事例紹介2 環境への働きかけの重要性:外国人材のキャリア支援を事例に

講演者
小山 健太
東京経済大学 コミュニケーション学部 准教授
一般社団法人グローバルタレントデベロップメント協議会 代表理事
フォーラム名
第122回労働政策フォーラム「働く人のキャリア支援を考える─これからのキャリアコンサルティングはどうあるべきか」(2022年9月12日)

私は大学で研究や教育に取り組みながら、昨年(2021年)、一般社団法人グローバルタレントデベロップメント協議会を立ち上げて実践的な活動もしています。私の専門分野は組織心理学、キャリア心理学、異文化マネジメントで、とくに高度外国人材のキャリア支援に関心を持っています。

2021年度、厚生労働省の「外国人支援のためのキャリアコンサルタント向け研修」というオンライン教材の開発に座長として携りました。高度外国人材とは、「国内外の大学大学院を卒業し、企業で働いて、高度専門職、もしくは専門的技術的分野に該当する、在留資格を持って働いている人たち」です。

また、政府がとりまとめた報告書では、高度外国人材とは「我が国の産業にイノベーションをもたらすとともに、日本人との切磋琢磨を通じて専門的・技術的な労働市場の発展を促し、我が国労働市場の効率性を高めることが期待される人材」とされています。優秀な外国人材を積極的に受け入れ、イノベーションを加速し、経済全体の生産性を向上させることが期待されています。

外国人材を活用できる日本人管理者不足や孤独感が課題

私も関心を持っているのは、日本人社員と高度外国人材が、お互いに支援、学習、成長することによってイノベーションを創出することです。しかし、現実には、社内の受け入れ体制が未整備だったり、外国人材を活用できる日本人管理者が不足しているという問題を多くの企業が指摘しています。

一方で、高度外国人材も職場で孤独感を感じやすい状況にあるように思います。原因は、ダイバーシティ、多様性の難しさにあるのではないかと思います。多様性というのは、ポジティブ面とネガティブ面の2面性があり、「諸刃の剣」と言われます。

ポジティブな面としては、新しい視点が組織に持ち込まれ、イノベーションなどが生み出されて生産性の向上を期待できます。一方で、ネガティブ面として、さまざまな価値観が職場に存在するため、ミスコミュニケーション、疑念や不信、対立関係が生まれてしまうこともあります。

そのため、多様性を推進するうえでは、多様性のネガティブ面を抑制してポジティブ面を促進していく、「ダイバーシティ&インクルージョン」が必要になります。

孤独を感じるのは個性を生かせない「同化」の状況だから

インクルージョンは、理論的に2つの軸で定義されています。1つ目の軸は「一人ひとりが自分の個性を職場で発揮できているかどうか」、2つ目の軸は「一人ひとりが職場に受け入れられているかどうか」です。「同化」は職場で受け入れられているけれども、その人の個性が発揮できていない状態です。日本企業に雇用されている高度外国人材の人たちは、仲間として認められてはいても、自分の個性を生かし切れていない「同化」の状況に置かれている可能性があり、だからこそ孤独感を感じているのかもしれません。

そこで、職場から受け入れられていて、かつ個性が発揮できている「インクルージョン」という状況を一人ひとりの社員が感じられるようにしていくことが重要です。インクルージョンが必要なのは高度外国人材だけではありません。そのため、国籍に関係なく一人ひとりが自分の個性を生かして活躍できる組織をつくることが大切です。インクルーシブな組織をつくれば、結果的に高度外国人材も活躍できることになるのです。

キャリアコンサルティングでは環境・組織への働きかけも重要

そのように考えると、キャリアコンサルティングにおいては必然的に、クライアントの支援のみならず、環境への働きかけ、組織づくりも必要になると考えています。マジョリティー側の日本人社員の意識が変わるように働きかけていくことが重要で、それは環境への働きかけということになると思います。私は、環境への働きかけという観点から、コミュニティー心理学の考え方が非常に重要になると思っています。

コミュニティー心理学では、人間は社会的文脈内の存在で、必ず関係性の中で存在していると考えます。ですから、その人の周囲の環境の改善もしていかないと、その人の支援にならないのです。そして、環境への働きかけは社会変革にもつながる取り組みだとコミュニティー心理学では考えられていて、この点は非常に重要だと感じています。

同じような文脈をさらに発展させたものが、アメリカのカウンセリング協会が提唱しているアドボカシー・コンピテンシーという考え方になると思います(シート)。

クライアントと一緒に取り組むこと、クライアントの代わりにキャリア支援者が取り組むべきことが、それぞれ3つずつ示されています。いわゆる相談室の中で行われるキャリア支援は「クライアントのエンパワメント」です。一方で、クライアントのためにアドボカシーとして取り組むべきことが3つあります。まずは、「クライアントの環境への働きかけ」です。私のテーマでいうと、高度外国人材がクライアントだとした場合、高度外国人材が働いている職場に対してキャリア支援者が働きかけていく。クライアントが働いている企業全体に対して働きかける場合は「組織への働きかけ」です。そして、もっと広く、日本社会、行政に対して働きかけていくのは、「社会的・政策的アドボカシー」になります。

つまり、マイノリティーの状態にある人たちは、本人へ支援をするだけでは問題を解決することが難しいので、キャリア支援者が環境への働きかけについて重要な責任を担っているということだと思います。

環境への働きかけの努力はキャリコン倫理綱領にも書かれている

実は、同じことはキャリアコンサルタント倫理綱領にも書かれており、「相談者の了解を得て、キャリアコンサルティングを行うに当たり、相談者に対する支援だけでは解決できない環境の問題や相談者の利益を損なう問題等を発見した場合は、相談者の了解を得た上で、組織への問題の報告・指摘・改善提案等の環境への働きかけに努めなければならない」とあります。したがって、キャリアコンサルタントは環境への働きかけにしっかりと取り組んでいく必要があるということだと思います。

セルフ・キャリアドックにも環境への働きかけの観点が盛り込まれていると思っています。もちろんキャリアコンサルタントが社員に対して定期的なキャリアコンサルティング面談やキャリア研修をしていくことが第一ですが、その取り組みを通じて見えてきた組織的・全体的課題を、全体報告書によって人事部門へ報告し、それが経営層にも報告されて、キャリアコンサルタントが人事部、経営層と一緒に改善していくことが、セルフ・キャリアドックのコンセプトには盛り込まれていると理解しています。

まさにキャリアコンサルタントが環境への働きかけをしていく重要な役割を担っていると言えると思います。そういう観点をふまえて、私は冒頭で申し上げた協議会を立ち上げました。

実践者がつながり合って、ノウハウを蓄積することが必要

繰り返しになりますが、多様な社員一人ひとりが個性を生かして活躍できる組織であれば、結果として海外出身社員も活躍できると私は考えています。そして同じような問題意識を持って取り組んでいる方々が、企業にも、キャリアコンサルタントにも、それから大学関係者にもいて、それぞれが孤軍奮闘で努力されていることを、研究活動を通じて知りました。

こういった実践者がつながり合って、この分野のノウハウを蓄積していくことが必要だと考え、少し大げさに言えば社会的なアドボカシーとして、2021年に一般社団法人グローバルタレントデベロップメント協議会を立ち上げ、会員制コミュニティーをつくって活動しています。

高度外国人材を雇用している企業、キャリアコンサルタント、そして大学で留学生にキャリア教育・キャリア支援をしている人たちが集まり、お互いにノウハウを共有したり、新たなノウハウをつくっていく取り組みをしています。興味がある方は、ぜひグローバルタレントデベロップメント協議会のホームページ(www.aitd-jp.org)新しいウィンドウをご覧いただければと思います。

プロフィール

小山 健太(こやま・けんた)

東京経済大学 コミュニケーション学部 准教授
一般社団法人グローバルタレントデベロップメント協議会 代表理事

博士(慶應義塾大学)。専門は組織心理学、キャリア心理学、異文化マネジメント。慶応大学と上智大学大学院でも非常勤講師、早稲田大学で招聘研究員。国家検定キャリアコンサルティング2級技能士、国家資格キャリアコンサルタント。政府事業への参画実績も多く、2021年度は厚生労働省「外国人の能力開発に関するキャリアコンサルタント向け専門研修」検討委員会座長を務めた。「海外出身人材も活躍できる組織」が広がることを目指し、2021年にグローバルタレントデベロップメント協議会(AITD)を設立して企業・キャリアコンサルタント・大学の三者コミュニティを運営。

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。