パネルディスカッション:第69回労働政策フォーラム
大学新卒者の就職問題を考える
(2013年9月10日)

写真:壇上の講演者の様子

パネリスト

三栗谷 俊明
国際教養大学キャリア開発センター センター長
坂田 甲一
トッパン・フォームズ株式会社取締役総務本部長
奥山 卓
株式会社東京ニュース通信社代表取締役社長
田口 勝美
東京新卒応援ハローワーク室長
岩脇 千裕
労働政策研究・研修機構副主任研究員

コーディネーター

伊藤 実
労働政策研究・研修機構特任研究員

伊藤研究員

伊藤 ハローワーク、大学、企業それぞれの立場から、建前ではなく本音ベースの報告がなされ、たいへん興味深く拝聴しました。これからパネルディスカッションに移ります。

まず、多くの方の関心が高い就職活動の開始時期を後ろにずらすことから意見をお伺いします。

経団連がまとめた新ルールによると、会社説明会の解禁は3月1日と、現状より3カ月繰り下げ、選考開始は8月1日と4カ月繰り下げようとしています。

就活開始時期がずれるとどうなるか

三栗谷センター長

三栗谷 地方の大学にとっては正直、危惧しています。4月から7月の、入学式以降で学校がバタバタしている時期に東京で会社説明会を開催されてしまうと、地方大学と都心の大学との格差が顕在化するのではないか、と。

また、8月からの選考となると、お盆の時期に帰省客と重なって交通手段が確保できないことを学生が不安に思います。いずれにせよ、7月までが説明期間で8月から選考開始という必然性は何なのか、大学への説明がないし、事前にアンケート調査もなかったので、学生にどう説明してよいものか困っています。大学も企業も、これからが知恵の出しどころです。

田口室長

田口 ハローワークに訪れる学生の多くは就活に疲れ切っています。3年生の12月から企業情報の収集、会社説明会へのプレエントリー、説明会の参加、エントリーシートの提出と半年間にわたって就活を続けても、なかなか内定までこぎつけず、心身ともに疲れがピークの状態で窓口に相談に来る。こういう学生をみると、何とかしなければ、という思いは現場にあります。3年生までは学生の本分である学業に専念し、自己分析や企業研究をしっかり終わらせて「いざ就活」という短期決戦の仕組みに変わるのであればよろしいかと考えます。

会社を「口説く」くらいの熱意が必要

伊藤 いちばん良くないのは、就活が長期化して学生が疲弊することですね。これは企業も望んでいない。時期を遅らせることの良し悪しではなく、問題の本質は別にありそうです。原則も戦略もなしに動き回り疲弊する学生は、企業も採用しないと思いますが、いかがですか。

奥山社長

奥山 エントリーシートを100社に送ったなどという学生に限って、まったく内定が取れないものです。逆に内定を取る学生は、1人で何社も取る。たとえばそれがどういう人かというと、おそらく好きになった相手を口説くのがうまい人なのです。相手をよく理解して、相手の望んでいることがわかる。ただまじめに会社へエントリーシートをたくさん送ったらどこかに引っかかるだろうというのはまったくの間違いで、多くなればなるほど、1社に対する思い入れが薄くなります。そうではなく、好きになった会社をとことん口説くくらいの気持ちで臨むべきなのです。

伊藤 下手な鉄砲は数打ちゃ外れる、というわけですね。学生が会社説明会に出て、企業研究もできるのは物理的にせいぜい10社くらいまででしょう。

ところで、トッパン・フォームズさんは、本当に応募者5,000人と面接しているのか、とフロアから質問がありました。いかがですか?

坂田本部長

坂田 ピーク時には非常に大変ですが、インターネットだけでは本当に必要な本人の情報を会社として掌握できません。もちろん私1人で5,000人に会うわけではなく、手分けをして面接します。私自身が会うのは100人ほどです。受験する意思のある人にはきちんと会った上で、次のステップへ通し、結果的に45人ほど採用するということです。

辛口な質問もかわせるしなやかさを

伊藤 企業研究の指導も含め、大学のキャリア教育には何を望みますか。

奥山 就活を始める前、せめて教養課程から専門課程に進む時期くらいに、志望業界と志望職種を絞り込み、やりたい仕事を視野に入れた勉強なり取り組みが大学生活で可能なように指導していただければ、と思います。

坂田 「コミュニケーション能力」なんて抽象的なことを言わないでほしい、と伊藤さんの基調報告で指摘がありましたが、弊社でも大きくはこれを重視しており、どんな能力か具体的に決めて採用の場に臨んでいます。それは「やりとりの中で簡潔に自分の考えをしっかり説明できる能力」です。とくに、辛口の質問のときは「これから意地悪な質問をするからね」と前置きしますが、これに対して簡にして要を得た返答ができない学生がよくいます。動揺したり、露骨に嫌がったり、目を伏せるなど、弱さが顔に出てしまう。言うまでもなく実社会では楽しいことばかりではないので、そこを気持ちよく、アサーティブにクリアできるかどうかは、大切な能力の1つにほかなりません。大学のキャリア教育では、この点も踏まえていただけるとよいのかなと強く感じます。

伊藤 コミュニケーション能力の養成は、少人数教育をするしかありません。これはもう答えは明らかです。よく喋るのがコミュニケーション能力だと勘違いしている学生が我先に喋り出しますが、決まってパターン化したことしか言いません。それを是正するのは少人数のゼミです。ゼミでみっちり鍛えれば、コミュニケーション能力は必ず上がります。

デジタル情報だけに頼らず企業取材を

伊藤 大教室で経営学を教えていると呆れてしまうのは、ソニーは知っていてもファナックを知っている学生がほとんどいないことです。日本を代表する製造業の1社なのに、テレビコマーシャルや消費材とは無縁で一般的な知名度が低いと、もう学生のアンテナにひっかからない。そういう学生を就職戦線に放り出しますから、やたら知名度の高い企業ばかりに殺到するわけです。企業情報を学生に提供するという点では、いかがでしょうか。

田口 私どもの東京新卒応援ハローワークでは、企業担当である12人のジョブサポーターが東京23区内の会社に出向き、求人の開拓、企業情報の取材を行います。とくに学生の希望が多い事務、営業、販売といった職種の求人を出している会社に対しては、書面では伝わりにくい仕事の内容や、求める人物像などを掘り下げて取材し、担当している学生に情報提供しています。中小企業の魅力をいかに取材して学生に伝えるか。その工夫には腐心しているところです。

伊藤 それはたいへん重要なことですね。今の世の中、インターネットで検索すれば簡単に情報収集できると錯覚している傾向が強いのですが、実際に足を運んでアナログ情報を収集しなければ、本当のところはわかりません。デジタル情報だけでは限界があります。

「なぜ働くのか」から説き起こす

伊藤 就職意欲が希薄な学生に対しては、どのような指導が適切だと思われますか。

田口 大学から東京新卒応援ハローワークにも、就職に対する意欲の持てない学生にガイダンスを実施してほしいという依頼も増えています。4年生になっても、さらに秋を過ぎても動き出せない学生に対しては、ジョブサポーターが大学まで出向き「仕事とは何か」から説き起こします。働くことの意義について、正社員とフリーターの生涯年収の差、結婚して家庭をもつ将来設計など、就職への意識喚起を図るためのセミナーを実施しています。

伊藤 ワーキング・プアをテーマにしたNHKのドキュメンタリー番組がありました。ある男性が30歳を過ぎて路上生活者になってしまうという内容です。就職に対する意欲が湧かない学生にそのVTRをみせたら、さすがに顔色が変わりました。このままでは将来こうなるおそれがあるかもしれない、と思ったはずです。

「意欲が薄い」とラベル貼りする前に

伊藤 大学では、就職意欲の薄い学生に対するキャリアサポートをどのように実施しているのですか。

三栗谷 その話に移る前に、私が最近しきりに感じるのは、企業が学生にいろいろ求め過ぎているのではないか、ということです。今の学生がそんなに劣っているとは思いません。求められ過ぎて、何をしたらよいのかわからなくて立ち止まっている状態に対して「就職意欲がない」とラベルが貼られているだけなのかもしれません。

また、たとえば自転車一人旅の話をしたら面接官にウケた、などという情報はツイッターやフェイスブックですぐに拡散します。すると、そういう小手先の技術ばかりに振り回されて自分を見失い、何をすればいいのかわからなくなる学生も出てくるわけです。

学生の自己成長のスピードは十人十色。熱意の表れ方も十人十色です。同じ熱意を持っていても、訥々と話す学生もいれば、雄弁に語る学生もいます。十人十色の芽を育てる良さを日本企業はかつて持っていました。終身雇用制度が崩れ、さまざまな雇用体系ができたことで、そうした美徳が失われていったのでしょう。学生ばかり擁護するつもりはありませんが、企業も最初から何もかも備えている学生だけ欲しがらず、採用してから育てていく姿勢を、もう少し取り戻していただいてもよいと思うのです。

社会全体が長い目でみて若者を育てる

岩脇研究員

岩脇 私は大学で産業社会学の非常勤講師をしているのですが、授業でフリーターと正社員の違いなどの話をした際に、学生に感想文を書いてもらうと、決して今の学生は就職への意欲がないわけではないことがわかります。そうではなく、社会に出ることを恐れているのです。今の学生は、生まれたときから社会は不景気で、物心ついてからは就職の厳しさをさんざん聞かされるため、大学生になり就職活動が始まる頃には「頑張っても無駄なのではないか」と萎縮してしまっています。そうした学生を大人たちが「就職意欲がない」と決めつけているのかもしれません。

もう1つ、三栗谷さんのご指摘の通り、キャリア意識の発達のスピードは人によって違います。実は、これだけ新卒採用にこだわる国は世界中みても他にありません。たとえばヨーロッパの場合、卒業してから就職活動を始めるのが普通です。世の中の人々も、卒業後数年間は非正規の仕事などをしながらキャリアを模索する時期であるという目で若者をみますし、若者自身もトライ・アンド・エラーを繰り返します。時には大学に入り直す人もいます。日本だけが、一律に22歳で人生を決めなくてはならないという年齢主義が強いのです。企業も大学も行政も、社会全体がもう少し長い目で若者を育てることが、根本的な解決には必要ではないでしょうか。

伊藤 全員ダークスーツに身を固め、社長が檄を飛ばし、新入社員の代表が決意を語る、日本の大手企業の入社式の映像をEUの研究会議で見せたら「これは軍隊か?」と驚かれました。そもそも一括採用しないヨーロッパでは入社式自体が珍しい。一括採用しないと若年失業率が上がる負の側面もありますが、新卒採用にこだわり過ぎるのも考えものです。新卒一括採用の修正の可能性についてはいかがでしょうか。

同期の新卒社員にパワーの源泉がある

奥山 出版業界は少し特殊で、もとから新卒への依存度はそれほど高くありません。弊社の場合も、社員は250人ですが、中途採用も多いですし、ライターやカメラマンなど、ほとんど常勤に近い人が派遣社員も入れると600人にのぼります。他の出版社の仕事もするフリーランスも含めれば800人近くまでふくらむのです。

坂田 最近では、会社に人生を預け過ぎてはいけない、と言われることもあるようです。しかし依然として日本では「就職」というより「就社」の傾向が明らかに強い。それが現実にほかなりません。会社生活は滑ったり転んだりの連続です。古い言い方かもしれませんが「同期の絆」でそれを乗り切っていくのが弊社の伝統の1つで、これが大きなパワーを生み出す源泉となってきました。良し悪しの問題を超えて、厳然として存在する企業文化なのではないかと実感しています。とはいえ、弊社でも、従来は100人ほど新卒を定期採用していたのが、最近は40人程度になり、有期契約社員からの登用や中途採用など、それ以外のチャネルも探るようになりました。ただ、新卒一括採用の良さは、これからもあり続けるだろうと思います。

既卒者に「遅くないよ」と伝える

伊藤 新卒応援ハローワークでは、就活につまずいてしまった既卒者に対して、どのような指導をされていますか。

田口 未就職のまま卒業し、すぐ窓口に来る人もいるし、アルバイトを経て半年後、1年後に来る人もいます。いずれにしても、これからでも「決して遅くない、求人はいくらでもある」ということをまず知ってもらう。そのうえで、これまでの就活はどうだったか、やりたい・やれる仕事は何か、企業が求めるものはなど、深掘りしていく。ただし、一般求人に応募しようとすると、企業も即戦力を求めているわけなので、社会・仕事の経験者とは残念ながら同じテーブルというわけにはいきません。ハローワークでは企業に対し、既卒者でも新卒者と何ら変わりがない、ただ少し時期がずれただけとアピールするとともに、教育訓練、研修をぜひ実施してほしい、育ててほしいとお願いしています。

坂田さんが言われた「同期」は定着を考えると非常に大事だと思います。入社後、早期に辞めてしまった理由を聞くと、同期がいなくて相談できる相手がなかった、というのがとても多いことから、複数採用求人も応募先検討の材料としています。

内定後に心が折れてしまう学生

伊藤 先ほどの三栗谷さんの話を理解した上で、しかも内定率100%の大学に聞くのは愚問かとも思うのですが、それでもやはり就職に意欲の持てない学生はいるでしょう? そういう学生に対してはどう指導されますか。

三栗谷 内定率は100%ですが、昨年の就職率は89%です。要は就職を希望する学生に対しては、最後の出口まできちんと責任を持とう、と。それで結果的に内定率100%なのです。

就職ではなく進学の道を選ぶ学生もいます。これは7%程度。開学の頃は15%程度いたのですが、最近は文系の大学院を出ても仕事がないということで減少傾向にあり、残念です。

そして率直に言うと、残りの「その他」というカテゴリーがあります。それは、心が折れてしまった学生です。就活で心が折れたのではなく、内定を取った後、働くことに自信が持てなくなったり、この選択で正しかったのか悩んでしまったり……。そんな学生が2~3%いることは事実です。しかしこれは意欲がないのとは違うと思います。

また、海外青年協力隊に入隊する、あるいは1期生で今も屋久島のネイチャーガイドをしている者もいます。自分のやりたいことで飯が食えれば、必ずしも会社に入ることだけが人生の選択ではない。それはそれでいいと思うのです。

伊藤 就職支援をした個人的な経験からですが、心が折れて引きこもってしまった若者を社会へ戻すとき、いきなり通常の企業での勤務は難しい気がします。NPOのような、もう少し緩やかに働ける場から、少しずつ段階を踏んで軌道修正していくしかないのかもしれません。

企業は学業成績に無関心なのか?

伊藤 私がかねて企業にお願いしているのは、学業成績をもう少し採用選考の指標にしてほしい、ということです。しかし、あらゆる統計を見ても、ほとんど参考にされていません。企業の立場としてはどうなのでしょうか。

奥山 事例報告でも述べたように、筆記試験で上位5位くらいまでは必ず面接で落ちてしまうので……。弊社でみるのは、メディアについての説明ができるとか、人物、知識、漢字の読み書きなど、本当に基本的なところです。面接で「こんな専門の勉強をしてきました」と学生が言うので、どれどれと成績表を見るとC。これは話していることと実態はちょっと違うな、という指標にするぐらいですね。

本音をいえば、大学の勉強はそこまで本当に価値があるのだろうか、と疑問に思っている企業の採用担当者はたいへん多いのではないでしょうか。とくに出版社の人間などは、学生時代に学校の勉強よりも、好きな本を読みふけったり、あちこち旅していたような者が多いのです。だから、自分たちのことを棚に上げないで真摯に考えた結果、学生にもそこまで成績を問えない、というのがあるのかもしれません。

三栗谷 ただ、私は去年くらいから少し変わってきたように思います。というのも、面接試験では、勉強のことについて、かなり深掘りして学生が聞かれていることは事実だからです。「どんな勉強をしたの?」「なぜそれを勉強しようと思ったの?」「留学先では何を学んだの?」などと、だいたい3回くらい勉強のことを聞かれたそうです。今の企業が大学の勉強に無関心というわけでもないと思います。

優の数と入社後の活躍は関連性が薄い

奥山 もちろん、専門的に勉強したことについては、けっこう突っ込んで聞きます。ただ、英語の成績など、それ以外の基本的な学業成績については、あまり問わないということです。

坂田 たとえば優良可の学業成績で、優の数がいくつという話でしたら、入社してからの活躍と相関関係はあまり感じたことがありません。ただし一定程度の基礎学力は必要ですし、そこは選考基準になります。読み書き、そろばん、一般教養。要望としては、成績表を見れば、基礎学力がどの程度あるのかわかるようにしていただきたいですね。そうすれば成績表ももっとよくみるようになると思います。

奥山 ゼミでどれだけディベートを経験したか。自分なりの考えで研究発表できたか。チームワークで何を成し遂げたか。これらは学業成績のABC、優良可に反映されない項目ですが、むしろこちらのほうを評価の基準にして、質問では深掘りしていきますね。

坂田 それから、財務や法務などの専門知識については、たとえば簿記や各種の資格など、実力をかなり客観的に表示できますから、採用選考にあたっては1つの指標となっています。

大学教授ランキングを採用指標に

伊藤 以前、アメリカのアイビーリーグと呼ばれる名門校の就職部門を調べたことがありますが、アメリカの求人票はA4で20ページもありました。読んでいくと、全体の成績レベルが何ポイント以上でないと応募資格がない、といったことが書いてあるわけです。

それから、面接で事細かに聞かれるのが、どの先生のゼミをとって何を勉強したのかということです。ある大手企業では、コンサルタント会社に依頼して学業成績と入社後の成長について、追跡調査をしているとのことでした。

ちらっと見せてくれた資料は、全米の主だった大学の教授別ランキングでした。こうした内部資料に基づいて、あの先生のゼミをこの成績で出たのなら、まず外れることはないだろう、と採用選考の指標にしているわけです。

三栗谷 当校ではまさにディスカッションやプレゼンテーションなど、グループワークを重視しています。先生方は、評価システムに基づき3年ごとに更新する任期雇用制です。評価が悪いと更新されないので、先生方も非常に危機感をもって授業に臨んでいるのは事実です。

海外を視野に入れてビジネスできる人材

伊藤 最近よく話題にのぼるグローバル人材については、どのようにお考えでしょうか。最先端のグローバル教育をされている国際教養大学の三栗谷さんからお願いします。

三栗谷 ある関西の大学の外国人の先生がいらしたことがあります。グローバル人材の定義を研究しているので、それについて意見交換をしたいというのです。私は「研究テーマを最初から否定するようで申し訳ないのですが、大学にはそれぞれ建学の理念があり、企業にはそれぞれ創業の理念があって、それに従った人材が海外で活躍できると考えれば、正解は1つと限らないのではないでしょうか」と申し上げたのですが、「いや、答えは1つでないと困る」と。なるほど、そのように考える方もいらっしゃるのだな、思いました。

自国の文化に誇りを持ち、多様性を受け容れられる人材。国際教養大学では、そこからスタートします。確かに英語ができると情報量も増え視野が広がりますが、それだけでグローバル人材と考えるのは危険です。外国語は1つのツールにすぎません。

学内説明会で、ある企業の方が学生の質問に「海外を視野に入れてビジネスのできる人がグローバル人材です」と答え、いい表現だなと思いました。海外に出て行くだけがグローバル人材ではありません。国内で〈受け手〉の役割を果たせることも大切です。

海外からの人材登用もグローバル化

坂田 弊社で最初に試みたのは、日本人の在籍社員に手をあげてもらい、語学検定を所定の成績でクリアした人を集中的に訓練し、海外赴任させたのです。しかしこれには無理があることがわかりました。単に駐在するのではなく、実際に自分自身でビジネスを展開するとなると、かなり高いハードルを越えなければなりません。そこで今は、日本の大学を出た外国人や現地採用した外国人を最初は国内勤務に配置して、その中から選抜する方式に変えています。

奥山 確かに、日本人を無理にグローバル化するのではなく、日本で働きたい海外の若者を採用する方法もありますね。現に弊社でも外国人が活躍しています。ただ、外国人と気軽に挨拶して二言三言交わすくらいのことはできないと、これから先は厳しいです。テレビがインターネット化し国境を超える事態が10年先、20年先に起こると思うので、アジア中のテレビ情報の集約を視野に入れています。海外と仕事をするのは嫌だというのでは話になりません。意欲はあるけれど語学に難がある。そういう人物の場合は、通訳を使えばきちんとしたビジネスの話はできるのです。

グローバル化は広い見地から議論を

田口 東京新卒応援ハローワークにも、「TOEIC何点以上」といった条件の求人がきます。しかし、英語ができればすなわちグローバル人材なのかというと、それは違うと私も思います。むしろ、問題発見力、トラブル対処力、発案・発明力といった能力が、グローバル人材には求められているのではないでしょうか。

岩脇 グローバル人材の育成を政府が提唱した背景には、日本企業の世界で戦う力が弱体化したという危機感から、日本企業の未来を牽引するエリート層を育成しようという目的があります。つまり、ごく一部の人たちのための人材像であり、すべての大学に対してそうした人材を育成しろと言っているわけではありません。

しかし、海外で戦う一部のエリート層のみならず、国内で生活する多くの人々がグローバル化の影響を受けることは必至です。たとえばTPPの影響で安い輸入農作物と競争しなければならない農家。取引先の大手企業が海外進出して仕事が減ってしまったサプライヤー。そうした広い意味でのグローバル化の影響への対応力を、若者に身につけさせる必要があるのではないでしょうか。

伊藤 今の話をお伺いすると、海面から出ている氷山の一角が政府の言うグローバル人材で、それは少数精鋭というわけですね。ところが産業構造全体をみますと、海面下でも大小さまざまなグローバル化の影響を受けているというのが実態です。

東南アジアに進出した企業の現地採用のエンジニアが、こんなことを言っていました。日本の本社から役に立たない日本人が派遣され、自分たちの給料の5倍も取っている。日本人を帰せば現地の優秀なエンジニアが5人も雇えるのに、と。外国語ができるというだけで海外へ出すと、かえってマイナスになるのが実態です。グローバル人材については、相当用心深く対応しなければなりません。

また、アメリカへの留学が減っているからグローバル化に遅れているというのも、非常に偏った見方です。今、日本の若者はアジア諸国に盛んに留学しているというのが実態です。グローバル化イコール米国留学といった偏狭な考えではなく、もっと広い見地から議論する必要がありますね。

本日は、大学生の就職問題を多角的に議論してきましたが、パネラーからの本音ベースの発言が多かったこともあって、問題点がどこにあるのか、対応策のあり方は、といったことについて、かなりの情報提供をすることができたのではないかと思っています。

ご清聴、ご協力、ありがとうございました。

プロフィール ※報告順

田口 勝美(たぐち・かつみ)

東京新卒応援ハローワーク室長

1981年、労働省(現 厚生労働省)に入省し、新宿公共職業安定所に勤務。その後、立川、青梅、府中、八王子職業安定所において、雇用保険関係業務、求人業務、日雇職業紹介業務、助成金関係業務に携わり、2005年からはハローワーク渋谷統括職業指導官として障がい者の就職支援に携わる。2009年~2013年は東京労働局職業対策課で公正採用選考、高年齢者雇用確保対策業務を担当し、2013年4月より現職。学生、既卒者の就職支援を行っている。

三栗谷 俊明(みくりや・としあき)

国際教養大学キャリア開発センター センター長

1983年千葉県高校教員後、東京都内私立中高一貫校三校勤務。在職中、東京私立中高協会専門部会委員、文化庁全国高等文化祭委員など歴任し、2006年4月、国際教養大学1期生が4年生になった時点から同大学キャリア開発センター勤務。「大胆なアイディアとブランディング」を掲げ、学生と共に創るキャリア支援を実践中。現在まで毎年内定率ほぼ100%を達成。2011年12月より現職。秋田県産業教育委員などを務める。

坂田 甲一(さかた・こういち)

トッパン・フォームズ株式会社 取締役総務本部長(兼 内部監査室、社長室、コーポレート・スタッフ担当)

東北大学法学部卒業。1981年凸版印刷株式会社入社。情報・出版事業本部労務課長、本社労政部長、同人事部長(兼 人財開発部長)を歴任。2011年トッパン・フォームズ株式会社執行役員総務本部長を経て現在に至る。会社や地域社会において人事労務、とりわけ労使関係の現場での豊富な経験を有し、厚生労働省労働政策審議会点検評価部会委員(2009年~)、東京商工会議所労働委員会委員(2008年~)、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構評議員(2004年~)、上野労働基準協会会長(2002年~2011年)などの公職を務める。

奥山 卓(おくやま・たかし)

株式会社東京ニュース通信社 代表取締役社長

慶應義塾大学商学部卒業。1995年東京都民銀行入行。1998年株式会社東京ニュース通信社入社。IT事業部設立、TVガイド局ほかを担当後、2006年から現職。学生時代に専攻していたマーケティング学を基本に、出版を核にした事業展開を図ってきている。出版業界の就業実態の改善と日本の雇用問題への疑問から、東京商工会議所の労働者問題委員会にも籍を置く。また、2011年度に公益社団法人 東京青年会議所の理事長を務め、本年度からは裏千家淡交会青年部関東第一ブロックの幹事長も務めている。

岩脇 千裕(いわわき・ちひろ)

JILPT 人材育成部門 副主任研究員

京都大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。教育社会学・労働社会学専攻。2006年入職、2012年11月より現職。主な研究成果に『中小企業における若年者雇用支援施策の利用状況(採用担当者ヒアリング調査報告)』(資料シリーズNo.115、2013年)、『中小企業における既卒者採用の実態』(調査シリーズ、No.91、2012年)、『理想の人材像と若者の現実―大学新卒者採用における行動特性の能力指標としての妥当性』(ディスカッションペーパーNo.08-04、2008年)など。また学術論文に「大学新卒者採用における面接評価の構造」(『日本労働研究雑誌』No.567 pp.49-59、2007年9月)など。

コーディネーター

伊藤 実(いとう・みのる)

JILPT 特任研究員

1979年法政大学大学院博士課程修了後、雇用促進事業団雇用職業総合研究所研究員、労働政策研究・研修機構統括研究員などを経て、2009年4月から現職。商学博士。専門分野は、人事管理論、産業・経営論。明治大学政経学部講師、中央大学商学部講師、青山学院大学大学院法学研究科講師、東京商工会議所労働委員会委員などを兼務、歴任。NHKテレビ視点・論点「大学新卒者就職難の実態」出演。著書に『若年者の雇用問題を考える』(共著)などがある。