報告・討論(2) 新型コロナウイルス感染症の影響下におけるワーク・ライフ・バランス

フォーラム名
第120回労働政策フォーラム「ワーク・ライフ・バランス研究の新局面─データ活用基盤の整備に向けて─」(2022年3月3日)
報告
臼井 恵美子
一橋大学経済研究所 教授
討論
安井 健悟
青山学院大学 経済学部 教授

報告

内閣府のインターネット調査からパネルデータを作成

発表する論文は、一橋大学修士課程の佐藤繭香氏と一橋大学経済研究所准教授の松下美帆氏との共同論文です。

新型コロナウイルス感染症が蔓延して、感染症の拡大を抑制するためにテレワークや勤務日制限などの、会社に出勤しない働き方が急速に拡大しました。それに伴って、家事・育児の負担や、実際の家事・育児時間、家族と過ごす時間などがどのように変化したのかを分析しました。併せて、テレワークの普及により、テレワークをする人と、しない人との間では、主観的な生産性や労働時間、生活満足度にどのような違いがあったのかを調べました。

今回、研究を迅速に進めることができましたが、その大きな要因の1つは、内閣府のインターネット調査「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識行動の変化に関する調査」を用いたことによります。この調査は、第1回目の緊急事態宣言(2020年4月7日~5月25日)解除後すぐにあたる時期に第1回調査(2020年5月25日~6月5日)を実施し、その後、半年ごとに、現在までに計4回行っています。この調査は、コロナ禍による個人の変化を迅速にとらえる貴重なデータとなっています。

分析結果を見ていきたいと思います。

まず、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う働き方についてみると、第1回調査の時点(2020年5月)では、約27%の人がテレワーク・オンリーでした。テレワークだけではなく、勤務日制限や勤務時間縮減や休業など、いろいろな組み合わせがあったことが分かります(シート1)。

シート1 テレワークの実施率

ところが、第2回調査(2020年12月)では、感染状況が落ち着いた時期となり、テレワークが14%に下がり、勤務時間縮減や勤務日制限を使う人たちは大幅に減っています。第3回調査(2021年5月)になると、テレワーク率が少し上昇して、最後の第4回調査(2021年10月)になると、再びテレワークをしている人たちの割合が21.2%に増えています。

正規雇用女性や小学生のいる男性で高いテレワーク率

どのような人たちが、テレワークや勤務日制限、勤務時間縮減、休業などをしているのかを調べてみると、雇用形態別には、女性では正規雇用の人たちのほうが非正規雇用の人たちに比べてテレワーク実施者の割合が高く、また業種別には、小売業や公務員、医療福祉の人たちは、あまりテレワークはしていません(シート2)。

シート2 テレワーク、勤務日制限、勤務時間縮減、休業の決定要因(主な結果)

そのほか、専門職ではテレワーク実施者が多く、高学歴の人たちや世帯所得の高い人たちのほうがテレワークをしていた、などとなっています。男性をみると、小学生の子どもがいる男性はテレワーク実施率が高くなっています。

次に、テレワーク実施者と非実施者の間では、新型コロナウイルス感染症拡大以降、家事・育児の負担や、実際の家事・育児時間、家族と過ごす時間にどのような違いがあったかを分析しました。この調査での家庭生活に関する質問は、18歳未満の子どものいる既婚者に限定して質問されているので、結果は「18歳未満の子どものいる既婚者」に限定したものとなっています。

まず、男性では、テレワーク実施者のほうが非実施者と比べて、自身の家事・育児の負担が増加したと答える確率が23%ポイント高く、実際の家事・育児時間も10.9ポイント長いと回答しています(シート3)。

シート3 結果の概要:感染症拡大以降の家事・育児と家族と過ごす時間

家族と過ごす時間という「余暇をも含む」家族との時間という観点では、感染症拡大前と比較すると、半数の人たちが、家族と過ごす時間が増えていると答えています。さらにテレワーク実施者は非実施者と比べて、家族と過ごす時間が増えたと回答する確率が26%ポイント高いです。

テレワークでも既婚女性の家事・育児負担は増加

次に、女性の場合をみますと、自分自身の家事・育児の負担感の増加という観点では、テレワーク実施者のほうが非実施者よりも9.0%ポイント高くなっています。これは、男性と比べると小さな値です。

実際の家事・育児時間に関しては、テレワーク実施者と非実施者では有意な差がありません。感染症拡大前を100とした場合、感染症拡大以降は家事・育児時間は108と、テレワーク実施者、非実施者ともに、家事・育児時間は全体的に増えています。テレワーク実施者と非実施者との間では、家事・育児時間には差がなかったという結果になっています。

一方、男性の家事・育児時間は、テレワーク実施者が114であるのに対して、非実施者が102です。コロナ禍前においては、夫の家事・育児時間は1日あたり1時間23分、妻の家事・育児時間は7時間34分(男女共同参画白書、2020年版)であることを考えると、実質的な夫の家事・育児時間の増加は、妻のそれよりも少なかったと思われます。

女性の正規・非正規間ではテレワーク実施によって主観的な仕事の生産性に違い

次に、労働時間や仕事の生産性という観点で見てみます。感染症拡大前の労働時間を100とすると、感染症拡大以降は男性の労働時間は93に減少しています(シート4)。男性・女性ともに労働時間は減少していますが、男性の場合はテレワーク実施者のほうが非実施者よりも5ポイント程度下がっています。

シート4 結果の概要:感染症拡大以降の労働時間と生産性

さらに調査対象者本人が回答する主観的な仕事の生産性に関しても、感染症拡大以降は下がっていますが、テレワーク実施者のほうが非実施者よりも男性の場合は約3ポイント下がっています。女性の場合は、労働時間に関しては、テレワークをしているかどうかであまり差はないのですが、主観的な仕事の生産性に関しては、雇用形態によって異なる結果となっています。正規雇用の女性がテレワークをすると、主観的な仕事の生産性は6ポイント高い結果になっています。一方、非正規雇用の女性では、テレワーク実施者のほうが非実施者よりも生産性が若干低い結果になっています。女性に関しては、雇用形態によってテレワークをした場合の主観的な生産性に差があるという結果が得られています。

生活満足度という観点では、男性の場合は、テレワーク実施者のほうが非実施者よりも生活満足度が高くなっていますが、女性の場合には、そのような結果は得られていません。

以上、感染症拡大以降、男性のテレワーク実施者は、非実施者よりも自身の家事・育児の負担が増え、家事・育児時間、家族と過ごす時間も長くなり、生活満足度も高くなっています。一方、女性の場合は、テレワークをするかどうかにかかわらず家事・育児時間が長くなっています。実際の家事・育児時間は、女性のほうが男性よりも長く、それはコロナ前と同じ状況ともいえます。正規雇用の女性に限ってみると、仕事の主観的な生産性は、テレワーク実施者のほうが高くなっています。

未婚者で生活満足度の回復遅く

最後に、感染症拡大以降、生活満足度や、様々な満足度の指標がどのように変遷したのかをみたいと思います。既婚の18歳未満の子どもありの男女と、未婚の男女を比較しています。

現在の生活満足度と感染症拡大前の2019年12月のときの生活満足度の比較差分を取ります。やはり2020年5月の第1回調査のときには、多くの満足度指標が感染症拡大前と比べて大きく下がっています(シート5)。

シート5 結果の概要:感染症拡大以降の生活満足度

ただ、調査を経るに従って、満足度の指標が徐々に感染症拡大前の水準に回復しています。特に、生活満足度の指標について、2021年10月のときには感染症拡大前の水準に回復しています(シート6)。

シート6 結果の概要:感染症拡大以降のさまざまな満足度 感染症拡大前との比較

しかしながら、いくつかの指標、例えば「社会とのつながり」や「生活の楽しさ」、「仕事の満足度」においては、2021年10月においても、未だ感染症拡大前の水準には戻っていません。特に懸念される問題は、男性の未婚者の回復度は既婚者に比べて遅くなっている点です。さらに、未婚男性のテレワーク実施者のほうが非実施者よりも社会的なつながりが少なくなっています。

未婚者が、社会とのつながりが少なくなったなど、生活の楽しさが減ってしまったと感じている点については、重要なポイントなのではないかと思います。

今後の展望についてですが、感染症拡大以降、子どもを持つ男性が、労働時間を減らし、家庭とかかわりを増やし、家事や育児にかかわるようになった傾向が見えています。こうした流れが定着していくのかどうかについては、内閣府の調査が継続して行われるのであれば、私たちは分析を継続していきたいと思っています。懸念されることは、女性の場合、家事・育児の負担感は増え、実際の家事・育児時間も増えていることです。男性も、家事・育児を手伝っていますが、それが女性の家事・育児負担を軽減して、生活満足度を引き上げるほどのものなのかということです。そうした改善が十分ではない場合は、従来以上に外部サービスの活用が必要になっていくと思います。


討論

臼井氏の報告に対するコメント

様々なデータを駆使して分析している点で価値が高い

安井 この論文の意義を2点あげます。この論文が使っている内閣府のデータは、昨年発表された既存研究も利用しています。しかしながら、既存研究によって十分に利用されていない情報があり、その情報も臼井先生らの論文は駆使して分析している点に意義があります。まだ利用されていない情報とは、ワーク・ライフ・バランス研究にとって重要な配偶者情報や、フォローアップされている第3回、第4回調査の情報です。データを集めてもなかなか全てを使い切ることができないケースが多いなかで、データ活用という観点から、臼井先生らの論文は様々な情報を駆使して新しいことを発見されているという意味で価値が高いと思います。

また、ワーク・ライフ・バランス研究という観点から、コロナ禍でいろいろなネガティブなことがあるなかで、ポジティブな側面としてテレワークが促進されました。結果的に家にいる時間が長くなることによって、家庭内での男女の時間配分などの変化や、ワーク・ライフ・バランスにテレワークが与える影響を実証的に明らかにしている点で価値の高い論文だと思います。

因果関係の解釈が難しい分析結果から素直なインプリケーションを出すのは難しい

主に2点についてコメントします。

1点目は、少し解釈の難しさがあるのかなと思います。既婚男性がテレワークをすると、本人の家事・育児の負担感、時間も増えて、しかしながらそれが配偶者である女性の負担感、時間を減らさない。また既婚女性がテレワークすると、本人の家事・育児の負担感が増えて、配偶者の男性の負担感、時間も増える。両方にとって増えている状況は、やはり子どもの学校・園の休校・休園などが世帯のなかでの家事・育児の総量を増やしており、そうした状況下で子どもの学校・園が休校・休園した夫婦がテレワークをしているため、配偶者がテレワークしていても、本人の家事・育児負担も増えているのではないかと思います。

このように逆の因果関係が生じているのではないかと疑われる状況であり、因果関係の意味ではなかなか解釈が難しい分析結果だと思われますので、結果そのものから素直なインプリケーションを出すのは難しいのかなと思います。

そこで提案としては、同じデータを使った井上ちひろ氏らが、第2回調査で、2019年の調査の情報を操作変数として用いて、階差モデルに対して操作変数を当てた分析をしているので、同じようなことをしてみてはどうでしょうか。

時系列でテレワークの影響を比較する際には注意が必要

コメントの2点目は、テレワークの影響について時系列で効果を比較していますが、このシートにあるように、例えば既婚男性で、下の赤線の部分がテレワークをした人たちですが、この人たちの生産性が第1回調査時点で大きく下がったことが確認されます。

その下がり方がテレワークをしていない人たちよりも大きく、ギャップがどんどん小さくなっていることを論文で記述されていますが、これはもちろん記述されているようにテレワークに慣れてきて、生産性が元に戻りつつある効果もあるでしょうが、テレワークしやすい労働者のみがテレワークを継続し、テレワークしにくい人はテレワークをやめた可能性もあります。そうなると、テレワークのデメリットが減ったとは言えないことになります。

仮にテレワークしやすい労働者のみが継続したとすると、テレワークしている人の質が変化していることになるので、生産性以外の様々な変数を使って作成した同じような図を解釈する際にも注意が必要になると思います。継続して調査に協力している方々が結構いるということなので、テレワークし続けている人たちはどういう人たちなのかを確認しつつ、この意味を記述するといいと思います。

最後に、「このような研究のさらなる発展にはどのようなデータの利⽤が望まれるか」という点についてのコメントですが、今回の調査はパネルデータの構造になっていないこともあり、なかなか難しい状況のなかで分析者は工夫しています。しかし、理想を言うと、平時から実施している大規模なパネル調査があったうえで、そこに今回のように何かが起こったときに政策担当者、研究者が知りたいことを追加的な調査で最小限の質問だけ機動的にできる状況があれば望ましいと思います。

安井氏のコメントへのリプライ

臼井 安井先生、貴重なコメントをありがとうございました。

コメントの1点目に関して、小学生の子どもがいる男性はテレワークをしているという結果からみると、家族の状況によってテレワークを選んでいるということで、私たちも、井上氏らの論文と同様に「新型コロナ感染症拡大前から問題なくテレワークができる業務に従事」を「テレワーク」の操作変数とする方法を用いて分析しました。

そうしますと、夫のテレワークが自身の家事・育児役割の負担に与える効果については、操作変数法を用いた方が、私たちの方法よりも効果が大きかったです。具体的には、操作変数法の推定値が0.274であったのに対して、私たちの推定値は0.223でした。操作変数法は、ファミリー重視のグループのテレワーク効果を推定している可能性があるかもしれないと思いました。つまり、コロナ禍前から問題なくテレワークができる業務に従事している人の中で、ファミリー重視の人はコロナ禍でテレワークをし、家事・育児を増やしている(compliers)。一方、ファミリーを重視しない人は、コロナ禍でテレワークをしていない(never takers)。

テレワークが仕事の主観的生産性に与える効果について2つの推定方法で分析したところ、男性の場合については、操作変数法の推定値は-0.259、私たちの推定値は-2.497と、操作変数法のほうがゼロに近い値となりました。一方、正規雇用の女性については、操作変数法の推定値は19.710、私たちの推定値は9.890と、操作変数法の方が大きい値となりました。男性の場合は、ファミリー重視の人とそうでない人とで、テレワークが仕事の生産性に与える影響は同じかもしれませんが、多くの家事・育児を担う傾向のある女性の場合は、ファミリー重視の人のほうがテレワークが仕事の生産性に与える影響が大きかったのかもしれません。これらの点から、当該の操作変数は、ファミリー重視のグループの人たちの行動を変えることにより、テレワーク効果を推定しているかもしれません。

2点目のコメントについてですが、第1回目の調査のときにはテレワークをしている就業者が3割近くいて、その後の調査ではテレワークをしている就業者が2割に下がったという傾向をみると、第1回目の調査のときには、多くの方が、仕事の生産性を無視してテレワークに従事していた可能性があります。

この点を調べましたら、第1回調査でテレワークをしていた人たちの中で、第4回調査でテレワークをしていなかった人の第1回調査時点の生産性は91.3、第4回調査でテレワークをしていた人の場合は86.2でした。第1回調査のときにテレワークをしていたときの生産性が低かったから、第4回調査の時にテレワークを止めたというようにはデータでは表れてきていません。以上、論文を改訂するにあたっては、安井先生から貴重なコメントをいただきました。大変ありがとうございました。


プロフィール

臼井 恵美子(うすい・えみこ)

一橋大学経済研究所 教授、日本学術会議 連携会員

1997年東京大学経済学部卒業、2002年ノースウェスタン大学Ph.D.(経済学)取得、ウェイン州立大学助教授、イェール大学客員研究員、名古屋大学大学院経済学研究科准教授、一橋大学経済研究所准教授を経て2019年から現職。一橋大学世代間問題研究機構長、日本学術会議連携会員、IZA Institute of Labor Economicsリサーチフェロー。論文: "Wages, Non-Wage Characteristics, and Predominantly Male Jobs," Labour Economics, 2009, "Sharing Housework between Husbands and Wives: How to Improve Marital Satisfaction for Working Wives in Japan," IZA Journal of Labor Policy, 2016. "Breastfeeding Practices and Parental Employment in Japan," Review of Economics of the Household, 2017他。専門:労働経済学、家族の経済学。

安井 健悟(やすい・けんご)

青山学院大学 経済学部 教授、日本学術会議 連携会員

大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程経済学専攻修了。博士(経済学)。大阪大学社会経済研究所特任研究員、一橋大学経済学研究所専任講師、立命館大学経済学部准教授等を経て現職。専門は労働経済学。最近の論文に「定年後の継続雇用者の働き方の実態とその評価」(『日本経済研究』2021年)、「大学と大学院の専攻の賃金プレミアム」(『経済分析』2019年)、「無限定正社員と限定正社員の賃金格差(PDF: 775KB)」(『日本労働研究雑誌』2018年)、「社会保障の給付負担に対する選択を決定する要因は何か-個人の意識の役割」(『行動経済学』2018年、行動経済学会第5回アサヒビール最優秀論文賞)がある。

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