事例紹介1 NPOの取組 外国にルーツを持つ子どもの教育支援現場から
- 講演者
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- 田中 宝紀
- 特定非営利活動法人青少年自立援助センター 定住外国人支援事業部 責任者
- フォーラム名
- 第128回労働政策フォーラム「外国にルーツを持つ世帯の子育てと労働を考える」(2023年10月13日-19日)
現場の実践者から見えてくる外国人保護者の状況を紹介します。私は海外ルーツの子ども・若者を支援する機関である「YSCグローバル・スクール」を運営しているほか、ウェブメディアなどを活用しながら情報発信に力を入れて、子どもたちがどんなことに困っているか、保護者の皆さんにとってどんなサポートが必要か、広くお伝えするような活動をしています。
YSCグローバル・スクールの概要
対象者層は6歳以上~20代まで
YSCグローバル・スクールは、海外にルーツを持つ子ども・若者のための専門教育支援事業として2010年度から運営を開始しました。対象者層は、小学校1年生相当の6歳以上から高校進学を目指す10代あるいは20代の若者までです。2023年度は、通所とオンラインでの受講を合わせて302人が学びました。フィリピンや中国、ネパール、ペルー、ブラジル、ウクライナ、アフガニスタンといった多様なルーツを持つ子どもたちが毎日、私たちのサポート現場を利用してくれています。
保護者から基本的に月謝として、月2,000円~4万2,000円まで受講料をいただいて運営をしています。およそ3割のご家庭が、経済的な困難を抱えていたり、ひとり親の家庭で、受講料が負担できない場合には、クラウドファンディングと一般の方々からの寄付金などを原資とした内部奨学金制度で受講料の減免や無償化をし、経済的に困難なご家庭のお子さんたちにも学びの機会を届けるようにしています。
時間割は、月曜日~金曜日まで年間200日間、午前9時台から夜7時台まで日本語クラス、学習支援クラス、あるいは高校進学を目指す進学準備コースといったさまざまなコースを展開しています。海外にルーツを持つお子さんであれば誰でも、必ずどこかのクラスで学ぶことができることを目指して、ニーズに1つひとつ応えてコースを開設してきました。
本当にさまざまなルーツを持つ子どもたちが日本語を共通語にして学校の勉強を進めており、また、まだ学校に行っていないような子どもたちも多数在籍しています。学校の代わりとして社会科見学や遠足といった課外活動にも力を入れて取り組んでいます。
オンラインも活用し、必ず学べる体制をつくる
スクールの特徴は、必ず学べる体制をつくっている点と、オンラインのZoomを活用して、いわゆるハイブリッド形式の授業を全国各地のお子さんに提供をしているということです。学校の外側から、学校と連携しながらサポートを行っています。日本社会の子どもたちにとっての入口として、またサポートを受けた子どもたちが自信を持って日本社会に歩んでいけるよう、日本社会への出口としても、機能を大切にしています。
若者の自立や外国人保護者の自立と定着も支援
当法人はもともと自立就労支援を大きな活動の柱として授業を行っています。就労支援事業との連携を行うことで、海外にルーツを持つ子どもだけでなく、若者の自立や、外国人保護者・生活者の自立と日本社会への定着についても支援をしています。さらに教育を軸に外国人保護者に寄り添う多文化コーディネーターを配置して、行政や民間を問わず、多様な機関と連携・共同しながら支援を進めているところも特徴の1つになっています。
私たちがサポートの対象としているのは、両親またはそのどちらか一方が外国出身者であるお子さんです。“ハーフ”“ダブル”“ミックスルーツ”と呼ばれるような日本国籍、あるいは日本にもルーツを持つお子さんや、難民2世と、何らかの事情により現状は無国籍状態のお子さんも含めて、海外につながりのあるお子さんは、必ずサポートが受けられるという形を目指して運営をしています。
日本語指導が必要な児童
日本語指導が必要な児童生徒数が右肩上がりで増加
こうした子どもたちの多くが日本語の壁に苦しんでいる状況があります。日本語指導が必要な児童生徒数は、右肩上がりで増加を続けています。2022年度にコロナ禍が一段落してさまざまな規制が緩和されて以来、実は子どもたちがさらに急増している状態で、こうした子どもたち約5万8,000人のうち約5,000人が、学校で何の支援も受けられていないことが文部科学省の調査で明らかになっています(シート1)。
支援機会の乏しさも広く知られるようになりましたが、やはり日本語が分からないことによる日本社会における弊害や影響はまだまだ子どもたちにとって大きく、友達ができない孤独・孤立や、不登校出現率の実感値としての高さ、また、高校進学率や高校入学後の中途退学率の高さなどにも、端的に表れていると思います。
その時その場で日本語が分からないことが大変なのではなく、日本語が分からないことが子どもたちにとても長い間影響を及ぼすところが、とても深刻だと思っています。
日本社会で暮らすなかで、母語が伸びない、失う影響も
同時に、言葉の影響で言えば、やはり母語の影響を外すことができません。特に言語発達の時期にある子どもたちは、日本社会で暮らすなかで、母語が伸びない、あるいは母語を失ってしまう影響がとても大きいと現場で思っています。特に、保護者や家族との共通語を、母語を失ったことによって持てない、保護者とのコミュニケーションが取れないことで、親御さんを尊敬できなかったり、頼れなかったり、家庭の中で安心できない感覚を持ちやすい。また、いわゆるダブルリミテッドと呼ばれるように、母語も日本語もどちらも中途半端という状況に陥ったお子さんたちのその後は厳しい状況があります。
シート2は、子どもたちの年齢別の課題を整理したものです。子どもたちが直面する課題の1つひとつの裏側で、保護者が抱える苦しさや大変さを実感することができます。
外国人保護者の困りごと
保護者が専門的な支援を受けられず悩む
お子さんがなかなか日本の学校になじめない、成績が伸びない、入れる高校がない、高校をやめてしまったとなると、保護者も日本語が分かれば専門の機関を頼りやすいのですが、言葉の壁や情報の壁があるなかで、専門的な支援も受けられず悩む方は少なくありません。
よくある外国人保護者の困りごとは、学校からのお便りが読めなくて、子どもに持たせる持ち物が用意できない、学校の集金が支払えなかったなどで、そうした積み重ねのなかで、子育てに関する自信を持てない保護者もたくさんいます。あるいは小学校低学年ぐらいの子どもの宿題が教えられない、制度自体が分からない、経済的なサポートの情報がなくて受験しなかったなど、言語障壁や情報へのアクセスが不十分なゆえに起きています。
社会での「暗黙ルール」にも困惑
もう1つ、なかなか根深いのが、社会で共有されている「暗黙ルール」です。例えば入学式にジャージで出席したらみんな入学スーツを着ていたり、家庭の行事や文化的・宗教的行事で学校を休ませたら、「簡単に休ませてけしからん」と言われたり。また、毎日学校から届くお便りを1つひとつ翻訳していられませんし、必要な情報を精査するのはとても難しい。この言語障壁が1つの大きなハードルだと思っています。
親御さんにとっても、日本社会の差別、偏見、心の壁が影響していることがあります。子どもが思春期になれば、外国人の親がいることを恥ずかしく思ったり、子どもが自らのルーツを誇りに思えないような環境のなかで、それに傷つく保護者の方もいる。PTAや保護者会、進路説明会でも、外国人保護者がいるにもかかわらず、いないように対応されて、疎外感を感じてしまう。その場から心理的にも物理的にも排除されてしまうことも多い。
保護者自身、子育てをしている労働者自身が、孤立しやすい状況があって、安心して働けるところからは遠い。日本で安心して生活ができないという保護者世代の労働者も多い。
日本社会にある社会資源を全面的に共有・共同利用すべき
私たちは今、社会が全体的に多文化対応スキル、いわゆる優しい日本語であったり、言語障壁を取り除く翻訳等の活用であったり、課題への理解・強化といったスキル・ノウハウを持つことで、日本社会にある社会資源を全面的に海外ルーツの方々とも共有・共同利用することを提言しています。
例えば、福祉、教育行政サービス、こども食堂や社会体験活動も、合理的配慮さえあれば、海外ルーツの保護者やお子さんが利用できる社会資源はたくさんあるはずです。そこを切り離すことなく共有していくことが、安心して生活できる基盤づくりにつながると思います。そうした取り組みを推進するような活動もしています。
心の壁を取り除くことも大切
大切なのが、心の壁を取り除く取り組みだと思っています。LGBTQの運動の中で広がった「アライ」という言葉があります。味方を意味する単語ですが、マイノリティに対して理解・支援をする人という意味で、知っている・理解しているというだけでなく、一歩踏み込んでマイノリティに対して行動ができる人・支えられる人と捉えていただけたらと思います。
マイノリティの人が不利な場面、困難な状況に陥っている場面に出くわした時に、そこにさっと助け舟を出してあげられる人。日本社会には自分たちを前向きに捉えない人もいるけれども、味方が必ず存在していると信じられるような状況をいかに作っていくかが重要になります。
多文化共生の基盤として、多文化対応スキルに「アライ」の存在を組み合わせることで、子育てがしやすい、安心して生活できる社会の実現につながっていくと考えています。
プロフィール
田中 宝紀(たなか・いき)
特定非営利活動法人青少年自立援助センター 定住外国人支援事業部 責任者
1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。フィリピンの子ども支援NGOを経て2010年より現職。海外にルーツを持つ子どもたちのための専門家による教育支援事業『YSCグローバル・スクール』を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。文部科学省「外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議」委員、「中央教育審議会」臨時委員(初等中等教育分科会)を務め、2022年12月~現在:日本ユネスコ国内委員会委員就任。著書に『海外ルーツの子ども支援 言葉・文化・制度を超えて共生へ』(2021年、青弓社)。