研究報告 パワーハラスメントに関連する主な裁判例の動向

講演者
滝原 啓允
労働政策研究・研修機構 研究員
フォーラム名
第119回労働政策フォーラム「職場環境の改善─ハラスメント対策─」(2022年2月10日-17日)

はじめに

日本の労働政策では、ハラスメントを複数の類型に分け、指針を定める

厚生労働省の取りまとめによれば、2020年度、①民事上の個別労働紛争の相談件数②助言指導の申出件数③あっせんの申請件数──の全てで、いじめ・嫌がらせが首位を占めており、いかにハラスメントが深刻な問題となっているかを示しています。

日本の労働政策では、ハラスメントを複数の類型に分け、それぞれについて事業主が一定の措置を講じるよう義務づけ(措置義務)、そのうえで、それに関する指針を定めるという方法が取られています。

具体的にはセクシュアルハラスメント、妊娠出産等に関するハラスメント、育児休業等に関するハラスメント、パワーハラスメントについて、それぞれ男女雇用機会均等法11条1項、同法11条の3第1項、育児介護休業法25条1項、労働施策総合推進法30条の2第1項によって事業主に措置義務が課され、それぞれに関して指針が定められるといった仕組みになっています。

セクハラからパワハラまで各ハラスメントの法文に共通しているのは、該当するような言動によって労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない、という点です。また厚生労働大臣は、それら規定に基づき、事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるという点も共通しています。

指針の内容は、(a)事業主の方針の明確化及びその周知(b)相談に応じ適切に対処するために必要な体制の整備(c)事後の迅速かつ適切な対応(d)それらに併せ講ずべき措置(プライバシーの保護など)──が核となっています。

ハラスメント訴訟において、使用者は債務不履行責任や使用者責任を問われる

ハラスメントの被害に遭った人が民事訴訟を提起することも少なくないのですが、その際、使用者は債務不履行責任(民法415条)や使用者責任(民法715条)を問われるのが一般的です。

債務不履行責任とは、やるべきことをやらなかった、すなわち契約をきちんと履行しなかったために生じる法的責任です。労働契約の主な内容は賃金の支払いと労務の提供との一種の交換ですが、使用者は賃金を支払うだけではなくて、働きやすい職場環境を提供しないといけないわけです。そうした働きやすい職場環境の実現については、職場環境配慮義務や安全配慮義務といった労働契約における付随義務がキーになってきます。

安全配慮義務は、発生史的には物理的なところから出てきた話ですが、とりわけハラスメントに関しては、1990年頃から大きく注目を集めたセクハラに関して、職場環境配慮義務が会社側(使用者)に課されるのではないかということで議論が生じ、それに倣う裁判例もかなりの数が蓄積されてきています。

職場環境配慮義務とは、精神的な意味合いにおいてですが、使用者は快適な職場環境、働きやすい職場環境を用意し、実現せねばならないという義務です。きちんと職場環境配慮義務を果たしていれば、こんなハラスメントは起こらなかったでしょう?ということで、債務不履行責任(民法415条)を問う民事訴訟が提起されることがあります。また、もちろんのこと、不法行為という文脈で使用者責任(民法715条)が問われることもあります。

債務不履行責任と使用者責任は会社が被告側になった場合の話ですが、加害者本人が被告側になった場合、加害者は不法行為責任(民法709条)を問われるのが一般的です。もちろん、それ以外の法的方法(会社法の350条責任など)や、事案によっては加害者の刑事責任が問われることもあります。

JILPTのパワハラ裁判例の研究

パワハラに係る裁判例について、一定の基準で収集・分析する研究はほとんどなかった

ここでは、ハラスメントのうち、近時の法改正により措置義務が課されることとなったパワーハラスメントに関連する主な裁判例の傾向について、JILPTで実施した研究成果を中心に報告します。

2020年6月1日から改正労働施策総合推進法が施行され、パワハラ防止措置(措置義務)が規定されました。中小企業に関しては2022年4月1日から義務化となります。パワハラの定義はシート1のとおりです。

シート1 はじめに

  • ○本報告では、上記のハラスメントのうち、
    近時の法改正(※)により措置義務が課されることとなったパワーハラスメントに関連する主な裁判例の傾向につき、フォーカスすることとしたい(JILPTで近年なされた研究の成果を報告することとしたい)。

    ※「改正 労働施策総合推進法」の施行(令和2年6月1日)

  • ●中小企業に対する職場のパワーハラスメント防止措置は、令和4年4月1日から義務化(令和4年3月31日までは努力義務)。
  • ●職場における「パワーハラスメント」の定義⇒職場で行われる、➀~③の要素全てを満たす行為。
    • ① 優越的な関係を背景とした言動
    • ② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
    • ③ 労働者の就業環境が害されるもの
    • ※客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は該当しない。

参照:配布資料5ページ(PDF:990KB)

まず、JILPTでパワハラの裁判例について研究を進めた目的をお話しします。パワハラに関する課題に適切に対処するためには、具体的にどのような紛争が存在し、またどのような判断がなされているのかについて一定の収集と分析を行うことが有用です。しかし、パワハラに関連する裁判例について、一定の基準の下、収集し分析する研究はほとんど見られなかったため、JILPTで主な裁判例について収集し、その判断傾向について分析・研究することとしました。

裁判例は、判例のデータベースを用いて一定の検索キーワードと裁判日を入力して検索し、パワハラに関連する事案を抽出しました。掲載誌は、ほとんどの労働判例(労働に関する判例)・裁判例を網羅している『労働判例』『労働経済判例速報』の2誌を対象としました。詳しくはこのシート2のとおりです。

シート2 研究の方法

  • ●(1)判例データベースを用い、キーワードを「パワーハラスメント」・「パワハラ」・「嫌がらせ」・「いじめ」とし、裁判日を平成15年1月1日から平成31年4月1日とし、掲載誌を「労働判例」・「労働経済判例速報」として、書誌検索した結果から、行為者の法的責任そしてその使用者の法的責任が問われるなどパワーハラスメントの存否ないしその評価が主な争点(ないし主な争点の一つ)となった事案であって、評釈がなされた事案もしくは主だった労働法の基本書・体系書において言及がなされた事案、またはパワーハラスメントについて一定の規範が示された事案を選定した。
  • ●(2)また、上記(1)によって拾われなかった(上記検索から漏れるなどした)事案であっても、パワーハラスメント事案などとして、主だった労働法の基本書・体系書の複数において言及がなされた事案で、上記裁判日の範囲内の事案については本研究の検討対象とした。

参照:配布資料7ページ(PDF:990KB)

こうして26個の事案が抽出されました。そして、それら事案に1~26までの事件番号を付しました。なお、事件名については、公にされているものをそのまま用いています(シート3、4)。

シート3 分析対象裁判例(1)

  • ●事件番号1 川崎市水道局事件・東京高判平15.3.25労判849号87頁
  • ●事件番号2 誠昇会北本共済病院事件・さいたま地判平16.9.24労判883号38頁
  • ●事件番号3 三井住友海上火災保険事件・東京高判平17.4.20労判914号82頁
  • ●事件番号4 ファーストリテイリングほか(ユニクロ店舗)事件・名古屋高判平20.1.29労判967号62頁
  • ●事件番号5 日本土建事件・津地判平21.2.19労判982号66頁
  • ●事件番号6 A病院事件・福井地判平21.4.22労判985号23頁
  • ●事件番号7 前田道路事件・高松高判平21.4.23労判990号134頁
  • ●事件番号8 三洋電機コンシューマエレクトロニクス事件・広島高松江支判平21.5.22労判987号29頁
  • ●事件番号9 医療法人財団健和会事件・東京地判平21.10.15労判999号54頁
  • ●事件番号10 東京都ほか(警視庁海技職員)事件・東京高判平22.1.21労判1001号5頁
  • ●事件番号11 日本ファンド事件・東京地判平22.7.27労判1016号35頁
  • ●事件番号12 学校法人兵庫医科大学事件・大阪高判平22.12.17労判1024号37頁
  • ●事件番号13 トマト銀行事件・岡山地判平24.4.19労判1051号28頁
  • ※本研究における各事件名は、判例データベースまたは判例誌において明示されている(公にされている)事件名をそのまま用いるなどしたものである。

参照:配布資料8ページ(PDF:990KB)

シート4 分析対象裁判例(2)

  • ●事件番号14 ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件・東京高判平25.2.27労判1072号5頁
  • ●事件番号15 アークレイファクトリー事件・大阪高判平25.10.9労判1083号24頁
  • ●事件番号16 メイコウアドヴァンス事件・名古屋地判平26.1.15労判1096号76頁
  • ●事件番号17 鹿児島県・曽於市(市立中学校教諭)事件・鹿児島地判平26.3.12労判1095号29頁
  • ●事件番号18 海上自衛隊事件・東京高判平26.4.23労判1096号19頁
  • ●事件番号19 岡山県貨物運送事件・仙台高判平26.6.27労判1100号26頁
  • ●事件番号20 日本アスペクトコア事件・東京地判平26.8.13労経速2237号24頁
  • ●事件番号21 暁産業ほか事件・福井地判平26.11.28労判1110号34頁
  • ●事件番号22 サントリーホールディングスほか事件・東京高判平27.1.28労経速2284号7頁
  • ●事件番号23 公立八鹿病院組合ほか事件・広島高松江支判平27.3.18労判1118号25頁
  • ●事件番号24 さいたま市環境局事件・東京高判平29.10.26労判1172号26頁
  • ●事件番号25 加野青果事件・名古屋高判平29.11.30労判1175号26頁
  • ●事件番号26 関西ケーズデンキ事件・大津地判平30.5.24労経速2354号18頁
  • ※本研究における各事件名は、判例データベースまたは判例誌において明示されている(公にされている)事件名をそのまま用いるなどしたものである。

参照:配布資料9ページ(PDF:990KB)

分析対象裁判例の傾向

分析対象裁判例の26例のうち、認容事案は22例、棄却事案は4例

対象裁判例のうち、原告(被害者)の請求を認容、つまり被害者側が勝った、あるいは一部認容、一部勝訴のような認容事案は、26例中22例でした。原告(被害者)の請求を棄却したもの、被害者側が負けてしまったもの(棄却事案)は、26例中4例でした。

少し専門的な話ですが、分析対象裁判例においては、行為者(加害者)の不法行為責任を問うもの、使用者・会社側の不法行為責任、一般不法行為責任もしくは使用者責任、またはその双方を問うもの、あるいは使用者の債務不履行責任(付随義務違反)を問うもの、そのほか、会社法350条責任(代表者の行為についての損害賠償責任)を問うものがみられ、公務事案(公務員の事案)では国家賠償法1条1項責任が問われるなどしています。

分析対象裁判例の全てが、精神的な攻撃がなされた、あるいは少なくとも原告がそのように主張している事案です。精神的な攻撃のみがなされたと解される事案でも、認容事案が複数あります。

また、認容事案においては、例えば蹴るとか殴るとか、身体的な攻撃がなされたと解される事案が相当数みられる一方で、棄却事案では、身体的な攻撃がなされたと解される事案はありません。

4つの棄却事案のうち3例は、いずれも被行為者(原告、被害を受けたと主張している者の側)に一定の問題行動があったと解される事案です。とはいえ、認容事案においても、被行為者に一定の問題行動があったと思われる事案が相当数あります。

分析対象裁判例における考慮要素

(1)「言動の内容・態様」

言動の内容や態様は全ての事案で考慮要素となっている

裁判例では、それぞれの事案に即して様々な要素が考慮されます。これをここでは「考慮要素」と呼びますが、そうした考慮要素が判断に一定の影響を及ぼしています。考慮要素について分かったことをいくつか説明します。

まず、言動の内容や態様については、全ての事案で考慮要素となっています。どのような考慮がなされているかは事案によって様々ですが、まさに当該言動、言葉や行為の内容やその態様、どういう態度ややり方だったのか、ということが問われるところです。

例えば、行為者が被行為者に対し「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います」などと記載された電子メールを被行為者とその職場の同僚に送信した事案(事件番号3)では、メールにおける表現や内容、送信範囲に着目して判断しています。事件番号15の事件では、行為者らの「殺すぞ」といった発言内容について、「いかにも粗雑で、極端な表現」だと裁判所が評価し、あるいは「『殺すぞ』という言葉は、仮に『いい加減にしろ』という意味で叱責するためのものであったとしても、指導・監督を行う者が被監督者に対し、労務遂行上の指導を行う際に用いる言葉としては、いかにも唐突で逸脱した言辞というほかはな」いとしています。

新人であった被害者が自殺してしまった事案では、叱責の態様や頻度、被行為者の叱責中・叱責後の様子といった点に着目し、同じくほかの新人の自殺事案でも、当該言動の態様のみならず頻度にも着目しています。

被行為者の新人医師が自殺した事案では、被行為者が「患者や看護師の面前で罵倒ないし侮蔑的な言動を含んで注意を受けていたこと」が容易に推測されるとし、それが裁判所の判断に一定の影響を与えています。

事案によっては、継続性や時期、時間帯に着目するものも見られる

事案によっては、言動の内容・態様のみならず、継続性や時期、時間帯に着目するものも見られます。

例えば被行為者が自殺した事案(事件番号1)では、継続性について「執拗に繰り返し」、時期について「配転されてから1カ月しか経過」しておらず「仕事にも慣れていない時期」に、そういう言動が行われたことが裁判所の判断に一定の影響を与えています。

継続性に関しては、事件番号11においても、当該言動について「長期間にわたり執拗に」といった評価が、事件番号2においては、被行為者への当該言動が「3年近くに及んでいる」ことが、判断に影響を与えています。事件番号14では、言動の内容・態様はもとより、行為者が被行為者に叱責のメールを送信・留守電を残したのが「深夜の時間帯」であったことが判断に一定の影響を及ぼしています。

以上まとめますと、言動の内容や態様については、全ての事案で考慮要素となっています。当該言動の内容やその態様、すなわち、言葉遣い、表現の内容、口調、場所、頻度、言動がなされた際の周囲の状況(周囲にその言動を認識し得るものがいたがどうか、衆人環視のなかでひどく叱責されたかどうか)といった点につき、裁判所は考慮をしています。

事案によっては、継続性や時期、あるいはその言動がなされた時間帯に着目するものも見られます。ささいな行為でも積み重なると、執拗な言動となりえます。先ほど述べましたように、継続性や時期については、言動が繰り返された期間が長期に及んでいるものがあったり、配転直後というようなタイミングに言動がなされたものもあったりしました。あるいは、これも先ほど述べましたが、言動のあった時間帯については、深夜にメールや留守電を残したというような事案もありました。

(2)「被行為者の属性・心身の状況」

多くの事案で被行為者の心身の状況が考慮されている

3つの考慮要素のうち、2番目は「被行為者の属性」です。ここでいう属性というのは主に「心身の状況」で、多くの事案で被行為者の心身の状況が考慮されています。

疾病の罹患などに着目するものや、新人であることに着目するものも比較的多く見られます。また当該考慮要素は、時として当該言動の時期という要素とも重なるところです。

事件番号4では、行為者の発言は「声を荒げながら」、被行為者の「生命、身体に対して害悪を加える趣旨を含む」ものであったところ、行為者自身、被行為者が「PTSDないし神経症である旨の診断を受けていたことを認識していたことからすれば、本件発言は違法であって、不法行為を構成する」などと判示されています。

事件番号10では、被行為者の「体質」に着目がなされ、事件番号13では「当該言動が脊髄空洞症による療養復帰直後であり、かつ同症状の後遺症等が存する」被行為者に対して行われた点に一定の考慮がなされており、これは療養復帰直後という意味で時期という要素とも重なるところです。事件番号14では、行為者において被行為者が「アルコールに弱いことに容易に気づいたはずであるにもかかわらず、『酒は吐けば飲めるんだ』などと言い」、被行為者の「体調の悪化を気にかけることなく、再びコップに酒を注ぐなどしており、これは単なる迷惑行為にとどまらず、不法行為法上も違法であると言うべきであ」るなどと判示されています。

さらに事件番号22では、被行為者がうつ病に罹患したことを行為者が認識していたことが考慮されていますし、そのほか被行為者が自殺した事案では、当該言動が被行為者の精神疾患による病気休暇取得直後になされた点について着目がなされています(当該言動の「時期」と重畳)。同じく自殺事案の事件番号24では、被行為者の上司に当たる者が被行為者から「自殺念慮まで訴えられ……精神状態が非常に危険な状態にあることを十分認識できた」にもかかわらず、適切な対処をしなかった点において安全配慮義務違反がある、などとされています。

被行為者が新人であることに着目する裁判例も少なくない

ところで、被行為者が新人であることに着目するものとして5つの事件がありました。このうち事件番号19では、被行為者が「大学を卒業したばかりの新入社員であって、それまでアルバイト以外に就労経験がなく、営業所における勤務を開始したばかりであったのだから、上司からの叱責を受け流したり、これに柔軟に対処するすべを身につけていないとしても無理からぬところであ」るとされ、また事件番号21では当該言動が「経験豊かな上司から入社後1年にも満たない社員に対しなされたことを考えると、典型的なパワーハラスメントと言わざるを得ず、不法行為に当たる」などと判示されていますし、事件番号23では、「経験の乏しい新人医師に対し、通常期待される以上の要求をした」ことについて、一定の考慮がなされるなどとしています。

当該「被行為者の属性・心身の状況」との考慮要素について、やや特徴的な判断をしたものとして事件番号1517があります。15では、被行為者が派遣社員で立場が弱かったということ、あるいは17では、被行為者が音楽科教諭であったのに、免許外科目である国語科を担当させたことについて、それぞれ一定の考慮がなされています。

以上まとめますと、多くの事案で被行為者の属性や心身の状況について考慮がなされていますが、疾病の罹患などに着目するものが少なくありません。すなわち、体質、ある疾病への罹患、精神的・身体的なことについて、認識していたのかどうかといった諸点への着目です。病後間もない、または新人であることに着目するものも比較的多く見られます。

(3)「被行為者の問題行動の有無とその内容・程度」

被行為者の問題行動、不正行為やミスを契機に行為者による言動を生じさせる

3番目の要素は「被行為者の問題行動の有無とその内容・程度」です。被行為者の何らかの問題行動、不正行為や仕事上のミスが契機となって、行為者による言動を生じさせた事案が多く見られます。とはいえ、軽微な問題行動から一定の危険を伴う問題行動まで事案によって、その事情は様々です。

事件番号8は、被行為者が同僚を中傷するような発言、役員への脅迫的な発言といった問題行動を背景とした事案です。それについてなされた注意・指導の面談の際の行為者の言動がハラスメントではないかということで裁判となりました。

被行為者が自殺した事案(事件番号16)では、被行為者が設備や機械を損傷する事故を含むミスをしばしば起こしていました。これに対して「何をやっているんだ」、「どうしてくれるんだ」、「ばかやろう」などと怒鳴り、ときとして被行為者の頭を叩き、あるいは殴ることや蹴ることも複数回あったというような事案です。こうした暴言や暴行は「仕事上のミスに対する叱責の域を超え」、被行為者を「威迫し、激しい不安に陥れるものと認められ、不法行為に当たると評価するのが相当であ」るなどと判断されています。

同じく自殺事案ではあるものの遺族による請求が棄却された事件番号7は、被行為者が営業所長に就任した1カ月後あたりから、架空出来高の計上等の不正経理を始めたというような事案でした。不正経理が問題行動であったわけですが、それに対する上司らによる、ある程度厳しい改善指導は正当な業務の範囲内にあり、「社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価することはできない」から違法ではないという結論になっています。

叱責がなされる場合、内容、業種、違法かどうかなどの線引きがなされる

一定の問題行動があり、それに対する叱責がなされる場合、その叱責の内容はいかなるものであったのか、何をやってしまったのか、またどのような業種だったのかなどの諸点から、違法かどうかという線引きがなされていくことになります。

事件番号9は、病院の事務職員であった被行為者に、健康診断問診票や計測結果の入力ミス、受診者の住所入力不備といった問題行動があり、それに対する叱責がなされたといった事案ですが、裁判所は業種に着目しており、正確性を要請される医療機関においては、見過ごせないものであったなどと判断しています。また、裁判所は、「一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることは顕著な事実」であるため、一定の厳しい指摘・指導があったとしても、それは「当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまる」などとしています。

最後に、事件番号26は、販売やレジ業務に従事していた被行為者において、許容されない値引きなど、複数の不適正行為や禁止された行為などの問題行動が見られたという事案ですが、これに対する叱責は一時的なもので、「叱責の内容自体が根拠のない不合理なもの」であったわけではなく、反復継続して繰り返し行われたわけでも見せしめとして行われるなど「業務の適正な範囲を超えた叱責があったことを窺わせる事情を認めるに足りる証拠」もないということを踏まえ、被行為者において「叱責を受けてもやむを得ない部分があったことは否定できない」としてパワハラとは評価できないなどと判断されています。ただし、被行為者への配置換えについてはまた違った判断がなされています。

以上まとめますと、被行為者の何らかの問題行動や不正行為、仕事上のミスがきっかけとなって、行為者による言動を生じさせた事案が多く見られます。問題行動としては、同僚を中傷する発言、役員への脅迫的な言辞、設備や機械を損傷させる事故を含むミス、架空出来高の計上等の不正経理、医療機関での事務処理上のミスや事務の不手際、また、許容されない値引きなど、複数の不適正行為や禁止された行為などが見られるところとなっています。

そして、言動(叱責)の態様等が社会通念上許容されるかどうか、あるいは業務上許容されるかどうかといった観点から、一定の判断がなされています。特にパワハラに関しては、どこまで叱責して良いのかが問われることがありますが、当該事業体の業務内容や業種、あるいは、どれだけ正確性を要する職場ないし職務なのかなどについても、様々に考慮がなされています。

長くなりましたが、以上、研究成果の一端を紹介しました。これらの研究成果については、JILPTで刊行された資料シリーズNo.224『パワーハラスメントに関連する主な裁判例の分析』に整理しておりますので、適宜ご参照ください。

プロフィール

滝原 啓允(たきはら・ひろみつ)

労働政策研究・研修機構 研究員

早稲田大学法学部卒業。中央大学大学院法学研究科博士後期課程民事法専攻修了。博士(法学)。中央大学法学部助教、法政大学現代法研究所客員研究員などを経て現職。ハラスメントに関する最近の著作として、'Legal Liability Regarding 'Power Harassment' and the Scope of That Liability: The Fukuda Denshi Nagano Hanbai Case' (PDF:197KB), Japan Labor Issues, vol.4 (2020), no.21, p.10『パワーハラスメントに関連する主な裁判例の分析』資料シリーズNo.224(労働政策研究・研修機構, 2020年)、「『働きやすい職場環境』の模索―職場環境配慮義務における『変革』的要素に関する試論―」『現代雇用社会における自由と平等』(信山社, 2019年)127頁など。

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