり施行されています。2017年1月から、つながらない権利についてのルールが施行されましたが、その立法過程で出てきた議会からのレポートでも、啓発と教育の重要性がかなり強調されていました。

啓発と教育の重要性は日本にも共通すると思っています。先ほど木下先生から出張の話がありましたが、日本でも昔は、職場から離れれば、風呂敷残業のような特殊な事情を除けば仕事から解放されるというのは当たり前でした。それがいつの間にか、社会の変化に合わせて知らないうちにわれわれの意識が流されて変わってしまっているので、そこを変える必要があります。

それから、日本では政策的な対応も大事だと思うのは、顧客への対応という部分があるからです。各企業が自発的につながらない権利を実現するための仕組みを頑張って整えたとしても、顧客からの理解を得るのはなかなか大変だろうと思います。しかし、労働政策として打ち出し、つながらない権利という考え方が社会に広まれば、世間の理解も高まると思います。

現状はICT機器を持ち帰らせないことで「つながらない」を実現

木下 ICTの発展で便利になった一方、企業情報の漏えいというリスクを企業は常に持っています。企業側としては今のところ、労働時間との関係よりも情報管理として、ICTに関する機器の管理、物理的な機器の管理をしつつ、ルールを決めているところが多いと思います。スマートフォンやPCを、土日や休日に持って帰ることを禁止している会社も意外に多い。情報管理としてICTの機器を持ち帰らせないということで、実はつながらないということが実現できている。

そうなると、上司の中には「個人の携帯の番号を教えろ」とか、「個人の携帯でLINEをつなごう」などと言う人がいるのですが、それはやってはいけないということで、今度はハラスメント防止のようなルールのところで整理していく。

ただ、そういったなかで起きてしまったのがコロナ禍の中のテレワークで、結局テレワークするということは、もう自宅が働く場、事業場と同じになってしまって、前提として機器を持ち帰ってしまう。私などはわりと、在宅のほうが労働者にとってつらいと思うので、「会社に来なければ働かなくていいという状態にまた戻るということはいいんじゃないの」と言うのですが、あまりそこが労働者にも響いていないというところがあります。私はどちらかというと、労働は使用者側が用意した事業場で行い、事業場の安全を完全に使用者側が確保するなかで行うべきという、古いタイプの労働感をまだ持っていますので、そういうことを皆さんにお勧めしています。

時間外では会社情報にアクセスできないようにする例も

竹村 情報管理の部分では本当にそうだなと思いました。現状の在宅勤務でも、ある程度そういった管理がされている場合があります。例えば、会社情報へのアクセスが時間外ではできなくなったり、シャットダウンされているケースもあり、やりようによっては情報管理はできるのかなとは思っています。

久保 自分の個人的な経験からお話しさせていただくと、当研究所の安全衛生委員会は事前に従業員に、匿名でいろいろなアンケートを取っており、そこで出てきた話を安全衛生委員会で労使と議論しています。できるだけ現場の人の声をふまえて進めるという取り組みが、職場の中でのルールより、実効性があると思っています。

論点3:ルールメイキングの主体となるのは誰か

山本 具体的な法規制との関係で問題になるのは、ルールメイキングの主体としての労使というのは、いったい誰のことを言っているのかという点です。現行法を前提にすると、まず考えられるのは労働組合や、過半数組合あるいは過半数代表があります。ただ、過半数代表に関しては、日本では形骸化しているということもよく言われます。安全衛生委員会の活用も考えられますが、現行法の立てつけでは、あくまで事業者に対して意見を述べる諮問機関です。要するに、それ自体がルールメイキングの権限を握っているわけではありません。

つながらない権利について適切なルールメイキングを行い得るアクターは誰なのかについて、ぜひ細川先生から、外国法の紹介も含めてご意見をいただければと思います。

労働組合か、過半数代表か、安全衛生委員会か

過半数代表の活用なら、仕組みの整理・整備を

細川 現行法の下では労働組合や過半数代表が考えられますが、実は私が、原則として規制して例外を設けるという方式が現状には適さないのではないかと考えた理由の1つが、まさに今、山本先生からご指摘のあった過半数代表の形骸化の懸念です。過半数代表がうまく機能せずに、例外の運用がずさんになる可能性があるので、仮にその方式を取る場合は、過半数代表の仕組みをもう少しきちんと整理、整備することが前提です。

フランスでは、日本でいう安全衛生委員会に相当する機関があり、これが伝統的に強力に機能してきたことを考えると、日本の安全衛生委員会の機能をもう少し強化するということはアプローチとしてあり得ます。また、労働者の健康管理や職場環境の管理という面で、安全衛生委員会が実は労働組合と並んで大きな役割を果たし得るということを一般の人にもっと知ってもらうことが必要なのではないかと、個人的には思っています。

安全衛生委員会が会社側に単に意見を出すということではなく、何らかの規制機能を持たせたらどうかという案も、確かに1つのアイデアとしてはあり得ます。フランスの例を言うと、実はフランスは事実上それに近い権限を日本でいう安全衛生委員会に相当する機関に持たせていました。その結果、誤解を恐れずに言えば、安全衛生委員会が労使闘争の道具になってしまう面もありました。例えば、新しい機械の導入がリストラにつながるのではないかといって労働組合が委員会を通じて反対するようなことが起こりました。ですので、安全衛生委員会の機能を強化するにしても、その権限の持たせ方については少し慎重に考える必要はあるのかなと個人的には思っています。

山本 ドイツでも安全衛生委員会に相当する機関はありますが、日本と同様であくまで使用者の諮問機関です。一方、ドイツには事業所委員会という従業員代表制度があって、ここが安全衛生問題について共同決定権を持っています。これにより、職場の安全衛生問題の決定にあたっては、使用者が一方的に決めることはできず、必ず事業所委員会が同意しなければいけないとなっています。ドイツは従業員代表がルールメイキングの権限を握っているという状況です。

つながらない権利についてルールメイキングを行う労使がどういったアクターであるべきかという問題については、ほかの先生方からもぜひご意見があればいただきたいと思います。

安全衛生委員会の強化が問題解決につながる

木下 日本の安全衛生委員会は諮問機関ですが、やはりここを強化することは問題の解決につながると思います。過労死が発生した事業所をみると、安全衛生委員会がほとんど機能していなかったところが多く、労働基準監督署もその点を指摘して、例えば一定期間、安全衛生委員会で必ずこういう議題で話し合いをしなさいとか、こういう議題で安全衛生委員会に報告したことを労基署に是正報告しなさい、といった是正命令が出たりします。

そうすると使用者側も、安全衛生委員会をもっときちんと運営しなければいけないと考え、それで安全衛生委員会が機能してくる。例えば、36協定の特別条項の利用者の人数や、利用回数などの情報をかなり細かくキャッチするようになることで、いわゆるコンプライアンスリスクがあるということに気づくことができる。

36協定でもいろいろな労働時間規制ができる

竹村 安全衛生委員会の機能強化については、ご指摘のとおりかと思います。労働組合も、安全衛生委員会にどれだけ人を送り込んで機能化させられるかというのは、非常に重要な観点だと思います。なお、少し大きい話になりますが、私はやはり労使コミュニケーションの担い手は労働組合だと思っています。政策的に労働組合の組織率を上げる取り組みを国にはやっていただきたいと思っています。

また、36協定でいろいろなことができるということも付け加えたいと思います。36協定を締結するなかでは、インターバル規制など、さまざまなルールメイキングを行うことができます。今の労基法の枠組みの中でも、労使コミュニケーションを実質化していくなかで、いろいろな労働時間規制ができると思います。

山本 アクターの問題に関連して、ぜひここで久保先生におうかがいしたいのですが、労使が労働の現場でつながらない権利をめぐってルールメイキングを行うときに、過半数組合や安全衛生委員会など現場の労使に任しておいてできるものなのでしょうか。久保先生の報告では、職場の疲労カウンセリングの取り組みが紹介されていましたが、外部の専門家のサポートがないと適切なルールメイキングは難しいですか。

ルールをつくったほうが現場は発言しやすい

久保 私の経験として、今、当研究所の組合委員長をしており、その立場で安全衛生委員会に出席しているのですが、メンバーの力量ではなく、ルールを使って問題を解決していかなくてはいけないと思っています。やはり同じ職場の上司に対していろいろ言うのは、やりづらい面もありますので、ルールとしてちゃんと発言できるようにする。

仕組みさえつくれば、自分たちの問題ですので職員はいろいろな意見をくれます。また、中からは見えないことが外から見えるということもありますので、例えば職場の産業保健スタッフや法律に詳しい専門家などと一緒にルールをつくり上げていくと、より生産的な対策がとれるのではないかと思っています。

山本 政府や厚労省にできる役割などはありますか。例えばガイドラインを出して、その中でグッドプラクティスを示すなど。

久保 厚労省などがそういう事例集を出していくというのは、非常にいい取り組みになるのではないかと思います。

企業や経営者が果たす役割

組織としての健康確保の取り組みにもっとスポットを当てる

細川 今の議論で2点補足したいことがあります。やはり、組織としてきちんと労働者の健康管理に気を配った取り組みができているのかということは、基本的なこととして非常に大事だと思います。現実に、過労死事案での裁判例や判決文を読んでみても、お亡くなりになった労働者がどういう働き方をして、どういう管理をされていたかなどに集中的にスポットが当たっていて、そもそも企業が組織的にどんなことをしていたのかというところにはあまりスポットが当たっていないという印象を持っています。

もちろん組織的に過労死予防や健康確保の取り組みをしていれば、個々の事案について当然に免責されるべきだと考えるつもりは全くないのですが、もう少し安全衛生委員会を機能させるということも含めて、組織として健康確保をしていくという取り組みにスポットが当たっていくような法政策はできるのではないかと思いました。

また、フランスにも従業員代表や安全衛生委員会がありますが、やはり労働組合がきちんとしているところで機能しています。労働組合以外の機関の活用も大事ですが、現実にそれがうまく機能するためには労働組合のサポートがどうしても必要になってきますので、両者を組み合わせて仕組みを考える必要性も追加しておきたいと思います。

労働者の安全・健康もいまやサステナブル経営における重要事項

木下 さきほど使用者にはコンプライアンスという言葉が響くと言いましたが、もう1つ響く言葉はサステナブルです。有価証券報告書の非財務情報開示の中に人的資本が入りましたが、意外と経営者の方はこれについてとても気にしています。有価証券報告書の報告事項になった途端に、担当が人事部ではなく経営企画部になって、取締役会事項になるというぐらい、対応が変わります。私たち使用者側の弁護士が「労働者の安全や健康、働きがいは今、サステナブルな経営として重要な事項であり、非財務情報として開示して評価される事項ですよ」と使用者に言うことで、今までコストだと思っていた人件費は投資だと、意識がだいぶ変わってきました。

多くの企業で、モラールサーベイや従業員意識調査を年に1回や2年に1回、行っています。匿名ですから、ハラスメントが実はこんなに多いなどの結果が出てくる。それを統計化して、部や事業部門ごとに状況を明らかにすると、その情報が経営者や管理者の意識の中に入ってくる。使用者は、ICTの使い方や働き方に対する従業員の意識なども調査して、改善につなげていく方法を見いだすべきだと思います。

論点4:どのような適用除外があり得るか

山本 次のテーマとして、つながらない権利について法規制を行う場合の例外や適用除外の問題に話を移したいと思います。

外国法をみていると、自然災害や緊急時、また小規模零細の企業については、規制の適用除外を認める例がみられます。職種による例外もあり得るかもしれません。この点については、木下先生のご報告では、労働時間規制が適用除外される管理監督者にこそ、むしろつながらない権利が必要だとの指摘もありましたが、久保先生からは、在宅勤務よりオフィス勤務の労働者のほうが、時間外の連絡が健康に悪影響が出るという研究結果もご紹介いただきました。

今まで労働法研究者は、テレワークこそが、つながらない権利が必要な働き方の代表例のように捉えてきたのではないかと思うのですが、つながらない権利の規制について、テレワーカーに関してはむしろ柔軟化を認める可能性もあるのかなと思って久保先生の話を聞いていました。こういった点も含めて、どういう場合に例外や適用除外、柔軟化を認めるべきか、ご意見があればお願いします。

議論のスタートになるのは労働基準法第33条

竹村 緊急時を例外とする必要は理解できます。おそらくまず参照されるのは労基法の33条(災害時による臨時の必要がある場合の時間外労働等)(※編集部注)です。33条の解釈は通達等に詳しいですが、かなり限定されて解釈されていると思います。この33条を基準に、どれだけ例外を認めるかというところが議論のスタートになると思っています。

※編集部注:労働基準法第33条では、「災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し、又は第三十五条の休日に労働させることができる。ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない」などと規定している。

36協定でつながる労働者の範囲を限定するのも1つの方法

細川 人の命に関わるような緊急時が例外になるのは当然であり、33条が参照にされるとは思いますが、日本の場合は少し狭すぎるので、そこをどう考えるか。それから、例えば36協定の中で、つながることになる労働者について、その範囲をある程度限定する方法が考えられます。つまり、できるだけつながらないことを実現するような仕組みを入れる。前に紹介した手当の対応例でも、全員を対象にするのではなく、ローテーションにしたり、一定の限られた人員を対象とするなどの方法が考えられます。

営業職の話については、そもそも論として、営業担当が属人的に密接に顧客と接するような仕組み自体が、カスタマーハラスメントの防止という見地でも今の時代にあまりそぐわないのではないかという疑問を持っていました。営業職も含めた仕事のさせ方についても見直していく必要があるのではないかと個人的には思っています。

木下 今の顧客との関係のお話ですが、富裕層向けの金融や商品販売では今、担当者と顧客の関係を結構密接にして顧客の囲い込みをするビジネスモデルが広がっています。ただ、実はそういう担当者は、今月の休日がいつなのかをお客さんにきちんと伝えています。むしろ、電話でオンコールの待機をする労働者のほうが危険ですが、事業所によっては、オンコール待機をする電話を決めておいて、その電話を持っている人には手当を払い、その電話を持っていない人はつながらないという工夫をすることも始まっています。

新しい法律をつくったり、新しい法規制をするよりも、現行法や現行の労使関係の中でできることもきちっと見極めていきたいと思っています。

久保 私の報告にあった、オフィス勤務で時間外の連絡が長いほど起床前の疲労感が強く、覚醒度が高かったなどの研究データについて補足して説明すると、対象者はずっと在宅していた人とずっと出社していた人ということではなく、出社したり、在宅したりした人たちを10日間追跡したものです。もしかしたら、出社することで通勤の負担があったことも考えられることは付け加えておきます。

自ら「つながりたい」労働者

山本 久保先生のご報告では、セグメンテーション・プリファレンス(Segmentation preference)の問題についても、ご指摘いただきました。すなわち、時間外でもICTでつながっていたい労働者を、つながらない権利の法政策の中でどの程度すくい上げるべきかという問題です。そもそも、こういった個人の志向をすくい上げるべきなのか、すくい上げるとしてもどこまで柔軟化を認めるべきなのか、この点はいかがでしょうか。

いずれにしても許容量を超えれば健康を害することにつながる

久保 最適なパフォーマンスをするには最適な許容量というものがありますので、自分がやりたいからといっても、それを超えて働き続ければ、いずれにしても過重労働になってミスや健康を害する働き方につながります。皮肉なことですが、情報通信機器によってその対策は打てると思っています。情報通信機器をうまく使うことで健康管理したり、労働時間を別途管理する。程度を超えると、警告を出すことなどできると思います。

竹村 私がやはり難しいなと思ったのが、既存の労働時間規制との関係をどう考えるのか。通常の労働時間規制の下では、ここで言う「つながりたい」という希望が何を意味するのかというのは、労使それぞれにとって非常にリスキーな「希望」だと思っています。すなわち、それは時間外の労働になる、長時間労働につながるということになりますので、その点はかなり気をつけなければいけないと思います。

論点5:ICTの発展と労働時間政策の課題

山本 今度はICTの発展と労働時間政策の課題という、より幅広のテーマの議論に移りたいと思います。最初に議論したいのは、いま竹村先生におっしゃっていただいたポイントです。すなわち、労働者がICTでいつでもどこでもつながっていて、仕事ができてしまうという状況と、従来の労働時間規制がどのような関係にあるのかという、そもそも論の問題です。

大きくは、時間外なのに仕事の連絡が来てPCやスマホなどで対応している時間と、ただICTでつながっているだけの時間に分けることができると思います。直感的には前者は労働時間で、後者はつながっているだけだから労働時間ではないと考えてしまいそうですが、現実にはいろいろなパターンがあるように思います。

例えば前者の場合には、別に使用者は対応しろとは言っていないけれども、労働者が時間外だけど仕事をしてしまうパターンもあるでしょうし、後者の場合も、つながっているだけなのですが、つながっていろと上司から言われたり、連絡が来たらすぐ対応するよう上司から義務付けられている状態であれば、昔からある手待ち時間に近いような気がします。

こういった従来の労働時間概念に照らした場合にどうかという話もあれば、労働時間概念自体をICTの発展の時代に即して変えていくべきという方向性もあり得るでしょう。この点については、まずは法律家の先生方の中でご意見があればお願いします。

現在の日本での労働時間の概念

ICTが発達したからといって労働時間概念を変える必要はない

木下 労働時間概念についてはいくつかの裁判例があり、私はほとんどそれらに関与しているので、現実に関与している立場から申し上げます。現行の日本では、「場所的拘束」「時間的拘束」「上司の指揮命令」という3つの拘束が揃ったところが労働時間ということになっています。手待ち時間について有名なお寿司屋さんの例がありますが、親方の隣できちっと立っていなければなりませんし、いつお客さんが来るか分からず、また、上司の指揮命令に拘束があるので労働時間となります。

いわゆる仮眠時間についても、例えばビル管理員では、必ずビルの施設内で休んでいなければなりませんし、発報したらすぐに対応しなければならず、しかもそれがビルオーナーとの契約に入っているということで指揮命令になるので、休憩時間ではなく労働時間ということになりました。一方、オンコール待機の時間は、場所を離れ、仕事ができなくなるのでアルコールを飲んではいけませんが、食事や遊びに行ったり、寝ててもいい。それだけ拘束が外れてくるので労働時間から外して、実際のコールに対応した時間から労働時間とする。

そういう考え方で現在、裁判例もほぼ統一されています。この労働時間の考え方をICTが発達したからといって変える必要はないと思っています。オンコール待機については、待機していることについては一定の手当で対処すべきです。労働すれば労働時間として認めますし、もちろん36協定の範囲内でしか労働できませんから、今の労働時間法制とICTの発展は必ずしも矛盾しない。報告でも述べたとおり、今の労働時間法制の中でICTの発展とつながらない権利を検討することは可能だと思っています。

賃金の計算をベースとした労働時間のあり方とは別の仕組みを考える

細川 フランスでも、つながらない権利が労働者の健康問題とリンクして議論されるようになった背景には、やはりいわゆるホワイトカラーの人たちの問題があったからです。第3次産業化が進み、フランスの場合は2000年代にかなり裁量労働的な仕組みなどが進んだということもあり、働き過ぎてしまう人が増え、健康問題が出てきた。裁量がある働き方について、そこにどう健康管理のための労働時間規制をかぶせていくかと考えた場合、日本の場合は、割増賃金を含めた賃金の計算をベースとした労働時間のあり方とは別の仕組みを考える必要があるというのが、私の問題意識です。

労基法上の労働時間概念にこだわる必要がないケースもある

竹村 私は今の労基法上の労働時間概念の下で、もう少し幅広く解釈すべきじゃないかという立場に立っていますが、現在の裁判例の傾向は木下先生がおっしゃったとおりだと思います。一方、医師のオンコール時間、パイロットなど航空労働者の自宅スタンバイのケースで、労基法上の労働時間とは取り扱っていないけれども、賃金時間として一部支払うなど、業界ごとに工夫している面はあり、労基法上の労働時間概念にこだわらずに対応できる場合もあるのではないかとも思っています。

細川先生がおっしゃっている健康管理の観点で言うと、つながっていることの負荷が科学的に測れるのであれば、接続時間も含めてそれを考慮の対象にするということはあり得ます。また、労災における業務起因性の労働時間の中には、少なくともこの接続されている時間は対象にされていないのが今の実務だと思いますが、科学的に明らかな心理的負荷があるのであれば、今後、労災の分野において負荷要因に加えていくという考え方も1つあるのかなと思っています。

労働時間イコール賃金時間という考え方が労使の対立点

木下 竹村先生のお話で非常に重要だと思うのは、今の労基法上の労働時間を考えると、すべて賃金時間と結びつけて必ず主張されてしまって、使用者としては、「家で寝てても労働時間として賃金を払わなければいけないんですか、携帯を持っているだけですよね」などという議論になってしまう。労働時間概念には多様性があり、賃金時間に結びつく労働時間と、健康管理・健康確保時間としての労働時間という、意味合いが違うものがあるということを前提として労使で議論できれば別な議論になると思うのですが、今は残念ながら労使の議論では、労働時間イコール賃金時間というところがわりと強く出てしまっている。

竹村先生のおっしゃった航空労働者のいわゆる在宅の待機については、航空業界は労働組合が強く、また、国際水準も含めた国際的な労働組合の活動もあって、労使の間でそうしたことが合意されやすいということが言えますが、こうした場合以外の背景で、労働時間になったらすべて賃金時間だという議論になってしまうと、使用者側としては消極的な態度をとらざるを得ないと思っています。

労働者の疲労状態の計測

労働者の疲労状態を直接把握できるツールは見つからず

山本 労働者が何時間働いたかという問題を超えて、より直接的にデジタルのツールなどを使って労働者の疲労をきちんと把握して使用者に対応を求めるという新たな法政策の可能性を細川先生は示唆されていたと思うのですが、その前提として久保先生におうかがいしたいのは、現在の技術水準からして、労働者の疲労状態の直接的な把握というのは、どれぐらい可能なのでしょうか。

久保 そういった研究があるか探してきましたが、見つかりませんでした。昔の肉体的な労働が主だったときは肉体的な指標で評価できたのですが、今では精神的な部分も大きくなってきていますので、疲労についてはなかなかこれという尺度がないなかで、産業疲労研究が進んできています。

集団的に同じような働き方をしている人について、集団的に疲労度を測っていくということと、主観的な疲労チェックリストの開発に最近携わりました。集団的に測ることで、平均から外れたような働き方をしている人について、休憩を配置していくなどの方策がいいのかなと思っています。だから、デジタルツールの使い方に関しても、その個々人のデータというよりも、そこの職場で働いている人たちの平均的な集団的解析で疲労状態を把握できるのかなと思っています。

山本 疲労状態や健康情報はセンシティブな情報ですので、これらを収集することについての法的な要件設定をどのように仕組むのかというのは、1つの問題だと思います。どのように考えるべきでしょうか。

労働者に強い健康情報収集への拒絶感

木下 健康情報の収集については、やはり労働者の意識は本当に高く、収集されることに対する拒絶感はとても強いものがあります。今のストレスチェック制度では、ストレスチェックの結果が本人にしか行かないようになっていて、本人が高ストレスを申告したら初めて使用者に自分の結果が通知され、同時に健康管理措置を求めるという流れになっているのは、重要な変化だと言えます。

ストレスもそうですが、仕事だけが疲労の原因ではありません。子育てをしている女性が、仕事を持ち帰って残業したいからPCを家に持って帰っていいかという相談は結構ありますが、私は反対です。なぜかというと、本当に冗談ではなく、会社にそう言うのですが、その人は子どもと旦那の面倒を見て、寝かしつけた後に仕事をする。そんなむちゃなことをしようとしているのだから、会社は認めてはいけないと申し上げています。単純に疲労イコール仕事だという考え方で疲労情報を集めるのは危険だと思います。

労働者側にだけ健康管理を任せない

竹村 健康情報の収集については木下先生と一致している部分が多く、私も個人情報保護の観点から抵抗感が強いです。労働時間だけの問題ではないという点については、ケア労働だけではなく、プライベートな時間の使い方もあり、それも含めての管理となると、難しい部分も出てくるのではないかと思います。

やはり自己責任化しないようにすることがとても大事で、今後、デジタルツールでの把握が可能になったとしても、労働者側に管理が任されるというのは労使関係においてもよくないと思います。

細川 議論をうかがって、まずあり得るとすれば、やはり集団的な把握だろうと思っています。疲労に関するデータなどを匿名化して、部門や事業所ごとに集めるだけでも、いろいろなものが見えてくるというのは間違いないと思います。今日は、ICTの発展が労働者の健康にとってどちらかと言うとマイナス方向に働く課題についてどう対応するかということが話の中心となっていますが、フランスでは逆に、労使でもICTの発達を労働者の健康管理にプラスな方向に生かすためにどうしたらいいのかというような議論をしています。もっとも、自己責任につながりかねない話については当然慎重な考慮が必要かと思っています。

正確な時間管理による健康確保と柔軟な働き方という2つのテーゼ

山本 次のテーマに移ります。今、EUでは、労働時間の把握や管理が大きな問題になっています。EU加盟国のなかに、使用者に対して労働者が1日何時間働いたかを把握させる義務をきちんと定めてない国がいくつかあり、2019年に欧州司法裁判所が、各加盟国は労働者の1日の全労働時間を客観的かつ信頼できる形で把握できるシステムを職場に導入するよう、使用者に義務付けるよう命じました。それを行わないと、EUの労働時間指令違反になるという判決を下したのです。

この判断が出たために、ドイツも含めて、例えば使用者はアプリなどを使って電子的に時間を把握できるようなシステムを入れなければいけないのか、あるいはテレワークの場合のように労働者本人による時間の把握をどれだけ認めるべきかなどといった点が、大問題になっています。

日本では労働時間把握義務が明文化されていますが、ただ、特にテレワークのときのように自己申告制をどこまで認めるかというのは、ガイドラインをみても少し揺れている部分があります。一方、ICTが発展するなかでは、使用者がPCを通じてずっと監視することにより、働いている時間を把握するというやり方も可能となるのかもしれませんが、こちらは労働者のプライバシーとの関係で問題が出てくるように思います。ICTの発展によって同じく可能になる、正確な労働時間管理による健康確保と、労働者の柔軟な働き方という2つのテーゼを、どのようにうまく調整するのかというのは、日本のみならず万国共通の問題かという気がしますが、このあたりの点についてご意見があればお願いします。

安衛法を通じた労働時間の把握管理を立法的に広げるべき

細川 EUなどで問題になってきたのは、間違いなくホワイトカラー化が進み、労働者に裁量のある働き方が広がったためだと思います。日本の場合どう考えるかですが、労働時間把握義務が安衛法で定められていることからすると、個人的には、労基法ではなく、やはり安衛法を通じた労働時間の把握管理をもう少し立法的に広げていくべきではないかと思います。そうすれば、賃金時間になってしまうという話とも離れて議論をすることができます。

極端に言えば、賃金時間としないということであれば、ある程度つながっていることが明らかな時間はカウントに入れて把握する。それで必要があれば、集団的になるのか、個人的になるのかは難しいところがありますが、モニタリングをして必要な措置をとるという方法であれば、いろいろな工夫で対応する余地が出てくるという気がします。

接続時間も含めて把握するのも1つの方法

竹村 常々気になっているのが、在宅や事業場外で働くのと、事業場で働くのとで、どうしてそこまで変わるのかというところです。事業場での働き方でも上司がずっと見ているわけではない。結局、タイムカードなどで管理しているのに、在宅勤務になるとモニタリングが強化されるような形になるのは、少し疑問です。

労働基準法なりの労働時間把握については、安衛法上の管理については私も別のものがあり得ると思います。そのなかで今回のテーマについて引きつけて言うと、接続時間のようなものが新たに導入できるのであれば、それも含めて把握するというのは十分あり得るのかなと思いました。

木下 竹村先生がおっしゃった在宅で働くのと事業場で働くのとどう違うのかという点ですが、孤立しているのか、上司や同僚が見ているのかというところは結構大きいと思っています。事業場では集団として労働者を集めて、安全を図りながら使用者が指揮命令していくのに対して、在宅では自己完結しなければいけない。放っておけないところが日本の使用者の少し問題のあるところで、ついモニタリングしてしまう。本当に在宅労働が自己完結して、成果が測れて納得ができるのであれば、労働時間は事業場外みなしでもいいのではないかという議論につながっていく。しかし、それに対して労働側からは強い抵抗もあるという、その立場の違いではないかと思いました。

久保 労働時間の概念の話に戻ると、同じ活動でも、自分が好きだからやっていると、いわゆる自己研さんというような問題になってくると思うので、認知の問題というのはなかなか難しいなと思いました。

論点6:つながらない権利とフリーランス

山本 最後の課題に移ります。このフォーラムではこれまで雇用労働者を前提に話をしてきました。しかし、つながらない権利というのは、業務委託などで働くフリーランスには無関係な話なのでしょうか。

特に最近話題のクラウドワークやプラットフォームワークはICTがないとそもそも成り立たないわけですが、業務の委託者やプラットフォーム側からひっきりなしに仕事の連絡が来るなどの状況もあり得るかもしれません。もちろん、労働者ではないということを前提にすれば、フリーランスには労働時間規制そのものがありません。ただ、もう少し広くみると、例えば家内労働法の中にはいわゆる就業時間の規定があって、あくまで努力義務ですが、委託者は家内労働者が過重労働になるような委託をしてはいけないという旨が定められています。この点については、自営型テレワークガイドラインにもほぼ同様の規定があります。

さらに、木下先生はつながらない権利の規制根拠として、パワハラ防止を挙げておられましたが、フリーランス法の中にはパワハラ防止の規定は存在します。そうすると、委託者やプラットフォームとの関係で弱い立場にあるフリーランスについて、雇用労働者と同様につながらない権利を検討する素地というのは、日本において全くないわけではないようにも思えます。この点について、最後に議論をしたいと思います。

雇用労働に近い立場・働き方ならつながらない権利を考える余地も

木下 まず、雇用労働か雇用労働でないかのところの重要な論点として、諾否の自由というのはあります。本来フリーランスは諾否の自由があり、仕事の発注があっても、「今は受けられません」と言えなければいけない。しかし、従属的なフリーランスになると、それを言ってしまうともう2度と仕事が来ないかもしれないので、過重な受任もしてしまう。そんな問題であるので、フリーランスがどんな立場でどのような働き方をしているかによっては、つながらない権利を考える余地はあると思います。

仕事の依頼の連絡ならまだいいのですが、あれが出来が悪い、これが出来が悪いというような連絡が夜中でも入るようになったら、それはハラスメントだと思いますし、そういう連絡を受けなければならないとなったら、やはりフリーランスといえども健康被害に結びつくと思います。ですので、パワハラ防止の観点、あるいはセクハラ防止の観点としてのつながらない権利というのも検討は必要だと思います。

竹村 木下先生と同趣旨の意見で、つながらない権利のないフリーランスって何なのかと思う部分はあります。今の労働者概念でも、そもそも労働者性が認められる余地があるケースではないかと思います。ハラスメント規制については、もうおっしゃるとおりかと思います。

プラットフォーマーの安全配慮義務も議論すべき

細川 2つだけコメントすると、まず、諾否の自由がどうしても制限されがちになるのは、専属的なフリーランスです。竹村先生のご指摘のとおり、労働者として認める範囲を広げるなり、そうはいかないまでも何らかの形で同じようなルールを準用するというアプローチは今後、考えられてしかるべきです。

2つ目は、プラットフォームを通じて働いている人に対するプラットフォーマーの責任はどうなのかということについてです。いわゆる安全配慮義務は、別に労働契約に限って生じるわけではありません。仲介された先のところでハラスメントを受けたりする可能性もあります。しかし、プラットフォーマーの安全配慮義務とその範囲や内容について、今のところあまり議論されてないという印象を持っています。そこの議論を詰めていくことが必要だと個人的には思っています。

山本 安全配慮義務に関しては、雇用労働者との関係でもつながらない権利を規制づける規制根拠になり得るかもしれません。

ここでちょうど終了時間となりました。ICTの発展というのは、つながらない権利だけ取り出してもそうですし、それ以外の点でも、やはり労働政策に対して非常に多岐にわたる論点を提起するものだということが、今日のパネルディスカッションで一層鮮明になったという気がします。労働時間法制だけではなく、例えば集団的労使関係にも関係しますし、あるいはハラスメント法制、さらには個人情報やプライバシーの領域にも関係する非常に広がりのあるテーマだと思いながら、コーディネーターとして今日の議論を聞いていました。

問題点を論じ尽くせたかどうかはわかりませんが、おそらく政策的な検討の基礎を提供することはできたのではないかと思っているところです。4人の先生方には長時間にわたり大変活発に議論していただきましたこと、心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。