事例報告1:第67回労働政策フォーラム
仕事と介護の両立支援を考える
(2013年5月31日)

事例報告1 仕事と介護の両立支援について―大成建設の取り組み

塩入 徹弥  大成建設管理本部人事部人材いきいき推進室長

写真:塩入徹弥氏

今日は、会社の両立支援ということで、取り組みを始めた経緯、具体的な内容、今後の方向性についてお話します。

取り組みを始めた経緯

図表1 女性活躍推進への取り組みを始めた経緯

図表1 グラフ:クリックで拡大表示

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最初に、当社がなぜ仕事と介護の両立に取り組むようになったかを簡単にご説明します。一番の要因は、建設業を取り巻く厳しい環境があったからです。図表1をご覧いただくと、建設投資、いわゆる工事の量は、1992年頃をピークに右肩下がりになっています。一方、建設業者は工事量の減少に比例していなくて、あまり下がっていません。建設業界は過剰供給構造にあるわけです。

一方、社内に目を向けると、社員数は8,160人程、平均年齢は42.2歳、平均勤続年数は18.6年となります。平均勤続年数については、今では男女の差はほとんどありません。

しかし、1990年頃は女性の勤続年数は非常に短く、その後どんどん延びて、2005年頃には、今とほぼ同じような状況になっていました。そのような状況のもと、厳しい競争を勝ち抜いていくには、社員のモチベーションに加え、生産性の向上に取り組む必要がありますが、女性の力を活かしきれていないのではないかということで、ワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティの推進に積極的に取り組んでいくことが決まりました。

それを具体的に進めていくなかで、いろいろな方策に取り組んできました。たとえば、女性社員のヒアリングや、いきいきと働ける職場環境改善活動の実施などです。こうした取り組みを進めるうちに、だんだんと介護に対する不安の声が上がってきました。

当時、ワーク・ライフ・バランスの意識を広めていく活動もやっていましたが、そこでよく耳にしたのが、「ワーク・ライフ・バランスは、子育てする女性のための取り組みではないか」という声でした。こうした誤解もあり、男性にも関係ある取り組みであることを認識してもらいたくて、高齢化が進むと男性も無縁でなくなる介護をテーマにした意識啓発の研修をすることになりました。佐藤先生がおつくりになったDVD「ワーク・ライフ・バランス」を用いながら研修をしました。

意識啓発のための研修を実施

このDVDにはドラマがあります。50歳を超えバリバリ仕事している男性の営業部長のお父さんが倒れてしまい、介護をしなくてはならない状況になりました。それに伴い考え方や、働き方が変わっていくドラマです。このDVDをみた男性社員、特に年齢が高い男性社員からは結構な反響がありました。今まであがっていた介護に対する不安の声に加え、DVDをみた男性社員からの反響もみて、やはり会社として介護の問題に真剣に向き合っていかなければならないと感じました。

また、佐藤先生が主催している東京大学のワーク・ライフ・バランスの研究推進プロジェクトとタイアップした介護のアンケートも実施しています。そこで吸い上げたニーズや状況を、その後の制度設計や施策に結びつけています。

具体的な取り組み内容

図表2 具体的な取り組み内容(制度)

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具体的な制度については、図表2をご覧ください。上の3つは、法定どおりの制度となっています。その下の勤務時間の繰り上げ・繰り下げは、職場単位で柔軟に設定できるものです。リバイバル休暇は、繰り越し満了で消滅する有休をある一定期間保存できるもので、これを半日単位で定期的な介護に利用することができます。勤務地変更制度は、勤務地が限定している社員が介護するとき、希望勤務地への異動を認めるものです。最後のジョブリターン制度は、介護を理由に退職した社員が、状況が変わったので働きたいと希望したとき再雇用できる制度です。

ただ、介護休業の93日については、このままでいいのかと、私自身もいろいろ考える時期がありました。よく社員から出る声に、「介護は93日では終わらない」というものがあります。それから、「そんなに短い介護休業なら、本当に必要なときのため、大事にとっておく」という話も聞きます。そうしているうちに、介護休業を取らずに終わってしまう。では、どのぐらいの休業期間があればいいのでしょうか。3年~4年との見方もありますし、先ほどの佐藤先生のお話では、介護にかかる平均期間は4年から5年というお話もありました。では、そこまで休業期間を延ばしていく必要があるのか。介護にはいろいろなケースがあり、一概には言えません。介護に取り組む社員の価値観とか、考え方もいろいろ違います。単に介護休業の期間を延ばしただけでは、社員の納得感は得られないと考えました。

制度の充実より情報提供を

図表3 具体的な取り組み内容

図表3:クリックで拡大表示

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そんなことを考えているうちに、佐藤先生が主催している東京大学のワーク・ライフ・バランス研究プロジェクトに参加するようになりました。そこでは、いろいろなことを勉強させていただきました。先ほどの介護休業の93日の意味も、そこで勉強するなかで、私自身がわかってきたことでもあります。そうこうしているうち、だんだん介護に関する基本スタンスが固まってきました(図表3)。

会社としてやるべきことは、仕事と介護の両立を支援することで、介護に注力することを支援するのではないということです。このスタンスが決まってからは、期間を延長するよりは、情報を提供して、できるだけ介護に備えることをサポートすることに注力するようになりました。

情報提供の内容

図表4 具体的な取り組み内容(情報提供)

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情報提供を本格化したのは2010年頃からです(図表4)。まず一番上の介護保険制度についてです。公的な保険制度についてや、会社の介護関係の制度については、人事部のホームページに詳しくまとめて紹介してあります。そのうち、会社の制度については、「介護のしおり」と題した冊子にもまとめました。ほかにも、社員がいきいきと働くためにどうしたらいいのかということを考える教材として、ハンドブックをつくり、社員に配布しましたが、このなかにも、介護に関する制度を盛り込んであります。

次の介護に関する両立支援制度については、いざ介護をしなければいけない状況になったとき、ケアマネジャーと細かい話をするのも大変なので、簡単にまとめたリーフレットを作成しました。これをみれば、だいたい一通りの制度がわかるようにしてあります。

セミナーについては、介護に関心のある社員を集めて定期的に開催しています。会社から一方的に情報提供するのではなく、講師の先生に直接いろいろなことを聞ける機会や、参加者同士がお互いに情報交換できる機会も設けています。

図表5 具体的な取り組み内容(情報提供)

図表5:クリックで拡大表示

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ほかには、介護施設の検索があります。介護を不安に感じる要因のひとつに、介護施設にはどんなものがあるかわからないことがあります。社外の企業(株式会社ワーク・ライフバランス)と契約し、介護関連の施設が検索できるような体制を整備しています(図表5)。

今後の課題とめざすべき方向性

最後になりますが、これまでの取り組みを振り返って、現在、新たに実施していること、それから、今後、実施しようとしていることについてご説明します。

これまで情報提供に注力しているお話をしましたけれども、社員にアンケートをすると、まだその情報、介護に関する仕組みが全員に知れ渡っていないことがわかりました。そこで、まずやろうとしているのが、この情報提供を徹底することです。会社としては、いろいろな媒体を使って、これまでも情報提供してきました。しかし、介護に直面してないと、目に入ってもなかなか意識の中にとどまらないと思います。

そのため、今後、考えているのは、全社員を対象にしたアンケートやeラーニングの実施です。質問に答えてもらう中で、会社の仕組みや制度について、少なくとも概要は理解してもらいたいと考えています。先ほど、アンケートを実施したお話をしましたが、そのときは、社内の状況把握という観点があったので、全員を対象にしたアンケートではなくて、サンプル調査にとどまりました。ただ、アンケートは情報提供の側面もありますので、今後は全社員を対象に実施していきたいと考えています。

ターゲットを絞った情報発信を

それから、情報発信も、これまでは全社員を対象に行っていましたが、今後はターゲットを少し絞った形で行っていきたいと思います。先ほど佐藤先生からも、40歳とか50歳、65歳というお話がありました。ターゲットを絞り込むことで、これは自分に関係あると気づき、社員のアクセスが向上します。どういうことをやったかといいますと、40歳になった社員に、介護保険料の徴収が始まることをお知らせする内容を掲示板に載せました。そこにアクセスしてもらい、会社の制度や施設が検索できるサイトまで誘導する仕組みをつくりました。これはかなり効果的だったので、今後、親が65歳になった社員、75歳になった社員向けのアプローチも進めていくことを考えています。

関心の高いセミナーの実施については、公的な介護保険制度、それから、介護施設に関することを、もっと知りたいというニーズが社員から上がってきています。こうしたニーズに対応するため、この部分は独立した形でセミナーを開催して、社員の声に応えていきたいと思っています。

相談窓口や組合との連携も

それから、もうひとつの柱が、情報の把握です。会社としては、できるだけ社員の実態をつかむことが制度の整備や、支援につながると考えています。しかし、先ほどからお話がありますように、なかなか会社の人事のほうに、そうした話が上がってこないのが実情です。

そこで、会社はもちろん相談窓口を設けていますが、会社以外の相談窓口、たとえばEAP(従業員支援プログラム)とか、産業医の先生とか、労働組合の窓口ともタイアップして、守秘義務もありますが、できる限り情報共有して、サポート体制を築いていきたいと考えています。

たとえば、会社側からEAPでも介護に関する相談も受け付けていることを周知します。一方、外部の相談窓口に行ったときには、会社でもこうした制度があるので、ぜひみてくださいと、お互いの制度や仕組みを紹介し合うこともやっていきたいと考えています。

最後に、権利として持っている休暇、この休暇をできるだけ長い間、細かくでもいいから、使いたいという社員のニーズがあります。それから、在宅勤務のニーズも聞こえてきています。今後は、介護する人が増えてくると、いろいろなパターンが出てくると思います。会社も柔軟に考えていく必要があると思います。常に社員のニーズ、状況把握に努めながら、仕事と介護の両立というスタンスのもと、実りある制度、支援体制を築いていきたいと考えています。