基調講演 産学金官による新たな取り組み

講演者
藤本 雅彦
東北大学地域イノベーション研究センター長
フォーラム名
第85回労働政策フォーラム「地域における雇用機会と就業支援」(2016年5月11日)仙台開催

東北地方では、従来から高齢化と過疎化が進行し、経済が縮小している状況の中で、東日本大震災が発生しました。東北が抱える構造的な問題に目を背けては震災復興を考えることはできません。そうした認識の下、地域の新しい事業イノベーションと雇用開発はどうあるべきかを調査・研究してみようということになり、東北大学の震災復興プロジェクトの一つとして、「地域産業復興支援プロジェクト」を立ち上げました。

米国の「エコノミックガーデニング」を再生モデルに

まず、経済が縮小した地域の再生モデルを国内外で探したところ、最初に見つけたのが、2005年にハリケーン「カトリーナ」で甚大な被害を受けたアメリカのニューオーリンズ市でした。アメリカ南部にある同市は、もともと非白人系が多く、かつ犯罪も多い都市でした。ところが、カトリーナの災害を機に復活を遂げ、今や全米で5本の指に入るアントレプレナーの中心地になっています。なぜこうしたことが起きたかというと、あるNPOが大々的に町ぐるみでベンチャー企業を支援し、これが功を奏して一気にイノベーションの中心地になったそうです。さらに調べると、この再生モデルのオリジナルは、コロラド州デンバー近くのリトルトンという町が推進している「エコノミックガーデニング」と呼ばれる施策だったことが分かりました。

リトルトン市は、大手企業の軍需工場を擁する人口4~5万人の小さな町でしたが、冷戦終結とともに軍需産業が縮小し、1980年代後半から90年代にかけて、就業者の半分の雇用が失われる事態に直面しました。しかしその後、「エコノミックガーデニング」を導入・推進し、15年経った時には、雇用者数が2倍に増え、税収は3倍に増えていました。この取り組みがアメリカの中小企業白書で紹介されて、全米から注目を浴び、ニューオーリンズ市も参考にしたそうです。

将来性ある中小企業に着目

実際に当時の責任者から話を聞いたところ、リトルトン市は、地元に残っている中小企業に着目しました。大手企業は、工場を誘致してもグローバル競争の中で、いつかは移転してしまうだろう、一方、従業員10人未満の零細企業に雇用創出を期待しても難しいだろうということで、成長の可能性がある10~100人程度の中小企業を支援することで、雇用機会を創っていこうとしました。

中小企業の多くは、経営企画やマーケティング分析などに十分なスタッフを揃える余裕がないため、マーケットを拡大できないのではないか──。そこで、経営者がマーケティングに関する合理的な意思決定をできるように支援することにしました。具体的に、①GIS(位置・空間情報のデータ分析)、②マーケティングデータベース分析、③ICT(ネット検索結果の順位を上げたりホームページ作成などの)支援の専門家を3人雇い、地元中小企業の経営者から課題を聞き取り、分析報告書を出して、経営者に意思決定を促していきました。中小企業の経営者はいつも忙しく、改まって分析する時間などありませんので、こうした情報を提供することで、可能性のある会社は伸びて、雇用を創出できるということを我々も学びました。

このように、将来性のある中小企業にフォーカスして活性化させるという手法を「エコノミックガーデニング」と名づけたのですが、その反響は全米だけでなく、豪州などの世界各国にも広がっていきました。

日本の中小企業の雇用創出効果

では、日本の状況はどうでしょうか。中小企業の雇用創出効果について先行研究をご紹介すると、調査した中小企業536社が10年後に新規に生み出した雇用は2,831人でした()。平均すると1社あたり5~6人の雇用を生み出す計算です。しかし実態は、上位30社が全体の新規雇用者数の64%を生み出しており、中でも上位10社が37%を占めています。したがって、この上位30社のような中小企業を徹底的に支援していくことによって、雇用創出の可能性が非常に高まると言えます。今日の高成長している中小企業の大半は、何らかの形でイノベーションを伴っており、事業革新によって飛躍する中小企業が雇用を生み出します。こうした会社を見つけて、前述のエコノミックガーデニングのような手法を組み合わせて支援していくことが重要だと言えるでしょう。

表 中小企業の雇用創出効果

  設立時点の
雇用人数
10年後の
雇用人数
10年後の
雇用増加数
上位10社(1.9%)の
雇用増加数
上位30社(5.6%)の
雇用増加数
平均雇用者数 9.5人 15.0人 5.3人 105.4人 60.4人
中央値 6人 8人 1人    
雇用増加数     2,831人 1,054人(37.2%) 1,811人(64.0%)

資料出所:忽那憲治(2014)「IPO後の高成長企業と低成長企業」『一橋レビュー 2014年 AUT.』(62巻2号)東洋経済新報社 pp.6-21より作成

工場誘致からのパラダイムシフトを

これからの地方における雇用創出の要件については、従来型の大手企業の工場誘致からパラダイムシフトしていく必要があると考えています。日本の場合、大手製造業の柱は、エレクトロニクス系の電機産業と自動車産業です。これらの産業は、日本経済の支柱ですが、電機産業は競争力を失いつつあります。同じ製造業でも、両者の間には部品点数に大きな違いがあり、自動車の場合は、1台あたり3万点の部品が使われています。全ての部品の品質を維持しながら組み立てコストを抑えることは、東南アジアなどの国ではなかなか容易なことではありません。ところが電機産業は、モジュラー化が進み、部品間の共通化を図ることで部品点数が一気に少なくなり、品質面でも簡単にキャッチアップできてしまいます。そうなると、素材や部品の調達→組み立て→アフターサービスといった製品を作る過程の真ん中の部分=「組み立て」の付加価値がだんだん低くなり、結局は海外に移転してしまうという問題です。これが90年代以降、日本の電機産業が苦しんでいる一つの所以です。

その点、自動車産業は、組み立てそのものに付加価値が残されています。ただ、例えば、トヨタ自動車は世界中で年間1,000万台を生産していますが、国内生産台数(300万台)がこれから伸びる見込みはありません。ですので、他メーカーを含め、新たに地方で工場をどんどん作ることは、なかなか考えにくい。

こうしたことを考えると、国内で大手企業の工場誘致合戦をしても、それほど新規雇用創出の効果は望めないのではないでしょうか。

“支援すべき経営者”を発掘する

そこで、地方では地元の中小企業の事業革新によって新たな雇用を創出していくという方向にシフトしていくべきだと考えます。前述のデータで紹介された上位30社のように、将来の可能性がある会社を発掘するところから始め、その会社の事業にきちんと根差した支援をしていくことが重要です。

一つ申し上げたいことは、これまでの支援は、「支援を求める経営者」に支援をしてきたのではないでしょうか。会社を創りたい、店を開きたいという人たちの相談窓口はたくさんありますが、本当に雇用機会を開発できそうな可能性のある会社というのは、こちらから出ていって発掘しないと、なかなか見つからないものです。「支援すべき経営者」を発掘し、有効な支援をしていくことが肝要です。

RIPSで経営者を伴走支援

次に、私たちの取り組みをご紹介します。まず、経営者に対する支援について、2012年に「地域イノベーションプロデューサー塾(RIPS)」を試行的に開講しました()。現在、卒塾生が100人ほどいます。塾の目的の一つは、新しい価値を生み出していくというプロデューサーの人材育成です。事業のノウハウだけを教えるのではなく、実際に付き添いながら、革新的な事業プランをつくり、伴走しながら支援する。一般的な大学のMBAコースですと、抽象的な概念や事例を教えても「言っていることは分かる。でも、うちの会社は違う」となってしまいます。

また、卒塾時に重点支援事業を選定し、特に有望な会社に3年間の集中的な支援をしていきます。その中の一つに、資金的な支援があります。現在、プルデンシャル財団から3年間で1億円の補助金を受けていますので、年間3~5社の新しい事業に総額3,000万円ほどを提供することができます。

図 地方創生に向けた産学金官による中小企業の事業革新支援の取り組み

取り組み内容を図で示したもの

RIASで「目利き」を養成

2012年にプロデューサー塾を開講して以来、年間の受け入れは30~40人ほどで、広い東北地方に与える影響力は限定的にならざるを得ません。そこで、この取り組みを加速させるため、支援者を育成する「地域イノベーションアドバイザー塾(RIAS)」を2015年度に開講しました。入塾者の8~9割は、地方銀行、信用金庫、信用組合などの地域の金融機関に勤める30代から40代の優秀な方々です。こうした人たちに事業性評価などの教育をする、すなわち、高度な目利き力と支援力を養うというのがアドバイザー塾の目的です。

「虫の目」と「鳥の目」でイノベーションを

RIASは支援者の育成だけでなく、彼らに期待していることが三つあります。私たち大学にとって、有望な企業を発掘することが大きな課題でしたが、どんな小さな会社でも、地域の金融機関とは取引がありますので、アドバイザー塾で育成された人が将来性のある企業を発掘し、プロデューサー塾につないでいただくというのが1番目の機能です。2番目は、リトルトン市のモデルのように、マーケティングのデータ分析などの支援を行い、事業プラン策定の支援に入っていただくことです。地元企業の経営者の中には、どうしても自分の経験や周りのビジネスしか見えていない人もいて、そうした「虫の目」では発想がなかなか広がりません。ところが金融機関の方々は、経営者のように事業の細部まで考えることはできなくても、「鳥の目」を持っている。イノベーションというものは、「虫の目」と「鳥の目」が重なったり行き来したりして、新しい発想が出てくるものです。そして3番目は、スムーズな融資につなげていくという機能です。これが「産学金官」の連携です。金融機関がうまく参画することによって、今までとは違う新しいイノベーションの支援ができるということに気がつきました。

産学金官の支援が地方創生戦略に

今年度よりRIPS(プロデューサー塾)とRIAS(アドバイザー塾)共通のカリキュラムとして、「ベーシックコース」(5月~7月の隔週土曜と火曜夜)と「アドバンストコース」(9月~11月の隔週土曜)を設けています。「ベーシックコース」では、RIPSの事業者は事業革新や新事業開発の知識、アイデアの創造を学び、RIASの支援者は革新的事業への目利き力と支援力を養います。そして実習では、事業アイデアの構想を皆で一緒につくっていきます。「アドバンストコース」に進むと、少人数の指導体制の下で、事業者は事業プランの完成を目指し、支援者は本格的な支援実習によって高度な能力を育成します。卒塾の時にはプレゼンテーションをしますが、この資料は融資の際に金融機関にそのまま提出できるぐらいのレベルに仕上げることが目標です。

卒塾生のプロフィールですが、年齢は30代から40代、2代目の経営者やベンチャー経営者が大半を占めています。業種に偏りはなく、様々な業種で活躍されています。

こうした本学の「産学金官」による支援の企画が、宮城県の地方創生の「新総合戦略」に採択され、引き続き取り組みが進められていくことになっております。

プロフィール

藤本 雅彦(ふじもと・まさひこ)

東北大学地域イノベーション研究センター長

1983年、東北大学教育学部卒業。1999年、東北大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。株式会社リクルートおよび株式会社サイエンティア取締役を経て、2004年、東北大学大学院経済学研究科助教授。2007年、同教授。主な所属団体は「日本経営学会」、「組織学会」、「日本労務学会」、「人材育成学会」(常任理事)等。著書に『人事管理の戦略的再構築』税務経理協会、『経営学の基本視座』(編著)まほろば書房などがある。

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