研究報告2 企業で働く人の「学び」―「自己啓発」「学び直し」の現状と環境

私からは、この3年ぐらいの間に実施した調査結果を基に、働く人の「学び」について、現状確認と問題提起をしていきたいと思います。

まず、今年1~3月にかけて従業員300人以上規模の企業に勤めている人を対象に実施したアンケート調査の結果を見ていきます。図1は、正社員として働く人が、過去1年間に仕事に関係する自発的な学習(自己啓発)に取り組んだ割合です。「自学・自習」で自己啓発に取り組んだ人が最も多く、回答者の4分の1程度です。

図1 企業で働く人々の自己啓発・学び直しの取り組みの現状

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参照:配布資料3ページ(PDF:607KB)

学校を活用する人はごくわずか

今日のテーマと関連している「専門学校・各種学校で行っている講座の受講」や「大学・大学院の講座の受講」を過去1年のうちに行った人は、前者は3%に満たず、後者は1%にも届かないなど、ごく僅かにとどまっています。職種別に集計したところ、経営企画に従事する人で、「専門学校・各種学校の講座の受講」約6%、「大学・大学院の受講」約4%と、やや比率が高くなっていました。これは逆に言えば、そういった仕事に従事している人しか学校を活用しない、あるいは企業がそういう仕事の人にしか学校に行かせるチャンスを与えないということなのかもしれません。

管理職・専門職志向強い大学等受講者

次に、取り組みの理由・契機を見ていきます。まず自己啓発に取り組んだ理由について、「自己啓発を実施した人全体」と「大学・大学院、専修・各種学校で受講した人」に分けて集計しました。すると、大学・大学院、専修・各種学校を受講した人の方が回答率が高く出たのは「仕事に関わる資格を取りたい」「語学を身につけたい」「人脈を広げたい」といった理由でした(図2)。

図2 取り組みの理由・契機(1)

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参照:配布資料4ページ(PDF:607KB)

そこでもう一つ、そもそも自己啓発に取り組んだ人はどういったキャリア志向を持っているのかについて見たのが図3になります。これを見ると、自己啓発に取り組んだ人は取り組まない人に比べ、「仕事にこだわらない」と「なりゆきに任せたい」の比率が小さくなります。さらに言えば、その傾向は、大学・大学院、専修・各種学校に行っている人でより強くなります。つまり、大学・大学院、専修・各種学校に行っている人は、管理職志向あるいは専門職志向がとりわけ顕著であることが見て取れます。

図3 取り組みの理由・契機(2)

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参照:配布資料5ページ(PDF:607KB)

時間・費用が自己啓発のネックに

そして、働く人が自己啓発に取り組む上での課題を調べました。これは大体、どの調査においても類似の傾向になりますが、1番は「仕事の繁忙さ」でした。2番目に多いのは「費用負担の重さ」で、家事・育児といった「家庭責任」を挙げる人も少なくありません。そもそも自己啓発に関心がないという人は3.3%にとどまっていますので、時間あるいは費用の問題をクリアできれば、自己啓発に取り組んでも良いと思っている人が多いと言えると思います。

過半数が勤務先からの支援が「ない・あっても使わない」

働いている人が、自分の勤務先からの支援についてどう評価しているか。これに関して五つの取り組みを挙げて、「役に立っていると見ている人」の割合と、「会社にない・(あっても)利用していない人」の割合を比べてみました(図4)。

それによると、研修やセミナーの受講に対する支援が役に立っていると見ている人は多数を占めているのですが、先述の大学・大学院、専門学校・各種学校への進学に対する支援が役立っていると見ている人は15%弱に過ぎず、6割近くが「そういった支援はない」あるいは「利用していない」と答えています。

先ほど時間と費用が問題だと言いましたが、時間面での支援についての評価を見ると、自己啓発のための休暇があって、それが役に立っていると見ている人は16.8%、自己啓発のための残業免除や定時退社があって、それが役に立っているという人も16.4%でした。一方、「そのようなものはない」「あったとしても利用しない」が6割近くで多数を占める結果になっています。

企業による支援は情報提供と費用支援

では、会社は実際にどういった支援をしているのでしょうか。

過去5年間、重点的に教育訓練費を配分してきた分野を尋ねると、「自己啓発に対する金銭的支援を拡充した」という企業は約3割でした。また、自己啓発に対する支援でどういったことをしてきたか尋ねたところ、「情報提供」と「費用支援」が6割弱となっています。

学び直しの支援があるのは2割強

そこで今度は、学び直しの支援に焦点を当ててみようと思います。ここで紹介するのは、これまで紹介してきた調査とは別の、従業員100人以上の企業を主な対象とした調査で、大学・大学院、専修・各種学校に通う自社の従業員に対し、どういった支援を行っているかを聞いたものです。

学び直しの支援について、調査の結果を見てみると、従業員100人以上の企業のうち、「業務命令の受講も、会社としての支援もない」が73.4%でした。「業務命令で受講させている」が9.3%、「業務命令としての受講はないが、会社として支援している」が13.4%になります。

また、能力開発やキャリア管理に関わる取り組みとして、キャリアコンサルティングを進めている企業では、「会社としての支援を実施していない」割合が全体より大きく減って約半数になり、「業務命令で受講させている」や「支援をしている」割合が増えています。

支援していない企業は半数が「学び直し」の評価なし

そこで、学び直しに対する企業の評価を見ると、大学・大学院、専修・各種学校への受講を支援している企業と、そうでない企業では歴然とした差がありました。受講を支援している企業は比較的多くが「専門性を高めることができる」「幅広い知識を習得できる」「モチベーション向上に期待できる」といった回答を寄せています。

ところが、受講を支援していない企業では、いずれについても回答率が低くなっています。ただし、「受講が従業員の仕事の成果につながっていない」や「受講した従業員は離職しやすい」といったマイナス評価をしている企業はごく僅かに過ぎません。要は、受講したことを「評価していない」企業が半数近くを占めて一番多い状況になっています。

また、受講を支援している企業が、受講した従業員をどう扱っているかを見ると、支援企業の約3分の1が「配転・異動」、約4分の1が「昇進・昇格」に当たって配慮するとしています。一方、受講を支援していても、何も配慮していない企業も31.6%あります。無回答の11.5%も差し引いて、受講を支援している企業の6割程度が何らかの人事上の配慮をしていると考えられます。

ただ、ここで振り返ると、そもそも受講を支援している企業は回答企業の4分の1程度でした。大学・大学院、専修・各種学校での学び直しを支援しつつ、さらに、社内でのキャリア形成あるいは人事上の扱いで配慮している企業は、この調査に回答した企業では20%にもならず、ごく少数にとどまっていると言えるでしょう。

「学び」の広がりにつながる動きや手立てが必要

最後に、働く人の「学び」を左右する課題について、調査結果から得られる示唆をまとめたいと思います。

まず、働く人が自己啓発や学び直しの場面で直面する問題・課題と、企業の支援にズレがあることです。働く人の学びを阻んでいる最大の理由は「時間」の問題です。その一方で、企業の支援は金銭補助や情報提供が中心になっています。

能力開発について中小企業をヒアリングすると、研修や自己啓発で従業員が職場を離れるのが一番困ると言われます。「1~2日程度ならいいけれど、1週間は長い。半年・1年の通学は論外だ」という反応を見せられることが多いです。時間については、学ぶ個人が直面する最も大きな問題ですが、企業からすると、そこに手を着けるのは難しいのだと思います。時間の問題は、むしろ回避できる範囲で支援する傾向もあると言えるのかもしれません。

二つ目に、キャリアコンサルティングを活用する企業では、大学等の受講を支援する企業が多いといった傾向がありました。これを読み取ると、従業員の意向をキャリアコンサルティングで配慮して、学び直しの機会を提供する可能性を示唆しているかと思います。

ただし、先ほどのキャリアコンサルティングを活用する企業というのは55社(回答企業の約4%)で、キャリアコンサルティングを活用したり、従業員の意向を反映するようなキャリア管理を行っている企業はまだ少ないと言えます。

伝統的にも現状もそうだと思いますが、日本では企業の強力な人事権を背景にした企業主導型のキャリア管理が主流だと思います。それを踏まえると、従業員のキャリアに関する意向を反映し、学び直しの機会を提供する取り組みがどこまで広がっていくものでしょうか。もっと言えば、先ほど、学びをする人がより強いキャリア志向を持っているといった調査結果を見ましたが、企業主導型のキャリア管理が主流のなかで、そういった動きを企業内で受け止め切れるのか。とはいえ、企業内で受け止められない場合、企業外に出たら受け止められるのかと言えば、否定的な答えをせざるを得ないのが現状です。今後、学び直しをする人のキャリア志向を受け止める受け皿のようなものをつくっていく動きや手立てを考えていく必要があると思っています。

プロフィール

藤本 真(ふじもと・まこと)

JILPT主任研究員

専攻は産業社会学、人的資源管理論。働く人々の能力開発活動のほか、人材育成・キャリアディべロップメントに関する企業のマネジメント、中小企業セクターで働く人々(経営者・従業員)の意識や行動、公共職業訓練などの能力開発政策を主なテーマとして、調査研究活動に従事している。近時の業績としては、『企業における資格・検定等の活用、大学院・大学等の受講支援に関する調査』(JILPT調査シリーズNo.142、2015年)、『離職者訓練(委託訓練)に関する調査研究-訓練施設・訓練受講者のアンケート調査結果-』(JILPT調査シリーズNo.154、2016年)、『中小企業をめぐるヒトの移動概要―「採用と定着」調査・中間報告―』(JILPT資料シリーズNo.172、2016年)がある。

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