事例報告1:第70回労働政策フォーラム
経営資源としての労使コミュニケーション福岡開催
(2013年11月6日)

事例報告1
経営情報の100%開示と社員による社長の能力考課で共に持続的成長を

鐘川 喜久治  株式会社鐘川製作所代表取締役社長

会社概要

社名
株式会社 鐘川製作所
代表取締役
鐘川喜久治
所在地
福岡県糟屋郡須恵町大字上須恵1495−1
事業内容
  • 総合精密板金
    (NCT、レーザー、折曲、溶接組立加工)
  • 建築金物一式
    (幕板、笠木、巾木、見切り、手摺り等)
  • 建築金属工事・設計・製作
  • 水産関連機器・設計・製作
創業
大正3年5月
資本金
6310万円
社員数
69人(パート3人)

私は、社長に就任して7年目になる4代目の社長です。社長をする予定も考えもなかったのですが、その責が突然舞い込んできました。その時、会社は何のためにあるのだろう。創業家のためか、それともお客様のためか、と考えました。

いろいろな勉強をするなか、会社は社員の雇用を守り、社員の家族を守り、社員が幸せになるためにあるという目的にたどり着きました。わが社の経営目的は「社員の幸せの追求と実現」です。今これを毎朝、社員とともに唱和しています。

私が社長になってから、6項目からなる経営の基本方針をつくりました(図表1)。「常に社員の目線にて経営の透明性をチェックしていく」ことを経営の基本に据えています。

図表1 経営基本方針

  1. 常に社員の目線にて経営の透明性をチェックして行く
  2. 努力し働く社員達の為の経営システムを確立して行く
  3. 一緒に働く社員とその家族の生活の向上
  4. 不況でも成長できる自立型企業を目指す
  5. 経営・営業・技術・加工・施工の全てで一流のプロを目指す
  6. 業界における売上・利益・給与の全てでNo.1を目指す

成長し発展する会社の共通要因

社長就任前の専務時代を含めて、30年近く経営に携わるなか、いろいろな倒産に遭遇しました。お客様の倒産、同業者の倒産もみてきました。どうすれば会社は倒産しないのか、逆にどうすれば成長するのか――。どう成長するかについては、中小企業家同友会で学ばせていただきました。それをまとめたのが図表2の8項目です。

図表2 成長し発展する会社の共通要因

  1. 社員を大事にする経営
  2. 社員に教育する経営
  3. 社員を会社の財産と考えている経営
  4. 会社の金・資産を公私混同しない経営
  5. 会社の未来のビジョンを描ける経営
  6. 会社の経営情報を社員に公開出来る経営
  7. 時代の変化に対応出来る経営
  8. 社員に尊敬される経営

この8項目をやっていけば、会社は絶対に成長していくという確信のもと、毎年、社員主体で経営計画をつくり、主要金融先と主要仕入れ先をお呼びして、全社員参加のもとに経営計画発表会をやっています。

企業の未来図が描けるような経営を

今の会社がある福岡県須恵町の工業団地に移転してきたのは、第一次オイルショック後の1975年でした。当時はわずか4社で売上の9割以上を占めていました。ダンプカーやトラック、タンクローリーなどの自動車のボディー会社の下請でした。そのため、オイルショック後の不況で親会社が倒産し、わが社も経営危機に遭遇し、大変な目にあいました。

何とか自分たちで企業の未来図が描けるような自立した経営をやりたいということで、少しずつ業種を増やし、お客様を増やし、自立型企業に転換してきました。現在は1社当たりの依存率は年間15%以内。大体10年でトップテンの3割の取引先が交代します。わが社がお客様を選ぶやり方をとっています。

失敗を隠さず検証する

もちろん、過去には失敗もありました。バブル後半から2003年まで、私の専務時代に、兄との経営の判断ミスで、トータルで2億5,000万円近くの負債を生みました。社員の頑張りのおかげで、10年近くかけて黒字を維持しながら、この償却を終えました。現在まで37年間、黒字経営を続けています。

経営者が失敗を隠したり、臭いものにふたをするやり方をすると、社員も失敗を隠すようになります。そうすると、不良品に関しても、労災事故に関しても対処できません。ヒヤリハットではありませんが、そういうものが出てこない限り対処できないわけです。

それでまず、経営側から、自分たちの失敗を検証することにしました。人間というのは同じ失敗を繰り返します。次の世代の経営者が同じ失敗を繰り返さないためにも、自分の失敗を次世代の経営の遺産として継承させようということで、幹部社員、全社員を含めて、自分の経営の失敗を検証しています。

全社員による経営チェックを開始

社長に就任した時、どうすれば社員とのギャップが埋められるか考えました。社員が社長を尊敬できなければ社員のモチベーションは上がりません。自分の会社に誇りを持てなければモチベーションは上がりません。行きつくところ、会社は社長次第ではないかと考えました。

よく社長の器以上に会社は大きくならないと言います。私が専務時代は10あった情報が、社長になった途端、半分以下、極端に言えば3割程になりました。どうしてかと幹部社員に尋ねると、「社長になられたら言いたいことも言えない」という返事でした。このままでは、裸の王様になると思いました。

そこで、経営の問題点が出てこないようでは大変だということで、就任1年目に始めたのが年に一度の、全社員による経営チェックシートでの査定です。

全社員が会社、幹部、社長を査定

図表3 経営チェックシート

図表3[画像のクリックで拡大表示]


図表4 経営チェックシート集計表 社長

図表4[画像のクリックで拡大表示]

経営チェックシートは、会社について、そして幹部、社長に関して、全社員が無記名で、年に一度全部査定するシステムをとっています。

会社についてのチェックシート(図表3)は、コンプライアンス、報酬面で納得できるかなどを聞いています。今は、いろいろな項目を社員自らがつくっていて、自分の将来設計ができる会社なのかということも聞いています。

幹部についてのチェックシートでは、信頼できる幹部か、幹部として能力があるかを社員が査定します。これは個別の結果を幹部社員それぞれに渡すスタイルにしています。これは公表していません。

社長に関してのチェックシートは、社員の査定した部分を掲示板、または会社のイントラネットで公開しています(図表4)。

私にとって毎年、この経営チェックシートの結果をみるのは大きなプレッシャーであり、ストレスでもあります。

一方、このチェックシートは、自分が社長として、自分の能力が正しいのか、やり方が間違っていないのかを真摯に学ぶ唯一の機会となっています。

経営情報の「見える化」を推進

一方、18年位前から、会社の中にイントラネットを構築して、すべての経営情報の「見える化」を進めています。

経営情報は100%開示しているので、一般社員は月次利益、株主総会のときの私の給与、取締役の給与もすべてみることができます。

今は100%開示していますが、そこに至るまでには、いろいろなプロセスがありました。20年近く前、まだ私が専務の時代に一度、社員に決算書を渡して、勉強会を開きました。それは昼休みにやりましたが、終わった後に、自社の決算書がごみ箱にいっぱい捨ててありました。非常にショックを受けました。ただ、よく考えてみると、社員がPLとかBSをみるのは難しいことです。そこら辺の教育からしていかなければいけないと気づきました。

決算書を家計簿に置きかえて説明

そこで、私が社長に就任してから、会社の決算書を家計簿に置きかえて説明するようにしました。社員からすれば、会社の利益だけをみて、5,000万円とか6,000万円の利益が出ているのに、「なぜもっと賞与を出してくれないのか」「なぜもっと給与を出してくれないのか」という意見が出ます。そこで、キャッシュフローの説明から入らなければなりません。設備投資の償却、銀行の借入金の返済はここに入らないことを、キャッシュフローという考え方で社員の家計簿に置きかえて説明しました。

こうした社員の疑問を解消する一方、3年から4年に一度は、給与に関するアンケートを実施し、問題点を分析し、社員の希望に沿った給与体系をつくるようにしています。現在は、一般社員に関しては、幹部社員のオープン協議によって、賞与、昇給の審議をしています。私は議長から報告を聞くだけで、一般社員の賞与、昇給に関しては、ほとんど権限はありません。

情報開示は社員との信頼関係の尺度

写真:社員が働く姿1経営情報を透明化することで社員との信頼関係を築いている(鐘川製作所提供)

会社の経営情報を透明化することは、経営者と社員との信頼関係の尺度になるのではないかと思います。ですから私は、社長の給与も、なぜここまで給料をもらわなければいけないのか、社員の何倍もらう必要があるのかを説明します。

中小企業の場合、何億という借入の保証があって、失敗したらオール・オア・ナッシングだということも、確かにあります。でも、社員が頑張ってくれるから、私は高い給料がもらえること。そして私の後には、能力のある人間が社長になる、プロパーから社長を出すのが夢だということを常々社員に語りかけています。創業家の人間に能力があれば創業家がなるだろうけれども、能力がなければプロパー社員の中から選出する。もし、該当する人間がいなかったら、みんなで公募して、みんなで社長を選ぼうということまで社員に言っています。

労組の経営チェック機能は重要

私のところは社員数70人足らずで、労働組合はありませんが、労組の経営チェック機能は重要だと考えます。

昔の経営者は、「給料を払ってやっている、雇ってやっている」という感覚がありました。これからの時代はそうではありません。

私が所属している中小企業家同友会にも、「中小企業だからいい人材がいない」「中小企業だからしょうがない」など、中小企業であることを人材が集まらない理由にしたり、他にもいろいろなことを言う経営者の方がおられます。でもそれは、自分に社員を育てる力がないと言っていることと同じだと思います。

雇ってやっているとか、給料を払ってやっているという感覚ではなく、働いてもらっている、彼らによりよい労働環境を与え、彼らがもっともっと労働意欲を出すためにはどうしたらいいかを原点に常に考えなければなりません。

ボーダレス化、グローバル化のなかで、これからは労使が協調していかないと、企業は生き残れないと思います。わが社に労働組合はありませんが、労働組合が経営をチェックすることは大事なことだと思います。

社員を理解する気持ちを大切に

写真:社員が働く姿2社員が辞めず、人生設計できる会社をめざす(鐘川製作所提供)

経営側と社員側は、どうしてもみる視点も違うし、そこで見解の違いも出てきます。それを乗り越えるためには、お互い理解し合おうとする努力が必要です。それを続けている限りは、会社は限りなく理想に近い形で発展していくのではないかと考えます。

経営者に一番大事なことは、社員を理解する気持ちです。だから幹部社員に日頃から、「きみがもし部下の立場だったら、自分みたいな上司から使われてほんとうにやる気が出るか」と自戒を込めて言っています。

実際、自分が社長として経営を任されていて、社員はそういう社長でやる気が出るだろうかということを常に意識しています。それが私にとっての経営チェックシートで、私にとっては会社の売上とか利益以上に、非常に大事な財産になっています。

社員参加型の経営にシフト

図表5 技能検定合格の推移

製造業でありながら、それまで国家技能検定資格者が誰もいない会社でしたので、全ての費用を会社が負担し、有資格者には資格手当制度を設けて積極的に国家技能検定にチャレンジさせる。

平成22年には、九州では初めて女性の1級合格者をだす。

技能検定試験合格率 (工場板金作業1級、2級/数値制御ターレットパンチプレス1級、2級)
  受験者数 合格者数 合格率
平成19年 13名 3名 23%
平成20年 13名 13名 100%
平成21年 8名 6名 75%
平成22年 3名 2名 67%
平成23年 4名 3名 75%
平成24年 5名 4名 80%

※小数点以下は四捨五入

社長になってからの6年間は、それまでの創業一族中心の経営から、社員参加型の経営に大きく舵を切りました。そうしたなか、社員の成長という面では、社員が国家試験に次から次へと合格する。それまで地方の県立工業高校に落ちて、私立の工業高校しか行けなかった社員が、高専や大学工学部の連中に負けないぐらい、会社に入って勉強して、国家試験をパスしています。業界でもトップクラスを維持しています(図表5)。

社員からは、人間の能力の無限性を教えてもらいました。その能力に沿って、成長に沿って、会社の経営にどんどん参加させています。

自分の子供を就職させたい会社に

社長としての原点がふたつあります。

30年前に優秀な社員が入社したときに、その社員が2年足らずで辞めてしまいました。辞めていく社員から、「この会社にいても自分の人生設計ができない」と言われました。当時は、父親が社長をしていました。給与体系も満足なものではありませんでした。社員が辞めない、人生設計ができる会社にしようというのが私の夢になりました。

そして、7年前に社長に就任して初めて個人面談しました。毎年2月から3月に社員と30分から1時間前後かけて個人面談をします。社員一人ひとりと面談するのですが、その時、古参の社員から、「自分の子供を就職させたいと思える会社にしてください、これが希望です」と言われました。この2つが私の社長としての原点になっています。

さらなる経営の健全化を推進

わが社は大阪中小企業投資育成会社の資本参加を受けていますが、そのほかの7割近い株式はまだ創業家にあります。ただ、私個人が筆頭株主になっていますので、それを100%、社員の持株会に移すように、今、段取りを進めています。将来は、投資育成会社が30%、社員持株会が30%、創業家が30%という形の経営スタイルをとり、経営の健全性を図りたいと考えています。

去年もそうでしたが、今年も、株主総会が終わった後に社長解任動議のシミュレーションをしました。私も含めて、「将来社長になる人間がもし間違った経営をしたらクビにしなさい。こういうやり方で緊急動議を提出すれば、クビにできます」と言っています。また、大阪中小企業投資育成会社にも、「社員の持株会の同意によって動議に賛成してください、決して創業家に白紙委任状は出さないよう」と話して、出資をお願いしています。

一番大事なのは「経営のこころ」

最後に、私の経営に関する所感です。これらを学ばせてもらったのは、中同協という全国中小企業家同友会の組織です。ここの総会や全国研修会で非常にすばらしい経営者の方々の報告に学ぶことができました。経営の手法も大事ですが、それは創業したばかりの会社とわが社のように100年近い歴史を持つ会社では、やり方は違うと思います。

一番大事なのは「経営の心」です。それが間違っていると、どんなに優秀な会社でも倒産していくということを学びました。何とかそれを形としてつくり上げたいと考えています。