パネルディスカッション

パネリスト
松永 伸太朗、桶田 大介、沼子 哲也
コーディネーター
濱口 桂一郎
フォーラム名
第112回労働政策フォーラム「アニメーターの職場から考えるフリーランサーの働き方」(2020年12月15日)
パネリストの様子

濱口 まず基調講演や現場の方々からのお話を聞いて、「職人」という言葉が一つのキーワードではないかと感じました。職人というのは個人ごとの腕や力量でもって仕事をしていきますが、同時に、アニメ業界で言えば、テレビアニメ・映画の制作会社という組織で働いていくという両面があるわけです。その両面をどう捉えるかについては、例えば、労働者性や法制的な議論もありますが、本日は、現場に近い方々にも参加していただいていますので、私からは二つほど論点を提起させていただきたいと思っております。それについての意見を伺った後、視聴者からいただいた質問に関して、パネリストの皆様に適宜選んでいただいてお答えいただく形で、進めていきたいと思います。

アニメーター、フリーランサーのキャリアやスキル習得について

まず一つ目の論点ですが、フリーランサーという形で働くアニメーター、職人的な働き方をする方々について大きな問題の一つになるのが、キャリアをどのように作り、そのなかでスキルをどのように習得していくのかということです。いわゆる普通の会社員という形で働く場合には、入社してから上司や先輩に鍛えられて、OJTという形で仕事の仕方を覚えていくことが多いのですが、フリーランサー、職人という形で働く方々の場合、そこにどのような問題があるのか。松永さんの本で取り上げられていたX社というところはアニメ業界では珍しい管理方法をされていましたが、ここではもう少し普遍的な形で考えた場合に、アニメーター、あるいは、もう少し広くフリーランサーがスキルをどのように身に付けて、キャリアをどのように形づくっていく必要があるのか。この論点について、パネリストの皆様から意見をいただければと思っております。

個人のキャリアやスキルを認めるコミュニティーが重要に

松永 私が2017年に出版した『アニメーターの社会学』という本のなかで、アニメーターの働き方の特徴を「職人的規範」という言葉で特徴づけています。今回の著書『アニメーターはどう働いているのか』で行ったフィールドワークの関心元には、アニメーターの皆さんが自分を職人という見方で見ているとすれば、それは現場で何らかの行為としても観察されるはずだというように考えたところがありました。

まず、私がこの分野の研究者として一つ思うことは、フリーランサーのキャリア形成を考えていくときに、いわゆる組織構造みたいなものを前提に考えないほうが良いのではないかということです。一般社員から係長というように、職位が上がっていくようなこともキャリアと呼びますが、ここではもう少し多様に考えていくべきではないかと思います。

アニメ業界の話で言うと、担当が動画から原画、原画から作画監督というように変わることももちろんキャリアですが、例えば、原画を挙げて見ても、今までアクション系のアニメの原画を担当していたが、次はこれまでと違ってエフェクトを多用する原画をやってみることもキャリア形成だと思います。作品によって同じ作業でもスキルが移行していくということも含めて、フリーランサーの場合はキャリアの一つとして考えていくべきです。

それでは、実際どのように習得していくべきなのか。フリーランサーというと、自助努力でスキル形成をしているようなイメージがあるかもしれませんが、いろいろな研究を見てみると、必ずしもそうではありません。会社や組織で、同じスキルや目標を持った学び合うコミュニティーみたいなものがあって、お互いに、アニメ業界であれば、「この前やったこのエフェクトがかっこよかったね」とか、逆に「手を抜いたでしょう」といったようなことを言い合っています。そのなかで、自分はこれだと褒められるのだ、こうすると逆に評判が下がってしまうのだというように考えるのです。自助努力的な部分もあるとは思いますが、そういった職人的な頑張りを認める場、評価する場をどのように作っていくかが非常に重要になってくると思います。

低収入でキャリアやスキルの少ない新人の育成が課題に

桶田 まず、この論点は特にアニメーターが主題になるとは思いますが、アニメーター以外にも制作進行や撮影といった、直接絵を描く仕事以外でアニメーションを専業とする個人にもフリーランスは多くいて、それぞれ学び方もキャリアパスも大きく異なるので、とても多様な意味合いの議題を取り扱っていただいていると感じます。

私たちの調査結果でも、技能・技術の習得方法としては、制作会社(組織)に所属して学んだ割合が最も高いです。X社の事例もまさにそのものだったと思います。一方、どこにも所属せずフリーランスで学ぶという割合も伸びてきてはいます。

ただ、新人で収入が低く、まだキャリアやスキルがない時にどうやって学んでいくか、生き残っていくかが最も重要な点だと考えます。ある程度のキャリア、スキルが身に付いた後は、職人としての腕の良さを見て、あの人のところでやってみたいといった自立性を獲得できますが、そこに達するまでをどうするかが大変悩ましいところです。育成にしっかり取り組んでいる制作会社やスタジオ、もしくは、その下部組織にある養成塾などに所属して、3~5年程度かけて学んでいくことが、確実だと感じます。カリキュラムがあったり、人間関係も構築しやすく様々なネットワークを広げられたりしますので、その後の種になるような根っこの部分を手に入れやすい気がします。

他方、自立的な学びや横の連携ということですと、われわれ日本アニメーター・演出協会でも月に2回、無料のクロッキー(速写)を学ぶ会や、各種講座を実施しています。ほかの支援団体もありますので、忙しくて時間がない中で難しいとは思いますが、そういったものに顔を出して、技術を磨いたり人脈を広げたりすることに尽きるのではないかと思います。

様々な職種が情報交換する場を作る

沼子 東映アニメーションの育成という点では、新しく入った人に対して、動画の技術を教える人もいるのですが、長年出来高でやってきたこともあり、現場でたたき上げて自分で学べという形がとても多いです。会社としてしっかりした教育制度があるわけではありません。

『アニメーターはどう働いているのか』で取り上げられたX社は、作画を勉強する面で非常に環境が良いところだというのはつくづく感じます。逆に、うちはどうなのだろうかと思うと、現場で働いている限りあらゆる部署を覗くことはできるので、例えばアニメーターが演出スタッフの仕事を見ることもできるはずなのですが、なかなかうまくいかない。そういう点を、本来だったら労働組合や会社が動いて、いろいろな職種が集まって話し合いながら、職場の問題や、ほかの部署ではやりづらいことなど、情報交換ができる場を作っていかないといけないのではないかと思います。あるいは、会社だけではなく、アニメ産業としてどのようにそこのスキルアップをしていくのかということも必要になっているのだと思います。

スキル形成の仕組みが整っていないフリーランス

濱口 キャリア形成、スキル習得の問題というのは、もちろん非常に広がりのある話ですが、どちらかというと、今までの日本の雇用社会では、言わば会社に丸投げでした。若者が会社に入ると上司や先輩がいろいろ気を配りながら仕事をさせて、そのなかでスキルが上がっていくものだという認識が多かったと言えます。しかし実は、雇われて働いている人のなかでも、特に専門職では日本社会自体にスキル形成の明文化された仕組みがないため、いろいろな形で問題が発生しています。アニメーターを代表とするフリーランスの世界、職人の世界というのは、その問題が非常にクリアに出てくるところではないか。そういう意味ですと、本日のテーマは「アニメーターの職場から考えるフリーランサーの働き方」ではありますが、実はもう少し広がりのある問題ではないかという感じもします。

例えば、建設業の一人親方でも、ある種フリーランスで働いている方がいらっしゃると思います。この業種では、全国建設労働組合総連合(全建総連)というフリーランスの労働組合があり、そこが日本の労働組合のなかでは非常に例外的に自ら訓練校をつくって、スキル形成にも携わっています。この事例はフリーランスの世界での課題の一つのモデルになると思います。

労働組合、労働運動の役割について

次に、二つ目の論点として、労働組合、労働運動がどういう役割を果たし得るのか。アニメーターの場合、賃金の改善が問題意識として多く取り上げられますが、ここではキャリア、スキルといったことも含めて、労働組合、労働運動がアニメーター、あるいは、もう少し広くフリーランサーの働き方というものにどのような役割を果たし得るのだろうかということについて、先ほどと同じ順番で意見をいただければと思います。

労働者同士の横のつながりで教え合う

松永 なかなか難しい問題ですが、社会学者としての立場から言うと、まず、労働運動で考えるべきは労働者同士の連帯をどう考えていくかという点です。私は著書『アニメーターはどう働いているのか』で、X社という一つのフリーランサーの連帯の在り方を書きました。アニメーターの作画というところに絞っても非常にスキルが多様なので、企業全体で一括の研修をすることは恐らく難しい。もちろん一括で教えられることもあるでしょうが、そういった部分は少ないと思います。そういった状態でどのように教えていくかというと、やはり労働者同士の横のつながりで教え合っていくことが、人材育成の観点では重要になってくると思います。

あと、これは夢物語かもしれませんが、アニメ産業の労働問題が語られるときには、低賃金の問題が出てきます。業界の慣行で単価がかなり固まってしまって、昔から変化していないところがあり、単価の交渉は、個人のアニメーターや企業でできることの範囲を確実に超えています。私が「職人」という言葉を気にしながら調査研究をしているのは、こうした状態をもっと言語化して明らかにしていけば、アニメ業界が連帯していくのではないかという側面があります。労働条件の改善を意識するためにも連帯は重要ではないかと思います。

濱口 恐らく今日オンラインでご視聴されている方は、既に、あるいはこれから松永さんが受賞された本を読まれると思いますが、まさにX社というのはそのなかのいろいろな行動によって一つずつスキルを身に付けていっています。マネジメント専門の担当者が需給調整を行う機能を果たしているというところも、もしかしたら、労働組合があり得る一つの場ではないかと思いました

資本主義的でない価値基準が行動規範につながることも

桶田 とても興味深く、様々な派生の論点を含むお話だと思います。日本アニメーター・演出協会は2007年に事実上発足しまして、その翌年に法人化していますが、その初期段階で、労働組合として活動するか、別の路線を取るのか、組織内で激論がありました。結果として、これまでのところは労働組合としての活動はしていないのですが、いわゆる同業者、ギルド的な性質を持っているかと言われれば、会員構成から見ても明らかにそうであると言えます。そういう観点からは、当協会の活動の主たるものとしては、当初から技能育成や視野を広げるような活動が入っておりますし、実際に活動もしてきています。

人材育成で難しい点は、技能が極めて非定量的で、最低限のことはテキスト化して教えることができますが、その先の技能に関しては非常に多岐にわたっているので、どれかのスキルを身に付けるとほかに通じるわけでもないということです。

また、つながりという観点で言えば、例えば、一定技能のアニメーターが働く場所や作品を決めるときに、この会社だからやりたい、カット単価が高いからやりたいと思うことも重要です。しかし、あの作品であの人に助けてもらったのでその借りを返したい、あの人がまだ健在のうちに一緒に働きたいなど、いわゆる資本主義的でない価値基準というのが、資本主義的な価値基準を凌駕して行動規範になることもあります。この点をうまくすくい取らないと、実体が見えづらい。今日の話題から外れるかもしれませんが、近似の関連書籍で、塩田武士さん著の『デルタの羊』という本ではこの点がうまく表現されていると思います。

横の連帯が何かしらの情報共有やネットワークに役立つ点は極めて良いことですし、私たちもできる範囲でやっていきたいと願っているところでもあります。一方、労働組合という形で発展的になり得るかというと、なかなか難しいことも多いのではないかというのが、われわれの約10年の活動を通しての認識です。

組織と市場と人間関係のつながりが絡み合う

濱口 松永さんの本からは「職人」がキーワードだと感じましたが、桶田さんの「ギルド的な」という言葉も印象的です。普通の労働問題、労働社会を議論すると、どうしても組織の原理と市場の原理の間でどのような議論になっていくかという流れになることが多い。しかし、アニメーターを典型的とするようなフリーランスの話では、組織のようで、かつ、市場のようで、しかも、組織でも市場でもない人間関係のようなものの三つが絡み合っているように感じます。そのなかでいろいろなものが生み出されていく面もあるし、なかなか解決しづらい面も出てくるのではないかと思いました。

労働組合というのは、近代社会において組織と市場が分かれるなかで、それに適合して出てきました。フリーランスの世界で労働組合というのは若干合わないところもあるのかもしれませんが、先ほど建設業界で挙げた全建総連もそうですし、あるいは、協同組合という形を取っている日本俳優連合なども、横の連帯の一つの表れではないかと思います。あるいは、日本プロ野球選手会も一方では労働組合でありつつ、一方では一種の自営業者の集まりという両方の性格を持っていると言えます。

労働者としての意識を持って環境を改善していく

そういったなかで、長らく組合という形で活動をされてきた沼子さんが、改めて、このアニメーター、フリーランスという世界で、労働組合、労働運動がどんな意義を持ち、役割を果たしていけるのか。これまでのところもそうですし、あるいは、これから広げていけたら良いと思うことも含めて、お話をいただければと思います。

沼子 まずは、一緒に働くアニメーターの人たちの意識という点を考えます。私たちは労働組合の役員でもあるので、サラリーマンとして給料をもらうことを前提に動いていますが、他のアニメーターと話をすると、自分たちの仕事はそういう仕事ではないと言う人が結構います。職人気質だったり、芸術家だったりというところは、それはそれで認めて良いと思います。しかし芸術家の反対が労働者なのかというと、これは私もずっと考えているのですが、違うのではないか。芸術家かどうかということは周りが決めることであって、自分が芸術家だと言い出すのはちょっと変かなと思うのです。アニメ業界で働いている人を労働者として位置づけて、環境を良くしていくほうが、アニメをより良いものに作り変えていくことができるのではないか。そう私は考え、労働組合の重要性を感じて、活動に参加するようになった経緯があります。

東映動画労働組合としては、アニメーションで働く人はフリーランスという扱いにはなっているけれども、労働者であるということを常に主張しています。私たちもずっと一事業主として会社から扱われてきましたが、労働基準法を適用すると会社が決断するまでずっと言い続けてきた結果、会社の労働者として、労働条件の改善に取り組むことができています。

また、フリーでやっている人は周りにたくさんいますが、彼らの労働条件を上げるにはやはり出来高単価を上げることだと思います。亜細亜堂労働組合の船越さんも出来高単価を最低賃金に合わせる必要があると言っておりましたが、私たちもそういうことを本来やっていきたかった。例えばアンケートを配った時に受け取った若手社員に話を聞くと、「来月で辞めることになりました。これで私の同期で入ったプロダクションの人たちは全員いなくなります」ということもあります。それくらい、アニメーターとして継続して働くのは非常に難しいのだなと感じ、産業的にも何とかしていきたいと思いながらやっています。

東映アニメの現場で働いている人は恐らく300~500人くらいですが、多くがフリーランスで、働いている人は事業所得者として扱われます。事業所得者でも良い、とりあえず賃金が上がる方向を考えたい。私たちはずっと社員型の労働組合員、賃金体系を求めてやってきましたが、今度は、出来高単価が上がるための方法として何かないかと考えています。そもそも同社の売上は500億円ですが、そのうちアニメ制作として実際に使っているお金は100億円もないはずです。残りは版権収入で儲かっていると言えるので、そこをいかに現場で働いている人たちに還元するか。出来高単価に版権収入をいかに反映するかということを考えているところです。

フリーランスに団体交渉権を認めるかが課題に

濱口 この問題は結構深い論点でもあると思います。世界的にフリーランスの問題の一つとして労働者性があり、労働者として認めるかという議論がかなり大きな柱としてあります。しかしその一方で、労働基準法上の労働者になってしまうと、定められた規制がフリーランスの働き方に必ずしも合わないこともあります。

とりわけヨーロッパで大きな問題になっているのが、自営業者にも団体交渉権を認めるかという議論です。日本の場合、先ほど例に挙げた日本俳優連合も実は団体交渉をして、団体協約を結ぶというようなことができるのですが、多様な働き方がどんどん拡大するなかで、必ずしも全員を労働者にするというだけではなく、フリーランスだけれども横の連帯をもとに団体交渉して、自分たちの勤務条件、就業条件をいかに改善していくか。こういった動きが世界的にあるなかで、今日みなさまからお話しいただいた論点は、これからこの問題を考えていただくうえで重要な示唆ではないかと感じます。

沼子 一つ言い忘れていました。日本俳優連合も協同組合ではありますが、労働組合的な交渉として、1992年には出演料を1.7倍にする運動をしています。実を言うと、私たちアニメの労働組合も協力しているので、アニメ業界との横のつながりができそうだったのですが、ちょうどバブル崩壊のタイミングで叶いませんでした。フリーランスであっても、交渉権を持つというのは重要だと確かに思います。

また、今は亡くなられていますが、日本プロ野球選手会の事務局長だった松原徹さんにも当労働組合で講演をしてもらった経験があります。

濱口 様々なフリーランスの形で働く方々とも、いろいろな絡み合いを持ちながら進んでいるということですね。

視聴者からの質問

相互行為上の配慮で達成される自由は信頼関係の下に成り立つ

それでは、視聴者の方々からいただいた質問に、パネリストの皆さまから適宜選んでお答えをいただければと思います。松永さんからお願いします。

松永 私は二つ質問をいただいています。一つ目は、本のなかで相互行為上の配慮を通して達成される自由という話をしていますが、それは仕事を通じた信頼関係の下に成り立っているのかどうか。もしそうであれば、フリーランスとして働くアニメーターは、仕事を通じてキャリア連帯のような意識が醸成されているのかという質問です。二つ目は、そういった自由が実現されるためには、職場においてどのような人材育成が必要かという質問です。

恐らくそれぞれ関連すると思いますが、一つ目の、自由は信頼関係の下に成り立っているかということは、そうであると言って良いと思います。私が紹介した、アニメーターが話しかけるときの気を遣った移動の仕方や言葉の使い方は、ある種の信頼関係が相互行為のなかに達成されている一つの例だと私も思って書いていますので、まず信頼関係はあるということを端的にお答えしたいと思います。

また、キャリア連帯という言葉を挙げていただいていますが、これは映画のプロデューサーなどの議論を想定された話ではないかと思います。相互に高めるような形で、決まった監督とプロデューサーがキャリアを形成していくというような現象を指した概念だと私は思っているのですが、そういった連帯は、アニメ業界一般には当然あります。X社でのインタビューでは、誰々さんがここにいるから自分もここにいると語る人もいれば、そういったことは関係ないという人もいました。

指導側が納得する施策を取れるか

二つ目の人材育成の話で重要なのは、まずは自分が働いていて自由と感じるかどうか。干渉をしたりされたりすることについて、個々人がその都度納得できるかというところが大事になってくると思います。教えられる側というよりは、特に教える側が納得できるかという点が重要です。教えられる側は、教えられている時に自分の作業は一旦止まりますが、今後につながるスキルなどを得られるので、納得できると思います。しかし、教える側というのは、既に自分は分かっていることを、自分の仕事を止めてでも話したり、実際に描いてみせたりすることになるので、回数がかさむと、教えてばかりで自分の仕事をやる時間がないということになってくるわけです。自分の時間を割いても良いと思える施策をどう取るかという点で、X社はまず、新人が入ってきた場合の担当者をある程度持ち回りで決めていて、偏らないようにしていました。

また、別の論点で大事だと思うのは、教えることができるということ自体をアニメ制作者としての熟練したスキルの一つとみなして良いのではないかということです。例えば、X社のフィールドワーク例で、固定給をもらう契約で月何万円にするかを話し合う際に、他社員への指導を条件に当初のオファーより5万円ほど上がる話もありました。

もちろん、職人として絵を描く力量も大事だということは前提ですが、技術を伝えていくこと自体もアニメ制作者のスキルとして業界で扱っていくことは、それほど無理なくできるはずですし、非常に重要なのではないかと思っているところです。

アニメーターの拘束料やカット単価は二極化

桶田 まず、質問に直接お答えする前に、先程申し上げた部分に付け加えがあります。日本アニメーター・演出協会が今のところ労働組合としての活動をしていない点については、あくまで現時点までの経験則的なところで申し上げています。また、作品ごとに違うスタジオを渡り歩いたりするようなフリーランスと、東映アニメーションや亜細亜堂のように長く続いて一つの制作会社に帰属し作品を作り続けるところとは、全く地合いが違う話だと思いますので、全てのアニメーターについて労働組合が適切でないように思われるわけではないということも申し上げます。

もう一つ、これはややコメント的なお話ですが、支払い単価については、われわれの調査にも一部表れていますが、この2、3年で二極化をしていると言われています。それこそフリーランスのアニメーターの拘束的な契約や、カット単価は上がっているところは倍くらいに上がっていますが、止まっているところは止まっているので、このあたりが一様に議論することが難しくなってきているなという印象があります。そのうえで、質問に回答します。

一部の制作会社では内製化も

まず、業界におけるスケジュールやタスクの管理の方法、能力評価の基準について何か妙策はあるのかという質問です。全体を包括するようなことは恐らく極めて難しいですが、現実的に今起きている動きとしては、一部の制作会社では内製化を高める動きがここ1、2年で顕著に表れています。これまではフリーランスとして作品ごとに現場を組んでいたものが、社員雇用をしたうえで、なるべく社内で全部作りきれるようにする方向に舵を切っています。当然ながら、それぞれの個人がいつ、何をしているか、どういう適性があるかということが非常に深く分かってきますので、メリットとしては、スケジュールやタスクの管理が相当程度可能となり、能力評価の基準も定まるようになります。一方、デメリットとしては、フリーで組んでいた時と比べてコストがかさみます。何百話と続いているシリーズがあればまた別の話かもしれませんが、1クール、2クールといったスパンや、作らない期間も発生すると、定量的な稼働率が上がらず、結果としてコストである人件費が非常に上がります。一般的に数倍以上、場合によっては10倍コストが上がるという話も聞いたことがあります。

まずはアニメ業界に入ってもらい学ぶことが重要に

二つ目の質問は、制作会社の現場的な売上が2,000億円、版権利用まで含めると2兆円以上となる状態で、全体で儲かっている部分を制作会社やマネジメント会社に還元して、人材育成などに充てる流れをつくることは政策的に可能かということです。これは可能性があると思います。それをどのように把握してやっていけるかという運用の部分は、たやすくはないだろうなと思いますが、われわれ自身も常に考えている話題ではあります。

三つ目の質問では、フリーランスとして新卒で働き出すのは非常に難しいと思うが、就職に関してアドバイスをもらえないか、また、仕事を辞める理由にはどのようなものがあるかということです。業界に入りたてが非常に厳しいですが、そこをくぐると、ある程度技能さえ身に付けられれば、悪くない仕事だと感じる人は少なくないと思います。社として内製化を進めている会社、スタッフの出入りがあまり多くない会社、元請け作品を多く作っているような会社など、人によって選び方は異なりますが、雇用形態に関わらず、入れば様々な支援や学びがあると思います。一方、業界全体として、非常に流動性が高いというのも特徴的だと思いますので、ある程度その先を見越して、まずはいずれであっても業界に入ることが重要であるように思われます。

仕事を辞める理由に関しては、当協会で直接聞いた調査はないのですが、仕事として辛いことは何か聞いている調査はあります。HPには自由記述欄も全部拾っておりますので、なかなか心が重たくなるとは思いますが、そういったものを見ていただくとヒントにはなるのではないかと思います。

労働条件改善をアニメーター自身や会社が考えていく

沼子 質問のなかでいくつかキーワードを拾い出しました。単価の設定について、2次利用によるビジネスがあることについて、組合員数が少ないことについて、労働基準法違反について、就職活動についての質問が多いかと思います。

単価については、今の2倍あっても足りないと思います。非常に低いです。これは、2次利用で得た利益を還元しない限り、難しいと思います。ただ、今のアニメーションを作るときも、2次利用がいかに入ってくるかという視点で製作委員会が動き出していますので、2次利用を得る人と作る人の間をつなぐところはどこなのだろうかと思います。

組合員数に関しては、アニメーターというキャラクターも影響しているのではないかと思います。松永さんの本にもあるように、自分の机をいかに守るか、ほかから侵害されないか。ある一面、別な言い方をすれば、アニメーターにとってこれは聖域だと思います。私が「今日、組合でストライキがある」と仕事中のアニメーターに話を振ると、「何でそんなことを話に来るんだよ」と思われることもあります。絵ばかり描いているのではなく、自分たちの労働条件はどうしたら上がるのかと考えてくれれば、本当は組合員も増えるでしょう。実は、アニメ業界で働いていればうちの組合に入れることになっているのですが、違う会社の人にはなかなか言えない。また、産別組合として、われわれの上部団体に映演労連フリーユニオンがあります。映演労連には亜細亜堂も、われわれ東映動画労組も入っているのですが、産別の組合員が増えていくことで、日本動画協会に交渉を持ち出したり、悪いことをやっている会社には正せと言ったりできるのだろうと思います。そうすれば単価も上がっていくし、労基法違反も少なくなるのではないのかと思っています。

あとは、就職活動のことで、例えば定年後にアニメーターに就職する人がいるとは思えないですが、それも可能ではないかと思います。アニメ産業に就職するのは、結構間口が広くて簡単なことなのですが、続けるのが非常に難しいという現状があります。そこをどのようにすくっていくかというのは、それぞれの企業が考えなければいけないし、プロダクションも考えなければいけないでしょう。腕さえあれば良いというだけでなく、育て方も考えていくべきではないかと思っています。

フリーランサーの生活不安解消や将来の展望が課題に

濱口 このアニメーターの働き方という多面的な問題に、いろいろな角度からお話が突っ込まれたのではないかと思います。

最後に、何かクロージングでこれだけはお話をしておきたいということがありましたらお願いします。

松永 一つ言い忘れたなと思ったのは、フリーランサーの連帯みたいな話のところになりますが、私がアニメ産業の研究をしていて非常に感じるのは、技能とか、キャリアのステージみたいなところは、本当に多様ですが、若手でもベテランでも、やはりフリーランサーであることによって将来の展望が見通しにくいと感じている人は非常に多いです。職人というと何か技能をベースにして連帯することになりそうですが、生活不安や、どのように将来の展望を得るかという点についても見ることが重要ではないかと思います。

濱口 今回、アニメーターという一見小さい視点を取り上げましたが、覗かれる問題点というのは非常に広範で、しかも、恐らくこれからの日本、あるいは世界の労働問題に非常に示唆するところが大きかったのではないかと思います。皆さまそれぞれにいろいろと学ぶところが多かったのではないかと思いました。ありがとうございました。