基調講演:第71回労働政策フォーラム
現代社会の諸問題とキャリア・コンサルティング
(2013年12月6日)

基調講演 わが国のキャリア・コンサルティング施策の現状と課題

浅野 浩美 厚生労働省職業能力開発局キャリア形成支援室長

写真:浅野氏

私が所属するキャリア形成支援室では、キャリア・コンサルティングの普及促進やその担い手であるキャリア・コンサルタントの養成などの業務を所管しています。本日は、わが国におけるキャリア・コンサルティング施策の現状と課題についてお話したいと思います。

キャリア・コンサルティング関連施策の流れ

まず、これまでのキャリア・コンサルティング関連施策の流れについてみていきます。

「キャリア・コンサルティング」という言葉は、平成19年11月に厚生労働省がまとめた「キャリア・コンサルタント制度のあり方に関する検討会」報告書において、「個人が、その適性や職業経験等に応じて自ら職業生活設計を行い、これに即した職業選択や職業訓練等の職業能力開発を効果的に行うことができるよう個別の希望に応じて実施される相談その他の支援」と定義されています。

「キャリア・コンサルティング」は厚生労働省が作った言葉で、平成11年から12年にかけて開催した「今後の職業能力開発のあり方研究会」でまとめた報告書で初めて登場しました。この研究会が開催された趣旨は、経済社会の変化に伴い、労働者の就業形態などが多様化する中で、職業能力開発施策をどのように進めていくかを議論することでした。

研究会では、今後の職業能力開発施策に関して、生涯にわたるキャリア形成を施策の柱として位置付けるとともに、職業能力評価のためのシステムを構築すること、自己啓発促進のための環境を整備することなどを基本的な方向性として示しました。また、同年12月には、中央職業能力開発審議会が厚生労働大臣に対し、今後の職業能力開発施策のあり方について建議しました。

翌平成13年には、職業能力開発促進法が改正され、労働者のキャリア形成を支援する方向性が打ち出されました。同年、策定された「第7次職業能力開発基本計画」では、この方向性を踏まえ、キャリア形成支援システムを労働市場のインフラとして位置付けるとともに、「キャリア・コンサルティング技法の開発」、「キャリア形成に係る情報提供、相談等の推進拠点の整備」、「キャリア形成支援を担う人材育成」、「企業内におけるキャリア形成支援を推進するための情報提供、相談、助成金の支給等」を進めることを明記しました。

同年9月に「労働者の職業生活設計に即した自発的な職業能力の開発及び向上を促進するために事業主が講ずる措置に関する指針」、通称、「キャリア支援に関する事業主指針」が策定されました。これは、労働者のキャリア形成を促進するために事業主が講ずべき措置を示したものです。具体的には、(1) 業務に必要な職業能力に関する情報を提供すること、(2) キャリア・コンサルティングを行うこと、(3) 労働者の配置や休暇の付与、訓練を受ける時間の確保などについて配慮すること――などが盛り込まれています。

平成14年度には、「キャリア・コンサルティング実施のために必要な能力要件」を策定しました。これはキャリア・コンサルティングを行う上で身につけるべき知識やスキルなどを示したものです。同時にキャリア・コンサルタントを5年間で5万人養成する計画もスタートしました。コンサルタントの質を確保するため、能力評価試験のあり方や養成カリキュラムをとりまとめ、同年、「キャリア・コンサルタント能力評価試験制度(標準レベル)」をスタートさせました。

平成20年度には、「ジョブ・カード制度」がスタートしました。これは、フリーター等の正社員経験が少ない方を対象に、きめ細かなキャリア・コンサルティングや企業実習と座学を組み合わせた実践的な職業訓練を提供し、企業からの評価結果や職務経歴等をジョブ・カードに取りまとめて就職活動等に活用することにより、正社員としての就職へと導く制度です。

制度の開始に伴い、ジョブ・カードを交付することができる「登録キャリア・コンサルタント」の養成も始まりました。「登録キャリア・コンサルタント」には、キャリア・コンサルティングについて体系的に学んでいなくとも、人事・労務管理業務経験者など一定の要件を満たす者であれば、8時間程度のジョブ・カード講習を修了することによってなることができます。

標準レベルのキャリア・コンサルタントは、キャリア・コンサルティングについて体系的に学ぶことが求められています。具体的には、キャリア理論、カウンセリング理論、職業能力開発、人事労務管理、ジョブ・カードや職業適性検査などの各種ツールの使い方を含む自己理解などの知識と、カウンセリング・スキル、キャリアシートの作成指導・活用スキルなどのスキルが求められています。

平成20年度には、標準レベルのキャリア・コンサルタントよりも上位の位置づけの「キャリア・コンサルティング技能士」の技能検定もスタートしました。

図表1 キャリア・コンサルタントについて

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こうした取り組みの結果、キャリア・コンサルティング技能士(1級・2級)、標準レベルキャリア・コンサルタント、登録キャリア・コンサルタントの養成数は、平成24年度末現在で、合わせて約8万1,000人に達しました。このうち、キャリア・コンサルティングについて体系的に学んだ者であるキャリア・コンサルティング技能士と標準キャリア・コンサルタントが活動する場の推移をみると、平成18年度には、ハローワークなどの「公的就職支援機関」とする回答割合が30.3%ともっとも高く、これに「企業内」(24.2%)、「民間就職支援機関」(17.6%)が続いていました。しかし、平成25年度になると、「公的就職支援機関」の割合が22.1%と小さくなった一方で、「大学・短大等」が18.2%となるなど、公的就職支援機関以外での活動領域も広がっていることがおわかりいただけるかと思います(図表1)。

キャリア・コンサルティングをめぐる課題

10年前に比べ、キャリア・コンサルティングに係る制度が整備され、キャリア・コンサルタントの数も増加した一方で、厚生労働省の「キャリア・コンサルティング研究会―キャリア・コンサルタント自身のキャリア形成のあり方部会」が平成24年3月にまとめた報告書では課題も浮かび上がっています(図表2)。同部会では、企業、就職支援機関、教育機関、地域の4つの領域において、コンサルタントに期待する役割やニーズに関してヒアリング調査を実施しました。

図表2 「キャリア・コンサルティング研究会−キャリア・コンサルタント自身のキャリア形成のあり方部会」報告書(平成24年3月公表)の概要

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このうち企業領域において、キャリア・コンサルタントに求められる役割としては、メンタルヘルス面の対応なども含む相談室的な機能と、人事部門などとも関係する教育・研修的な機能や能力開発的な機能の2つがあります。

ヒアリング調査では、先進的な取り組みを行っている企業にも訪問しましたが、全体的に制度の導入が進んでいるとは言い難い状況です。厚生労働省が毎年度実施している「能力開発基本調査」によれば、慣行としてではなく、明確な制度を導入している企業の割合は5%にも満たず、とくに企業規模が小さくなるほど導入割合は低くなっています。

次に就職支援領域ですが、ここで期待されているのは、求人・求職のマッチングなどです。ですから、キャリア・コンサルタントには、基本的な相談スキルに加え、職業・職種に関する幅広い知識や求職者のニーズを的確に把握する力が求められます。

教育領域では、大学が学内のキャリアセンターなどにおいて、就職率の向上をめざす中、キャリア・コンサルタントには学生の就職活動支援、キャリア教育の推進などの役割が求められおり、実際に効果をあげています。ただ、大学でのヒアリングでは、キャリア教育に力を入れているものの、講義との連携が十分ではなかったり、学生の自己理解に比重を置くばかりに社会の仕組みや職場の現実への理解が疎かになってしまったりしている例があることも明らかになりました。学生の中には、いざ職業選択を行う段階になって慌ててしまうといったこともあるようです。

地域領域については、女性センターや働くことに悩みを抱える若者への支援を行う地域若者サポートステーションなどを対象にヒアリングを行いました。この領域では、相談者が抱える問題が複雑で、高いカウンセリング・スキルが必要だったり、あるいは、リファー先を含む関係先機関とネットワークを構築する力が必要といった課題が聞かれました。

以上みてきたようにキャリア・コンサルタントの人数は増えてきたものの、キャリア・コンサルティングについて体系的に学んだ者はそこまでは増えておらず、質的にも、たとえば、組織への働きかけができるようなコンサルタント、あるいは相談を傾聴するだけでなく、的確に助言、指導できる人材はまだ十分ではないため、質的に高いコンサルタントの養成や、資質の向上に取り組む必要があると考えています。

また、地方におけるコンサルタントの数の格差問題もあります。大都市ではそれなりにキャリア・コンサルタントがいますが、試験や講座を実施していない地域では非常に数が少ないのです。このような状況下で、厚生労働省では、労働者が生涯の節目にキャリア・コンサルティングを受けることができるよう環境整備に努めています。

キャリア・コンサルティング関連施策

平成25年度に実施したキャリア・コンサルティング関連施策をご紹介します。まず、キャリア・コンサルティングを普及促進するための事業として、(1) ジョブ・カードの記載方法や効果的な活用方法などに関する講習の実施、(2) キャリア・コンサルタントの資質の向上に向けた経験交流会の開催や指導者の養成、(3) 能力基準や役割、あり方などに関する専門的な調査研究――などを行っています。

併せて、キャリア支援を行う企業の創出促進のための事業として、(1) 企業内キャリア形成支援の推進に関する専門的な相談支援、情報提供、(2) 非正規労働者等を含む若年在職者等に対するキャリア・コンサルティング、(3) 職業能力開発推進者講習等、(4) キャリア形成支援の模範となる企業の表彰――なども実施しています。

一方、平成26年度に向けての概算要求中の施策のうち、新規のものについてご紹介すると、(1) 文部科学省などと連携し、大学生が実際に職業を選択する上で役に立つキャリア教育のためのプログラムの開発、(2) 中高年ホワイトカラー層などを対象としたキャリアチェンジに役立つツールの標準化や同ツールを活用したキャリア・コンサルティング技法の開発及び普及、(3) 若年者等を対象としたネットを通じたキャリア・コンサルティング機会の提供、(4) 若年者を対象に中長期的なキャリア形成に関する相談を実施し、的確な助言・指導を行うことで、自発的なキャリア形成の促進を図る「若年労働者等キャリアアップ支援・相談事業」――などがあります。

政府が昨年6月に策定した「日本再興戦略」でも、「キャリアチェンジを伴う労働移動を成功させるためのキャリア・コンサルティング技法の開発等を推進する」ことが盛り込まれており、今後キャリア・コンサルティングの重要性は一層高まるものと思われます。

平成24年度に厚生労働省がまとめた「非正規雇用労働者の能力開発抜本強化に関する検討会」報告書では、キャリア・コンサルタントについて、非正規労働者のキャリアアップに向け、カウンセリングのみならず、労働者の希望や能力、労働市場の動向などを踏まえて、助言を行うことが期待されています。

さらに、現在、労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会及び同能力開発分科会では、非正規雇用労働者の若者がキャリアアップ、キャリアチェンジして安定的に働くことができるよう中長期的なキャリア形成に資する専門実践的な職業能力の習得を支援するための措置について議論しているところです。

そうした意味でも、キャリア・コンサルティングに対して、質量ともにより以上のものが求められるようになっており、「正念場」を迎えていると言ってよいのではないかと考えています。