報告3:大学の視点から
現代社会の諸問題とキャリア・コンサルティング
第71回労働政策フォーラム(2013年12月6日)

報告3 大学の視点から

番田 清美  東京学芸大学学生キャリア支援センター特命准教授

写真:番田氏

図1 東京学芸大学の「総合学生支援機構」

図1[画像のクリックで拡大表示]

私は、東京学芸大学内の「学芸カフェテリア」という部門でキャリアカウンセリングを行っています。学芸カフェテリアは、学生課の中にある学生キャリア支援センター内の一組織として位置づけられています(図1)。

今日は2つの視点からお話したいと思います。1つは、キャリアカウンセラー個人としての視点。もう1つは大学内の一組織の中における個別キャリアカウンセリングの視点です。

キャリアカウンセラー個人としての視点

最初にキャリアカウンセラー個人としての視点についてお話します。先ほど浅野室長からもお話がありましたが、学生は就職活動が本格化するまでキャリアセンターには来ません。

本学は教員養成系の大学ということもあってかキャリアセンターに来る学生の悩みも一般の大学に比べて特徴的です。たとえば、「教員になるために入学し、勉強してきたが、教育実習で違和感を覚えた。教員という仕事が自分にとって適職なのか急にわからなくなった」というものや、「『教員にならないのであれば、せめて安定している公務員になって欲しい』と親に望まれている。でも、自分では公務員として働くイメージがもてない。親の期待は裏切れないし、どうしたらいいのか」というもの、あるいは「将来何をしたらいいのかわからない」といったものがあります。

何をしたいのかわからない学生

最後の例のように、学生の中には「自分が何をしたいのかわからない」という「アイデンティティーの拡散状態」にある者も数多くみられます。この問題に関して言えば、学生時代に自己としっかり対峙した上で、実際に行動を起こす――この2つを行ってきた人間が、就職に際して、働くことの意義や適職を上手に見いだすことができるようです。一方、就職活動がうまく行かないという学生は、親の価値観をそのまま受け止めるだけで、問題意識を持っていない場合が多いようです。こうした学生は、目の前のことには一生懸命取り組むのですが、自分自身が将来どのようなことを成し遂げたいのか、自分のこととして真剣に考えた経験がない傾向があります。

ですから、キャリアカウンセラーの立場としては、やはりアイデンティティーの問題をいま一度考えてみる必要があるのではないかと思いました。

図2 各段階での発達課題が解決できているのかに、立ち戻る必要があることも

図2[画像のクリックで拡大表示]

図2は、心理学者、エリク・H・エリクソンが提唱した「エピジェネティック・チャート」と呼ばれるもので、社会的発達段階ごとの課題を示しています。

このチャートによれば、乳児期から学齢期にかけての課題を解決しなければ、青年期においてさまざまな問題が生じます。たとえば、乳児期の課題を解決していない場合、将来展望が持てなくなったり、刹那的な生き方をしてしまうようになります。また、幼児期前期の課題をクリアできていない場合は、等身大の自己が描けなくなったり、社会に対して肯定的に物事を見られなくなる、あるいは社会で働いている自分の姿が想像できなくないなど、アイデンティティーを構築できない状態になります。

そのような場合、私たちは学生たちの各段階に立ち戻って、課題が解決できているかどうかにまで踏み込む必要があります。先ほど、下村さんから、「キャリア支援」と「パーソナルな問題への支援」の統合についてお話がありましたが、アイデンティティーに関する問題は、メンタルヘルス関連では、他の支援組織にリファーすることが多いものの、本当に深刻な問題を抱えた学生については、キャリアセンターでもしっかり話を聞いておく必要があると考えています。

アメリカの心理学者マーク・サビカスに従えば、相談者には、まず短い物語で自分のキャリアを話させます。たとえば、「自分はなぜ教員になりたいのか。考えてみたら、子供の頃、友達から『勉強を教えるのが上手だから、先生になったら』と言われたからだ」といった具合です。私たちにとって重要なことはその短い物語をしっかり聞いてあげることです。

次の段階では、“reconstruct the small stories into a large story”(小さな物語を大きな物語に再構築する)―つまり、学生の短い物語について、私たちは「それはもしかしたら、人間と関わること、サポートすることが好きなんじゃないの」といったように話を膨らませていきます。

最後の段階では、“client and practitioner co-construct a revised identity narrative, new intentions, and possible actions”―学生とカウンセラーが共同で新しい物語を作りあげていくことになります。具体的には、学生に対し、「教員になる以外にも人間と関われる仕事があるよ」などのアドバイスをし、学生と話し合いながら、例えば、企業内で総務や人事といった、社員に対して関わりを持つ仕事をめざしていくことに方向を定めて行ったりします。もちろんその逆もあり、学生が改めて自分の教員としての適性に目覚めていく場合もあります。

組織の中における個別キャリアカウンセリングの視点

図3 学芸カフェテリアの構造

図3[画像のクリックで拡大表示]

次に大学という組織における個別キャリアの視点についてお話します。私が所属する「学芸カフェテリア」の組織構造を示したのが図3です。この「オフィス&学習コミュニティエリア」は広いスペースになっていて、訪れた学生が勉強したり、懇談したりできるようになっています。「キャリアナビ」は個別相談ブースで、私たちはここでキャリアカウンセリングを行っています。さらにインターネット経由で情報発信もしています。

カフェテリア業務のメインとなるのが、「学芸カフェテリア講座」で、これは正課の講義ではありませんが、学生たちは主体的に参加しています。参加することで、自ら学び、考え、そして自分たちの将来を作りあげることができるようになることをめざす内容です。

図4 学芸カフェテリア講座参加者数の推移

図4[画像のクリックで拡大表示]

講師役はプロのキャリアカウンセラーではなく、学生にとってもっとも身近な社会人である教職員が受け持ちます。彼らは、自分たちのバックグラウンドや教員であれば自分の専門について語ります。講座では学生同士によるディスカッションも行われますが、その進行役は「カフェメイツ」という学生スタッフが担当します。講座の参加者は、紆余曲折はあったものの、少しずつ増えています(図4)。学生たちの参加者数は前期のほうが高くなっています。後期で落ちるのは、前期のうちに自分というものがわかってきて、積極的に外の世界に関わるようになってきたからではないかとみています。

カフェテリアのウェブサイトでは、学芸カフェテリア内の講座だけではなく、学内で開催されているキャリア関連の講座やガイダンスも一括で紹介しています。講座に参加できなかった学生向けに講座を撮影した動画も配信しています。

学内と学外との橋渡しが必要

先ほど下村さんからお話があった「サービスの多層化」論を受けて、学芸カフェテリアにおけるサービスを検証してみたところ、やはり「情報」「相談」「ガイダンス」の提供が重要であることがわかりました。

さらに下村さんの著書に記述があった「セグメント論」(キャリアガイダンスの対象をどのような属性で分類するか)に従えば、学生の就職に対するレディネス(準備度)によって、キャリアガイダンスの内容を分ける必要があります。レディネスが低い学生に対しては、専門性の高いカウンセラーによる綿密なカウンセリングが必要ですが、逆にレディネスが高い学生の場合は、自分で行動できるので、セルフヘルプ型のサービスで十分ということになります。

図5 デリバリー論・セグメント論から見た学芸カフェテリアの構造

図5[画像のクリックで拡大表示]

図5は、デリバリー論、セグメント論からみた学芸カフェテリアの構造です。キャリアレディネスが高い学生は、WEBサイトを活用して自ら必要な行動を探しますが、レディネスが低い学生にはキャリア相談が必要となります。

ただし、実際には本学の学生は、各サービスの間を行ったり来たりしています。たとえば、講座を受講しているようなある程度レディネスが高い学生でも、不安になってキャリア相談を受講しにくる者もいます。

学生の中には学内から学外の活動に羽ばたいて行く者もいるのですが、私たちはこうした学内と学外との橋渡しを行うことも必要ではないかと感じています。ですから、単なる個別キャリア相談だけではなく、講座という1つのコミュニティーを作ることで、学生は自由に出たり入ったりしながら、大学生の時期にキャリアを構築する準備をしていけるようになるのだと思います。

学生支援のハブ的機能に

下村さんの論文には、「コーディネーション論」というものも紹介されています。これは、キャリアガイダンスのサービス間での連携、協力、共同体制の必要性を論じたものですが、学芸カフェテリアも学内における各学生支援サービスのハブ的な機能を持っています。

学内には、学長、副学長をはじめ、事務職員、教員などさまざまな人的資源がありますが、学芸カフェテリアはこれらとネットワークを築いています。1人の学生への対応でも、各人的資源間でリファーしあったり、情報交換したりといったことを通じ連携を深めているところです。

冒頭、図1でお示ししたとおり、学生支援サービスの中には違う部門に紐づいている組織もあります。こうした組織の人的資源が学芸カフェテリア講座で講師をすることで、互いの情報交換も大変スムーズになっています。

学芸カフェテリアは発足から6年目になりますが、6年間続けてきたからこそ、この人的ネットワークの結びつきが強くなってきたと感じています。

先ほど下村さんから「ゴールキーパー論」の紹介がありましたが、本学の学生支援の場合、ゴールキーパーよりも「蜘蛛の巣」に近いと感じています。綿密に網を張り巡らすことで学生の取りこぼしがないようにするイメージです。

最後になりますが、学生支援においては、先ほど紹介したデリバリー論、セグメント論、コーディネーション論を駆使することが重要なのではないでしょうか。