パネルディスカッション

パネリスト
寺床 真悟、小原 正之、治多 伸介、
坂口 菊恵 独立行政法人大学改革支援・学位授与機構 教授
(当初登壇予定だった宮本岩男・中小企業庁総務課長は不参加により、事務局がコメント代読)
コーディネーター
堀 有喜衣
フォーラム名
第132回労働政策フォーラム/大学等の質保証人材育成セミナー「キャリア形成に寄与する学び直し・リカレント教育」(2024年3月16日-19日)

トピック1:変化の早いニーズを反映するための工夫

 最初に、非常にニーズの変化が早いなかで、そのニーズをカリキュラムや訓練の教育内容に反映するための工夫についてあらためてご紹介ください。

自ら考えて学ぶ力を身につける課題づくりを意識

寺床 JEEDでは毎年度、各施設の訓練担当が主となってニーズ調査を実施しています。まず企業や団体に対して、デジタル人材の採用予定や採用の際に求める職業能力を直接ヒアリングしています。また、離職者訓練を修了した人を採用した企業や、在職者訓練を受講した企業に対しても、人材ニーズや産業動向をヒアリングしています。さらに、各道府県の労働局や地方自治体から求人・求職状況や地域の産業動向、産業政策、雇用政策などに関する情報収集を行うとともに、関連する民間教育訓練機関等の訓練コースの情報収集を行っています。このようなかたちで把握した内容をふまえて、本部が定める標準的なカリキュラムモデルをベースに各施設が訓練カリキュラムを設定しています。

例えば、新型コロナウイルス感染症の拡大で在宅勤務が増えた時期には、「空き部屋を在宅勤務で使うためにエアコンを設置したい」というニーズが増え、地域においては、エアコンの取り付けに関する技能・技術を習得するための訓練カリキュラムを見直した事例や、電気設備分野では電気配線工事作業だけでなくCAD(コンピュータ支援設計)を活用した屋内配線設計ができる人材へのニーズがあった地域において、配線工事に加えてCAD活用に関する技能・技術を習得できるカリキュラムに見直したという事例があります。

訓練効果を把握することを目的に、修了者の就職先企業に対してヒアリングを行っていますが、「設計の流れを考える課題を実施してもらえると、現場に入ったときになじみやすい」という意見をもらったこともあり、そうした意見を受けて、仕様やフローの設計、ソフトの開発・テストを行わせる課題設定に見直した事例もありました。

 具体的な説明をありがとうございました。非常に素早くニーズを捉えて、それを教育訓練に反映している状況がよくわかりました。

キーポイントは企業との対話

小原 寺床さんのお話にもあったように、企業へのヒアリングは、われわれもとても重要だと思っており、ご利用いただいている企業との対話がやはり重要なキーポイントだと思います。

企業にヒアリングすると、「なぜ優秀なプレーヤーや優秀なマネジャーになれないのか」「デジタル偏重で意外と思考の部分が弱い」「新規事業を創出する想像力やビジネスプランニングが弱い」といった声があります。このようなキーワードをもとに、いろいろな変化のニーズをどんどん取り入れています。

一方で、変化を取り入れていくと、教育している内容が変わってきます。正規の課程や教育訓練給付制度に乗せられないニーズもやはり出てきます。その受け皿が、まさに私たちが提供しているオープンカレッジです。しっかりとした日本料理屋、フレンチ料理店のような正規の課程、履修証明プログラムは持っておきつつも、フードフェスティバルのように本当に旬なものを旬な状態ですぐお渡しするような、変化をどんどん取り入れていけるプラットフォームによって変化するニーズに対応しようと考えています。

 素早く反映するプログラムと、がっちりと長期的に教育訓練をするプログラムで分かれているということですね。

ニーズを聞き取る専任教員を配置

治多 皆様がおっしゃるとおり、とにかくニーズを聞き取りに行くことがとても大事であるという認識を私も持っています。われわれの場合は、ニーズを聞き取るための専任教員が1人います。ニーズ調査のみを行っているわけではありませんが、主な業務はニーズ調査です。このニーズ調査による成果の1つが、事例紹介で説明したイノベーターのプログラムです。そのほかの個別プログラムに関しては、やはり受講生のアンケートが大事です。

 東京理科大学ではどんな方がニーズ調査をしていますか。

小原 企業側から参加する人にあわせて、企画した教員、事務スタッフ、センター長などが対話の場に参加して話し合っています。

大学の授業で教える内容は、担当の教員にお任せするスタイルが多いですが、アンケートの結果をみると、受講生がそこに不満を感じていることがわかりました。そこで企画した教員やスタッフが間に入り、お客様や企業の人事の反応も含めて、アンケートの結果をフィードバックするなどして、次回に向けてブラッシュアップをしていくことにしました。

例えば、われわれの若手メンバーが「世の中で半導体が不足している。半導体の技術的なことはわかっていたが、ここまで社会的に問題が大きくなったなら、半導体を教養として学ぶことが必要じゃないか」と提案したとしましょう。そうすると、それを教えられる先生を探そうよということで、授業をフィードバックすると同時に、その授業に深くスタッフが関わることによって新たなものが生まれてきます。そうした好循環が発生しています。

 そのスタッフは、小原さんの他にも何人かいるということでしょうか。

小原 何人かいます。運営には学生のアルバイトスタッフもいて、彼らの意見も聞きます。企業の方が持っているアンケートとわれわれが持っているアンケートの情報をもとに意見交換することもあります。

 JEEDはいかがですか。

寺床 基本的には職業訓練指導員が主体的にニーズ調査をしています。企業の人材育成の担当者から話を聞くことが多く、その際はニーズ調査のための調査票を持って話を聞くこともあります。受講者の就職先へ訪問したときに話をうかがうことや、在職者訓練を受講した従業員の方に「今の現場はどういったものを求めているのか」「どういった技術がこれから必要か」と直接聞くこともあります。このようにいろいろな声を聞いたうえで、カリキュラムに落とし込んで運営しています。

 ニーズ調査の方法はさまざまのようですが、やはりできるだけ現場に近い方が聞き取ることが大変重要と感じました。

産業界は注文するだけでなく採用と処遇に責任を果たしてほしい

 ニーズ調査について、本日はご欠席の中小企業庁の宮本総務課長のコメントを紹介します。

事務局 宮本さんのコメントを書面でいただいていますので読み上げます。

産業界の教育ニーズは時間とともに変化していくことが考えられます。例えば人工知能に関する教育ニーズは、2014年調査では小さかったですが、2016年調査では大きく上昇していました。その頃に人工知能ブームが起こったのではないかと考えられます。また近年でいうと、この1年でチャットGPTが出現しているので、言語理論に関する教育ニーズなども大きく上昇してきている可能性があります。このような産業ニーズの変化については、教育カリキュラムにどんどん取り入れていくような取り組みが重要と考えられます。

もう1つ、数年前の調査では韓国において、産業界は大学の講座に大きな資金を提供し、産業界が教育してもらいたい内容のカリキュラムを構築するのと引き換えに、卒業する学生の採用を保証する方式が採られていることがわかりました。産業界も単に大学等の教育機関に対して産業ニーズに合った教育をするようにという注文をつけるだけではなく、学生の採用に責任を負う、処遇をしっかり行う責任も果たしていくことが重要と考えます。

 宮本さんは経済産業省の方ですので、企業に対してのコメントだと思います。今回のフォーラムには主に教育訓練プロバイダーの方々にご参加いただいていますが、企業側から見ると、このような形のコメントができるのではないかというところです。

トピック2:ニーズが変化しても変わらない教育内容とは

 ここまで変化するニーズについてうかがってきましたが、労働市場のニーズが変わっても、変わらずに教育しなくてはいけない教育訓練内容もあると思います。

仕事に取り組む姿勢、心構え、安全衛生への意識は変わらずに必要

寺床 労働市場が変化して、求められる技能・技術は変化するかもしれません。しかし、仕事に取り組む姿勢、心構え、安全衛生(危険に対する感受性を養うこと)については、労働市場のニーズが変化しても変わらずに必要な訓練内容だと思います。これらは、受講者の就職先の産業分野にかかわらず、共通して身につけていただきたい内容であり、JEEDでは、ものづくり分野の仕事を遂行するために必要な職業能力、知識・技能・技術の向上だけでなく、QCD(クオリティ、コスト、納期)、自ら考える学ぶ力、コミュニケーション能力の向上、安全に対する意識の醸成についても訓練を通じて図っています。

 仕事に取り組む姿勢については、科目として訓練のなかで何か設定していますか。それとも、ふだんの教育訓練のなかで指導員が気をつけながら指導していますか。

寺床 仕事に取り組む姿勢はカリキュラムとしてあるわけではなく、訓練を行いながら、通常の技能・技術の訓練に溶け込む形で、訓練の一環として取り組んでいます。

教育を受ける側の企業や個人もバランスを取ってほしい

小原 正規課程の教育内容はもちろん変わらないと思いますが、私たちが提供しているアラカルトの部分でも、例えばファイナンス、アカウンティング、統計学などは普遍的に学ぶものだと感じています。そうしたプログラムは実はもう大学だけではなく、民間の研修サービスも含めて教育界で非常に充実しています。

変わらない部分と変わる部分を、うまくバランスを取る必要があると思います。変わらない部分については、正規課程や教育訓練給付の制度をどんどん活用していかなければならないと思います。社会の数字の読み方、会社の数字の押さえ方、知財、イノベーション思考など、ある程度変わらないものでビジネスパーソンとして押さえておかなければいけない部分がある一方で、「ビジネスのトレンドがどこにあるのか」「新しい経営コンセプトはどんなものなのか」といったところは、どんどん変わっていく部分です。教育を提供するプラットフォーマーだけでなく、教育を受ける側の企業や個人もバランスを取ってほしいです。

最近はオンデマンドで24時間動画を視聴できる教育もありますが、受講生どうしのやり取りや対話、質疑応答から学ぶことが多いので、変わらない部分と変わる部分の両方のバランスを取って学んでほしいです。

 受講生どうしの交流で学ぶことが大きいとのことですが、例えば、どんな形でお互いに学んでいますか。

小原 事例紹介した日経ビジネススクールと連携した授業では、受講生どうしで教え合うシーンも見受けられました。2時間の授業のあいだに120個ぐらいのチャットが流れて、ある受講生が「この部分がわからない」と言ったら、別の受講生がその部分を補完していました。講師の先生はその間も話しています。またあるオンライン授業では、授業が終了した後に受講生が退出しないでお互いに学び合いをしていることもありました。

2018年にサービスを開始したとき、こうした学び合いはオンラインでは成立しないと私は考えていました。しかしコロナ禍を経て、オンラインでもできるのだと感じています。このような「学び方の学び」も普遍的に変わらない教育内容だと思っていますが、そうしたものも含めてパッケージとして学んでほしいです。

 興味深い論点をありがとうございます。ある種のコミュニティとして受講生どうしのやり取りが成立するために、大学側が何か仕掛けているのですか。

小原 特に仕掛けていませんが、学びの大事なところですので、運営メンバーに対しては「受講生どうしのネットワーキングに資するような取り組みはサポートしてあげてください」と伝えています。

 JEEDの職業訓練の現場では、訓練生どうしが学び合うことはよく起こりますか。

寺床 ものづくり分野の訓練を初めて学ぶ人が多いので、1回話しただけで伝わるところと伝わり切れないところがあります。受講者の経験によってさまざまではありますが、仲間意識が芽生えて「みんなで再就職に向けて頑張ろう」という形ですね。

訓練での1クラスの人数はそれほど多くないので、そのなかで受講者がチームとなって、お互いわからないものを補填し合うということは当然発生しており、そうした形で皆さんが就職を目指しています。

 就職という目的が同じで、同じ方向に向かっていくという点で、受講者の間に共通点がありますね。

基礎を理解しないと技術に振り回される

治多 変わらない教育内容はやはり基礎教育だと思います。ただし、その基礎学問や基礎教育がどういうものかはプログラムによって変わると思います。その一例としては、われわれの柑橘プログラムでは、土の化学、土の物理性、土の微生物生態系が基礎です。土壌肥料や作物の生理生態も基礎です。

これらは農学部全部の基礎教育と同じにも見えますが、柑橘プログラムに即した土壌学というものがあります。なぜかというと、当たり前かもしれませんが、柑橘農地の土壌の特徴や、「こういう土にしましょう」という柑橘目線の土壌学が存在するためです。柑橘の生態に絞った作物生理学も同様に存在します。

一方、応用面での農学系での流行は、現在はDX(デジタルトランスフォーメーション)、スマート農業技術と呼ばれるものかと思われますが、それらはこれからも変化、発展していきます。先端と言われているものは変わりますが、それを支えている基礎の部分を理解していないと、そういう技術に振り回されるだけで、イノベーターや地域活性化の牽引役となるような息の長い実力のある人材にはなれないのではないかと思います。

 基礎は共通するものだが、そのプログラムの切り方によって基礎教育の教え方や内容は違うというイメージでしょうか。

治多 そのとおりです。プログラムがたくさんある場合に、共通基礎をつくればどうかという点はよく議論されます。共通基礎をうまくつくると、講師の負担は楽になりますが、共通基礎と各プログラムに特化した基礎の、2つの上手な共存が大切かと思います。

制度と実際のニーズにアンマッチが生じているのでは

小原 社会人の学び直しでは、就いているポジションや今まで学んできた内容が人によって違うので、基礎教育の内容がだいぶ変わります。ですので、基礎教育の内容をアラカルト的にある程度プラットフォームで用意して、それぞれが自身の考えに基づいて受講できるようにしておくのがよいと思っています。

しかし画一的に行わなければ、教育訓練給付制度の要件を満たさない場合もあります。プログラムを固めてしまうと個別のニーズには合わないので、痛しかゆしなところはあり、制度と実際のニーズでアンマッチが生じているのではないかと思っています。

 その点で、自分に必要な科目をきちんと選べる能力、学び方を学ぶことが非常に重要ということですね。

トピック3:今後の課題

 みなさまが行っているプログラムの今後の課題についてお話しください。

大学院の正規課程に進学を

治多 愛媛大学全体の課題としては、それぞれのプログラムは頑張っていますが、まだ十分に対応できていない地域のニーズがあろうかと思います。しっかりとニーズを把握して、それに対応していくことが大事だと思います。

もう1つは、これは大学にもよると思いますが、愛媛大学では、リカレント教育を受けた後に、ぜひとも大学院の正規課程の修士課程や博士課程に進学していただければありがたいです。リカレントプログラムが高度専門家を生み出さないと言っているわけではありませんが、より社会を牽引する力を身につけ、最先端の学問を習得するという点では、やはり正規教育に入っていただくのは1つの方向だと思います。柑橘のプログラムでも実際に大学院に進学した人がおられます。

けっして誘導するわけではありませんが、これからの大学自体の1つのあり方として、社会人の方に正規学生としてどんどんキャンパスに入ってきていただくことは、特に地方大学においては大事なことだと思います。若い学生と一緒に学ぶことは相乗効果もあります。

 いまのお話は、大卒の人がリカレント教育を受けて問題意識が明確化して、修士課程に進学するというイメージでしょうか。

治多 そのとおりです。

 リカレント教育を受けて修士課程に進学する人の割合はどのぐらいですか。

治多 柑橘プログラムでの実績は約60人のうち1人です。進学したいと言う人は2割程度はおられると思いますが、やはり費用や時間を確保することなどに対する課題があるようです。愛媛大学大学院農学研究科の社会人向け修士課程では、すでにオンラインでの受講科目を拡充して通学の負担は少ないようにしていますが、そのアピールが、まだ少し足りないかもしれません。

 地方大学の1つのあり方として、大変貴重な試みだと思います。

坂口 高等教育、大学院、研究などの魅力を伝えるという意味で、このような地域に根差したリカレント教育はとても役立っていると考えますので、ぜひ続けてほしいです。特定の地域に限らず、モデルケースになってほしいです。

訓練そのものの認知度が課題

寺床 離職者訓練の大きな役割は雇用のセーフティネットです。地域の雇用失業情勢や人材ニーズをふまえながら、離職者に対して仕事に取り組む姿勢、心構え、安全衛生を含めた適切かつ効果的な職業訓練を実施して再就職に結びつけること、そして産業界から求められる人材育成を行っていくことが引き続き重要な課題です。

また、求職者が応募できる職業訓練である「離職者訓練」「求職者支援訓練」について、認知度があまり高くないと個人的に感じています。求職者向けの職業訓練は、ハローワークから紹介を受ける必要がありますが、さまざまな転職サイトがあり、ハローワークを利用せずとも就職できることが多く、訓練にはどのようなメニューがあり、どこで実施しているのかなど求職者の方に職業訓練を知っていただく機会が減ってきていると感じておりますので、広報活動、募集活動も課題の1つだと思います。

教育機関と企業の対話が必要

小原 大学でリカレント教育・リスキリング教育を行っていることを知ってもらうことが大きな課題です。企業の人事担当者でも知りません。会社の研修でお腹いっぱいという社員の方が多いです。

事例紹介で人事の正規分布の2・6・2という話をしましたが、先頭の2の集団は昔から勝手に学んでいる層です。彼らはこれからも学んでいくでしょう。しかし、中間層を分厚くするためには自律的な学びが必要です。私たちが対話している企業でも「あっ、この会社は強い会社だな」と思う企業はこの6割が自律的に学んでいます。6割の人にそういう意識を持ってもらうことが重要です。

そこで重要なのは、最初に1回、その一口目に食べてみた学びが不味いと、もう学ばないということです。最初に一口目をきちんと安全に美味しく食べてもらうためのスキームを会社ごとに考える必要があり、そうした意味で、教育機関とわれわれ大学ないし研修会社が綿密に連携を図ることが大事です。

 職業訓練機関と大学では立場が違いますが、社会人経験のある人が学び直すことが多いという点では共通していると感じます。社会人が学ぶ場合に、こうしたらいいというお考えはありますか。

小原 私たちが連携している企業も、例えば1年目は、管理職全員に受けさせているケースがあります。その後は自由参加にしたところ、その企業の担当者は「参加人数がすごい減るだろう」と思っていたのですが、想定していたほどには減少しませんでした。つまり最初に食べた一口目がよかったケースでは、自律的な学びにうまく入っていけます。

 きっかけをつくって美味しく食べてもらうのはとても難しいことだと思います。企業との連携について、ヒントを頂けますか。

小原 社員に任せきりでもうまくいく企業もあります。「うちの会社はこのぐらいの温度感で社員に展開するとちょうどいい」とわかっている会社は、そこまで深く連携しなくてもよいのかなと思っています。

一方で、がっつりと組む企業では、「中期計画はこうだから、うちの社員にとっては、こういう講座が必要」とか、「こういう枠組みで体系立てて学ばせたい」といったことを何度も人事部の方と議論します。

 JEEDでは在職者訓練を行っていますが、その仕組みを教えていただけますか。

寺床 公共職業訓練という枠組みの中で、離職者訓練以外にも在職者訓練を実施しています。機械、電気・電子、建築の各分野において、仕事に必要な知識や技能・技術を習得する訓練を各ポリテクセンターで実施しており、期間は2日から5日間です。またJEEDのなかで在職者訓練として、ものづくり分野の技能・技術を習得する訓練以外では、生産管理、IoT・クラウド活用、組織マネジメント、マーケティングなどあらゆる産業分野の生産性を向上させるために必要な知識などを習得する生産性向上訓練を実施しています。

坂口 「企業のほうがこういう人材が欲しいからプログラムをつくって展開していく」というお話がありましたが、その逆のパターンはありますでしょうか。例えば「私はユーチューバーになりたいのですが、そういう講座はありますか」といった具合です。JEEDでは「小さい子どもがいるが、それで働けるにはどういうスキルが必要か」など、さまざまなパターンがあると思います。そういったユーザーのニーズを掘り下げて新しいプログラムをつくることは検討していますか。

小原 例えば昨年開設した講座でファンダムエコノミー、いわゆる推し活があります。「マーケティングに活かせるのでは」と考えて、マーケティングと紐付けた講義を教員に依頼しました。このように「これはもしかしたら新しい学びかもしれない」と企業に気づいてもらえるように仕立てていく取り組みは行っていますが、とても大変です。教員との対話も必要ですし、多くても年に10個ぐらいです。

坂口 毎年10個つくるのはすごいと思います。

 JEEDはやや角度は違うと思いますが、地域や企業との連携についてどうでしょうか。

寺床 まず、JEEDでは、子育て、介護等を行いながら働くことを希望している方に向けた支援として、短時間訓練(4カ月間、1日4時間)を実施しているほか、訓練中に託児所に預けながら訓練を受講できるサービスを行っています。また、中小企業において、技術的な課題に対して自分たちだけで解決するのが難しい場合には、JEEDのポリテクカレッジでは企業との共同研究という形で、課題解決に向けた取り組みを1~2年の期間で行っています。

トピック4:企業や行政に期待すること

 今後、学び直し・リカレント教育が日本社会に浸透していくために、大学や職業訓練機関にさらにできることや、企業や行政に期待したいことがありましたらお話しください。

産業界と大学が連携してプラットフォームの整備を

小原 とかく大学で学び直しと言うとMBAや大学院となります。これをテニスに例えればプロのテニススクールとなりますが、実は日々の壁打ち相手も必要だと思います。私たちがリカレント教育やリスキリング教育と呼んでいるものには、そういった壁打ち相手レベルの学びも用意されており、個々人の時間やニーズに合わせて学べます。大学での学び直しに一義的なものはなく、各大学が特色のある教育を特色のあるグレードで、さまざまな価格体系で提供していますので、その中からフィットするものを見つけていただければよいと思います。

 学び直しのためのプラットフォームは文部科学省や厚生労働省もつくっていますが、学び直しに来る人たちはこれらのプラットフォームを見ているのでしょうか。

小原 会社の人事からの指示で来る人もいます。教育の入口であるプラットフォームのサービスはたくさんありますが、それらの全部に情報を提供できるほどアンテナの感度の高い大学ばかりではありません。ですので、産業界と大学である程度、学びの情報のプラットフォームが早く整理されるといいなと思います。例えば「これはリテラシーレベルです、リスキリングレベルです」といった情報がプラットフォームで提供されても、一般の会社員にはわかりにくいです。必要な時間数を示すなど、一般のビジネスパーソンにとってわかりやすい情報提供の方法があるとは思いますが、1つの大学だけで取り組むのは難しいと思います。

 忙しいビジネスパーソンにとっては、どのぐらいの時間で何が身につきそうかを知りたいというニーズはきっとありますね。JEEDはいかがですか。

まずは地域に知ってもらう取り組みが必要

寺床 やはり認知度が非常に重要です。離職者訓練以外にもさまざまな訓練を実施しています。例えば地域で行われるイベントに参加したり、JEEDの施設を使ったイベントを開催するなどして、まずは地域の人に「学び直し・リカレントにつながる職業訓練のメニューや実施している施設」について知ってもらう機会を増やす取り組みが必要だと思います。

 JEEDの訓練を受けるためには、ハローワークで受講指示を受ける必要がありますよね。そのハローワークの指示を受ける前に、JEEDの職業訓練を知っている人は少ないですか。

寺床 もちろんご存じの方もいますが、ハローワークで初めて知る人が多いです。在職中の人やハローワークを利用せずに就職活動を行う人にも、ポリテクセンターやポリテクカレッジを認知してもらえると、状況が変わってくると思います。

 例えば何らかのプラットフォームに参加することは考えられますか。

寺床 地域のプラットフォームやコンソーシアムに参加して、認知度を深めてもらうのは1つの方法だと思います。例えば、「関西蓄電池人材育成等コンソーシアム」(事務局:BAJ(電池工業会)・BASC(電池サプライチェーン協議会)・近畿経済産業局)に参加しており、そこで人材ニーズを聞いたうえで、企業に対して人材ニーズに基づいた訓練メニューの紹介を行っています。

職業との接続が重要

坂口 いつ学習を始めて、どこで学習をしても、同じぐらいのレベルであれば他の職場に持ち運べたり、次に積み重ねることができるようにならないと、学び直し・リカレント教育は広まらないでしょう。最初は地域的なコンソーシアムや、同じ業種のコンソーシアムであったとしても、それがどこでも通用するようにならないと難しいので、そうしたものをつくっていく必要があります。

リカレント教育が進んでいる北欧では、そもそも高校を卒業してもそのまま大学に行かない人が非常に多いです。新卒一括採用ではないという以前に、そもそも一括して高等教育に行くことがあまりない状況です。高校を卒業してすぐ働いても、その後で気が向いたとき、自分の好きなタイミングで学習を続けていくことが根づいています。それを可能とするためには、やはり職業との接続を考えなければいけないと感じました。

 ありがとうございました。最後に私から一言申し上げます。坂口先生のコメントにありましたように、境界を越えるためのNQF(全国資格枠組み)やJILPTの日本版O-NETなど、さまざまな仕組みができあがってきています。

しかし、それが実際に大学や職業訓練の現場に広がっている状況ではありません。まだ日本社会では流動性が低いことの反映でもあると思います。

この先、特に中高年労働者の流動性は高まっていくと思います。また今後、国境を超えた接続や、教育と職業界の連携の仕組みが大変重要になってくるとともに、地域の大学教育と職業訓練がお互いに補い合うような関係になってくることも考えられます。各大学や職業訓練が提供するすばらしい学びの機会が、中年期以降のキャリア形成に活かされることを祈念いたします。

(2024年6月25日 掲載)