パネルディスカッション

パネリスト
川上 淳之、天明 純一、竒二 丈浩、脇 奈津子
コーディネーター
濱口 桂一郎
フォーラム名
第118回労働政策フォーラム「副業について考える」(2022年1月21日-25日)

濱口 今回のパネルディスカッションでは全体として、副業に関する論点について事例報告した天明さん、竒二さん、脇さんにそれぞれご意見をうかがい、最後に川上さんにコメントをいただく形で進めていこうと思います。

副業を解禁する背景や取り組むきっかけ

柔軟な働き方の取り組みの一環として開始

濱口 はじめに、副業を解禁する理由や背景、取り組みのきっかけを教えてください。

天明 当社は、もともと新生銀行グループとして副業を解禁する前から、ライフステージ・ライフイベントの制約や、時間・場所に縛られない働き方を認めることで、社員一人ひとりが能力を最大限に発揮できる職場環境づくりを進めてきました。3年前に発表した中期経営戦略でも、人材の多様性や柔軟な働き方が新生銀行グループの競争力の源泉になるとしており、こうした取り組みを続けることで組織的な能力も高まっていくと考えました。

副業の解禁もその延長で、当社で仕事をする時間帯についてはしっかり仕事をしてほしいですが、平日の夜や土曜・日曜の休みの日など、本来であれば休んでいる時間帯に他の会社で働いてみたい、別の仕事もしてみたいという希望を持つ社員がもしいるのであれば、会社として認めていかなければいけないと考えました。当社で仕事をする以外の時間について、会社として何か制約を設けたり、縛るということはできないので、社外の自由な活動については自己責任のもとである限り、自由に行ってほしいということで導入したのがきっかけです。2018年4月から開始して、約3年経ちましたが、現在では80人~90人程の人が申請をして、活動しています。

人材の多様化や企業・社会の流れで取り組みを開始

竒二 当社はもともと副業自体を禁止していたわけではありませんが、積極的に活用できてもいませんでした。しかし、多様な人材の活躍や、その前提となる人材の多様化が経営上で重要な課題となるなかで、同じ会社に長くいるとバックグラウンドや経験、視点がどうしても同一化・同質化してしまい、社内のタコつぼ化、サイロ化が起こるのではないかという意見が出てきました。タコつぼ化やサイロ化を打破するためには従業員の多様化が必要で、かつ、属性や知識だけではなく、経験の多様化も重要なのではないかということで、副業の導入に向けた検討を始めました。

また、社会的にも副業が見直され、広まっていたことで、社員から申請してくるケースも増えてきました。厚生労働省のガイドラインが改定されるなど、様々な面で機が熟してきたことから、当社のトップからはこれをちょうどよい機会と捉え、従業員の多様化のために社内外でキャリアを開発・形成する機会を拡大するよう指示があったため、社外での副業の全面的な解禁に踏み切りました。

 私は、当初から勤めているサントリーで、副業をしてもいいという話を2、3年前に聞くようになりました。そこで、まずは社内の経験者に話を聞いて、情報を得てから人事部に相談に行き、社内の流れに沿って始めさせてもらうことになりました。

働き方改革や時代の流れが社員の意識も変える

川上 リクルートキャリアが実施する「兼業・副業に対する企業の意識調査」のなかで、兼業・副業の容認・推進理由を尋ねているのですが、2017年調査では「社員の収入増につながるから」「特に禁止する理由がないから」という、比較的消極的な理由で副業を認めている企業が多い印象でした。しかし、最近の調査をみると、上位に従業員のモチベーションやキャリア形成、多様な人材に関連する理由が増え、この期間の意識の変化がとても大きいと感じています。働き方改革が進むなかで、副業を促進するという話が出たことは、制度の容認に向けた1つのトリガーになったのでしょうか。

天明 そうだと思います。年々副業に関するニュースが増えてきて、この数年間を通して珍しいものではなくなってきた印象です。しかし、実際に副業している人は必ずしもマジョリティーではないと思うので、法制度などを見直すことによって、副業がよりスタンダードなものになっていくのではないかと思います。

竒二 天明さんのご指摘と基本的には同じです。働き方改革の流れは、会社として副業を認めるうえで非常に大きかったと思います。また、社会的に副業が広がり、社員にも、副収入を得たいという思いもあったと思いますが、1つの企業に絞らず新たなことにチャレンジしてみたいという意識が芽生えてきたことも大きかったと思います。

 私は一坪茶園の起業を経験していますが、起業する人自身は最初に代表か共同経営者を担当することが一般的で、デジタルマーケティングやSEといった業務は委託でお願いすることが多いです。そのため、副業人材としていかに優秀な人をヘッドハントして、関わってもらうかというのがとても大事だと思っています。大企業でスキルを積んだ人たちが、もう少し違うところで人脈づくりをしたい、能力を発揮してみたいと考えてくれると、その人は副業先で得た情報を持ち帰って自社で活かすことができます。また、副業先の私たちにとってもすばらしい人材に教わる機会を得ることができます。企業から副業の一環として、業務委託をお願いできるメンバーが来てくれることは、時代の流れに合っていると思います。

社員が副業を始める動機やきっかけ

趣味や本業を活かして副業を始める

濱口 川上さんの先程のお話は、次のトピックとも重なってきます。次は、社員が副業を始める動機やきっかけについて、それぞれの会社としてどのように捉えているかを教えてください。

天明 もともと持っている趣味があり、それを副業にすれば収入になりそうと考えて申請してくる人が多かったと思います。実際に経験者が出てくると、自分もやってみたいと思う人が増えましたが、その一方で、何をやったらいいか見えていない人も多くいました。最近はコロナでテレワークが当たり前になり、通勤時間がなくなったので、その時間で何か違うことをやってみたいと考える人が増えています。また、本業を活かして副業をしている人も結構おり、不動産鑑定士や中小企業診断士の資格を活かして副業を始めたり、銀行のコールセンターでオペレーターを担当する人が自治体の話し方教室の先生をやってみたりと、銀行での仕事と少しリンクした仕事に携わる人も出ています。

目的が副収入獲得から様々な経験・知識の取得に変化

竒二 当社は申請時に、3つの選択肢のなかから、副業を始める理由を選んでもらっています。1つ目は多様な経験や知識を積み、社内では得られないものを得るため、2つ目は本人にとってのセカンドキャリア形成のため、3つ目は副収入を得るためとなっています。会社としては1つ目が多くあってほしいですが、実態としては、約65%の人が3つ目の副収入目的で、副業を申請している状況です。

しかし、実際に副業を経験した人に面談してみると、もともとの目的は副収入を得るためだったが、副業をすることによって社内では得られない様々な経験や知識を身につけることができたという意見が非常に多くあがっていて、結果としてはかなりポジティブな意識につながっていると思います。

自分のスキルを社外で試して成長する

 副業経験者という立場でお答えすると、竒二さんが指摘されたように、大きな企業だと、あなたはマーケティング、あなたは原料部、あなたは営業と言われたら、それ以外の業務ができなくなります。私は力を持て余してしまうところがあって、本業も爆発的に頑張りますが、もう少し取り組んでみたいというものがあったときに社内で得られない経験をするために、副業は活かせると思います。

また、自分の持つスキルが社外で通用するのか、実力試しをしたいところもあります。最初は打ち砕かれますが、打ち砕かれたなりに周りの人たちにすがって、勉強して、人間として大きくなれば、元の会社に戻っても役に立てるので、そのように強くなっていけばいいと思います。

社外の人と出会い刺激をもらう

川上 リクルートキャリアの2021年の調査では、兼業・副業を実施したきっかけについて尋ねた設問では、自分のキャリアの見つめ直し、ライフスタイルの変化、働き方改革という項目が上位に出てきます。長時間労働の是正やコロナによる環境の変化もおそらくあるでしょう。

また、会社から兼業・副業制度の説明があった、やり方等のアドバイスがあったという項目も上位にあり、私には新しい発見でした。こうしてみると、副業そのものに出会った「きっかけ」や、始めようと思った「きっかけ」は、収入やスキルの「理由」とは少し違ったものがあると思います。

脇さんにお聞きしたいのですが、ビジネスチャンスに出会ったきっかけは何だったのでしょうか。例えば人との出会いや、自分で踏み出す際に背中を押してくれた人の存在はあったのでしょうか。

 ありました。大きなきっかけはやはり、本業での挫折です。自分の販売した商品が思うように売れず、最低な評価をつけられたり、社内の人から背中を向けられたことがありました。

自分で責任を取らなければいけないのはわかっていますが、サラリーマンだと役職としてそれをさせられている部分もあるので、悔しい思いもありました。文句を言っても始まらないし、自分の実力不足をとにかく是正するしかないので、社外の知り合いに悔しさや無力感を伝えていくと、同感してくれたり、人を紹介してくれました。こうしたつながりから今のチームメンバーに至ったり、有識者からサポートを受けるきっかけになったので、最初から全てうまくいかなくても、それをさらけ出して、上を目指して自分なりにやることが大切だと思います。

ただ、最初から何をしたいかわからない人もいると思うので、とにかく社外の人と出会って刺激をもらって、一歩を踏み出したら、あとは目の前のことを誠意を持って一生懸命やっていれば道は開けることが、この2年間で分かりました。

副業解禁による社員への効果や取り組みへの評価

立場や周囲の人物が変化することで気持ちや振る舞いも変化

濱口 3つ目の論点では、社員が副業を行うことに対して期待する効果や、これまで取り組んできたことに対する評価についてお聞きしたいと思います。

天明 副業を解禁する時には、直接自分の会社にリターンをもたらすことを条件にしているところも少なくないと思いますが、当社の場合は必ずしも銀行の仕事に活かせるものでなくてもいいということで、幅広に認めています。

実際にやってみた人に、経験してみてどうだったかを聞いてみると、例えば、銀行では部下として教わることが多い立場だったが、副業で教える側に回ったことで上司の気持ちが少し分かるようになったという声がありました。また、銀行では常に同じ人たちと仕事をするところ、副業先で違う人と仕事をすると、自分の立ち居振る舞いを見直すきっかけになったという意見もありました。銀行のパフォーマンスに直ちに影響を与えるかどうかは分かりませんが、少なからず銀行の仕事に何か活きているものにはなっていると思います。

また、早めに副業を解禁し、メディアなどで取り上げてもらえたことで、他の銀行とは違う雰囲気、カルチャーを持っている銀行だと世間に認知してもらえていると思います。大学生の新卒採用時に、副業を解禁していることを伝えると、他の銀行とは違う特徴ということで興味を持ってくれるので、効果は出ていると感じます。

副業実施者の状況を今後も確認

竒二 当社は、人材の多様化、そのための経験の多様化という効果を期待しています。副業でないと駄目なのか、ボランティアでもいいのではないかという意見はそのとおりだと思いますし、そういうものも通じて個人の経験や幅を広げる、社内だけでは得られないものを社外で得るということが大切だと思います。とにかく今の同質化したままでは駄目だろうと考えています。

逆に、悪い影響が出ているかというと、今のところは特にないと思います。労働時間についても、副業している人が過重になっているということはあまり見受けられないですし、健康面でも大きな影響は今のところ出ていません。ただ、制度開始から1年程しか経っていない段階で、副業をした人としていない人の平均を比べるとどうかというところまでしか確認できていないので、している人の状況を追っていくことで、どういった効果、評価が得られるかが見えると考えています。

責任を持つ機会が増加して度胸がつく

濱口 一坪茶園では、まさに脇さんを中心に取り組みをされています。どんな効果がそこからもたらされているかを中心に、教えてください。

 大企業だと1人の役割の比重が低いところがあります。中間にマネジャーや部長や役員がいて、私が決めなくてもどんどん上の人が決めてくれたり、進みが悪かったらプッシュしてくれたりと、頼れる人が多いです。しかし、起業は責任が自分にあって、資金も出して、周りの人への指示も必要になります。

この2年間で、自分でも驚くくらい肝が据わったと感じていて、こういった場でも一切緊張しなくなり、場数を踏むことでちょっとしたことでは動じなくなりました。経営や営業、広報活動も全て1人でやらなければいけないときもあるので、何を決めて、いつまでに何をしなければいけないかという絵を描けるようになったと思います。

本業でも、そこで出会った経験や人脈を使っています。私の場合、今の本業は新規事業でレールがないものが多いので、人脈を使って経験者から話を聞いたり、いろいろ掘り下げたりしています。新しいことをやるときに外の人脈がなかったら、どう進めていいか分かりませんでした。ある意味、副業により得た知見を本業に生かし、本業で学んだことをまた自分に活かすというサイクルを体験している感じです。

所定内労働時間に大きくかかる副業の発生は少数

川上 本日は、とてもうまく進んでいる事例をたくさんお聞きできて良かったと思っています。そのうえで、IHIの竒二さんに1つおうかがいしたいことがあります。副業の容認範囲に就業時間内も含めていますが、そうした状況で副業している人が同じ職場のなかでうまくやっていくために、どのような制度や仕組みを実施されているのでしょうか。また、その状況に対して副業をしていない人からの不満や意見はありますか。

脇さんにも1点おうかがいしたいのですが、本業と副業の仕事には業務内容が似ているところがあると思いますが、スケジュールがバッティングする、忙しい時期が重なることはありますか。

竒二 いわゆる就業時間内の副業を認めるかどうかについては結構議論があり、本業への影響も不安視されたのですが、そこを認めないと副業選択の幅がとても狭くなる可能性があるのではないかということで、認めることにしました。現状では、申請ベースでは就業時間内にかかってしまうケースでも、本人がそうならないようにしているのか、実際に就業時間を大きく短縮してまで行う副業はほとんど出ていません。

就業時間内に副業することによる職場からの不満ですが、現在は育児や介護で短時間勤務をする人もかなり増えており、また、テレワークの普及によって労働時間の使い方がかなり本人に委ねられるようになっていますので、副業のために就業時間の一部を使う人がいるということも認められるようになっているのではないか思います。ただし、この数が増えてくるとどうなるかという点は、今後を見ていかないと分からないという状況です。

副業には段取りや自己管理が重要に

 テレワークのおかげはあると思います。私も子どもを持つママなので、移動時間で勉強して資格を取得していたのですが、そこがテレワークになると、朝ご飯を食べた後の空いた時間でリラックスしながら本を読んだりできますし、就業時間が終わったらすぐに夕飯を作って、そこから少し活動することができるようになりました。

また、私はワンオペで約14年間やってきたので、段取りが得意です。決算期などに会議が入って忙しくなりそうな時は、そこまでに必要な準備を逆算して行動します。プロジェクトマネジメントとしてやっているので、いつまでに、誰に、何をするということを指示したり、自分でやる部分と人にやってもらう部分を分割するのが得意です。恐らく副業は全て段取りが重要で、場当たり的に人に振ると壊滅的になるので、ある程度のセンスやプロジェクト管理能力がないと難しいと思います。

自分自身で2割くらいの余裕を持てる人でないと体を壊すと身を持って感じました。今は、21時半で打ち切りにして寝る、6時に起きて朝方に実施するということをとにかく守っています。本業の直属の上司も働きすぎている部分を見極めてくれたり、内部でうまく緩衝材になってくれたりと、陰ながらサポートをしてくれます。そういった面でも、同僚には自分の副業の内容を隠さずオープンにして、信頼関係を崩さないように心掛けています。日頃からそのように働かせてくれていることに感謝し、プレゼントなどでその思いを伝えています。

副業の制度に関する課題や要望

濱口 ここまでは一般的な、副業への関心がどうやって高まっているかということについて話をしてきましたが、続いては、制度を設計したときの懸念点や課題、あるいは制度利用の観点での要望について議論していきたいと思います。

まず、労働時間管理の問題で、副業を解禁するうえで、現状のルールが本当によいのかという観点もあると思います。厚生労働省でこの問題が議論されているときも、そもそも労働時間を通算したほうがよいのかどうかという議論がありました。

また、健康管理の観点からも、労働時間はしっかり守るべきだが、残業代について厳格に言う必要があるのかという議論もあったのですが、どうお考えでしょうか。

副業できる時間に上限を設定

天明 当社の副業ルールでは、銀行でもともと働くことになっている時間を短くする、減らすということはしていません。ここはIHIさんとは異なるところです。平日の夜に副業する予定だったところ、銀行の仕事で夜に残業しなければならなくなった場合は、当然、銀行のほうを優先してもらいます。そのうえで、銀行の仕事をしない時間帯に副業をしたい場合はしてもよいですが、健康管理の観点から、現在は週20時間未満、かつ月30時間以内ということで時間を定めています。

何時間にするかというのは、決めるのが難しいところの1つではありましたが、三六協定が定める時間外労働の上限は年間360時間で、12カ月で割ると1カ月あたり30時間になるので、このラインで定めています。

加えて、他社雇用で副業をする場合は労働時間の通算の問題がありますので、時間管理者であればさらに上限時間が狭まった形になっていて、銀行での仕事と合わせて週40時間以内に収める、あるいは銀行で時間外勤務を全くしないということになっています。正直なところ、副業ができる時間はかなり限られているというのが実態です。

実際に副業している人からは、どのくらいの時間で活動したかを月に1度報告してもらっていますが、全体をみても月30時間ギリギリまでやっている人はあまりいません。聞くところによると、土日のうち土曜日に副業するとなると、日曜日しか休める日がなく、リフレッシュできずにまた月曜日を迎えてしまい銀行の仕事に影響が出てしまうので、それはそもそも間違っているのではないかと感じている人もいるようです。銀行の仕事と副業の仕事の時間のバランスを見るので、自分で時間管理するという意識が副業をしている人ほど高まっている印象を受けています。

健康管理の観点で個人の労働時間の通算管理は必要

竒二 まず、労働時間を通算していくことについては、制度を検討し始めた当初は管理モデルも示されておらず、どうしたらいいのか途方に暮れるような状況でした。ただ、管理モデルが示されたことによって、企業としては非常にやりやすくなり、基本的にそれに則った形での労働時間の通算をしています。先程もお話ししたとおり、就業時間内に食い込んで副業する人はそんなに多くなく、他社に雇用されている人もほぼいないので、現時点では労働時間管理の面でそこまで大きな問題は生じていないと思っています。

健康管理という面で見たときには、個人ごとのトータルの労働時間は管理していく必要があると思っているので、その点で今のモデルは1つの合理的な形ではないかと個人的には思います。

では、実際に当社で副業している人がどのくらい残業をしているかというと、平均月10時間ほどで、当社の平均よりは少し低くなっています。副業をするために早く切り上げているのか、たまたまそういう人が副業しているのかは分かりませんが、当社の中では一定の管理がされていると思います。

スキルと人脈を意識し効率良く時間を使う

濱口 脇さんはご自身のなかにエネルギーが有り余っているなかで、労働時間をどのようにコントロールしていくかという観点で、いかがでしょうか。

 今は新しい事業なので、ある意味プライベートと本業が分けにくいです。例えば、本を読んでいる時間は勤務時間かというと違うと思いますが、新規に事業を始める場合はいろいろな本を読んだり人と会ったりすることが必要で、就業時間内に終わりません。ただ、とても難しい業務でも、基本的に事務処理は9時から17時30分の間で終わらせています。

やはり、ある程度最大のパフォーマンスを出すために段取りは大事で、いつまでに完了させるかを考えてその期間までに内容を理解しておく、アポイントを入れておく、予算を決めておくということが重要です。私も以前は残業して、24時まで働くこともありましたが、母親になって学びました。能力と時間の組み合わせが大事で、能力は自分のスキルと人脈だと思いますが、ここを意識して、いま頼るべきは誰なのかを判断し、時間の使い方を考えて連絡するようにしています。

深夜残業の禁止や時間の管理で過重労働を防止

川上 労働時間の管理というと、労働時間の長さに注目されがちです。一方で、副業は英語でmoonlighting、つまり月の光の間に働くということで、夜間に働く意味合いもあると考えると、副業が一体どの時間にされているのかということは、結構大事ではないかと思います。土日のどちらか、もしくは仕事が終わって家に帰ってから夜中にやっている場合、睡眠時間を削って行われている可能性もあるかもしれません。こうした副業の活動時間帯の管理の問題で、何か意識していることがあれば教えてください。

天明 先程、銀行で仕事をしていない時間に副業を認めていると申しましたが、平日の深夜勤務は禁止にしているので、平日であれば実際には仕事が終わる18時から、20~21時くらいまでしかできないことになっています。何曜日に働いているかというところまではグループ人事部では確認していませんが、土日のどちらかを使っているのではないかと想定しています。

竒二 当社は、平日の深夜に副業することを禁止していませんが、実際の従業員の申請をみると、土曜日か日曜日に副業をするケースが圧倒的に多いです。念のため、実際の時間も確認していますが、労働時間が過重になるケースは、今のところほぼ見られていません。

 サントリーは結構厳しく決まりがあり、上長からもその点は言われているので、時間を絞るか、有給を取ってやるかは自分の体調と相談して、本業にも迷惑をかけないようなバランスで編み出しています。深夜は絶対働かないと決めています。

無理をせず自制する判断を

濱口 例えば、副業ではないですが、今は社会人大学院も結構盛んです。私も1コマ教えに行っていますが、平日は18時半から22時まで授業があります。社会人の学生はその授業を毎日受けていて、土曜日も授業が入っており、これが労働だったら大変だと思います。

川上 研究もやろうと思うと永久にできてしまう仕事で、おそらく脇さんも同じような印象をお持ちだと思います。

例えば、いろいろ調べ物をしたり、自分でデータを使って分析したり、誰かに押しつけられてやることではなくて、自分からやろうとしていることだと、永久にやれてしまいます。家族から白い目で見られることもありますが、そこをいかに管理してワーカホリック状態を制限できるかということだと思います。ワーク・ライフ・バランスの問題でも、いかに折り合いをつけるかが重要なポイントになるでしょう。

 私はいろいろな起業家の方から、休むことが仕事だと言われます。体を壊すまで働くことは美談ではありません。本当に無理してやるところまでしないという判断を下すことも経営者としてとても大事だと学びました。やりたいけれども、それを次の朝に持っていくことを考えるマインドセットが重要だと思います。

川上 仕事を誰かに任せる、振り分けるということも重要ですか。

 それもありますが、私のところのメンバーは皆が副業で働いてくれている状態なので、今日頼んで明日成果を出すということは難しいです。相談する、幹部のなかで仕事を振り合う、難しい場合は優先順位を低くしてやめるといった決定をしています。

自営業型の副業実施者の健康管理

濱口 すでにもう次の論点に入っていますが、健康管理や安全配慮義務という話は、雇用している使用者側の責任ですが、自営業であればそれは自分に降りかかってきます。新生銀行、IHIでも、マジョリティーは自営業としての副業でしたが、そうした副業を実施している人は、雇用されている本業と自営の副業という、使用者責任の部分と自己責任の部分が混じり合うような形になっているように感じます。だからこそいろいろな形で工夫されていると思いますが、あらためて、特に自営業という形で副業をしている人の健康管理、安全配慮について意見をうかがいたいと思います。

健康診断やストレスチェックなど一般的な措置で対応

天明 新生銀行では副業をしている、していないとは別に、銀行で雇用している社員に対しては法令上の義務のとおりに健康診断やストレスチェックを行っています。長時間勤務をしている人については、その時間によって産業医の面接指導も行っています。

副業者を対象に上乗せで何か別の管理をしているかというと、今のところはしていません。もともと副業で認めている時間数を多く設定していないこともあり、この範囲であればそれほどガチガチに管理しなくても、副業者の裁量でうまくコントロールして、体調がよくない時は少し控えるなど、様子を見て行ってくれるだろうと考えています。現状は副業で長時間活動している人も少なく、現場から副業している人が働き過ぎて困っているといった話も挙がってきていないので、現時点ではこのまま進めればいいと思っています。

竒二 法定のものは全て実施していますが、副業している人に限定した特別な措置は実施していません。最近はテレワークをする人の健康管理が問題になっていますが、上司と部下の間で、たとえオンラインであっても相手の顔を見て体調を確認することが1つの方法だと思います。同じように、副業者についても、本人の体調等を日々、あるいは定期的に確認して、具合が悪ければ保健師や産業医の面談を実施するといった形で、手を打っている状況です。

健康管理や長時間労働の管理についての政策評価を

濱口 脇さんは、自営業として副業をされる一方、サントリーにも籍を置いています。そうした観点からご自身の健康管理についてお話しいただけますか。

 先程も触れましたが、やはり頑張り過ぎないということです。体調が悪ければ上長に報告して、意識的に休んだり薬を飲んだりしています。テレワークで肩や首が凝って動かなくなるので、1時間に1回、ストレッチもしています。基本的には、健康管理は休んで寝て、食べて、楽しく生きるということだと思います。

川上 皆様のお話をうかがって、管理が非常にうまくいっている事例だと思いました。コロナ禍でテレワークが進むと同時に副業も広がっているので、長時間労働の是正やフレキシブルな働き方ができるかという点は一部では解決されているのかもしれません。その一方で、そこが是正されていなかったり、長時間労働が前提の会社や、健康管理が形式的になっている会社だと、さらに副業が積み重なる場合は問題も出てくると思います。健康管理や長時間労働の管理についてもしっかり政策評価をしなければならないと感じました。

政府等への要望・意見

濱口 最後に、皆様から政府等への要望、意見を一言ずつお聞きできればと思います。

柔軟な労働時間の通算管理や割増賃金の運用方法を

天明 複数の会社で雇用される時、どうしても労働時間の通算の問題が出てきます。現在の管理モデルも1つの解決策ですが、これは先に雇用契約を締結する企業は楽かもしれませんが、後から雇用契約を締結する企業は、場合によっては最初から全部割増賃金を払わないといけない可能性もあります。当社は兼業制度を認めているものの、仮に外部から当社を副業先にしたいという話が来たときに、すんなり受け入れられるかは別の問題だと思います。労働時間の通算の考え方がもう少し緩くなると、会社としてもやりやすいですし、副業を探している人も2つ目の職が見つけやすくなるので、その辺りに今後期待したいと思っています。

竒二 天明さんの指摘と同じような内容になりますが、社員が副業で出ていくことは後押ししていますが、受け入れることができているかというと全くできていません。割増賃金も含め、手続面、金銭面の負担などの観点からも非常に難しいと感じています。従来の法律やルールの延長線上で考えると、割増賃金はこのような取り扱いをせざるを得ないのかもしれません。しかし、新しい政策を考え、進める際には、現行の法律の延長線上だけでなくゼロベースで考えることで、より好ましいルールが見つかるかもしれません。現行の法律を変えることが他の部分に悪影響を及ぼすかもしれないということであれば、特例的に実証実験として実施するという方法でもいいと思います。政労使、産学官が連携し、新たな働き方に向けて最適な解を検証しながら進めていければいいと思っています。

心のウェルビーイングとして副業を捉える

 私はお二人と違う視点でいくと、コロナの影響でテレワークも増加して会社の人との直接のつながりが減ると、帰属意識が分からなくなってしまうこともあると思います。そうしたときに、副業先でまめにいろいろな人と話をすると、気持ちがリフレッシュするので、心のウェルビーイングという部分で副業を捉えるといいと思います。自分の居場所や楽しむサークルとして取り組みつつ収入も得られるという意識や、コミュニティを作るきっかけとして、副業を入り口にすれば一歩踏み出しやすくなるので、私も含めてみんなで後押ししていけたらいいなとあらためて思いました。

社員が危険なビジネスに携わらないように注意喚起を

川上 3点あります。1つ目は、不本意で副業をせざるを得ないワーキングプア層の課題について、より把握されるようになるといいと思いました。

2つ目は、現在は収入が比較的高くてビジネスマインドを持つ層の人たちが副業を始めている面が目立っていますが、今後広がっていくと、次は中間層の人たちの副業がポイントになってくるでしょう。なかには危険なビジネスに携わってしまうということもあるかもしれないので、企業側は副業を認める時にそれが危険なものでないかどうかを見極め、注意喚起を進める必要があると思います。厚生労働省のガイドラインでも、好事例や起業した事例、子を持つ親やシングルマザーの副業など、バイアスのかからない様々なタイプの事例を載せて、副業を検討している人に考えてもらう必要があると思います。

社内起業につながるアイデアの可能性も

3つ目は、副業で起業するということが1つの政策の効果として表れるので、その評価をしていくことです。日本は起業率が低いと言われてきましたが、副業を促すことで起業も促されていくでしょう。ちなみに、脇さんの副業は、サントリーの中では絶対できなかったのでしょうか。

 できませんでした。市場規模が小さく、実施するためには企業内の意思決定に数年かかってしまうと思います。

川上 その点をサントリーさんからみると、ビジネスチャンスを1つ失っている可能性があると言えます。社内起業や新規事業で立ち上げて成功したかもしれないものが、副業に持っていかれてしまうのです。実は社内でもできるかもという視点で、社内起業を促すためのアイデアの1つとしてイノベーションや市場開発に活かせればいいと思います。

濱口 ありがとうございました。大変濃厚なパネルディスカッションになったのではないかと思います。視聴されている方々が本日のフォーラム、パネルディスカッションから、それぞれに何か得るところがあったのではないかと思いました。

参加者からの質問への回答

パネルディスカッションのなかで、視聴者から寄せられた質問の一部に対し、各参加者に回答してもらった。以下は質問とそれに対する回答のコメント。

人との出会いが自分のやりたいことを考えるきっかけに

Q:大企業で役職を与えられて働くなかで思うような成果が出せず、無力感を感じたという話がありました。その無力感はその後どうなりましたか。

 いろいろな人に出会うことで自分がやりたいことを考えることができます。周りの友達によって成長を感じて、自分にしかできないことを考えていたら、今に至った感じになります。

雇用型の副業者の副業先とは割増賃金の支払いについても合意

Q:IHIで管理モデルによる労働時間管理を実施されているとのことですが、所定外労働時間を何時間確保していますか。

竒二 何時間確保しているかというのは、人それぞれ異なるので、一概にお答えすることができません。なお、法定労働時間外に副業する場合、副業先で割増賃金の支払い義務が生じます。副業の受け入れ企業としては、金銭面でもそうですが,実務的にもこの負担が大きく、当社が副業を受け入れられていない理由もこの点にあります。副業については割増賃金のルールが変更されれば、さらに社会全体で副業が活発化するのではないかと考えています。

しっかり休んで働きすぎを防ぐ

Q:副業を認めている企業の社員の健康管理について、通算するとかなりの労働時間になると思います。サントリーとしてこのような社員の働き過ぎについてどのような対応をしているのでしょうか。

 人事部ではないので明確な回答ができませんが、自分の立場でいうと、とにかく休んで寝て、無理をしないで働くということに尽きると思います。

副業容認により企業の雇用システムの変化につながる可能性も

Q:副業が認められることにより、終身雇用型の労使関係が主流の日本型雇用形態が大きく変わっていくのでしょうか。

川上 私も1番聞きたかった点です。副業を認める側の企業も、副業を受け入れる側の企業もおそらくこれまでのメンバーシップ型の雇用だけでは難しくなるのではないかと思います。この点、濱口所長にどのような論点になるのかをぜひうかがいたいと思います。

濱口 時間無制限で働くとそもそも副業なんかできるはずがないですし、異動や転勤もあるとなかなか難しくなるという意味では、確かに伝統的な、日本的な雇用システムからの脱却とまで言えるかどうか分かりませんが、ある種一歩踏み出すという1つの効果はあるかもしれません。ただ、川上さんが分析されているように、副業は実にいろいろなバリエーションがあり、昔の兼業農家や中小零細企業などの話を考えると、もう少し細かく見たほうがよく、これだけで日本型脱却だという話になるのもどうかという感じは少ししています。

他社雇用型(時間管理者)の場合は1週間で約3時間の副業が可能

Q:時間管理者が他社雇用型の副業をしている場合の副業できる時間はどのくらいですか。

天明 時間管理者が他社雇用型のときに副業を何時間できるかということですと、当社でも残業する前提であれば、先程当社と副業先の労働時間を週40時間以内に収めるということを話しましたが、今、銀行の所定労働時間は1日7時間20分なので、月から金までの5日間で合計36時間40分です。40時間から引くと差し引き3時間20分になりますので、正直なところ、兼業できる時間は多くとも週3時間程度となってしまうのが現状ですが、この範囲であれば他社雇用型もできるというルールにしています。

本業の業務量増加で会社として副業先に業務調整を依頼するケースは発生せず

Q:途中で本業先の業務負荷が急に増えた場合に、副業先での業務調整を依頼するようなケースはありますか。

竒二 現時点では発生していません。仮に現場で起こっているケースがあったとしても、問題になって人事部に話が上がってくるようなケースはなく、現場レベルでうまく調整されていると思います。

経営トップの指摘から運用を開始

Q:各会社で副業に関する整備をしようとしたきっかけは、どなたからの発信でしたか。また、実際に整備開始から初期運用までにどの程度の期間がかかりましたか。

天明 新生銀行の場合は、副業をやろうというきっかけは社長から「うちってまだ副業をやっていないのか」という話が出たところから始まり、実際に準備して制度をスタートするまでに3~4カ月くらいと聞いています。社員から意見を集約するといったことはしておらず、グループ人事部の数人のメンバーで決めて、運用を開始したと聞いています。

竒二 当社は2021年1月から制度を導入しましたが、その1年ほど前から多様性を推進する取り組みを人事部で内々に検討していて、副業もオプションとして考えていました。その後、なかなか話が進んでいなかったのですが、経営トップからの指示をきっかけに、一気に動き始めて、数カ月で制度を開始しました。

効果を意識した副業探しや他人からのレビューが重要に

Q:(川上氏の基調講演での「副業はパフォーマンスを高めるのか」の分析結果で、本来ならパフォーマンスを高めてほしい販売職や対面系の職である協働的職業につく人たちには効果がないとの言及があったが)そういった人たちへの効果をどのように出していけばいいでしょうか。

川上 私の分析はあくまで平均的な違いを見ているだけなので、なかには協働的な職業であってもパフォーマンスが上がっている事例はあると思います。一方で、本当に効果があるのか実感されていない場合もあると思うので、効果を意識して副業を探すよう促したり、効果が出ているか他の人にレビューしてもらったりということが必要なのではないかと思います。そういった経験が職場のなかで活かせるような環境が作られればいいと思います。

副業以外にもキャリア形成する機会は作ることができる

Q:副業を禁止されている企業と禁止されていない企業で、キャリア形成機会が違うのではないでしょうか。

川上 そうだと思います。仕事を選ぶときには、キャリア形成の機会が多い企業を選ぶ人が増えるので、長期的に見るとそうした企業のほうが増えていく可能性が高いでしょう。ただ、副業を禁止されている会社で、転職も難しいというなかで考えたとしても、自己啓発を禁止している企業はないと思いますので、収入にならないという難点はありますが、キャリア形成の機会というのは他にも作ることができると思います。社会人大学院やいろいろな勉強の機会で仲間を作ることはできますし、ボランティアの形でビジネスのお手伝いをするという形もあり得ます。副業ではなくても、スキルアップするにはどういったものがあるのか、ふだんの生活の中で自分のキャリアをどう高めていくのか、考えていけばよいと思いました。

禁止・制限業務にあたらない副業であれば承認

Q:これまでの承認事例としてSNS広告を運用する副業もあるとのことですが、社内の判断基準や懸念リスクなどがあれば教えてください。

天明 SNSを利用するかどうかで、副業の承認ルールが特に厳しくなるということはありません。事例報告のスライドで禁止・制限業務を掲載していますが、あくまでこの範囲のなかで要件を満たしていれば、SNS広告もほかの副業内容と同じように承認しています。

1人になってもやり続ける情熱があれば共感できるメンバーも集まる

Q:事業の軌道修正や海外の事業拡大等、どうやって人脈をつないで成長されているのか、工夫やその時々の考え方について教えてください。また、二足のわらじを履くことに葛藤もあるなかで感じるメリットを具体的に教えてください。

 まず、事業の軌道修正や海外の事業拡大についてですが、何か事業を起こすときは、最初に走り出す人がいないと誰もついてこないので、極論、1人になってもやり続けられる覚悟やパッションがあるかと、それがぶれないことが大事です。そうすると、おのずと優秀な人たちが寄ってきてくれます。私がともに仕事をしているメンバーの半分以上はMBA取得で夜の大学を出ていて、経営や起業に携わったり大企業で働いていたりするので、セオリーを分かった上で一緒にやろうと言ってきてくれる、価値観がはまっているメンバーだと思います。まずはパッションや思いがとても大事で、それに共感できるメンバーがいるということです。

また、仲間集めは、自分のこれまでの性格や態度と関連する気がしています。行動や態度はうわさで回りますし、本当に真面目に真摯に生きれば、人脈につながっていくと思うので、毎日の行動を戒めて頑張りたいと思っています。

メリットに関しては、冒頭でもお話ししたとおり、社内で得られない知見が社外で得られることです。それを本業に還元することで社内の人も納得してくれるので、しっかりとやり続けることが大事です。何をしているか分からないような副業をふわふわしていて、本業への還元も見られないというのはよくないので、しっかりと副業で得たことを本業に惜しみなく戻す。本業で得たことは、秘密漏洩以外のことは副業にも戻して、人としてしっかりルールを守ってやるべきだと思ってやっています。

非正規雇用やシングルマザーには不本意的に副業をせざるを得ない場合も

Q:副業は基本的に正規雇用の話であり、非正規雇用の副業は忘れ去られているのではないですか。

川上 私もそう思います。今回の副業を解禁するという話は、もともと就業規則で禁止されている傾向が強かった正規雇用がターゲットになっているので、正社員の変化に焦点があたっているのだと思います。

一方、非正規雇用の副業というのは昔からずっと続いています。そもそも非正規雇用とは何かという議論になると、短時間で働くという人と、もしくは契約期間の定めがある人の両方が考えられます。労働時間が短いということは、それだけ収入が少なくなるということで、最低賃金が上がっても労働時間が短ければ1社だけでは生活していけないので、複数仕事をしないといけないという問題が出てきます。また、契約期間が短ければ短いほど、もしくはその契約期間満了が迫っていれば迫っているほど、次に失業するリスクが高まるので、副業をすることになります。

最近の分析データでもそうした傾向が見られていて、むしろ副業が必要とされているのは、非正規雇用ではないかと思います。これは政策提言とつながってきますが、不本意で副業をしていて本当なら本業に専念したい、非正規から正規に切り替えたいという人たちがどれくらいいるのかということを把握して、それがどういう人たちなのかを議論した上で、課題について考える必要があると思います。

濱口 川上さんの本にも出てきますが、実は日本で幾つかの仕事を掛け持ちしている1つの大きいカテゴリーは、シングルマザーです。シングルマザーの人々というのは、正社員的な働き方は難しいが、子どもを抱えてある程度稼がなければいけないということで、複数掛け持ちしている人もいます。

今日の話はどちらかというと正社員中心の副業ですが、一方で、社会の中には副業せざるを得ない人もいて、そこを社会政策としてどのように取り組んでいくかという課題もあるのだと思います。

川上 特にシングルマザーの議論で言うと、本来なら1つの会社で安定した雇用の中でフレキシブルに働いて、子育てと両立できるというストーリーが1番いいと思います。ただ、それがなかなかできず、非正規の仕事を掛け持ちする形で、自らフレキシビリティーを持たなければいけなくなっている人たちが一定数いると思われます。そこも含めて、今後の研究課題にしたいと思っています。

家業で副業として役員を務めるケースも

Q:社員が会社法上の役員就任の申請をしてきた場合はどうしていますか。

天明 役員という形を通じて副業するという場合も通常の兼業ルールの中でやっています。実際に多くはないですが、いくつか承認例が出ています。例えば、親族で家業をやっていて、役員に就かなければいけなくなったというケースが多く、活動時間も1カ月に数時間です。副業の上限時間の中には収まる例が多いと思います。

セカンドキャリアへもつながる

Q:シニアの再就職活躍機会の観点について、制度利用者に占める50代の社員はセカンドキャリアを意識していると思いますが、業務委託とフリーランスのどちらが多いですか。

竒二 当社では、申請者の31%が50代で、業務委託が多くなっています。将来の独立を意識しているケースが多いのではないかと思います。具体的な職種としてはコンサルタントが多く、一部では大学等の非常勤講師もありました。

濱口 実は昨年の法令の改正で、いわゆる創業支援措置も改正されました。今まで同じ会社のなかだけで働いてきた人が何をするのかという話もあるので、セカンドキャリアへのつなぎになる意味ももしかしたらあるのかもしれないと思います。

副業による離職・転職への影響や副業人材の活用が研究課題に

Q:基調講演での「副業を認可する企業の割合」のデータで、サービス業などで副業を認可する企業の割合が約20%から45%まで上昇していることについて、大企業、中小企業でのバイアスがありますか。また、その場合、中小企業がさらに副業を認可して発展していくには、どういうことに留意して取り組んだほうがいいですか。

川上 もともと中小企業で副業を持っている割合は、実は大企業より高いです。ただ、そのなかでさらに副業を認めていくという時に、仮に自分が経営者だったとして気になるのは、副業を持つことでそれが離職や転職のきっかけになり、人材流出につながるのではないかということです。これは私の研究課題でもありますが、ただ、皆様の話をうかがっていると、キャリアの伸び悩みや新しいことにチャレンジすることを促すという意味では、もしかしたらそれほど離職への影響は大きくはないのかもしれないと思いました。副業を認めることでむしろ社員を引き止める効果も1つあるのではないかとも感じました。

また、中小企業だと人手不足の問題もあります.副業を認めるということと同時に、いかに副業人材を活用していくかということも課題です。そういった取り組みをどれだけ促していけるかということと、副業に関する人材のマッチングサービスがどれだけ機能しているかというところに関心があります。中小企業や地方企業の人手不足がむしろ、副業人材を活用することで解決する、もしくは副業で事業を継承してくれる人が出てくるケースあるのではないかと思うので、そういった点も今後研究していく必要があります。

濱口 いわゆる職業安定法に基づく雇用仲介事業の議論はずっとありますが、ほかの会社に転職するという話だけではなく、副業を通じた労働市場のマッチングということも、もう少し真面目に考えていく必要があるのではないかと感じました。

環境があるならばやらないほうが損

Q:仮に副業先で失敗した場合、本業一本に戻る、再び副業に挑戦するなど柔軟な考えでいればリスクヘッジにもつながりますか。

 私のそもそもの考えでは、挑戦しないこと自体が失敗だと思います。こんな恵まれた環境で副業ができるのであれば、やらないほうが損だと思うので、周りと情報交換したり紹介し合ったりして、業界の垣根を越えて、風通しがよくなればいいと、今日の皆様のお話を聞いてあらためて思いました。

腰を据えて副業するためには経験やスキルも重要に

Q:年齢、企業規模、業種・職種で副業の成功、失敗の特徴はありますか。

川上 私の分析では、職種と副業の動機の部分しか見ていないので、それ以外の要素があるのかについては、今後の研究課題としたいと思っています。ただ、副業を持つべきタイミングはあると予測しています。例えば、新入社員で入ってきた新卒1、2年目の社員がいきなり副業をしたいと言っても、背中を押す上司は少ないのではないでしょうか。腰を据えて副業するのであれば、ベースになる経験やスキルはやはり必要になってきます。副業のために本業がおろそかになって、結局、何も成長しなかったということになると、それは本人にとっても会社にとってもマイナスになるので、規定で設けることは難しいですが、上司がアドバイスするなどしたほうが良いと思います。