研究報告1 就労世代の生活時間の貧困

なぜ生活時間を考慮して貧困を分析するのか

まず研究の背景として、生活時間を考慮して貧困を分析する理由を説明します。一般的な貧困研究では、所得や消費の水準に基づく1次元での分析が主流です。他方で、生活に必要な財・社会的関係の欠乏に基づいて、多次元から貧困を分析する研究も多数あります。生活時間の貧困研究は、所得とともに生活時間の不足も検証するという意味では、多次元の貧困分析に含まれます。

生活時間の貧困を測定する背景を3つあげます。1つ目は、生活様式や働き方の多様化です。家庭内で無償労働に配分できる時間は、家族の構成員の生活様式や働き方によって大きく異なります。生活に必要な所得水準・消費水準は家族内や家族間で異なるので、所得や消費を基準として単一に貧困線を定めるだけでは把握できない貧困の状況について、生活時間の貧困を測定することでより迫ることができます。

2つ目は、労働力の再生産です。労働を行うためには、睡眠や休息、身の回りの世話などが必要です。このような家庭生活で不可欠な時間の確保は非常に重要ですが、一時点における所得や消費をみるだけでは、生活時間の状況は十分にわかりません。そのため、各時点でどの程度の余暇時間が確保されているかをみることも重要です。

3つ目が、家族に与える影響です。市場における家事や育児関連のサービスは、近年大きく発展しており、これらのサービスを購入することで、家庭生活に必要な活動を補うことができます。しかし、家族と過ごす時間は、市場の家事・育児関連サービスの購入だけでは完全には代替できないのではないかという問題意識が時間の貧困研究にはあります。

これらの観点に基づき、本日の報告では、就労世代の貧困を「時間」と「所得」の両面から分析したときにどのようなことが言えるのか、日本と海外の研究を参照していきます。

日本の長時間労働者は依然として他の先進国よりも高水準

家庭生活に必要な時間を確保するうえでは、長すぎる労働時間の抑制という視点が大切です。日本の長時間労働者の割合は従来と比べれば低下していますが、依然として高い状況です。週49時間以上の長時間労働者の割合を国際比較すると、日本の男性は、2010年代は3割を超えていたのが2021年には21.7%まで低下してきました。しかし、依然としてG7(先進主要7カ国)の中で最も高い水準です。女性も、2010年代と比べれば大きく低下しており、2021年は6.9%ですが、G7の中でアメリカに次いで2番目に高い値です。

日本と韓国は女性の無償労働時間が長い

ここで、生活時間について、有償労働と無償労働に分けた国際比較を確認しましょう。有償労働には仕事や通勤・通学時間が含まれます。無償労働には家事・買物やケアの時間、ボランティア活動等が含まれます。

経済協力開発機構(OECD)の国際統計によると、OECD加盟国のほぼすべての国で男性のほうが有償労働の時間が長く、女性の1倍から1.67倍程度となっています。一方、無償労働は女性のほうが長く、女性が男性の2倍以内に収まっている国が多いです。しかし、日本は5倍を超えており、韓国と並んで女性の無償労働時間が非常に長いことが特徴的です。つまり日本と韓国は、無償労働時間の男女間格差が大きいということが指摘できます。

この結果をふまえると、有償労働だけに着目して、所得や消費を経済変数としてそこから貧困を考えてしまうと、ジェンダーの観点からも情報が一方向に偏りすぎる側面があります。そのため、家庭内での生活時間の確保という観点から無償労働の状況にも注目した貧困研究が必要と考えられます。

時間貧困線の設定と貧困タイプの分類

次に、時間貧困線の設定方法を説明します。代表的な研究の多くは、世帯内の成人の時間の合計値を基準に時間貧困を設定しています。まず、総時間から食事、睡眠、健康、衛生などの基本的な生理学的ニーズを満たすための活動時間を控除します。これを「可処分時間」と定義します。さらに「可処分時間」から家事、買物、ケアなどの家庭生活における基本的なニーズを満たすための家事労働必要時間を控除し、これを「配分可能時間」と定義します。多くの研究は、「配分可能時間」から「労働・通勤時間」を引いた「余暇時間」の中央値の50%あるいは60%を時間貧困線として設定しています。貧困線の定義は先行研究によってさまざまですが、基本的にはこのような手法で時間の貧困を判断します。

所得と生活時間の2軸から貧困を定義しますので、所得の貧困と時間の貧困のどちらにも当てはまるケース、片方だけに当てはまるケース、どちらにも当てはまらないケースと分類できます。いろいろな類型の世帯が、どのケースに当てはまりやすいのかを分析します。

時間貧困の割合はひとり親世帯で突出

ここからは私が行った研究を紹介します。厚生労働省が実施した「21世紀成年者縦断調査」の28~44歳の3カ年分のデータをもとにした、慶應義塾大学の石井加代子先生との共同研究です。この研究では、時間と所得の両方の側面から世帯類型別に貧困率を測定しました。

この研究によると、所得貧困と時間貧困に同時に陥っている世帯の割合は0.9%で、そこまで高い割合ではありません。しかし、ひとり親世帯に限定すると11.6%で、1割を超えています。また、生活時間を調整した後に追加的に所得貧困に陥る世帯は2.6%となっています。

同じデータを使って世帯類型および雇用形態別の時間貧困率を測定すると、ひとり親世帯は雇用形態によらず時間貧困率が非常に高く、正規雇用で42.2%、非正規雇用でも28.0%に達しています。ひとり親世帯は、低賃金で所得の貧困を脱出するために労働時間も長くなるという特徴があり、そのことが結果として時間貧困率の高さにつながっている点がうかがえます。

ふたり親世帯の時間貧困率は、妻の雇用形態でかなり異なっており、正規雇用の場合は32.5%であるのに対して非正規雇用の場合は12.3%です。妻が正規雇用で労働時間が比較的長いケースでは、夫のほうが労働時間を抑制して世帯レベルでの時間貧困率が低くなるという行動は、なかなか取られていない点が、雇用形態間の時間貧困率に格差が生じている背景にあります。

一方で、夫が正規雇用では9.0%、非正規雇用では11.0%となっており、夫の雇用形態は世帯レベルの時間貧困率にそこまで影響していません。これは、夫の労働時間が長い場合、妻が非正規雇用や専業主婦として家庭生活の時間を確保することで、世帯レベルでの時間貧困を抑制していることも考えられます。ただし、子どもを持ち、夫婦ともにフルタイムで就労している場合は、かなりのケースで時間貧困に陥りやすくなります。

ひとり親世帯は所得貧困を脱しても時間貧困のリスクに直面

他の関連研究として、日本家計パネル調査の2011~2016年のデータをもとに、世帯主の年齢が65歳未満の就労世代を対象として、所得貧困を脱却するための必要労働時間を世帯類型別に計測した研究をご紹介します。必要労働時間は世帯類型別の平均的な賃金水準から算出しています。ここでは、資産等による所得はないと想定しています。

この計測によると、所得貧困を脱出するためには、単身世帯は週30.6時間の労働が必要です。ふたり親世帯では30~40時間程度です。しかし、ひとり親世帯は、賃金水準が非常に低いため、61.1時間と突出して長くなっています。もちろん、ひとり親世帯のなかでも、高所得な世帯もあれば低所得な世帯もあるので幅はありますが、平均的な賃金をもとにした計算では、国際労働機関(ILO)等で長時間労働と定義されるような非常に長い労働時間が所得貧困の脱出のために必要となります。所得の貧困は長時間労働によって脱却できるかもしれませんが、今度は、時間貧困のリスクが生じてしまうというジレンマにひとり親世帯は陥っている状況です。

時間貧困率は、勤め先の労働組合の有無とも関係があることがわかっています。特に正規雇用の男性は、労働組合の有無によって時間貧困率に統計的に有意な差があり、労働組合の加入は時間貧困率の低下と関連しています。ただし、男性の非正規雇用と女性の正規雇用・非正規雇用では時間貧困率の差に統計的に有意な関係はみられませんでした。この点は、さらに詳細な検証が必要です。

個人単位でみると妻だけ時間貧困のケースも

時間貧困率を世帯単位ではなく個人単位で計測すると、特徴的な傾向がわかります。日常の家事育児負担割合の夫婦間の差異を考慮した個人単位の測定を行うと、末子が6歳未満のふたり親世帯では、夫の時間貧困率は8.4%ですが、妻の時間貧困率は25.1%にのぼり、世帯単位の時間貧困率よりも高くなっています。つまり、世帯レベルでは時間貧困と判断されなかった場合でも、市場労働や家庭内での無償労働に偏りがあり、個人単位では時間貧困と判断されるケースがある点に注意が必要です。

介護時間は男女で大きな差が

近年、介護離職等が就労世代の重要な問題点になっています。ケアと時間貧困の関係を分析する観点で、「日本家計パネル調査」の2021年のデータをもとに介護の状況の男女差をみると、介護をしている人の割合は男女で大きな差はなく、どちらも約7%です。

しかし、実際の介護時間については男女で大きな差があり、男性は週あたり5.9時間ですが、女性は14.1時間です。就業形態別にみても、すべての就業形態で女性のほうが、介護時間が長いことがわかりました。こうした側面も視野に入れると、時間貧困のリスクは女性に偏っていることがわかります。

時間貧困は健康状態の悪化とも関連

日本家計パネル調査のデータをもとに、時間貧困が健康指標や生活習慣に与える影響を分析した研究によると、時間貧困は睡眠時間の低下、定期的な運動習慣の低下、メンタルヘルスの悪化と関連しています。

また別の研究によると、男性では、時間貧困が定期的な運動習慣の低下や睡眠時間の低下と関連しています。女性では、所得貧困と時間貧困の同時の貧困がアルコール消費の増加と関連しています。

属性によって異なる時間貧困のリスク

ここまで紹介した一連の研究の成果をまとめます。まず、ふたり親世帯では、妻が正規雇用の場合に時間貧困のリスクが上昇しています。

ひとり親世帯では、非正規雇用でも長時間労働していることが特徴で、時間貧困のリスクが高い状態です。また、ひとり親世帯は所得貧困と時間貧困に同時に陥るリスクが他の世帯類型よりも高いです。

ふたり親世帯では、個人単位で時間貧困になるリスクは、妻のほうが夫よりも高いです。夫のほうが長時間労働の割合が高いことは事実ですが、その場合には妻が無業やパートタイムなどを選び、世帯レベルでの時間貧困のリスクを緩和しています。そして、家事・育児の負担は、妻に偏っています。

時間貧困はさまざまな健康関連指標とも関連しています。また、男性の正規雇用に限っては労働組合への加入が時間貧困リスクの低下と関連していますが、これは2010年代前半のデータをもとにした結果であり、今後はより最近のデータでの検証が必要です。

ひとり親世帯への支援強化が求められる

ここまでの内容をふまえて、論点を2つ示します。1つは「子育て世帯におけるワーク・ライフ・バランスの強化」です。残業規制やワーク・ライフ・バランス施策など、近年はさまざまな改善がなされてきました。しかしながら、まだ十分ではありません。特に、ひとり親の子育て世帯は所得貧困率とともに時間貧困率も高い傾向にあります。彼らが家庭内での必要な時間を十分に確保するための支援体制の強化が求められます。

もう1つの論点は「ケア時間の男女間の格差の改善」です。日本と韓国は、家庭内での家事・育児関連の時間、いわゆる無償労働と呼ばれる時間に、男女間で大きな格差があります。韓国のパネルデータを用いた最近の研究でも、女性労働者や非正規雇用労働者が所得貧困と時間貧困に同時に陥るリスクが高いという結果が出ています。

時間貧困の研究を進めるうえでは、現在の男女間の所得格差の状況だけでなく、性別役割分業などの社会規範、価値観が果たす役割についても、各国の特徴をふまえたうえで、幅広い観点から検討を進める必要があります。

親の時間貧困が子どもにもたらす影響も検証を

最後に今後の展望を2つ示します。1つは「家事の外部化とウェル・ビーイングとの関係」を細かく見る必要性です。例えば、時間貧困のふたり親世帯にはいろいろなパターンがありますが、大きくは2つに分かれます。

1つのパターンは、よりよい生活水準を求めて夫婦ともに長時間労働を選んでいる高所得世帯です。このパターンでは、家事の外部化がある程度有効です。しかし、もう1つのパターンとして、貧困を免れるために低賃金・低所得の状況を長時間の労働で補おうとしている世帯の存在があります。このような世帯では、家庭内での生活時間の不足を補うための家事・育児関連サービスの購入は、なかなか困難です。このように時間貧困の世帯でもいろいろなケースが考えられるので、それぞれのタイプについて、その世帯が合理的に選んだ判断かどうかをウェル・ビーイングとの関係から検証することが、今後の研究の展望としてあげられます。

2つ目の論点は「時間貧困の二次的影響」です。時間貧困が育児や介護などのケアの質にどう関係するのか、あるいは父親の育休取得にはどのような影響を与えるのか。すなわち、時間の貧困と家庭生活における生活の質(QOL)との関連性が、新たな重要な研究課題になります。さらに、時間貧困が子どもの長期的なアウトカムに与える影響の検証も非常に重要です。

プロフィール

浦川 邦夫(うらかわ・くにお)

九州大学 経済学研究院 教授

1977年兵庫県神戸市生まれ。慶應義塾大学商学部卒、京都大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。最近の主な論文に“Effects of university graduation on multidimensional poverty risks in Japan,” International Journal of Educational Research, Vol.113, pp.1-11(2022年)。令和5年度(第24回)労働関係論文優秀賞(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)を受賞。(内田大輔准教授(慶應義塾大学)、虞尤楠講師(長崎県立大学)との共著論文「日本企業における男性の育児休業の普及─先行要因の解明と業績への影響の検証」)。現在、学部では「社会保障」、「応用計量経済学Ⅲ」、大学院では「福祉政策特研Ⅰ、Ⅱ」、「Public Economics」などの科目を担当している。

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。