基調講演 日本の雇用システムと高齢者雇用の問題点

私からは、この後のKeese氏の報告が理解しやすいよう、まず、日本の高齢者雇用政策についてお話しするとともに、その前提となる日本の雇用システムについてもご説明します。

日本の高齢者雇用政策を考える上で重要なのは、日本の雇用システムが年齢に基づいているという点です。ただし、昔からそのようなシステムだったわけではなく、明治期には日本の労働市場は非常に流動的でした。その後、大正期から昭和初期にかけて、大企業において、定期採用制、定期昇給制、定年退職制が導入され、年齢に基づく雇用システムが整備されていきました。

戦時体制下における日本型雇用システムの強化

とりわけ強化が進んだのが、戦時体制下です。当時の政府が各企業に対し、年齢に基づく賃金制度を法的に強制したのが一つの出発点と言えます。この規制はホワイトカラーとブルーカラー双方に対して行われました。また、戦後の高齢者雇用に大きく影響を与えた公的年金制度が作られたのもこの時代です。労働者年金保険法は1941年に制定され、1944年には現在の厚生年金保険法になりました。

日本が戦争に敗れた後、戦時体制下にできた雇用システムは廃止されました。ところが、廃止されたことで以前の状態に戻ったわけではなく、終戦直後、労働組合運動が激化するなか、むしろ組合主導で、年齢に基づく雇用システムが再確立されます。1946年には年齢と扶養家族で賃金を決定する「電産型賃金体系」が確立されました。

ちなみに労働基準法第4条の「男女同一賃金」は、「同一価値労働同一賃金」を否定しています。「年齢差別を認めないのであれば定期昇給は不可能となり、日本の賃金制度を破壊することになる」というのがその理由です。

その後、1950~60年代にかけては、政府や経営側(日経連)は、年功制を否定し、同一労働同一賃金に基づく職務給を導入すべきだと主張していました。1960年に池田内閣によって決定された「国民所得倍増計画」にも「終身雇用、年功序列制の廃止と企業を超えた労働市場の形成」が謳われています。1967年には、政府は、同一の価値の労働に対しては性別による区別を行うことなく、同等の報酬を与えなければならないことを定めたILO100号条約を批准しています。また、同年に策定された「雇用対策基本計画」では、「職業能力と職種に基づく近代的労働市場の形成を目指す」ことが主張されました。

しかし、1970年代以降はむしろ、日本型雇用を維持・促進する政策に転換しています。その一番の導因が年金制度です。1941年に成立した労働者年金保険法では55歳から養老年金が支給されていましたが、1954年の厚生年金保険法改正では、支給開始年齢を段階的に引き上げ、1974年には60歳にすることが定められました。

60歳定年制の義務化

これに対して、労働組合側は、「支給開始年齢を引き上げるのであれば、定年も60歳まで延長すべき」と要求します。その後、色々な経緯があるのですが、大きなエポックとなるのが、1986年の高年齢者雇用安定法の改正です。この改正では、60歳定年の努力義務とこれに従わない企業に対する行政措置が規定されました。さらに1994年の改正では、60歳定年制の導入が全ての企業に義務づけられました。

以降は、定年の引き上げではなく、継続雇用を中心とした政策が進められていきます。公的年金の支給開始年齢の引き上げに対応するかたちで、高齢者の雇用政策も進められていきます。

1994年には厚生年金(基礎年金部分)の支給開始年齢を段階的に65歳まで引き上げることになったのを受け、同年の高年齢者雇用安定法の改正では、60歳定年は維持しつつも、65歳までの継続雇用の努力義務と行政措置規定が定められました。さらに、再雇用後の賃金低下を補填する高年齢者雇用継続給付制度も設けられました。

2000年には厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢を65歳まで引き上げることが決まりました。この段階では、継続雇用の対象者について、労使協定で例外を設けることが認められていたのですが、2012年の改正では、例外を認めないことになりました。

ここまで説明してきた定年延長や継続雇用は、基本的に内部労働市場型、つまり企業のなかで雇用を維持することを前提とした政策ですが、一方、外部労働市場にも着目した政策も行われてきました。これについても、様々なフェイズがあるのですが、雇い入れという局面に目を向けると、年齢を理由とした差別を禁止する、あるいは抑制するという考え方があります。

この新たな考え方が生まれたのは、1990年代末のことです。2001年の雇用対策法の改正では、募集・採用時における年齢制限禁止の努力義務が規定されました。ただし、この時点ではかなりの例外が認められていました。

2004年の改正では、募集・採用時に年齢制限をする場合は、その理由を明示することが義務づけられました。さらに2007年には、新規学卒者の募集・採用時など必要最小限の例外を除き、年齢制限が原則、禁止となりました。しかし日本企業の雇用・賃金慣行には、年齢に基づくシステムが今もなお残っている状況です。

近年の高齢者雇用政策

ここからは、近年における高齢者雇用に関する政策を紹介します。

2018年3月には前年に策定された「働き方改革実行計画」に基づき、「年齢にかかわりない多様な選考・採用機会の拡大に向けて、転職者の受け入れ促進のための指針」が策定されました。同年6月には、官邸に置かれた「人生100年時代構想会議」により「人づくり革命基本構想」を策定し、そのなかで65歳以上への継続雇用年齢の引き上げに向けた環境整備を行うべきことを唱道しています。さらに同年10月には、「未来投資会議」が70歳までの就業機会の確保を提唱、2019年夏までに具体的な方針を決定し、おそらく来年の国会には法案を提出することを打ち出しています。

しかし、70歳まで継続雇用を延長するとなると、早晩、「60歳定年プラス継続雇用」による対応の限界が露呈してくると思われます。果たして、定年後、70歳までの10年間を長い職業人生のいわば、アペンディックス(添え物)にしてしまってよいのでしょうか。

近年、定年後の再雇用時の賃金引き下げを、非正規社員に対する差別として訴えるケースが増えてきました。いわば、半世紀以上もの歴史をもつ、「年齢に基づく雇用システム」が持続可能なものなのか、今、まさに問われる時代に入りつつあります。

当面、可能な高齢者雇用就業対策

一方で、「年齢に基づかない雇用システム」なるものが、これからの日本で実現可能かとの疑問も生じます。この点については、明確な答えを出せるわけではありませんが、当面、どのような高齢者雇用就業対策が可能かについて、簡単に説明します。

恐らく、当面は若年期における年齢に基づく雇用システムを前提としつつ、中高年期以降は年功的処遇を削減するという対応にならざるを得ないと思います。この場合、40代から60代を経て、70歳まで一気通貫の処遇とすることで、「定年プラス継続雇用」というやや不自然なスタイルを脱却することになるのではないでしょうか。その際、これまでは内部労働市場に重点を置いた政策を行ってきましたが、今後はこれに加えて、外部労働市場にも着目する必要があります。

現在の高年齢者雇用安定法には、離職が予定されている中高年齢の従業員が希望する場合は、本人の再就職の援助に関し、必要な措置を行うよう努めることが義務づけられていますが、将来的には、この再就職援助措置を雇用確保措置と一体化して、義務化することが考えられます。あるいは、今後、デジタル型非雇用就業(個人請負等)による就業が拡大する可能性もあります。いずれにせよ、これらが恐らく当面の高齢者雇用就業対策ということになるでしょう。

中長期的には、若年期も含め、年齢に基づく雇用システムの見直しが課題になると思われます。ただ、これは教育システムの制度的な補完関係がネックとなっています。若者について言えば、新卒一括採用がなくなれば、何もできない若者を採用してくれるという、世界に冠たるシステムがなくなることを意味し、混乱が生じる恐れがあります。

したがって、当面は、中高年期から高齢期にかけての対応が基本的スタンスになるのではないでしょうか。以上を頭の片隅において、次のKeese氏の報告をお聞きいただければと思います。

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