問題提起

私からは問題提起ということで、問題の本丸に入る前に、現在の日本における様々な労働問題や、進められようとしている働き方改革と本日のテーマが、どういうふうに関わるかということについて、大掴みに話をしていきたいと思います。

「日本独自の文脈」と、「世界共通の文脈」

今日、労働社会のあり方やそのルールは大きく変わりつつあるというのが衆目の一致するところだろうと思います。ただ、そこには「日本独自の文脈」と、「世界共通の文脈」があります。日本の場合、その二つが絡み合って進んでいる。昨年、働き方改革推進法が成立しましたが、その前段階の2017年3月に出された「働き方改革実行計画」では、その二つの転換が刻印されています。

日本独自の文脈という観点からすると、これはまさに昨年の法改正の中身になるわけですが、いわゆる日本型雇用システム(正規労働者の柔軟性など様々な柔軟性とそれに基づく雇用維持)が、逆に非正規労働者の問題や、長時間労働の問題を引き起こしてきたという主たる問題意識があり、そこからいかに脱却するかということが、この1、2年の働き方改革の基本的なテーマであったことは間違いありません。正社員の長時間労働の是正や転勤への制約、働き方に制約のある人を前提にした人事管理にいかに向かっていくかということが今日の問題となりました。あるいは、そういった日本的な柔軟性と相補的な、正社員と非正規のいわゆるデュアリズムと言われるような格差を、どのように是正していくかということが、大きなテーマだった訳です。

ただ、実はこの「働き方改革実行計画」には、もう一つ、世界共通の問題意識も含まれていたのです。「柔軟な働き方がしやすい環境整備」というタイトルのもと、雇用型テレワークや非雇用型テレワーク、いわゆる個人請負契約や、兼業・副業の推進といったことが掲げられました。また、これが本日のテーマと深く関わってくるのですが、経済社会のデジタル化、第四次産業革命が進むことによって、時間と空間の制約を超えて、「いつでもどこでも」生産活動ができる情報通信環境が、まさに生み出されつつあるというのが世界共通の問題意識となってきているのです。

働き過ぎにとめどがない危険性も

デジタル化が可能とする雇用型テレワークでは、例えば、自宅、サテライトオフィス、喫茶店、あるいは通勤途上でも、また、勤務時間内でも夜間でも休日でも作業ができてしまう。確かにこれは、育児・介護など働き方に制約のある人でも働きやすくなるという意味では、ワーク・ライフ・バランス上は有効であるのは確かなのですが、一方、働き過ぎにとめどがなくなるという危険性も否定できない。重要なことは、こういった「いつでもどこでも」可能な働き方に対しては、伝統的な労働時間の上限設定といったような労働法の手法が効きにくくなってしまうという点です。

もちろん、やれないことはないのですが、無理にやれば、超監視社会をつくってしまう危険性もある。あるいは、事業場外みなし労働という仕組みがありますが、現実の「いつでもどこでも」化にどこまで追いついていけるのでしょうか。事業場外みなし労働の通達では、無線やポケットベルで随時指示を受けていれば、みなし制は適用できないというような記述もあり、デジタル化の進展と現実との間に落差が出てきています。

雇用契約の枠組みに崩れ・揺らぎも

さらに、デジタル化によって新たな自営業が生まれつつあるという指摘もあります。歴史を振り返ると、ある程度まとまりのある職務を単位に継続的な雇用契約を締結し、労務と報酬を交換するというのが、産業革命以降世界に広まっていった雇用のあり方なのですが、これが経済のデジタル化によって、その枠組み自体が崩れつつあり、また、揺らぎつつあるというのです。職務がタスクに分解され、個別に発注してその成果に報酬を払うという仕組みが可能になってきます。これが世界的には、プラットフォーム経済、シェアリング経済、あるいはクラウドソーシングといった言い方で拡大しており、かつ注目されています。多くの場合、それは自営業の扱いになるのですが、だとすると、今までの伝統的な労働法規制や社会保障制度が適用されない社会・世界ということになります。

しかし、自由な自営業だからハッピーかというと、必ずしもそうではなく、むしろその実態は、テクノロジーを使った強力なコントロールのもとにある。例えば、顧客の評判によって点数が付けられますし、タスクを拒否したらアカウントが閉鎖されることもあり、下手をすると雇用労働よりも強力なコントロール下にあるとの指摘もあります。

最近では、厚生労働省でも「雇用類似の働き方」という言い方で、ここ1、2年ほど検討会において検討がなされています。また、JILPTでも、実態調査や諸外国における政策についての研究・調査を進めています。まさしく現在、世界が共通して直面している課題であり、政労使や研究者が真剣に取り組んでいく必要があるわけです。

指揮命令されずに自分で働き方を決められるということ自体は、必ずしも悪いことではありません。ただ、今までの伝統的な労働者よりもかえって不安定で低所得な働き方が拡大するということはやはり問題ではないか、ということが繰り返し言われていますし、世界共通で、労働法規制や社会保障制度のあり方を見直すべきではないかという指摘がなされています。以上、雑駁な話でしたが、これを踏まえて、この後の研究報告、企業の事例報告をお聞きください。私からの問題提起は以上となります。

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