基調講演 「人手不足」・「人材不足」に立ち向かうための取り組み

1 深刻化する人手不足・人材不足

おそらく今日ここにいらっしゃっている方々は、人手不足・人材不足という喫緊の課題に取り組まれていたり、あるいは取り組みのサポートをなさっていたりする方々がほとんどだろうと思いますので、私の話よりはこの後お話しいただく4社の具体的な取り組みのほうにご関心もあるでしょうし、役に立つところも多いでしょう。私は、JILPTや厚生労働省が実施した調査の結果に基づきながら話をしていきますが、その内容に基づいて、皆さんに人手不足・人材不足に向けた取り組みについての見通しを持っていただければと思います。例えば、この会社のこの取り組みは、さっき藤本が言っていたあの内容を、具体化するとこうなるんだなとか、あるいは逆に、具体的な取り組みを、要するにさっき藤本が言っていたあの事項になるんだろうなとか、私のこれからの話はそういうふうな使い方をしていただければと思います。

人手不足・人材不足ということで、「人手不足倒産」などという言葉までマスコミで出てくるようになった。そもそも倒産とは、資金繰りがうまくいかないことを言うわけですから、「人手不足倒産」というのは何かおかしな表現ではあるのですが、人が不足するから事業が立ち行かないという事態を端的に表した表現だとも言えます。

実際、私が担当したJILPTの調査(「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査(企業調査)」)でも、経営課題として人材不足を挙げる企業の割合はやはり群を抜いて高いです。本日のフォーラムは、「中小企業の人材確保・育成」と銘打っていますけれども、人手不足を課題として挙げる企業は、大手も中小も関係なく多くを占めるわけです。むしろ、シート1の通り、大手や中堅のほうが経営課題として人手不足・人材不足を挙げる割合がより高くなっています。人手不足の深刻化という問題は、企業の大小問わず広がっている。

でも例えば、タイムマシンで5年前に行って、この先、とんでもない人手不足が起こるんだよと言っても、多分、誰も信じないのではないでしょうか。あるいはリーマン・ショックの後とか、2011年の東日本大震災の後とか、人がたくさん失業することは想定できたとしても、人手不足が起こるなんてことは多くの人が考えてもいなかったでしょう。

さらに言えば、私は1972年生まれで、団塊ジュニアと言われている世代ですが、小学校のころの社会の教科書といったら、山手線にギューギュー人が押し込められる写真が載っていて、日本の人口密度はアメリカやヨーロッパに比べてとても高い、この国には人口がものすごく多いと習い続けてきた。まさかその国が、35~40年後に、人が足りなくなったから外国から人に来てもらわないといけない状態になっているとは思いもしませんでした。今、人口が1億2,000万人程いて、中位推計に基づくと、2020年頃から大体10年に1,000万人のペースで減少していく。つまり、戦後の日本の、高度経済成長をやってきたあの40年と同じスピードで逆の変化が起こるということですから、かなり重大な影響が及ぶだろうということが薄々感じられてくる。

2 企業の採用における課題と定着対策~定着の程度による相違

では、人材確保の最も基本的な取り組みである採用を、各企業でどのように行っているかと言いますと、まず、正社員の採用は、4社に3社が過去3年間にやっています(シート2)。ただし、9人以下の小さな企業では、正社員の採用を実施している企業が半分程度にとどまっています。

正社員の採用と一言で言いますが、大手と中小では様相ががらりと異なります。何が違うかといえば、新卒と中途の比重です。正社員を採用した企業のうちの、新卒・中途、両方採用したという企業は3割弱です。しかし従業員9人以下の企業は、採用を実施している企業のほとんどが中途のみを採用しています(シート3)。従業員規模が大きくなるにつれて、中途のみを採用するという企業の割合が減り、新卒も中途も採用するという企業の割合が増加していく。

中途採用でどんな人材を採用しているのかと言えば、回答企業全体では、「35歳未満の若い人材」を採用しているという企業が最も多く、「仕事にかかわる資格を持った人材」をとっているという企業も相対的に多い。そのほか回答が比較的多いのは、「同じ業界で長く働いてきた人材」、「特別な技能や技術を持っている人材」です。こうした人材を採用しようという傾向は、小さい企業でも変わらない。言い換えると、こうした人材が不足しがちになる。

次に採用における課題を各企業に尋ねてみました。回答が多かったのは、「求人に対する応募が少ない」、つまりそもそも絶対数がいないということと、それから「求めるレベルの人材が採用できない」という、採用で一定の質の人材を確保できないという問題です。この採用に関わる問題の指摘傾向を、正社員で採用した人が3年間で離職する程度別に分けて集計してみました(シート4)。まず、3年間で離職する正社員が3割以上いるという企業では、「採用してもすぐ辞めてしまう」が3番目に指摘の多い課題となっています。一方で、3年間で離職する正社員が3割未満の企業では、「採用してもすぐ辞めてしまう」という課題は、指摘の多い課題の上位5項目にも入らず、指摘する企業の割合は1割にも達しません。定着状況の異なる企業の間の違いとして、まずこうした点を挙げることができます。

それから、正社員の定着対策として重視している取り組みも、企業に尋ねてみました。これも従業員規模の大小に関わらず、賃金などの処遇をアップする、職場の人間関係をよくするといった取り組みの回答率が、比較的高くなっています。

この定着対策として重視している取り組みについても、採用後3年間での正社員の離職率が3割以上の企業と3割未満の企業に分けて、それぞれ実施している企業の割合が高い取り組みを整理してみました(シート5)。離職率が3割未満の企業では、最も実施率が高いのは「職場の人間関係を良くする」という取り組みです。また、「快適な職場環境を提供する」という取り組みも比較的回答が高くなっています。一方で、離職率が3割以上の企業で最も実施率が高かったのは、「賃金などの処遇をアップする」です。つまり採用後3年以内の正社員の離職率が相対的に高い企業では、定着対策として処遇のアップというのに専念しがちであるのに対して、相対的に離職率の低い会社では、職場の人間関係を良くすることに重点を置く傾向があると言えるように思います。

3 定着を左右する従業員の「働きがい」・「働きやすさ」

続きまして従業員の考え方や行動に関するデータとして、私が2013年に携わった、厚生労働省の「働きやすさ・働きがいのある職場づくりに関する調査」というアンケート調査の結果を見ていきます。この調査の回答者は、従業員300人未満の中小企業に勤務する正社員1万人です。

働きがいを感じている正社員と感じていない正社員で、現在の勤務先で働き続けたいという意向にどの程度の相違があるかを見てみましょう。働きがいがあると言っている正社員は半数近くが今の会社に勤め続けたいと考えていますが、働きがいがないと感じている人だとわずか1割程度にとどまります(シート6)。

また今の会社が働きやすいと思っている人のなかには、今の会社で働き続けたいと思っている人が約4割いますが、働きやすくないと思っている人だと1割程度となる。つまり今の勤務先で働きがいや働きやすさを感じているか否かで、勤続意向には歴然とした差が生じている。

ちなみに、働きがい・働きやすさを感じている人はそれぞれ回答者のどの程度の割合を占めているかと言えば、働きがいについては「感じる」という人と「やや感じる」という人を合わせて約5割、働きやすさについては「感じる」と「やや感じる」という回答の合計が約6割でした。

では、どんな中小企業で働いている人が、働きがい・働きやすさを感じているのか。回答者が勤める企業の人事労務管理との関係に着目して、分析してみました。まず、様々な人事労務管理施策について、自社で「実施されている」と認識している回答者と、認識していない回答者を分けます。次に認識している回答者と認識していない回答者のそれぞれのグループのなかで、働きがいを感じている人の割合を明らかにし、両グループにおける割合の差を算出しました。施策のうち、自社で実施されていると認識しているグループとそうでないグループの間で、働きがいを感じる割合の差が大きいほど、従業員の働きがいを呼び起こす効果が大きいと考えられます。

シート7には、割合の差が大きかった五つの施策を記しています。例えば一番上に記している「各自に与えられた仕事の意義や重要性についての説明」は、自社でそうした施策が行われているという回答者グループでは働きがいを感じる割合が76%であったのに対し、行われていないという回答者グループでは働きがいを感じる割合が50%で、実に26ポイントの差がありました。

割合の差が大きかった他の施策について見ていくと、2番目に差が大きかったものが「従業員の意見の経営計画への反映」、3番目に差が大きかったものが「本人の希望が出来るだけ尊重される配置」となっています。あるいは5番目に差が大きいものとして「提案制度等による従業員の意見の吸い上げ」が挙がっています。つまり、勤務先から従業員に対する説明や従業員からの意見の吸い上げといった形で、会社と従業員とのコミュニケーションが成立していることと、研修や配置、経営計画などでコミュニケーションが活かされていること、こういった施策が働きがいを向上させる効果が大きいのではないかと見ることができます。

もう一つ、働きやすさのほうはどうか。働きがいと同じように、各人事管理施策が勤務先で行われていると認識しているグループとそうでないグループに分けて、働きやすさを感じる人々の割合を比べてみました(シート8)。すると差が大きい施策としては、働きがいと同様の、研修や配置において従業員の希望が尊重されていることや、従業員の意見の経営への反映が挙がりました。また、保険や医療面での補助あるいは職場の安全管理の研修など、健康面や作業環境への配慮に関わる施策も、差が大きい施策として挙がっており、働きやすさを向上させる効果が大きいと考えられます。

4 どんな取り組みが必要なのか?

さてここまで、企業側の採用活動と定着対策の実態、ならびに従業員の定着を大きく左右する「働きがい」・「働きやすさ」をめぐる現状について見てきましたが、これらの内容から今後に向けて必要な取り組みに関して何が言えるのか。

一つは企業側の採用や定着をめぐる実態を踏まえると、採用→定着→採用という循環を作っていくことが必要なのではないかと思います。人手不足に悩まされる会社は、採用→離職→採用という循環が往々にしてできるのですが、そうではなく、採用と定着との間に循環を作る。つまり従業員を採用して、教育訓練や職場への適応に向けた取り組みをしっかりやることで従業員の定着を確かなものとする。そうすると自社に不足する人材が限定されてきますから、ミスマッチの少ない採用がやりやすくなる。ミスマッチの少ない採用が実現できれば、定着はさらに進みやすくなる、こういった循環です。

それから二つ目は、先ほど、従業員の側から見た働きがい・働きやすさにつながるいろいろな施策を挙げましたが、そのなかでとりわけ重要なことは、従業員の意見や希望を把握し、企業の経営のなかに反映させていくことだろうと思います。これは結局、「労使コミュニケーションのサイクル」と言い表すことができるのではないでしょうか。

つまり、会社側が従業員の声に耳を傾けて、それを経営上の取り組みに反映する。自分たちの意見や要望が反映されることが従業員に認識されると「あ、反映されたんだ」というふうに従業員が考えて、働きがいを生む。この働きがいがさらに従業員の会社に対するコミットメントを生み出すといったサイクルです。

先ほど紹介した厚生労働省のアンケート調査を実施した際には、並行して、従業員の働きがいや働きやすさを実現しようと取り組む中小企業40社程度に、インタビュー調査を実施しました。「労使コミュニケーションのサイクル」を作り上げることが、働きがいや生産性につながった事例として、その時にお話を伺ったある自動車部品メーカーの事例を紹介したいと思います。この会社は、月例報告会のやり方を変えました。変える前の月例報告会では、製造現場の各部署の責任者が、社長の前で生産目標に対する達成状況を報告して終了という進め方をしていました。しかしこうした報告会では実質的な意味が乏しいということで、生産計画の達成状況を左右する問題の背景や、問題への対策を検討する機会に変えました。その結果、製造現場の問題点や、あるいは目標の達成に向けての提案が活発に行われるようになり、この提案を踏まえた取り組みが進むことで、提案→取り組み→生産性向上→提案・・というサイクルが回るようになりました。

私は、この人手不足・人材不足の問題に企業が直面するなかで、徐々に日本企業の人事労務管理の着眼点が変わりつつあると感じます。お手元の表(シート9)は私の友人が行ったアメリカの人事労務管理の進展に関する整理を少し改訂したものです。かつて人事労務管理は、組織に対する従業員のロイヤリティ(忠誠心)を高めて、集団のモラールを上げていくことが目標とされていた。この段階では「忠誠心を高める」という表現に端的に表れているように、組織と従業員の関係は「上下関係」で、「集団のモラール」が意識されていることから、従業員個々人の存在は人事労務管理のなかで認識されていなかった。それが時代を経るにつれて、コミットメント→エンゲージメントといったように、従業員個々人の心の状態をいかに企業にとって望ましいものにしていくかという考え方に変わってきた。またロイヤリティ→コミットメント→エンゲージメントと着眼点が変わっていった背景には、組織と個人の関係が「上下関係」から「対等なパートナー関係」に変わったということがあります。

多分このような変化の兆しは、空前の人手不足のなかで、日本の企業と働く人との関係においても、あちこちで表れているのではないかと思います。そのなかで、人手不足・人材不足に対しても、個人の重要性が増していくという変化を意識して取り組んでいける企業がうまくいくのではないかと思いますし、これからご登壇いただく4社も、おそらくそのような意識で取り組みを進めていらっしゃるのではないかと推測しています。

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