パネルディスカッション

パネリスト
脇坂 明、周 燕飛、斉之平 伸一、村上 治也、小川 智由
コーディネーター
濱口 桂一郎
フォーラム名
第106回労働政策フォーラム「女性のキャリア形成を考える─就業形態・継続就業をめぐる課題と展望─」(2019年11月5日)
シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

濱口 脇坂先生が出されたテーマについて、各人の意見やコメントを伺う形で進めていきたいと思います。脇坂先生は冒頭、日本の雇用システムの特徴として、「遅い昇進」があると指摘されました。そしてこの遅い昇進は女性の活躍にマイナスの面がある一方で、ワーク・ライフ・バランスについて非常に手厚く、それは女性にとってプラスの面になっていると話されました。

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

昇進が遅いと、男性にはない妊娠・出産というライフイベントと昇進が重なってしまい、だからこそ、様々なワーク・ライフ・バランス施策があるわけです。これはトータルで見て女性がより活躍できる方向なのか、それとも阻害する方向なのでしょうか。この問題は、これから政府が女性活躍に向けたいろいろな政策をとっていくうえでも非常に重要な論点だと思います。

働き続ける見通しつけられる「遅い昇進」

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

脇坂 私は、遅い昇進というのは日本のホワイトカラーの一番の特徴だと思っています。そういう先行研究もありますので、女性との関わりについて見たところ、単純に言えば、早い昇進を行っている国の方が、女性管理職は非常に多いのです。今は管理職になるまでに18年ぐらいかけていますが、仮にこれを8、9年にすると、30歳前後の人を管理職にすることになります。これは過渡期が大変で、今のシステムを大きく変えるのはやはり難しいと言わざるを得ません。

もう一つ、管理職への早い昇進で30歳前後で課長やマネージャーになっている国の企業は、本当に効率が良いのでしょうか。私はそういう問題意識から、日本国内で早い選抜と遅い選抜を行っている企業を比べてみました。そして、基本的には遅い選抜のままワーク・ライフ・バランスを進めていけば良いと思いました。キャリアのタイムスパンを長く考えると、優秀な女性は育児休業を取らない男性と比べて昇進が遅れるかもしれませんが、短時間勤務をしながら働き続けられる見通しがつけられるのです。

遅い昇進に固執することで人材流出の可能性も

 脇坂先生がご指摘されている、「早い昇進の方が、女性が活躍しやすい」というファインディングは、非常に興味深く納得できるものだと思います。ではなぜ、日本では早い昇進を採用する企業が少なく、遅い昇進を採用する企業が多いのか──。日本企業の多くが長期的雇用慣行に基づく内部労働市場の仕組みで運用されており、あまり早期に将来の管理職候補を宣言してしまうと、有能な社員が途中で抜けたり、候補にならなかった社員がやる気を失ったりするような事態になりかねません。若いうちはむしろ、将来自分が管理職候補になるかどうかわからないようにして皆に競い合わせ、努力を重ねてもらう。そして、多くの社員が40歳手前で自分が候補になっているか否かがわかる頃には、既に他の企業に転職するベストタイミングを逸しているため、定年までその企業に残るほかない。こうした長期的雇用慣行に基づく遅い選抜制度は、ある意味、合理性があります。それゆえ、遅い選抜が主流となっています。

しかし、今は日本的雇用慣行が変化しつつあり、外部労働市場が伸びており、一つの企業で生涯、勤める人がどんどん減少しています。こうしたなかで、企業が従来の遅い選抜制度に固執していると、40歳手前まで頑張ることなく見切りをつけて退社するケースが増え、優秀な人材を早い段階で失ってしまう可能性が高まると思うのです。

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

女性にとって遅い選抜が特に不利になる背景に、育児があります。子育てで一番大変なのは、大体30歳前後の時期です。その段階では、自分が管理職候補か否か判明するまでまだ10年ぐらいあるので、将来の展望が見えないなか、到底そこまで待てずに辞めてしまいます。しかし、早い選抜ですでに管理職に到達している場合や、自分が将来の管理職候補として期待されていることがわかっている場合、その時期にもう少し仕事を頑張ってみようと思えるようになるかもしれません。それが、早期選抜を行う企業では活躍している女性が多いという現象につながったのではないでしょうか。女性活躍という視点から見れば、日本はもっと早い選抜を採用する企業が増えても良いのではないかと思っています。

全体的には困難でも例外的に早期選抜を進める

濱口 周さんにちょっと聞きたいのですが、遅い選抜だと働く女性が途中でやる気を削がれてしまうリスクがあります。ただ、逆にいえば、早い選抜だと選ばれた人は良いのですが、選ばれなかった人がやる気を失ってしまうといったリスクもあるのではないでしょうか。

 ご指摘の通りです。ですから、私自身も、内部労働市場がメインとなっている日本企業の現状から見て、早期選抜がすぐに広がるといったことは期待していません。ただ、企業の業務範囲や人材のリクルート方法によって、早い選抜でも従業員のインセンティブを損なわないような経営環境を整えることができれば、遅い選抜よりも早い選抜が望ましいのではないかと考えています。

濱口 ありがとうございます。三州製菓の斉之平さんは、今の論点についてどう考えますか。

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

斉之平 実際に経営をしている立場から見ると、全体的に遅い選抜の現状を急に早い選抜に変えるのは難しいと思います。ただ、非常に優秀な人もいるので、例外的に早いうちから選抜することは進めないといけないとも思っています。また、当社ではマネージャーでも短時間正社員として長く勤務してもらっていますが、周囲に支援する、協力する雰囲気が出てくると、会社全体がお互いに助け合う文化が醸成されていきます。また、短時間正社員のマネージャーや管理職がいることは、仕事のテンポが早くなるという点でも、会社にとってプラスになると思っています。

子の手離れを契機に管理職にチャレンジ

濱口 村上さんには、明治安田生命の女性管理職比率について伺いたいと思います。多くの日本企業は遅い選抜を行っていて、それは女性管理職比率を上げたくても、仕込んでから大分時間がかかることを意味します。他方、明治安田生命ではシート1にあるように、非常に早いスピードで女性管理職の比率が上がっています。これは、どのように実現されたのですか。

村上 それに関連する話として、当社では2019年度から定年年齢を65歳まで延ばし、女性も男性も65歳まで働く前提条件を整えました。また、事例報告でも説明した通り、当社は「キャリア・チャレンジ制度(異動型)」という社内FA制度を設けています。応募者は毎年増えていて、特に2019年は前年の2倍以上の人数に増えました。

何歳でも登用のチャンスがある

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

社内FA制度について、女性の応募者について分析したところ、子どもの年齢が18歳もしくは22歳の女性の応募者が非常に多いという共通点があることに気付きました。子どもが手離れしてから管理職になろうと思った人がとても多かったのです。

当社は定年を65歳に延ばしましたので、例えば50歳になって子どもが手離れしても、まだ15年もある。シート2に「L-NEXT」という管理職登用候補者の育成体系がありますが、1番上の「L-NEXT1(3年以内にライン課長への登用が期待される職員)」の平均年齢は50歳を超えています。今、論点になっている「早い選抜か遅い選抜か」に関して言えば、選抜年齢が早い遅いではなく、希望すれば何歳でも登用できる会社を目指しています。

濱口 明治安田生命の取り組みはダイバーシティのなかの女性活躍であるとともに、一般的なエイジフリーと少し異なる社内エイジフリー的なことをやられていて、その結果として女性管理職比率の向上を実現させているということです。エイジフリーの観点では、社会全体としてのエイジフリーな女性の活躍の道を開こうとされているのが明治大学のスマートキャリアプログラムだと思います。

一般論で括れない女性のキャリア志向

シート1 氷河期世代支援モデル事業の結果(2018/4/1~2019/3/31)

小川 先ほどの報告で触れられなかった夜の講座について、お話します。講座は2015年から春と秋に昼の講座を開いており、夜の講座は企業からの問い合わせを受ける形で同年秋から昼と同じ科目で立ち上げました。当初は昼の受講者が多かったのですが、2018年秋の講座から逆転し、今はむしろ夜の講座の受講者数が伸びています。そういう意味では、仕事をしながらこれからマネジメント層になる人が学びに来るケースが増えていると言えます。こうした人たちの年齢層は、20歳代最後ぐらいから50歳代半ばまでいますが、中堅企業などでは若い人が将来、管理職になることを期待されていますし、自分自身、そうなりたいと思う人も増えています。報道でよく「女性は管理職になりたがらない」という記事を目にしますが、今は決してそんなことはないだろうと思います。学生たちを見ても、ゼミやいろいろなプロジェクトで女子学生がリーダーシップを取ったり、ファシリテーションも上手いケースも増えています。性別や年齢は本当に個別事情で、一般論として括れない状況にあることを実感しています。

濱口 この問題は、女性の活躍を議論すると必ず出てくる話です。日本再興戦略で女性活躍推進が叫ばれ、女性活躍推進法ができて管理職割合を30%にする数値目標が急に上から降ってきた感じを持った人も少なくないのではないでしょうか。当時、何人かの企業の人事の人からは、「ちゃんと女性活躍させようとしているけれど、やはり日本企業だから昇進は遅い。今、着々と育ちつつあるけれど、いきなり30%と言われても困る。それは逆に女性優遇みたいな話になって秩序としてまずい」といったようなことを聞いた記憶があります。それで、これはなかなか難しいと思っていたのですが、先ほどの明治安田生命のような超遅い選抜・昇進というやり方もあるのです。

女性がより活躍できる就業形態は

では、残った時間で二つ目の論点を話し合いたいと思います。短時間正社員については、最近ではいわゆる限定正社員という形で議論されています。ある種の正社員として、就業形態を多様化していくなかで女性の活躍の場を広げていく形で、今日の政策的にもそういう方向性をとっていますし、事実、そういう方向は着実に進んでいると思います。一方、周さんの資料(シート3)のなかでは、「短時間就業よりフルタイム就業が望ましい」「短時間正社員の限界」という文言もあります。究極的にはどういう仕組み・運用であれば女性がより活躍できるかという共通の目標に向けて、その方法論についてはかなり対立する見解が示されていると考えられます。

重要な短時間で働く選択肢の増加

脇坂 順番に言いますと、まずタイプⅠの短縮分だけ手取りが減るのは当たり前です。経済的に余裕のない人は、何らかの子どもの手立てをしてフルタイムで働く。短時間で働く選択肢が増えることが重要で、0か1というのが良くないと言っているに過ぎません。2番目の技能形成、昇級、管理職登用への影響への懸念については、何を解決すればどうなるかということを受賞図書に書きました。3番目の「割高な労働力」は微妙なところですが、基本的には手当や賞与を時間配分にすれば割高にはなりません。唯一、割高になるのは通勤手当ですが、それ以外はきちんとやっている企業では割高にはなっていません。

 私も理想形としては短時間正社員がベストだと思います。実際、短時間正社員という働き方を広げた国もあります。例えば、ワークシェアリングの例としてよく取り上げられているオランダに、常勤の大学教授をしている知人がいるのですが、彼女は、「私は子どもが小さいうちは、週20時間の短時間勤務が認められていた」と話していました。しかし、それは日本ではほぼあり得ないことです。正規に雇用されている日本の大学教授は、フルタイム勤務が基本となっています。なぜ、オランダで実現できたことが日本では普及できないのか。1番の理由は、日本の消費者意識に大きな問題があるのではないかと思っています。

消費者意識の変革も必要

日本は、おもてなしを非常に重視する社会で、場合によっては過剰サービスになることもあります。そういったサービスを実現するには、どうしても労働の提供者側にたくさんの細かい要求をすることになります。もしもこうした消費者意識を無視して、日本で短時間正社員を徹底しようとすれば、消費者に見捨てられ、市場競争に負けてしまう可能性がでてきます。脇阪先生の言われる理想形の短時間正社員を将来、誰もが選べるようになる条件の一つは、消費者意識の変革です。例えば、官庁が仕事を発注する場合、年度末に集中しないようにするとか、学生が先生の週20時間勤務がもたらす不便を受け入れるとか、そういうことがまず第一歩として必要ではないかと思います。

濱口 ある意味、おっしゃる通りですが、問題があまりにも大きくなり過ぎて、短時間正社員を導入するよりはるかに難しい課題を出されてしまった感もしないではありません。ただ、これは実は今日のテーマである女性活躍をはるかに超えた日本社会の問題だと思います。すぐには解決できなくても、中長期的に少しでも変えていかないと、女性だけではなく男性も含めて働きにくい社会が永遠に続くのかな、ということもあります。今日のトピックへの直接的な処方箋になるかどうかは別にして、長期的な日本社会の課題として非常に重要な指摘だと思います。

必要に応じて短時間勤務も選べる

斉之平 当社では、育児をしながらフルタイムで働いている人もいます。フルタイムで働ける場合はその方が良いと思いますが、人によっては朝5時半に起きて家事をやらなくてはならない人もいます。その人がフルタイムになると、朝4時に起きないといけなくなって非常に負担が大きいので、そういう場合は短時間勤務を選択できるようになっています。

管理職への登用は既にお話ししたとおり、周りが支援・協力するような環境ができています。そういう会社風土なので、短時間勤務のマネージャーでも十分、管理職として仕事ができます。それから、割高な労働力という点では、例えば残業しないで4時半に帰らなくてはならない上司がいた場合、部下もそれに合わせる形で速く仕事をするようになります。結果、会社全体のスピードが上がることになり、良い影響もあるので、割高というだけでもないと思います。

企業文化と柔軟な働き方の折り合いをどうつけるか

村上 柔軟な働き方の制度をいろいろ整えていますので、それを活用することで育児と両立できるのであれば、ぜひそうして欲しいと思っています。

ただし、先ほど話した通り、比較的年齢層の高い職員を管理職に登用すると考えた時に、今日は育児との両立が議論の中心になっていますが、両立というのは育児だけではなく、介護や本人の病気との両立もあります。これらとの両立を考えた時に、フルタイムで柔軟な働き方で対応できるかといえば、必ずしもそうではない場合もあると思います。そこで選択肢として短時間就業も用意しておかなくてはなりませんし、それを活用して就業を続けられるのであれば、ぜひそうして欲しいと思っています。

一方、今日のテーマで今後整理していく必要があるのは、「柔軟な働き方」というときに、「フレックスで勤務時間は9時~17時ではなく別の時間帯で働いてもいい」とか「テレワークで勤務場所は会社でなくてもいい」ということと、会社で9時~17時まで働くことが並列の選択肢になるのが理想だと思うのですが、例えば朝礼で唱和をして、一体感を高めようとする日本的な企業慣行に価値を見出す企業も多くあると思います。しかし、これは朝9時に会社に来ることが前提です。そういった企業文化と柔軟な働き方との折り合いをどうつけていくのかという点は、整理が必要だと思います。

濱口 「柔軟な」というのは、単に物理的な時間と空間だけではなく、脳内の柔軟さのようなものと密接につながっているというお話でした。

社会のなかで自然に生きていくことができる働き方を

小川 私は、企業の人事の皆さんのように、社員を使う立場になったこともありませんし、この分野を研究の専門にしているわけでもありません。しかし日頃、受講生たちと接しているなかで、個人的な感想として持っていることは、皆さん、社会で生きていくことを人生のなかでの普通のこととしたうえで、マネージャーになれるのであれば受け入れるし、仕事と子育ても両立が可能ならしたいという意識で学びに来ている人が大多数だと感じます。

出産・子育ては人類にとって逃れられないことですし、いろいろな役割分担も時代によってあるのかもしれませんが、家と仕事場という女性と男性での役割分担を超越して、社会のなかで男女それぞれが、自分の意識や意欲に合わせて自然に生きていくことが実現できるような状況を皆でつくっていくという意味で、もしも短時間正社員の仕組みがそれにふさわしいのであればそうなるようにしていくものだと思っています。

濱口 ありがとうございました。本日は「女性のキャリア形成を考える──就業形態・継続就業をめぐる課題と展望」というタイトルでパネルディスカッションをしていきました。お聞きいただいたことを、それぞれのところで活用していただければと思います。