事例報告 かけがえのない私という実存の獲得と地域に根ざした中間的就労で生きる場づくり

講演者
櫛部 武俊
一般社団法人 釧路社会的企業創造協議会 副代表
フォーラム名
第104回労働政策フォーラム「「就職氷河期世代」の現在・過去・未来」(2019年7月25日)

釧路市は、北海道東部、太平洋に面した位置にあり、平成17(2005)年には阿寒町、音別町と合併したところです。水産と石炭と紙パルプという産業で成り立っていた街でしたが衰退し、今の就職氷河期よりも少し前から不況のなかに置かれました。

生活保護の受給率のグラフを見ると(シート1)、平成9(1997)年ぐらいから右肩上がりに伸びて、リーマン・ショックなどで平成19(2007)年以降、非常に厳しい状況となり、平成24(2012)年にピークとなりました。ピーク時は、ほぼ市民の18人に1人、現在も20人に1人が生活保護を受けるに至っています。

こういったなか、2003年に厚生労働省が生活保護受給者の自立支援に関する新しい方針を展開するようになり、それを受けて、自立支援モデル事業を始めました(シート2)。従来はケースワーカーが生活保護世帯を引っ張り上げ、ハローワークで仕事につなげるというのが基本で、なるべく生活保護から離脱しなさいという支援を行ってきました。自立支援プログラムでは、公園の整備などボランティアのような活動を行って成果として、「収益は出ないが褒められてうれしかった」、「60歳を過ぎても自分を変えられると思えた」など、たくさんの人たちの喜ぶ姿を見ることができました。市民も入った検討会では、こうした取り組みを「中間的就労」と呼ぶことにしました。

活動を通して、国が言うステップアップだけではなく、意欲の向上やコミュニケーションを通じた社会参加に自立を促す可能性があるのではないかと思いました。これが、「釧路モデル」と言われるもので、様々なプログラムを用意しています。自立の形は人によって異なりますが、結局、「かけがえのない私という実存を獲得する」という実感を持つことに尽きるのではないかと思っており、そのための居場所をつくることを考えて活動してきました。

生活保護受給者が地域産業を支える

2011年に釧路市を退職した後、私は2012年に社会的企業創造協議会をつくりました。そこでは、社会生活自立と就労自立の間に、「中間的就労自立」があると仮定した取り組みを始めました(シート3)。

中間的就労自立を考えることで、いろいろなものが仕事に見えてきました。例えば、最初に行ったのは「漁網の仕立て」です。基幹産業のニッチな部分と技術の継承。地域の生活保護で支えられた人が、地域の産業を支えるという構図をつくりました。最初は技術を学ぶところから始まり、全くお金にならなかったのですが、最近は、全体で年間160万円ぐらいの収入を得ています。参加者は頑張って作業し、きちんと通い、励まし合っています。皆ほとんど1人で暮らしをしていて、それまでは、「生活保護費をもらっても1カ月、誰ともしゃべらなかった」と言います。そういった状態もなくなりますので、収入を得るだけの作業ではないと思いました。

この取り組みは、多方面に活かされています。中間的就労自立は「釧路市都市経営戦略プラン」という市の政策にもなりましたし、2013年成立した生活困窮者自立支援法にも反映しました。

生活困窮制度のモデル事業として、市民の「くらし」と「しごと」の困りごとをサポートする生活相談支援センター、『くらしごと』を開設しました。それから5年、試行錯誤してきましたが周知ポスターなどは中間的就労自立支援のなかで感じた生活保護受給者とのつながりや、申請主義の限界等を踏まえ、作成したりしています。

消費者、企業ともつながりをつくる

支援を行ったなかで、この5年間いわゆる「ひきこもり」と言われる方約70人の人たちに、どのようなきっかけでひきこもりなどになったのかを聞いたところ(シート4)、退職した後、不登校、病気といった理由が主でした。最初のころは本人に会うことができず、当時は仕方ないと思っていましたが、今では何とか訪問し会えるようになってきています。

つながった方が通える場を作りました。例えば、ガンプラ作成やパソコン制作など個々人が好きなことができる「何でもやってみるラボ」というプロジェクトや、釧路市音別町特産の蕗を離農農家やひきこもりの支援団体、行政が協力して生産する取り組み(シート5)などを展開しています。補助金をもらって支援を終えるのではなく、地域で生産し、そこにひきこもりの人や知的障害者などが参加し、消費者の皆さんと関係をつくっていく。また、民間企業とつながるなど様々な枠組みをつくって、みんなで生き生きと暮らしていくことを目標にしています。中間的就労自立の取り組みについては、2019年7月9日発表の厚生労働白書に取り上げてもらいました。

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