事例報告 がんに負けるな~がんになっても、わたしの居場所はここだ。~

西川 大輔
伊藤忠商事株式会社 人事・総務部企画統轄室 室長
フォーラム名
第103回労働政策フォーラム「治療と仕事の両立支援」(2019年6月28日)

働き方改革で目指すもの

働き方改革という大きな文脈の中で、がんとの両立支援ということもやっておりまして、私どもの場合は、働きやすいというよりは「働きがいのある会社をつくるんだ」ということをテーマにいろいろな施策に取り組んでおります。ゴールは、生産性を上げていこと、会社の企業価値を高めていくことにありまして、がんの政策もその一環にあるという位置づけをしています。

シート1は当社の生産性向上に向けた取り組みをまとめたもので、業務効率を高めるとか働き方を変えるということもそうですが、社員のモチベーション向上、能力開発などいろいろな側面があって、その1つに社員の健康というものがあり、その中に「がんと仕事の両立支援」があるということになっています。

「がんと仕事の両立支援」制度導入のきっかけ

もともとは2017年にこの制度を始めました。この年の2月ぐらいに、当社の社員でがんに罹患し闘病されている方が社長にメッセージを送ったのが一つのきっかけです。たまたま新聞か何かのメディアで「働きやすい、日本一いい会社」のようなランキングで上位に伊藤忠がランキングされ、それを見た患者の社員が「自分は今病院にいる。家族と会社の仲間、会社の制度に支えられてこうやって闘病している。こういう記事を見たけれども自分にとっては伊藤忠が1番なんだ」ということをおっしゃられていました。残念ですが、その方は1週間後にお亡くなりました。それが一つのきっかけで取り組んでいこうということになり、およそ半年後の2017年7月に当時の社長が社員向けに出したメッセージ「がんに負けるな」とともに施策を始動したということになっています。このメッセージの中でトップから伝えたかったのが「人は自分の居場所はここだと思った時に、大きな力を発揮するもの」ということです。何で自分がこういう施策をするに至ったかということをまずトップがメッセージを出して、これに合わせて我々も施策を展開していきました。

施策を始めるに当たって、初めに行ったのがアンケートです。過去闘病された方あるいはその当時闘病されている方にアンケートでいろいろ聞いて、そこからどんなことが見えるのかということを拾っていきました。まず、やはり共有ができていないということ。直属の上司には伝えていますが、組織全体で皆さんと共有するということに踏み込んでいる方はまだ少ない。一方で、心の支えになっているのは当然ご家族や医療スタッフもありますが、仕事のやりがいや職場で必要とされること、社会や人とのつながりを挙げる方も非常に多く、それを見て、やはり会社で取り組むことの意味はここにあるんだろうと思いました。

なぜこの施策を会社としてやるのかを考えたときに、我々は2つの側面から考えようということになりました。1つは罹患されているご本人です。当然がんにならないということが一番のスタートになるでしょうし、なっても治療ができる、あるいは安心して働けるという患者ご本人のためにやれることはどんなことだ、というのが一つです。ただ、我々は企業であり医療機関とは違いますので治すだけが目的ではなく、もう1つの大事なところは組織だと思っています。例えば、ご家族の方ががんになられると、家族の方は皆さん一生懸命がんになられた方のことを助けて、支えて、結果として家族のきずなも強くなるということが起こると思うんです。それと同じことが組織でもできるのではないかと思っておりまして、そういったことができればきっと組織の力というのはとても大きくなるだろう、というのが私どもの思いであります。本人と組織、それぞれ得るものがあり、それが結果的には会社にとってもプラスになると考えました。

具体的な取り組みについて

具体的な取り組みとして、大きく3つの領域に分けて進めております。1つが「予防」です。もう1つが「治療」で、3つ目が「共生」です。今回この制度を導入するに当たって新たに始めたがんに特化したところを紹介させていただきます(シート2)。

国立がん研究センターとの提携

1つ目は「予防」と「治療」の領域の「国立がん研究センター(以降、がんセンター)との提携」です。企業としては初めての提携ではないかと思います。全社員ががん検診を受けるということで、40歳以降は定期的にここでがん検診を受けるということになります。2018年度から運用を始め、去年は対象者が400人ぐらいでしたが、その全員が検診を受けました。これが毎年ずっと続いていくということになっています。がんセンターで検診することの意味は、専門のがんを発見するための検診ですので、1つは早期発見ができるということと、何かあった場合にはそこから治療に移れるということです。もう1つは、本人の了解のもと、がんに罹患する前のデータも全てがんセンターに提供していまして、間接的にですが、がん制圧研究にも貢献できると考え、こういった形で提携させていただいています。ふだん実施している人間ドックに加えて、がんセンターでがんの総合検診を受けるということを定期的にやっている、これが1つ目の施策になります。

がんとの両立支援体制構築

2つ目が「がんとの両立支援体制構築」で、がんに罹患された方をどうサポートしていくのかというのを体系化したものです。

がんになられた方がいた場合はチームをつくることになっていまして、そのチームのメンバーが、本人、所属長、産業医、それから社内にいるカウンセラー、それと各事業部にいる人事担当です。このメンバーで両立支援プランをつくります。厚生労働省のガイドブックにプランのフォームがありますので、これを使わせていただきながらプランを作り、どういう治療をしながら、どんな仕事の仕方で、どんな会社の制度を使っていくのかということを定期的に見直し、皆さんで考えながらサポートしていくということをやっています。

この支援をするに当たっては、全体的にフローをまとめており、まず、がんを発症すると、会社に何も報告されない方もいらっしゃいますが、おそらく上司あるいは産業医に「実は」ということで話がある。そこから、組織の中でどうするかという話になり、あくまでもご本人の意思が大事ですので、開示できるかできないかも含めてご本人と話をした上で体制をつくっていくことになります。

がん先進医療費会社負担

3つ目が、「がん先進医療費会社負担」です。がんになると保険適用されるものもありますが、保険の適用ができない先進医療もありますので、会社が保険会社と包括で保険契約していまして、先進医療にかかった場合は会社が全部保険で求償しますという対応をしています。これはほとんどケースとしてないのですが、何かあった場合には会社がサポートするという制度をつくったということになっています。

将来の不安軽減

4つ目に、万々が一のことがあった場合の「将来の不安を軽減」するというものです。お子さんがいらっしゃる方が在職中にがんでお亡くなりになったという場合に、お子さんの将来的な教育、就職を会社がサポートしますということを今拡充しておりまして、こういった対応をメッセージとしても出しております。

がんとの共生を評価指標に反映

最後になりますが、両立支援プランをつくる中で、がんの治療と仕事の両立をするということを目標設定してもらっています(個人業績目標の1つに設定)。我々サラリーマンは仕事をするときも、今年はこんなことをやるんだという目標を立てて、上司と相談をし、本人はそのための努力をし、上司はそれを支援するということが習慣になっていますので、がんの治療と仕事の両立もその仕組みの中に入れたら、もっと本人も頑張ったり、あるいは周りもサポートする、上司も支援するという環境ができるのではないかと思い、昨年度からプランに組み込みました。治療することが目的ではなくて、あくまでも両立するというところにフォーカスを置いている。そこに向かって本人も上司も一緒になって頑張って向かっていくということを仕組みにしたというのがこの制度です。去年から始めてちょうど1年終わり、これからまたこの結果も踏まえて今後の運用を変えようと思いますが、話し合うという機会をつくるきっかけの1つにはなっていますので、何らかの効果はあるのかなと思って、継続していこうと思っています。

社員への啓蒙・風土作り

2017年の下期からいろいろな制度が動き始めて、去年から本格的に動き始め、昨年は啓蒙をしていこうということで社員の方に知っていただくためのセミナーを何度か会社の中で開きました。東大の中川先生に来ていただいて、がんについての基本的なお話や、がんと仕事のことを色々わかりやすくお話しいただきました。また今年の2月には、がんになったご経験があるタレントの向井亜紀さんを迎えセミナーを開きました。毎回300人から400人ぐらいの社員が聞きに来ており、がんのことを知ってもらうというのが最近取り組んでいることです。

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