報告 若者の地域移動はどのような状況にあるのか─地方から都市への移動を中心に─

講演者
堀 有喜衣
労働政策研究・研修機構主任研究員/日本学術会議特任連携会員
フォーラム名
第81回労働政策フォーラム「移動する若者/移動しない若者─実態と問題を掘り下げる─」(2015年11月14日)

本報告では、最近の若者は地方から都市へ移動しているという「若者流出説」を実証的に検討し、若者の地域移動をめぐる研究枠組みを改めて考えてみたいと思います。

2つの言説と研究のアプローチ

若者の地域移動に関しては「若者流出説」と「若者地元志向説」の2つの言説が存在し、「若者流出説」が現在は優勢です。しかしながら「若者流出説」の実証には世代別分析が必要ですが、まだほとんどなされていません。一方、若者の「地元志向説」は主としてインタビュー調査に依拠するものが多いために、ある現象を過大に解釈しているのではないかという批判があります。若者の地域移動についてデータに基づいた分析は十分に行われてはいるとは言えません。

そこで本研究では2つのアプローチをとりました。1つは若者の地域移動の全体像を把握するために、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の「人口移動調査」の2次分析を行うこと。もう1つは、若者が地域を越えて移動する際に必要なマッチングに携わっている高校や大学の就職指導担当者へのインタビューを併せて実施したことです。当機構では2013年から研究を行い、調査結果は2015年10月にホームページに公表していますが、本日は、その成果に基づいてご報告いたします。

まず、若者の地域移動の全体像を把握するため、最新の「人口移動調査」(第7回・2011年実施)の2次分析により、①出身地(O:origin=中学卒業時の居住地)、②進学地(E:education=最終学校を卒業した時の居住地)、③初職時の居住地(J:job=正社員のみ)、の3時点のパターン(O-E-Jパターン)について分析しました。

若者の地元定着の傾向が明らかに

初めに結論を述べると、先行世代(今のシニア世代)と比べ、現代の若者には地方・地元定着傾向が強まっていると言えます。特に高卒者に顕著ですが、男性の大卒者や女性の専門・短大・高専卒業者も、進学時に都市部に流出しなくなり、男性大卒者でも「地方・地元定着」や「地方Uターン」割合が増加していることが見出されました。

図表1から全体像を見ると、就職時に地方から都市へ流出するタイプ(「地方・就職時流出」)の割合が若い世代ほど減っていることが分かります。

図表1 世代別O-E-Jパターン(男女計)

拡大表示新しいウィンドウ

参考:配布資料4ページ(PDF:640KB)

地方の若者に焦点を当ててみると(図表2)、シニア世代に比べ、今の若い世代には「地方・地元定着」の割合が高まっており、就職時に地方から流出する割合が減少しただけでなく、地方から進学時に流出する割合も減っています。一方、地方Uターンの割合が若干増える傾向にあります。

図表2 出身地が地方の若者:男女計・世代別O-E-Jパターン

拡大表示新しいウィンドウ

参考:配布資料5ページ(PDF:640KB)

さらに地方出身の高卒男性についてO-E-Jパターン分析したところ(図表3)、やはり地元定着の割合が高まっていることは明らかであり、地方から就職時に流出する割合は、今では1割程度になっています。同様に、大学・大学院卒の男性を見ても(図表4)、地方から進学時に流出する割合が減り、地方にUターンする割合が若干増えている傾向にあります。

図表3 地方出身男性:高卒世代別O-E-Jパターン

拡大表示新しいウィンドウ

参考:配布資料6ページ(PDF:640KB)

図表4 地方出身男性:大学・大学院卒世代別O-E-Jパターン

拡大表示新しいウィンドウ

参考:配布資料7ページ(PDF:640KB)

以上の分析により、少なくとも、これらのデータからは、「若者流出説」は支持されないと言えます。

次に、地域を越えたマッチングについて検討します。まず高卒者の県外就職率を見ると(図表5)、全国平均では2割前後にとどまっていますが、東北や九州、四国地域から県外への移動は景気循環に左右されながらも一定程度を占めています。また県外就職先を見ると、例えば、青森県の男性が製造業に就職する割合は27%に過ぎませんが、高知県の男性では半数が製造業に就職しており、その内実はかなり異なっています。

図表5 高卒就職における地域移動の現状

拡大表示新しいウィンドウ

参考:配布資料8ページ(PDF:640KB)

青森県と高知県の比較から

そこで、対照的な2県の高卒者の移動先地域の推移を見てみると(図表6)、この20年間、青森県から東京都へ移動する若者の割合は安定的に推移してきました。一方、高知県はもともと大阪との結びつきが強く、2000年代の半ばまでは大阪に移動する割合が高かったのですが、その後、愛知県の割合が急に上がっています。愛知県は製造業の求人が非常に多い県なので、おのずと高知県の高卒男性の県外就職に製造業が占める割合は高くなると解釈できます。とはいえ求人側の動向だけではマッチングは成立しません。そこで高卒就職において実際のマッチングを担う高校に着目してみましょう。

図表6 青森県・高知県の高卒就職者の移動先地域の推移

拡大表示新しいウィンドウ

参考:配布資料9ページ(PDF:640KB)

図表7は、2003年と2013年の県外就職率の分布を表したもので、x軸に2003年の、y軸に2013年の県外就職率をとっています。グラフの点は高校(1点=1校)を示しています。2003年から2013年にかけて県外就職率が上がった高校を見ると、高知の場合は工業高校に集中する傾向があります。青森は学校数が多いとはいえ、県外就職率が上がった高校は工業高校に多いものの学科を問わず分布していることが分かります。この背景には図表6で見たように高知における移動先地域の変化があり、どの地域と結びつくかによって移動する若者が変化することが分かります。

図表7 2003年/2013年の高校単位での県外就職率の分布(全日制・男性)

拡大表示新しいウィンドウ

参考:配布資料10ページ(PDF:640KB)

高卒就職の地域移動の変化

では、どのようにして地域移動のありようが変化していったのかということを就職指導担当者へのインタビューから見ていきたいと思います。ここでは、県外就職率が上昇した青森B工業と高知B工業を取り上げます。地理的に遠い2校ですが、どちらも地域移動に積極的な意味づけを与え、地元に残ることにあまり高い価値を与えないという点が共通して見られました。地元に残りたいという生徒の特徴を尋ねると、自分に自信がない、1人で生活する自信がないという生徒が多いそうです。つまり地元に残るというのは自信のない表れだというような表現をしていました。

このように、高卒者の就職は、近年、ますます限られた範囲の中での地域移動になっていることが分かります。その特徴として次の3点が挙げられるかと思います。まず、需要不足地域の高校の就職指導は、生徒の地域移動に対する水路付けを行っており、生徒の地域移動の後押しをしていると見られます。2点目は、どこからどこに移動するのかという地域移動のパターンは、高校の就職指導の歴史的な経緯に依存する部分が大きく、基本的に安定していると言えます。3点目に、しかしながら、高知と愛知の結びつきのように、出身地域がどこの都市と結びつくかによって、誰が移動するのか、あるいは、どんな仕事に就くことになるのかが規定されます。移動先の産業構造によって、誰が移動し、どんな仕事に就くのかということが異なるわけです。

大卒就職の地域移動

続いて、大卒就職における地域移動と就職支援について紹介したいと思います。大卒労働市場は全国区の大きな市場と考えられていますが、地方大学の就職部やキャリアセンターは、地域移動についてどのような認識を持っているのか、インタビュー結果を整理しました。まず、大学は基本的に学生の主体性に任せていて、就職についての指導はほとんど行っていません。ただし、進学移動をしておらず、さらに地元就職を目指す学生に対しては、地元へのこだわりが強いというよりは「視野が狭い」ことがあると大学は認識し、問題だと考えているようです。また、就職活動における親の影響力は大きく、特に就職先地域についての親の希望を察知し、地元就職を考える傾向は女子学生に顕著に見られます。地方の学生は就職活動にお金と時間がかかり、就職先が限定されやすいので、東京に出ようと思いながらも経済的な側面で身動きがとれなくなり、近場の就職をする、というような語りも見られました。

研究から示唆されること

ここで、改めて若者の地域移動について考えてみたいと思います。まず、私たちの調査研究では、「若者流出説」を確認することができませんでした。このことは、「若者流出説」自体が仮説に過ぎないということを教えてくれているように思われます。つまり、若者流出説は今後、検証されるべき仮説であって、様々な見地から研究が進められていく必要があると思います。

第2に、仮に「若者流出説」が事実であったとしても、この説が地域コミュニティの視点に立ったものであるということを相対化する視点が、社会学的には重要だと考えます。どの立場に立つかによって見えるものは規定されるということは、当たり前ですが、忘れられてしまいがちです。しかも、インタビューによると、地域コミュニティも一枚岩ではなく、高校や大学の就職指導担当者は、若者本人の発達や将来の可能性を考えて、都市への移動を働きかけているという側面が見られました。

そして第3に、若者の地方から都市への移動が減少していることについては、地方の雇用機会や進学機会が増えたために移動しなくてもよくなったという側面があるでしょう。他方で今でも、地方と都市の雇用機会や賃金の格差は存在し、威信の高い大学も都市部に集中していることなどを考えれば、必ずしも積極的な側面だけでなく、例えば、企業が地域を越えて労働力を必要としなくなったとか、都市に進学させるだけの経済的余裕のある家庭が少なくなったという側面も、地域移動の減少に影響を及ぼしているのかもしれません。

先行研究によると、高度成長期以降の地域移動は、かつてのように階層移動をあまり伴わなくなって、メリットは減ったと言われていますが、地方から都市への地域移動が減少したことは、個人の可能性を追求するチャンスが日本社会から失われつつあるという側面が見落とされてはいないでしょうか。そして、地方から都市への地域移動の減少、流動性の低下というものが、今後の日本社会に何をもたらすのかということについても、思いを馳せるべきではないかと考えます。

プロフィール

堀 有喜衣(ほり・ゆきえ)

労働政策研究・研修機構主任研究員/日本学術会議特任連携会員

2002年日本労働研究機構(現JILPT)に入職、2014年より現職。専門分野は教育社会学、特に学校から職業への移行に関する研究。博士(社会科学)。最近のJILPTでの研究成果に、『大学等中退者の就労と意識に関する研究』調査シリーズNo.138(2015)、『若者の地域移動―長期的動向とマッチングの変化―』資料シリーズNo.162(2015)がある。

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。