基調報告 大学新卒者の就職難の実態:第69回労働政策フォーラム
大学新卒者の就職問題を考える
(2013年9月10日)

伊藤 実
労働政策研究・研修機構特任研究員

写真:伊藤氏

若者の就職促進をどうするか。このテーマはさまざまに議論されています。今日はこの問題を考えてみたいと思います。

「考える力」をどう身につけるか

昨日、名古屋でトヨタ生産システムに携わっていたOB技術者と意見交換をする機会がありました。三陸の海産物加工会社の復興を支援するために、トヨタ自動車のOB技術者が、加工工場の生産性向上に向けた技術指導をしていますが、それについて意見交換をする会合でした。

私がいちばん感心したのは、ベテランの生産技術者の方が「トヨタ生産システムはノウハウではなく考え方を変える心の問題に取り組むことです」と言ったことです。トヨタ生産システムの行き着く先は「考えながら仕事をする」姿勢を心の中に植え付けること。すぐに忘れてしまう人もいるので、繰り返し刺激を与える。それが全従業員に浸透したとき初めて、いわゆる「カイゼン」が定着するのだ、と。

90年代初頭、バブル経済が崩壊した頃から私も大学で教えていましたが、そこで得た結論もトヨタ生産システムの話と同じで、それが今日のテーマにも結びつきます。重要なことは学生に「考える力」をどう身につけさせるかということです。

脳みそに汗をかかない学生が多い

考える力は学習の習慣から生まれます。それが今、危機的な状況にあります。

レポートを提出させると、ネットから丸ごとコピーしてくる学生がたくさんいます。額には汗をかくが脳みそには汗をかかず、右から左にレポートを生産しているだけです。これを繰り返していると、考える力など身につくはずがありません。そういう学生が社会に出てしまうわけです。

考えながら仕事ができないと、どうなるでしょうか。「今の新入社員は言われたことしかやらない」とよく指摘されますが、さらに困ったことに「言われたことすらできない」人がたくさん出てきてしまう。こうした事態は何としても避けなければなりません。

2割強の学生が就職できない

新聞やテレビで、今年の就職内定率は9割強といった数字を目にしたことがあるかと思いますが、これはまったく実態を反映していない数字です。

「就職内定率」というのは、調査対象が偏差値のそこそこ高い有名大学112校に限られています。しかも分母が就職希望者だけです。もともと就職意欲のない学生は全部こぼれています。

9割以上も就職しているのなら、うまくいっているような印象を受けるのですが、実態は違います。全大学(学部)の卒業生を分母にすると、本来の「就職率」は6割強にすぎません。大学院などへの進学者を除けば、2割強の学生が就職できずにいます。

図表1 大学(学部)新卒者の進路(平成24年3月卒)

図表1グラフ

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文部科学省の調査によりますと、2012年の新卒者のうち約23%の12万8,000人が、不安定就業者(非正規職員、一時的な就業者)と無業者です。フリーターになって非常に不安定な職業生活を繰り返しますと、仕事を学ぶ機会がほとんどなくなってしまい、職業能力を伸ばすことが難しくなってしまいます(図表1)。

日本では職業訓練の大半が、企業の中で行われています。しかし、企業が教育機会を提供するのは、主として正社員に対してです。もちろん、契約社員やパートタイマーといった非正規スタッフにも最低限の教育訓練は施しますが、正社員に対するほど長期的な視野に立った研修ではありません。

したがって、この23%の人たちは、職業能力を伸ばす機会に恵まれず、まともな就業機会に恵まれることが少なく、うっかりするとホームレスになる危険性すらはらんでいます。

大学生の急増と学力低下

大卒者の就職難にはさまざまなことが影響していますが、最大の要因は大学生が急増したことです。80年代末に大学進学率は25%弱でしたが、今では50%を超えています。一方で日本の雇用環境は、バブル経済が崩壊して以降、賃金は上がるどころかむしろ下がり気味で、増えた雇用のほとんどは非正規社員です。正社員があまり増えない中で大学生がこれほど増えれば、当然、需給バランスが崩れ、就職が難しくなっても不思議ではありません。

次の要因は大学生の学力低下です。受験戦争の弊害を是正するために始まったのが「ゆとり教育」でしたが、教員を訓練しないまま実施してしまったため、考える力を育てるといった本来の目的を達成することなく、学習時間を短縮しただけに終わってしまったようです。教育の専門家によれば、一概に「ゆとり教育」のせいだけとはいえないようですが、総じて学力の低下が見られるのは確かです。

15歳の生徒を対象にしたOECDの国際学習到達度調査(PISA)において、「数学的リテラシー」で日本は2000年に1位でしたが06年には10位、「科学的リテラシー」は2位から5位へ、「読解力」も8位から15位へとランクダウンしています。

1位に躍り出た中国の場合、エリート教育を受けた母集団が調査対象になっていますから、あまり順位にこだわっても意味はありませんが、日本がだいぶ後退してしまったのは事実です。

就職難の背景に大学間格差も

大学が増えて大学間の格差が拡大したことも、就職難の背景にあります。

1992年から2010年の間に、大学の数は255校も増えて778校になりました。8年間で約1.5倍になっているわけです。

この間、私立大学では一般入試で入ってくる学生が年々低下し、推薦入学やAO入試といった通常の入学試験を受けずに入ってくる学生が5割を超えました。ある大学で教えていたとき、特定の集団の成績がいつも悪いので、学生に聞いてみたことがあります。すると「みんな附属高校から推薦入学で来た連中ですよ」というのです。

推薦・AO入試で入った学生がすべてそうとはいいませんが、学力的に見劣りする傾向は否めません。そうした学生が半数になっているのです。しかも、多くの大学で学業成績を厳しく審査することなく、トコロテン式に卒業させているのが現実です。品質保証せずに学生を卒業させているわけです。

アメリカの大学では、卒業できる学生は5割程度です。もちろん、経済的理由でスピンアウトする学生もいますが、学力が伴わないと退学させられます。日本と違って宿題が山ほど出るので、遊んでいる暇はありません。

学生の目を中小企業にも向ける

大学生が増えたのに正社員が増えていないということは、求人数が絶対的に足りないのでしょうか。

そうではありません。有名大企業には就職希望者が殺到する一方で、中小企業にはそもそも応募者すら来なくて困っているところが多いのです。

希望者が殺到する有名大企業の多くは、大量に送られてくるエントリーシートをすべて読んでいるわけではありません。何万というエントリーシートを、採用担当者が読む時間がないからです。読むのは有名大学の学生で、ターゲット校別に採用枠を設定している企業が多いというのが実態です。したがいまして、大学の先輩の就職実績がない有名大企業は、エントリーシートを送っても無駄骨に終わるというのが現実です。

図表2 強すぎる大企業志向

図表2グラフ

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リクルートワークス研究所の大卒求人倍率調査(2011年卒)によれば、5,000人以上の規模の企業では、求人数4.2万人に対して就職希望者数は8.9万人にのぼります。ところが、300人未満の規模の企業では、求人数が30.3万人であるのに対して、就職希望者数はわずか6.9万人しかいません(図表2)。

このアンバランスを是正して、中小企業にも就職希望者が目を向けるように割り振っていけば、学生が無業者ないしはフリーターになるのを、かなりのところまで防ぐことができます。

それには学生に対して正確な企業・職業情報を与えなければなりません。ところが残念なことに、実際の経済社会を知っている大学教員は、極めて少ないのが現実です。学生が大学の授業だけを聴講していたのでは、企業についてよくわからないのも無理はありません。日本の企業の9割以上が中小企業であるにも関わらず、有名大企業だけが企業だと思っている学生が、余りにも多いというのが現実です。

過剰な適職診断は就職機会を狭める

大学のキャリア教育も改善が必要です。自己分析・適職診断が盛んに行われていますが、あまりにも行き過ぎると、就職の可能性をかえって狭めてしまいます。そもそも、社会に出て本格的に働いたことがないのに「自分の適職はこれだ」と断言すること自体に無理があるように思われます。過剰な自己分析・適職診断によって偏った考え方をする学生が現れれば、企業だって面食らってしまいます。

経済成長の時代を支えた終身雇用制による長期安定雇用が崩れてきたとはいえ、日本の場合、まだまだ「就職」というより「就社」に近いのが実状です。定年まで何度も配置転換させられ、仕事内容が変わる可能性があります。

一方で、今や技術革新のスピードが速くなっていますから、あっと言う間に仕事の内容が変化します。それに対応できる能力を常に磨いておかないと、リストラされて失業しかねません。

最重要の職業能力は「変化適応力」

技術革新や市場構造が急速に変化する最近は、計画的なキャリア形成が難しくなってきています。したがって、就職活動における自己分析・適職診断は、参考程度に留めておくのが無難でしょう。

成功したビジネスパーソンのキャリア形成の8割は「偶然」なのです。日米ともに同じような調査結果が出ています。つまり、成功したビジネスパーソンの大半は、計画的にキャリア形成をした結果の成功ではないということです。弁護士や公認会計士といった資格職を除いて、一般の会社に就職したビジネスパーソンにとって、計画的にキャリアを積み上げるなどというのは、ほとんど非現実的なことといえます。

もっとも重要な職業能力は、「変化への適応力」です。それがないと、これからの企業社会では生き残れません。変化適応力を支えるのは学習能力――すなわち「考える力」に他なりません。ですから大学教育では、いかに「考える力」を身につけさせるかが重要なのです。

少人数ゼミ必修で学習能力の向上を

大学ではどんな対応策が必要なのか、いくつかまとめてみましょう。

まず何よりも卒業生の品質保証をすること。学力に問題のある学生は、きちんと再教育をしてほしい。

学習能力を高めるには、ゼミなどによる少人数教育が欠かせません。私の経験でも、大教室で授業をすると、一生懸命聴いている学生は3割か4割程度です。スマホをいじっている、居眠りしている学生が多い。マンモス大学の大教室授業は、教育効果がそれほどないといってよいでしょう。したがって、少人数のゼミを必修としなければなりません。

次に学生への正確な企業・職業情報の提供。教員にそれが無理なら、外部の企業人などに頼めばよいのです。

先ほど述べましたように、過剰な適職診断は必要ありませんが、志望業種・企業・職種を絞り込む指導はすべきです。およそ何をやりたいのかくらい明確にしておかないと、100枚もエントリーシートを書くような学生が現れてしまいます。エントリーシートは手書きにすべきではないかと私は思っています。そうすれば100枚も書けませんから。

企業研究の必要性を周知徹底

企業研究の指導も非常に重要です。企業研究をしないで就職試験を受ける学生を、企業は絶対に採用しない。そのことを学生には周知徹底すべきです。

面接で「あなたは当社のどういうところに惹かれて働きたいのですか」と聞かれて、何も答えられないのでは困ります。きちんと企業研究をしていない学生に限って、「御社の社風が気に入ったからです」などと、働いてみなければわからないようなことを言い出す。意地悪な面接官だったら「どうしてあなたはウチの社風がわかるの?」と聞き返すにちがいありません。

「社風が気に入った」などと言う学生がいるのは、就職対策セミナーなどで、その手の面接マニュアルがあるからのようです。いいかげんな就職対策セミナーに、わざわざお金を払って行かないように指導したほうがよいのではないでしょうか。

企業のインターンシップを活用するのも企業研究の1つの手段ですが、大学がまともなインターンシップを選別しなければいけません。ひどいところになると、短期の労働力としてこき使うだけの会社もあるようです。

企業は学業成績をもっと参考に

図表3 採用選考にあたって特に重視した点(5つ選択)

図表3グラフ

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大学の就職指導だけでなく、企業の採用選考にも改善すべき点があります。

これはあまり表に出ませんが、応募者が殺到する有名大企業が、ターゲット校を20~30校に絞り込んでいるのは周知の事実です。ターゲット校には偏差値の高い有名大学が選ばれますが、それ以外の大学からのエントリーシートは、ほとんど見ない企業も多数あります。その是非はともかくとして、現実がそうであるなら、「ダメもと」で応募しても無駄であることを、学生には早く伝えるべきです。

採用選考基準にも問題があります。二言目には「コミュニケーション能力が重要」というのですが、さてそのコミュニケーション能力とはいったい何なのか、さっぱり要領を得ません。このように抽象的な採用選考基準は、ぜひとも考えなおしていただきたい。

そして最大の問題は、学業成績の軽視ないしは無視です。日本経済団体連合会が実施した新卒採用(2011年)に関するアンケート調査によると、採用選考にあたってとくに重視した点を「コミュニケーション能力」と答えた企業が、実に80%を占めています。これと対照的なのが「学業成績」で、回答した企業はわずか5%程度にすぎません(図表3)。

企業が学業成績を参考にしないから学生がますます勉強しなくなる。学習の習慣がないため考える力が身につかない。すると企業の学生に対する評価が落ちる。そうした悪循環が生まれているのではないかと思われます。

中小企業はアナログ情報発信が有効

企業が出す情報では、次のようなことを明らかにすべきです。

まず、どのような人材像を求めるのか、大学時代のどういった活動歴を評価するのか、具体的に明示すること。

一定レベル以上必要な学業成績や英語力などを明記すること。

入社3年後の離職率、残業時間、採用実績校を公表すること。

就職希望者が殺到する有名大企業とちがい求人に苦労する中小企業は、デジタルよりもアナログによる企業情報の発信が有効でしょう。キャンパスリクルートなどで学生に直接伝えることで、企業の内容をわかってもらえます。

大学も企業もさまざまな工夫を凝らさないと、学生が安定的に職業能力を伸ばせる就職や自社にとって優秀な学生を採用することは難しい、というのが私の意見です。

大学新卒者の就職の現実は、相当に厳しいといわざるを得ません。日本の雇用慣行は、いったんスタートでつまずくとなかなか軌道修正できないといった問題を抱えていますが、強固に定着した雇用慣行はそう簡単には崩れません。一匹狼のプロフェッショナルやベンチャービジネスを立ち上げるといった起業家をめざす学生を除けば、新卒一括採用の企業社会に挑戦するしかありません。